「いッてー!!」
部活の時間。
校庭に響き渡る、後輩の声。
その声の主の名は、花螢稜という。
俺の一つ下の二年で、そこそこ有望なサッカー部員。
・・だが。
よく転び、よく叫ぶ。
いつも騒がしい奴だが、そんなあいつが俺は少し気になっていた。
「またかよ。今度はどこケガしたんだ、」
花螢の周りに集まる部員の奴らを掻き分けて、俺はいかにもめんどくさそうな素振りを見せる。
これも、一種の演出という奴だ。
「またって、ひでぇ。俺だって、わざと転んでるワケじゃねーのにっ」
ユニフォームが汚れるのも気にしないで、花螢は相変わらず地面に座ったまま文句を垂れていた。
・・ったく、これだから放っておけねぇ。
「いーから、どこケガしたんだよ」
その場にしゃがみ込んで、座る花螢の目線にあわせる。
生意気な瞳が、チロリとこちらを向いている。
これは、むくれてるな。
逆ギレかよ。
「・・・膝とー、掌とー。あと、歯食いしばった時に口切りましたーァ」
ンで歯食いしばるかなー…。
痛いのは自分なのに、バカな奴。
「仕方ねぇーな。保健室連れてってやるから、乗ンな。」
しゃがみ込んだ状態のままで、花螢に背を向ける。
所謂所の、おんぶという奴だ。
「や、やだ!俺、歩けるしッ」
「捻った時は、すぐにはイタくなんねぇんだよ。とっとと乗れ。」
とか何とか言っといて、コレはあくまで口実。
本当は、ただ花螢をおんぶしたいだけだったりする。
・・・・・・これは、ロリコンではねぇよな?
「・・・・しゃーねぇ、」
俺の背中の後ろからは、ものすごくいやそうな声がする。
まあ、この反応も予想通りだ。
「・・重くても知りませんから」
「わーってるよ。つーか、少しは感謝しろ。」
「・・・・・・ドーモ。」
っかわいくねぇ。
で。
とりあえず俺は、嫌々俺の背中に身体を預ける花螢を乗せて、保健室へと向かっていた。
「お前って、思ったより軽いんだな。」
「はあ・・?どんだけ重いと思ってたんスか。」
「いや、普通にちょっとつれぇくらいかなって思ってた。」
「ふーん?」
それなのに、拍子抜けするくらいに花螢が軽いから驚いた。
俺の日ごろの筋トレの効果もあるとは思うけど。
「てーか、センパイ。」
「あ?」
「・・香水つけてる?」
「・・・・っせーな。」
なんやかんやくだらない会話を交わしているうちに、保健室の前へとたどり着いた。
花螢の膝の後ろに回していた片手を離して、ドアを開けようとする。
すると、
「ぉわッ」
「あ、悪ィ。」
なんか、花螢が俺から落ちそうになったらしい。
「あっぶねー!マジ気をつけて下さいよっ」
「あー、キャンキャンうるせー…
」
「俺は犬かッ!」
「バカ犬だッ」
「バカって言うな!」
いい加減、俺もバカだなとか思いつつも、なんとかして保健室のドアをガラガラと開ける。
部屋に入った途端、保健室独特の薬品の匂いが俺の鼻をついた。
しかも、保健医はいないみたいだ。
「ぅあー…。俺、この匂い相当ダメ。」
「さすが、犬は鼻が利くわけか」
「・・っせー
」
裏を返せば、犬みたいに可愛いって意味だなんて、ぜってー言ってやらない。
とりあえず、どっかにコイツを座らせないとと思い、イスを探す俺。
すると、
「俺、センパイの匂いのがいい」
・・・・とか言って、花螢が俺の背中に顔をすり寄せてくる。
オイ、バカ犬。
それは、やめとけ。
俺の理性が、ヤバイ。
「・・そんなにこの香水気に入ったのかよ、」
鼓動の音が、背中からアイツに伝わらなければいいと思いながら、なおも俺はイスを探す。
なんで、ねーんだよイス。
普通は、あるだろ。
どうして、今日に限って。
「つーか、汗と香水の匂いがまじってて、丁度いい。」
お前の言葉に汗ばむ掌に、どうか気付かないでくれ。
イス、
イス、
イス。
・・・・・・イスはどこだ。
「・・それって、ムサイじゃん」
「でも、なんかセンパイはムサくねぇ。・・やっぱ、なんやかんや言ってもカッケーし、尊敬してっからかも。」
花螢。
・・・・・・・・・やっぱ、イスはねぇよ。
「・・なあ、」
「なんスか、」
「イスねぇから、ベッドでもいーかよ」
「いいスけど、」
・・そして、ベッドのある所まで歩いて行って、俺は花螢をその上へとおろしてやった。
「センパイ、消毒とかできンの?」
「バカにすんな、」
そう言って、ガーゼを取りに行く。
何枚かのガーゼを水に濡らして、またベッドへと戻る。
花螢の隣に、腰掛けた。
「膝と掌と口っスよ、」
「ハイ」と、まず掌を差し出してくる。
「痛かったら言えよ」
「はい、」
先ほど水に濡らしたガーゼを、奴の傷口にそっとあてていく。
これで、とりあえず傷口についた汚れを落とすわけだ。
「あ、センパイうまい」
「そらどーも。」
一通り汚れを落としたところで、次は消毒。
「・・あれ。消毒液は?」
俺がガーゼしか持ってきていないのを見て、花螢はきょとんとした顔をする。
そして、俺は。
「ちょ、」
汚れを落とした傷口に、舌をあてた。
「ンで、消毒液使わないンすかッ」
恥ずかしそうな声が、俺の鼓膜をくすぐる。
「消毒液がねぇんだよ、」
―――――嘘だ。
ガーゼの隣に消毒液があったことを、俺は知っていた。
「ヤバイって!エイズになるっ」
「お前はエイズ感染者か」
「違ェけど!」
「だったら、いーじゃねぇか」
舌先を使って、丁寧に傷口を舐めてやる。
少し強く舌を押し当てると、花螢の身体がピクリと震えた。
「ッ・・」
「気持ちいんじゃねぇの、」
「違ッ・・」
一通り舐め終えた後に、俺は次の行動に出る。
こういうことしてもいいのって、やっぱセンパイの特権か。
・・・・・いや。よくないのかもしんねぇけど。
「お前。口も怪我したんだっけ、」
柔らかい花螢の下唇に親指で触れて、そう問う。
じっくりと間近で花螢の顔を見ると、やっぱり見目は整っているのだと改めて知った。
目はちょうどいいデカさで、その目の印象が女子でいうところの「カッコ可愛い」を印象付けてるのかと思う。
眉毛もキリッとなって整ってるし、髪も色素が薄くて綺麗だ。
これがたぶん、生まれもっての「美形」って奴。
「・・はい、」
先程の俺の行動に照れているのか、ソッポを向いて短く答えた。
どんだけ、この犬は可愛いんですか。
飼いてぇ。
手懐けてぇ。
俺のにしちゃいてぇ。
「こっち向けよ。消毒すンぞ・・、」
さっきまで指で触れていた唇に、自らの舌先で傷口を探り出す。
「やめッ、」
今の自分の状況が把握できたらしく、反射的に花螢は俺を手で突き放した。
「っン・・」
それでも俺は腕の力で無理矢理に、花螢をそのままベッドの上へと押し倒した。
そして、噛み付くようにキスをする。
「っ離せ、」
迫ってくる俺の唇から必死で逃れようと、花螢は顔を背けたり身体を動かしたりしながら、どうにかしようとする。
けど、無駄。
・・ンだよ。
さっき、尊敬してるって言ったじゃねぇか。
だったら、・・・いーじゃん。
「・・離さねぇ。・・・・このまま、俺のモンになっとけよ」
動くたびに軋む保健室のベッドは、ますます俺の気持ちを高ぶらせていた。
「俺はっ、」
自分の身体を組み強いている俺を睨みながら、花螢は何かを言いかけようとする。
・・俺は、いったん行為を止めた。
「俺には、ちゃんと好きな奴がいンの・・!センパイの事は好きだけど、そーゆーんじゃねぇしッ」
俺を拒む右手が、無性に痛く感じた。
花螢の吐いたその言葉が、俺の心臓をぶち抜くかと思った。
いつの間にコイツは、こんなにも俺の中に入り込んでいたのか。
・・・・・・この感情を、なんというか俺は忘れた。
「・・・・・・・・ジョーダンだ、バーカ。」
花螢の上から退いて、ヤツの髪をクシャクシャとなでつける。
またベッドが軋んだが、その音は悲しいくらい静かなものだった。
「じ、ジョーダンって!今日は、エイプリルフールじゃねーよッ」
花螢の顔を見れば真っ赤で、いつになく可愛くて。
全くコイツは、罪なヤツだと思う。
「じゃあ聞くけど、お前はエイプリルフール以外の日にジョーダン言った事ねえ訳?つまねーヤツ」
「そーゆーワケじゃねーけど!、ジョーダンにも限度があるッての!」
「俺的に、今のはセーフなんだよ」
「俺は、アウトだ!」
きっと俺は、一生この感情をわかる事もなく結婚して、子供ができて、夫婦円満なんてのを迎えるんだろうな。
寂しいって言ったら、寂しいのかもしんない。
でも、たぶんそれが現実だから仕方ない。
俺は小学校の通信簿に、毎回「潔い」と担任にかかれてた男だし。
ただ、青春がそれでは、俺ってば悲惨すぎはしないか。
そう。今は、青春真っ只中なんだよ。
だから、少しくらい現実に逆らってみるのも悪くないんじゃないかと思い始めてきてる。
そのキッカケが、花螢になればいーかななんて考えちゃってる俺は、やっぱ・・。
・・・よし。明日から、青春しよう。
・・End・・