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新年と風邪と



新年早々、稜が風邪を引いた。
バカが風邪をひかないというのはハッタリだったようで、熱も38.0℃を超えている。
こんな時期だから病院もまだやっていないし、稜自身は大丈夫というけれど、
そんな鼻声で言われても正直微塵も説得力は感じられなかった。

僕はいろいろ考えた結果、とりあえず少しでも力をつけてもらおうと、稜のために何か作ってやることにした。
稜が眠ったのを確認した後、さっそく材料を求めてスーパーに向かった。


「・・・・・・何これ」

そして、新年のスーパーの人の多さに驚愕するハメになる。
レジは当然混んでるし、店内もすごい人混みだった。
初売り激安などとうたった旗やちらしがそこら中に貼ってあり、この集客率の根源がなんとなくうかがえる。
毎年年末に稜が必要な物をため買いしていた理由を、僕はこうして身をもって知ることとなった。


とりあえずもみくちゃになりながらも、なんとか目当ての物を買い物カゴに入れて、長蛇の列になっているレジへと並んだ。
狭い店内にごった返しているお客のせいか、店は活気にみちている。

ぼうっとまだまだ長い列の先をなんとなく見つめていると、ふと前に並んでいる男の人がひどい咳をしていることに気がついた。
こんな新年だというのに、うちの稜も含めてけっこう風邪を引いてる人がいるんだな・・と気の毒に思っていると、
前の人がさらにひどい咳を繰り返していた。


「あ、あの・・大丈夫ですか?」

あまりに苦しそうなので思わず声をかけると、その振り返った顔に一瞬驚く。
白いマスクをしていて顔はよく見えないが、目元のほくろと切れ長な瞳ですぐにそれが誰だかわかった。

「は、榛名さん・・?」

それは稜の部活の先輩である榛名さんだった。
僕自身が直接接点があるわけではないけど、稜のする話によく出てくるし、たまに家に来たりもしていたからその存在は知っていた。
まあ、それよりなによりこの人はイケメンってことで有名だし、校内で知らない人のほうが少ないかもしれない。

「・・・・・・・」

僅かに目元を歪めて、僕をじっと訝しげに見つめてくる。
もしかしたら僕が一方的に榛名さんを知っているだけで、僕自体は認知されていないのかもしれないな。

「稜・・花螢稜の兄です、双子の」

そう言うとようやくわかったようで、「ああ」と少し枯れた声で榛名さんは呟いた。

「榛名さんも風邪ですか?実は稜も風邪で寝込んでて・・」

僕の言葉に一瞬少し驚いたように榛名さんはこちらを見たけど、すぐに前を向いてしまった。
少しだけ列が前へと進む。

「バカも風邪は引くんだな」

風邪のせいで掠れた声がどことなく色っぽかったけど、言っていることは稜から聞いている通り毒舌だった。
・・ま、僕も同じこと思ったけど。

「そうですね・・この時期だから病院もやってないので、寝かせるしかできなくって」

すると、上着のポケットでケータイが振動したのが分かった。
「ちょっとすみません」と言ってケータイを開くと、そこには稜の名前が点灯していた。

「稜みたいです」

一応榛名さんにそう伝えると、榛名さんは何も言わずにまたこちらを見た。
出てもいいということなのかなと勝手に解釈し、通話ボタンを押す。

「もしもし、稜?」

『起きたら兄者いないからびっくりしたー』

ぐずぐずと鼻をならしながら、寝起きでぼーっとしたような稜の声が電波越しに聞こえる。

「ごめんね。なんか食べさせなきゃと思って、今スーパーに材料買いに来てるんだ。
枕元にメモ置いておいたけど、気づかなかった?」

僕の言葉に、ガサガサと枕元を探る音が聞こえて『あった』と稜が微かに笑った。

「今レジ並んでるんだけど、たまたま前に榛名さんがいてね。すごい偶然だよね」

『へー、世間ってせまいのな。センパイ元気?年末以来会ってないかんなー』

「風邪気味みたいだよ。あ、変わる?」

そういうと稜は『じゃあ変わる』と言って、こっちを見ていた榛名さんも察したようで、頷いて僕からケータイを受け取った。

「もしもし」

『うわ、ほんとに榛名センパイだ』

「・・お前、それが新年早々の挨拶かよ」

『はは、ウソウソ。あけましておめでとー、です』

「ったく、年が変わってもお前の頭はめでたいまんまだな」

そうは言うものを、思っていたよりも稜が元気だったのか、榛名さんがなんとなくホッとしているように見える。
毒舌だけどいい先輩っていうのは、稜から聞いていた通りみたいだ。

『センパイも声風邪っぽい。お互い新年からツイてないっすね』

「ほんとにな」

また列が進み始める。
やっとレジのおばさんが見えてきた。

「まあ・・なんだ。これ以上、兄貴に心配かけんなよ」

兄貴、って僕のことだろうか。
まさかそんなことを言われると思っていなかったので、内心びっくりする。

『えー、センパイは心配してくんないんすか?』

「バカ言ってんな」

会話の流れは分からないが、微かに榛名さんが笑ったのがわかって、こんなクールな人でも笑うのか・・と、
なんだか当たり前のことを思ってしまったりする。
それほど稜と仲がいいっていうことでもあるんだろうけど。

「じゃあ、また部活で」

列の順番が近づいてきたのに気づいてか、そう榛名さんが切り出していた。

『はーい。今年もよろしくおねがいします、できればお手柔らかに』

「それはお前の素行しだいだろ」

『俺はいつでもマジメなつもりなんすけどね。ま、それ以上に努力するってことで』

「はいはい、期待しねーでおく。じゃあな」

そして、聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で「サンキュ」と僕に礼を言って、榛名さんはケータイを返してきた。
ぺこっと会釈をしながら、ケータイを受け取る。

いつの間にかレジはほぼ目の前にあった。
次が榛名さんの番みたいだ。

「あ、じゃあ稜。もうちょっとでレジの順番きちゃうからいったん切るね。また何かあったら電話して」

『オッケー。兄者の手料理を楽しみに、おとなしく寝とく』

「そんな大したものは作れないし、失敗する可能性大だからあんま期待はしないで欲しいんだけど」

『兄者の作ったもんならなんでも嬉しいしウマいっていつも言ってんだろ?だから自信もちなさいよ』

なぜか風邪っぴきの稜にそう励まされるが、前の榛名さんがレジの番になったので、いい加減切らなきゃと思い、
稜に「ゆっくり寝ててね」と念をおして電話を切った。
とりあえず電話をした感じだと風邪の具合は悪化していないようだし、少しでも食べて市販の薬を飲めばよくなるかもしれないな。

やがて順番がきたので、レジを通してお金を払い、空いているテーブルの上で商品を袋詰めしていると、後ろから榛名さんに声をかけられた。

「これ」

ふと、何か箱状のものを渡される。
どうやらジンジャーティーのようだった。

「気休めだが、身体はあったまるし飲まないよりはいいだろ」

礼を言う間もなく、榛名さんは行ってしまった。
ぶっきらぼうなようだけど、一応心配してくれてるんだろうな。
これはありがたく受け取っておこう。


袋詰も終わって、ようやくスーパーを後にすることができた。
稜のために急いで帰って、レシピとにらめっこしながら頑張って料理をしよう。
あと、榛名さんからもらったジンジャーティーも淹れてあげよう。

だから稜、はやくよくなってよね。








END




明けましておめでとうございます!ということで、一応新年に関連したSSを・・と思ったのですが!
予想以上に新年が関係なくて自分でも困惑しています。
とりあえず、一回劉と榛名をちゃんと絡ませてみたかったのでそれが実現したということに自己満。

それでは皆さま!今年もどうぞ本サイトをよろしくお願いいたします。

2013.01.03 むちゃ丸




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