今は、授業中だ。
それにもかかわらずオレが屋上にいるのは、紛れもなく授業をフケたから。
理由はとくにないけど、強いていうなら「吸いたくなった」から。
ヘビースモーカーではないけど、ほどほどにタバコを嗜むオレは、時々こうやって授業を抜け出してはスパスパとやっていた。
授業中の屋上なんてまず人はこないし、オレとしても絶好の喫煙所なわけだ。
「・・あ、」
タバコをくわえながら校庭を見ていると、ふとサッカーをする稜さんがみえた。
たぶん、体育の授業なんだろう。
となると、たしか大道寺センパイのクラスも合同でやっているはずだ。
――サッカーをする大道寺センパイなんて、なかなかレアかも。
そんな思いで、コート内を走り回る生徒に一人一人目を向けていく。
「花螢センパイってば、全然やる気ないなー」
ボールを追う群れからかなり外れたところにいる、あのやる気のない生徒は花螢センパイだ。
バスケはすごくうまいのに、なぜかサッカーだけは球技の中でも極端に苦手らしい。
「あんなボールを蹴ってるだけの競技に、僕は微塵も楽しさを見出せないんだけど」と、
前の部活のときに愚痴を漏らしているのを聞いたことがあった。
サッカー部である稜さんにそんなこといったら、それこそ喧嘩モンだと笑いながらいった覚えがある。
「大道寺センパイはー・・」
一通り見渡したものを、大道寺センパイらしき生徒は見当たらなかった。
ただでさえ長身なセンパイは、パッと見ただけでも目立つはずだ。
それなのに、見つからないって・・・・・・?
「愛しの大道寺センパイは、ココにおるで?」
背中に、僅かながらの温もりをうけた。
――腰の辺りに回されているのは、アノヒトの腕。
その腕が、いつものようにオレを包み込んでいた。
「センパイも、サボりですか?」
タバコをふかして、顔だけ後ろを向かせる。
もちろん、そこにはジャージ姿の大道寺センパイがいた。
「金髪美人が屋上に来よるのが見えたさかい、思わずサボってしもーたわ」
「じゃ、オレのせいですかね」
ふっと笑うと、額に触れるだけのキスをされる。
オレはというと、背の高い大道寺センパイの腕の中にすっぽりと後ろ向きに抱きこまれていた。
――その感覚があったかくて、あまり見慣れないジャージからは大道寺センパイのにおいがして。
なんとなくだが、安心した。
「ハールキぃ。まーた、煙草かいな?吸いすぎはようないって、言うたやろ?」
手をつかまれ、指の間にあったタバコを回収されてしまう。
その口調は、まるで口のうるさいオカンだ。
「そんなに吸ってないですってば。コレだって、今朝以来だし」
「今朝って、数時間前やん。わいは、ハルキの身体心配して言うとるんやで?」
「わかってますよ。ソレで最後にしますから」
そういうと、しぶしぶセンパイはオレの唇にタバコの先を戻そうとした。
でも、オレの唇に煙草よりも先に行き着いたのは――センパイの親指で。
その親指がオレの下唇にツンと触れたので、それに答えるようにその先に舌を伸ばした。
「ん・・、」
親指がオレの舌に絡まるようにして入ってくるので、ソレを軽く噛んで制した。
もう空いたほうの手で愛しそうに頬を撫でて、「いやだったん?」と問われる。
嫌だったわけがない。
ただ、
「そうじゃなくて、・・・タバコ」
「は、ハルキはわいとのラブラブタイムより、煙草を選ぶんかッ・・」
およよと泣くフリをする。
・・センパイは、ほんとに最後まで話を聞かない人だ。
「それもハズレですよ。・・タバコの灰、おちるから」
センパイの指の間からタバコを奪って、石造りの床にそのまま投げ捨てる。
タバコから出る小さな炎の先を、かかとを踏み潰したボロボロの上履きで揉み消した。
「あかん、ハルキ。そら環境破壊の漸進やで」
そんな俺の行動を見て、後ろから聞こえるのは抗議の声。
根は真面目なセンパイらしい言葉だと思った。
「ちゃんと、あとで拾いますよ。――それより、」
手を裏に伸ばして、感覚だけをたよりにセンパイの顎先を捕らえる。
「オレ的には環境破壊の食いとめよりも、他にシたいコトがあるんですけど」
チラッと顔を横に向けて、目線の少し上にある唇に同じもので触れてみた。
唇を離すと、それと同時に腰の辺りをいきなり掻き抱いてくる腕がある。
「ちょっ、センパイ・・くるしい、」
「ハルキが誘惑したんがワルイ」
そして、覗き込んできた唇に口元を掬われ、そのままソコを犯すようにむさぼられた。
後ろからガッチリと抱きすくめられているせいで、身動きがとれないので、逃げることもできない。
まさに、今のオレは籠の中の鳥・・状態なワケである。
「・・どや?わいと煙草、ドッチが好き?」
思う存分、オレの口内を暴れまわったセンパイの舌は、満足げにその先をチラリとのぞかせていた。
その隙にセンパイの腕から離れ、足元にあった先ほどのタバコを拾い上げて、携帯灰皿にもどす。
そして、振り返って微笑した。
「そんなの、言わせる気ですか」
「ん?かて、聞きたいンやもん」
自分の親指で顎の辺りを緩く撫でつつ、センパイはにまにまと笑っていた。
―――まったく・・ホントにこの人は、
「は、ハルキ?」
携帯灰皿を制服のポケットに戻し、正面からセンパイの首の辺りにギュッと抱きついた。
いきなりのことに驚いたのか、先輩はさっきのように腕を回してこようとしない。
「強いていうなら、」
宙ぶらりんになったセンパイの腕を掴んで、そのまま自分の腰の辺りに落ち着かせる。
そして、センパイをそのまま引き寄せた。
「オレは、後ろからより前から抱きしめられる方が好き、かな」
その一言を聞いたセンパイの気持ちは、言葉を聞かなくてもよくわかった。
――だって、いつもみたいにすごく優しく抱きしめ返してくれたから。
「ハルキ、」
抱きしめられたまま、呼びかけられる。
「なんですか、」
「このまま、ドッカ行こうや」
「センパイ、ジャージじゃないですか」
「もちろん、着替えてからやて!」
ポンポン、と髪を撫で付けられて、「ハルキは、ホンマおちゃめさんやな〜」とぼやかれた。
「最近はけっこー授業出てたし、サボってもいーかな」
「わーい♪ほな、行こうで!な、な!」
センパイはオレから離れると、そのままオレの背中を押して歩き出した。
いつの間にか、すっかりセンパイのペースだけど、そんなのはいつものことだし、気にならなかった。
・・まあ、欲をいえばもうちょっとあのままでいたかった・・けど。
でも、これからの授業をサボってのセンパイとのデートだって、もちろん楽しみだ。
センパイと過ごす時間は、どんなものだって楽しい。
学校だって、どこかの店だって、遊園地だって。
センパイがいれば、オレはそれだけでしあわせなんだ。
・・なんて、正面きっては恥ずかしくて、本人にはいえないけど。
そんなことを心の片隅で思いつつ、この後のことを考えながら、密かに心を躍らせてしまうオレだった。
**END**