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怖くて抱きつく。



今は、たぶん夜の10時過ぎくらい。
そして俺は、明かりが消されて真っ暗に近い兄者の部屋にいた。
思春期の男子たるもの、真っ暗闇の中、2人きりでやることといったら一つしかないと思うわけだけど・・。


「ギャー!出た出た!なんか出たぁーッ」

隣にいる兄者に、容赦なく抱きつく。
正しく言えば、手加減できなかった・・に近いかも。
・・なんたって、今は俺の大ッ嫌いなホラー映画を見てるから。

「稜、さっきからうるさい。ホラー映画なんだから、なんか出てもらわなきゃ困るでしょ」

俺としては、なんか出られたほうが困るんですが。
そんな俺の心境なんておかまいなしに、画面の中の「なんか」は不気味な声と共に、暗い廊下を這いずり回っている。

「じゃあ、もう俺見なくていい!?自分の部屋で一人さみしく、ジブ●見てていい!?」

半泣き状態で兄者にしがみつく俺を、当の本人は何食わぬ顔で見据えていた。
しかも、けっこう不機嫌そうなかんじに。

「それじゃ、約束が違うじゃん」

テレビからの悲鳴に驚いて、思わず逸らしていた目線を戻すと、そこにはおどろおどろしい「なんか」が、男の首を容赦なく締め上げていた。
その映像に軽く眩暈を覚えながらも、俺は兄者の発した言葉を辿ってみた。

――――約束。
俺たちはレンタルショップに行ったとき、それぞれ見たいものを一本ずつ借りて、一緒に見ようと約束していた。
俺は真っ先に18禁コーナーの暖簾をくぐったものを、まだ自分が17なことを思い出し、しぶしぶ前から見たかった国民的アニメ映画を選んだ。

そして、ここからが問題。
兄者が選んだものというのが、よりにもよってのホラー映画。
最近、だいぶ話題になった邦画だったので、名前だけは俺も知っていた。
そういえば、この映画が上映された当初、兄者にさんざん「行きたい」とせがまれたけど、断固拒否していた・・なんていうエピソードもあった気がする。
しかし、兄者がまさかそれを選んだなんて思いもつかずに、その事実に気づいたのが、レジで会計をしているとき。
・・・・時すでに遅し。
まさしく、そんなことわざが俺の頭にうかんだ瞬間だった。

「じゃあ、せめて見なくていい?ずっと兄者に抱きついてていい?」

俺のヘタレ具合に諦めたのか、兄者は「しょーがない」と嫌々ながらにも頷いた。

了承を得た俺は、ひたすら兄者の首根っこに抱きついて、自分の視界を完全にシャットダウンした。
それでも、音はやっぱり聞こえちゃうし、どうにか気を紛らわせたい俺は、他のことに神経を集中させることにした。

えーっと。今日の弁当は、自分で言うのもなんだけど、なかなかの力作だったよなー。
とくに、あのミートスパゲッティがなんともいえないくらい美味かった。
ミートスパゲッティ・・、肉・・・赤・・、血・・・・・・・・。
うわー、こえー!ミートスパゲッティ、あなどれねー!

この状況では、たとえ弁当のことを考えたとしても、禍々しい方向に考えてしまうという使えなさすぎる自分の脳内を呪った。


「・・うわー。エグい・・・・」

そして上からは、なんとも冷静に感想を述べてくる兄者の声が聞こえた。
そんな感想、誰も求めてませんから!

・・あー、マジ早くおわんねーかな。
せっかく、こんなに兄者と密着してるっつーのに、こんな状況じゃどうにも・・・・。
・・・って、密着?

今までは、ただ恐怖のまま兄者に抱きついてたけど、思えばこれってすげーおいしくねー?
部屋は、まっくら。
兄者は、映画に夢中。
俺は、そんな兄者にきっちりと抱きついてる。
・・・・このチャンスを逃したら、男が廃るってもんよ!

というわけで、さっそく俺は獣モードへとチェンジ。
もう「なんか」にビビッてた昔の俺ではありません。

手始めに俺は、目の前にある兄者の首元へと舌を伸ばした。


「!ちょ、何やって・・」

いきなり感じた舌の感触に驚いたのか、びくっと兄者の肩が震える。
俺は答えずに、そのままうなじを舐め上げた。

首に回していた腕を片方解き、服の裾から中へと忍び込む。

「稜ッ、」

肩の辺りを執拗に押してくるが、そんなのは全然構わない。
力だったら俺のほうが断然上だし、なにより敏感な兄者の身体を触ってしまえば、もうコッチのもんだった。

「兄者は、映画見てていーんだぜ?・・俺は、コッチで遊んでるからさ」

右手では滑らかなその肌を撫で、冷たい耳朶を口に含みながらいうと、兄者の口から僅かな吐息が漏れる。
・・よし、俺は勝ちました。
兄者とか、ホラーとか、自分のヘタレ具合に。


「触る、な・・」

言葉では抵抗するものを、兄者はそれ以外に俺に抗える術を持っていなかった。
あとは、俺に任せとけばいいんだって。
・・なんたって、身体はなにより正直なんだからさ。

「兄者。文句よかさ・・俺は、もっと可愛い声が聞きてーんだけど?」

衣服を胸の辺りまで捲り上げて、上半身を露にする。
暗闇の中、テレビの光に反射して照らされた兄者の肌は、白くてきれいだった。

「・・ふざけるなってば、」

「もう、命令禁止な」

さらけ出された肌にゆっくりと舌を這わせて、そのまま軽く吸う。
小さな水音が、すこし響いた。

「これ以上やったら、・・しらない、から」

甘い声は押し殺して、兄者がそんな脅迫めいた言葉を吐き出す。
しかし、残念でした。
あとでどんなに罵られようとも、俺は今この時の楽しみを選ぶね。

「ご自由に」

そう言って、離した唇を再び肌に這わせようとすると。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアッ』

突如、耳をつんざくような大きな、いや巨大でブキミすぎる声が部屋中に響き渡った。
それに驚いて、音のするほうを振り返ってみると。


『コ・・・ロ、シ・・テ・・・・ヤ、ル・・・』

長い髪の白装束を纏った女性(おそらく)が、血眼の状態で包丁を持って、テレビ画面いっぱいの大アップで映っていた。
・・しかも、やはり声はリアルすぎる大音量で。

「やだー!!すいませんごめんなさい殺さないでくださいッ!」

再び兄者に抱きつき、今度こそマジで泣きそうな状況の俺。
その頭上に、なにやら硬くて端の角ばったものが当たった。

「稜が悪いんだからね」

そう俺を引き離して立ち上がった兄者の手には、いつのまにかリモコンが握られていた。
・・つまり、これでめいっぱいの大音量にしてくれちゃったらしい。

と、そんな感じに状況判断していたのもつかの間、兄者は淡々とドアの方へと歩いていってしまう。
当然俺は、それを引き止めにかかった。

「ちょ、兄者・・待っ」

「それ、最後まで一人で見るんだよ。明日、ちゃんと感想を言うこと。じゃ、おやすみ」

・・パタン、ガチャ。

むなしく、ドアの閉まる音がした後、外側から鍵を閉める音が聞こえた。

・・・・・・マジかよ?


『コッ、チニキ、テェ・・・・コ、ッチニ、』


そして、後ろからはあの声が。
まっさきにテレビに近づいて音量を下げまくった挙句、電源切りたいけど、今テレビの方を振り返ったら、またあのドアップとご対面なのは間逃れない。
たとえお願いされても、行けるわけがありません!(泣)


「兄者ー!ごめんって、な!もうしないからさー!つか、兄者だって約束やぶってんじゃねーかよー!」

ひたすら懇願するものを、当然ドアの外からかえってくる返事はない。
その代わり聞こえてくるのは、背後からの女の声。


『オ、ネ、ガ・・・・イ、コッ、チニ・・・・・』

「だから、行かねーっつの!!」


この後は、ただ一晩中テレビ越しでの霊との格闘が続き、映画が終わったときには、精神的にも肉体的にもかなり憔悴しきっていて、眠ることすらできなかった俺なのであった。






**END**










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