優しく微笑みかける。
大道寺センパイに優しく微笑みかけられるたびに、思い出す。
・・オレと大道寺センパイが、初めて出会ったときの日のこと。
高校に入って間もない頃、クラスではこんなものが配られた。
・・部活動入部届。
コレについて担任が話す中、オレはろくにそんなコトにも耳を向けずに、ぐったりとしていた。
オレが入る部活は、もう決まってる。
担任がなんと言おうと、その気持ちはたぶん変わらないだろう。
「紫苑は、何部入ンの?」
後ろの席の男子に、そう耳打ちされる。
たしか、こいつは野球部に入りたいとか言ってたな。
「バスケ部、」
オレはもちろんそういって、ニッと笑っていた。
放課後。
今日、部活見学に行って、そこで入部届を出すつもりだった。
バスケは小学生の頃からずっとやってるし、高校でももちろん続けるつもりでいたから。
「・・・・、」
勝手に見学していいのかな。
体育館の前で暫しの間立ち止まり、そんなコトを考えていた。
「なに?」
すると、オレの目の前を通りかかったバスケ部のセンパイらしき人が声をかけてきた。
何でバスケ部って分かったかというと、たんにユニフォームを着てたからなんだけど。
その人は、体育館の前で立ち止まるオレを見て不思議に思ったのか、きょとんとした表情でオレを見ていた。
とりあえず、一呼吸おいて、口を開いた。
「1年なんですけど、見学しててもいーですか」
すなおに、そう尋ねてみる。
改めて見たセンパイは、背が高くて、割かし整った顔をしていた。
これだけ身長も高ければ、シュートも入れやすいんだろうな。
「そないに気兼ねせんといてや。全然、好きに見とってかまへんから。
あ、他に来とる一年生は、体験するて言うとったけど、君はどないする?」
いきなり悠長な関西弁がとび出してきたので、思わず面食らってしまった。
それにしても、感じがよくて優しそうなセンパイだ。
「えーと・・、今日は制服なんで見てるだけで・・」
なんだか急に緊張してきて、しどろもどろの反応を返してしまったオレ。
関西弁の人と話すのとか初めてで、たぶんすごい感動しちゃったんだと思う。
「了解。ほな、またな」
ひらっと手を振って、そのセンパイは小走りで体育館の中へと戻って行った。
オレも、軽く頭を下げておく。
なんか、脱力。
・・・カッコよかったなー。
その後、オレも体育館の中へと入っていった。
体育館では、バスケ部とバレー部が反面コートで練習をしていた。
ちょうど、バスケ部は休憩時間だったらしい。
オレは、体育館の隅っこの方に腰掛けていた。
さっきのセンパイ、いないな。
ぼーとしていたら、何個かの足音がオレに近づいてくるのが分かった。
足音が止まる。
ふと上を見上げると、そこには見知らぬ3人の男が立っていた。
・・オレが言うのもなんだけど、お世辞にもガラがいいとはいえない。
「なあ、あんた一年?」
左側にいた、にきび面の男が言った。
ユニフォーム着てるから、たぶん3人ともセンパイだと思う。
「・・そうですけど」
なんだよと思いつつも、仕方なく答える。
「ソレ、まさか地毛じゃねーよな?」
真ん中にいた男が、軽くしゃがんでオレの髪をひっぱってきた。
そんなに強くなかったから、少し顔をしかめるくらいですんだけど。
・・てゆーか、まだ部員でもないのに、早速目を付けられたというトコロなのかコレは。
「はあ・・」
「一年がキンパで部活入ろーってか?あんま甘くみんなよ、」
曖昧な返事をすると、それが気に障ったのか、男は強い口調でそう言った。
・・なんで、一年はキンパにしてちゃダメなんだよ。
あんた達だって、染めてんじゃんか。
そう思ったけど、あえて無視していた。
「聞いてんのかよ」
「おい、」
胸倉をつかまれ、さすがにヤバイと思った矢先、その後ろからある声が聞こえる。
その声の方をみると、そこにはさっき会った関西弁のセンパイがいた。
「何やっとるんや、」
オレにいちゃモンをつけていた男の肩を掴んで、そう問う。
・・唖然とする、オレ。
「大道寺」
肩をつかまれた男は、不快そうに呟いた。
・・大道寺。
これが、センパイの名前なんだと思った。
「先輩になってそうそう後輩イジメかいな。要因はなんや?」
大道寺センパイの手をはらって、男は立ち上がった。
一回だけオレを睨んで、センパイのほうを振り返り二言ほど零す。
「一年のくせに、キンパだぜ?お前はなんか思わねえのかよ」
なんか、簡潔にまとめちゃうと、すごくくだらないことな気がした。
あの3人もそう思ったのか、罰の悪そうな顔をしている。
根は、そんなに悪い人たちなワケじゃないのかもしれない。
そして大道寺センパイはというと、なんともないような顔をして、さり気なく衝撃的なことを言った。
・・少なくとも、オレにとって・・だケド。
「めんこいンとちゃう?」
その言葉に、オレはもちろん、絡んできた3人すら呆気にとられていた。
・・めんこいって、かわいーってイミだったよーな・・。
「大道寺、オマエなに言って・・」
「かて、お人形みたいやで?ごっつめんこいやんかv」
オレは、たしかに大道寺センパイの胸の辺りから「きゅんv」という音を聞いた・・気がした。
やっぱ、関西の人ってみんなこんなカンジなのかな・・?
・・マジで、おもしろい。
こんな状況にもかかわらず、喉の辺りから笑いがこみ上げてきそうになる。
「ったく、大道寺にはかなわねーな」
そう言って苦笑をしながら、いちゃモン3人組は去っていった。
な、なんかスゴイ。
大道寺センパイが冗談(もしくはマジ)なコト言っただけで、あの人たちは改心したみたいに去ってしまった。
大道寺センパイの人望みたいなのが、それほどアツイってコトなのかもしんない。
「あの・・、ありがとうございました」
立ち上がって、礼をいう。
とりあえず、今のオレにはこんなことしかできない。
「気にすんな、礼なんかいらへん。・・それよか、なんちゅーか・・、あいつらも根はええ奴なんや。許したってくれへんか?」
自分のことのように頭を低くして、彼はいった。
・・ホントに、優しい人なんだ。
「全然、へーきです。まあ、たしかに一年のくせにキンパはヤバイかもしんないし」
また、他の人に何か言われる前に色戻そうかな。
そう軽くいうと、大道寺センパイはオレの両肩を掴んで、感極まったカンジにオレを説得しに入った。
「あかん!そら、もったいないで。その色、ごっつ似合っとるし」
「でも、またなんか言われんのめんどくさいし・・」
「そしたらっ、」
その言葉を続ける前に、仄かに大道寺センパイの頬が赤くなった気がした。
つられて、オレの頬も熱くなる。
・・なんだコレ・・。
なんか、カラダまであっつくてしょーがない。
こんなのって・・・・・・。
「・・そしたら、わいが守ったるから」
赤い頬で、オレに優しく微笑みかけながら、そういった大道寺センパイ。
これが、彼からの最初の求愛だったんだ。
だからオレは、センパイのこの笑顔を未だに忘れられないでいる。
あの時のオレは、ちょっと照れくさそうにくさい台詞を言ったセンパイに思わず笑ってしまった気がする。
・・大道寺センパイ。
それでも、どうしようもないくらいセンパイの言葉が嬉しかったことは、今でもちゃんと覚えてるんですよ。
**END**