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ある保育士の話。(2)



保育園に帰る途中、大道寺君とはけっこう話をした。
やはり気さくな子で、話題も面白い。

―――――俺達は、すぐに打ち解けた。




「えいじさんは、恋人とかおらへんのですか?」

大道寺君からゆうたを引き取り、おぶさっていたら、いつのまにか俺の背中からは小さな寝息が一定的なリズムで聞こえてきた。

いろいろあって疲れたんだろう。
俺はゆうたを起こさないように、なるべく静かに歩くことを心がけてみる。



「今は、いない」


そう俺がこぼすと、彼の口から感嘆の叫びらしきものが漏れる。
ゆうたが起きる、そういうと大道寺君は慌てて口元を両手で押さえ込んでいた。

まったく今時の高校生で、こんなに表情豊かな子もめずらしいんじゃないか。



「すんません。・・せやけど、なんや以外やったもんで。えいじさん、絶対モテそうやもん」


モテそうやもん

・・か。

よくいう。
まだ、俺と会って何分経ったかというほどなのに、君に俺のなにが分かる?

子供は無垢だが、・・単純だ。



「・・なんでモテそうだと思うの、」


雰囲気、見た目、性格・・・・返ってくる言葉は、だいたい予想がつく。

でも俺は、そんな単純なことで人を好きになったりすることはないと思う。
仕草とか、今日交わした言葉だとか・・自分自身につもりに積もった思い出や気持ちが積み重なって、人を好きになっていくのだと俺は思う。

だから、恋は苦しいんだ。




「そーやなあ・・。保育士やからかな、」

思いもよらなかった返答に、思わず人生初の「開いた口が塞がらない」という現象の実体験をした。
俺は大道寺君よりもはるかに長く生きてるけど、「保育士がモテる」なんて話は聞いたためしがない。


「・・・・・わい、なんか変なこと言いました?」

「あ、ごめん・・。なんか、意外な返答だったからつい・・」


意外。

そう俺が口にすると、大道寺君は「だって、」と続けた。



「保育士って、大変な仕事やないですか。自分の子供やない子たちをよう世話して、いろいろ教えたりなんかして。
子供好きで、優しい人やないとでけへん仕事や思うんです」


そういって、彼はニッと白い歯をのぞかせた。

子供好きで、やさしい。
これだけ聞くだけでも、将来立派なパパになれそうなもんだな。

たしかに俺は、子供が好きだ。
純真で、無垢で、愛らしい。
一緒にいるだけで、何度も励まされた。
仕事がつらいなと思ったときでも、子供たちが楽しそうに笑っているのを見ただけで、救われた。

俺にとって、子供たちは救世主なんだ。



「俺は、大道寺君にも向いてると思うけど、」
「それって、わいが優しいっちうことですか?」


冗談めいた口調で、そんな言葉を交し合った。




「あ、えいじさん。見てみぃ、」


ふと足を止め、大道寺君は空を指差す。
俺は、彼の指先からさらに先を見つめてみた。


そこには、明るい赤色からだんだん紅色に染まっている夕焼けの空が広がっていた。
ずいぶん遠くの方に、二匹のカラスがゴマのように小さく見える。

・・なにか、胸の奥深くからこみ上げてくるものがあった。


「なんや感動しませんか、」


んー、と腕を思いっきり頭上で伸ばしている。

・・感動。
そうだ。この感情を、感動というんだった。



「・・した。久しぶりに、感動した」


そうぼぞぼぞと呟くと、大道寺君はおかしそうに小さく笑った。


「なんや、感動ちうのを忘れとったみたいな言い方やなぁ」

「・・実際、忘れてた。・・最後に感動したのが、君と同じくらいの年のときだったから」


あの時のことは、今でも覚えていた。

高3のときに好きだった女子が、合唱祭のために熱心にピアノの練習をしているのを見て素直に感動した。
学年の合同練習のときも、彼女はどのクラスの伴奏者よりも一番ピアノがうまかった。
それは、並みならぬ努力があったからなのだと知ったとき、とても感動したのだ。

そのときも、熱いなにかがぶわっと身体の底から湧き上がってきたんだった。



「・・わいは好きな奴とおるとき、つねに感動しとるんですよ」

好きな奴というのは、今彼が付き合っている子のことだろう。
今は喧嘩してるというけど、いつもは大層仲がいいんだろうなと、彼の口調が自然とそう思わせた。


「へえ。たとえば、どんなとき?」


俺達は、またゆっくりとした歩調で歩き始めた。


「なんていえばえーんやろ。・・そいつと一緒におること自体に、感動してまうんです」


・・高校生って、まだまだ子供だと思ってた。
少なくとも、俺が高校生のときはそうだったから。

――――でも、大道寺というこの少年は、大人な俺以上に大人だ。
彼の言葉を聞いて、俺はそう感じた。



「・・君の恋人は、すごく幸せもんだ」


一瞬。
ほんの一瞬、大道寺君の恋人に嫉妬した自分に焦る。

それでも、やっぱり彼には普通とは違う何かが備わっていて、それのほんの一部を見た俺は――――。




「着きましたよ、」


大道寺君に声をかけられ、頭の中のなにかがパンと弾けた気がした。
その音と共に、今考えていたことも一緒に弾けてしまった。

――――それのほんの一部を見た俺は・・?



「今日は、ホンマに楽しかったです。・・あのー。今度、保育園に遊びにきてもえーですか・・?」


大道寺君のたどたどしい口調に、思わず吹きだしていた。
そのせいで、ゆうたが後ろで目を覚ます。



「どーしたの?えいじせんせい、」

「起こしちゃってゴメン、ゆうた。でも、大道寺君がおかしいんだ」


笑いが止まらない。

バカだな、俺。
なんでこんなトコで、ツボってんだよ。



「子供好き、優しい。やっぱり、保育士に向いてるよ」
「からかわんといてください。わい、これでも真剣やのに」


口先を尖らせて、不機嫌そうに大道寺君がいう。
そんな反応も、ますます笑えた。

そのうち、俺につられるかのように彼も笑いだす。


・・・・あ。
・・ごめん、大道寺君。
今、俺。――――感動した。



「あー、腹痛いわ〜。・・ほな、」


腹をかかえて笑っていた身体を起こして、大道寺君は改まっていう。

・・ああ、終わりなんだな・・これで。
次に続く言葉は、きっとコレだろう。

・・サヨウナラ、







「また、来ます」



――――感動、した。




>>END<<









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