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傘と猫。



現在、テスト期間中。
テストは憂鬱だけど、おかげで今は部活も休みで愛しの兄者とラブラブ下校中。


「稜、なんで傘持ってこなかったの?
今日は雨降るから折りたたみ持ってかなきゃねって朝話してたでしょ」

ふてくされながらも一つの傘に身を寄せている兄者、イッツキュート。

兄者の傘を持ちながら、俺はまあまあと兄者を軽くなだめる。
ここだけの話、俺…ほんとは傘持ってます!

だってせっかくの雨、久しぶりの二人一緒の登下校。
この機会を大事にしなきゃ男が廃るってもんだろ?
恋愛中、時には嘘も必要なのです。

ごめんな、兄者v
と内心るんるんとしていると、ふとあるものが目に入った。

「…あー、前の奴も傘ない組かよ。俺のお仲間さん」

前をかったるそうに歩く、俺らの高校の制服を着た男子学生。
傘を持ってないわりには急いで歩こうとも走ろうともしないし、高校生的な若さと青春が足りないなまったく。

そして、一応傘を持っていない設定の俺とそいつの徹底的な差がもう一つある。
それは隣にかわい子ちゃんがいるかいないかだ!

と心の中でドヤ顔してると、その男子校生がふと立ち止まった。
まさか俺の心の声が何らかの電波を通して届いちゃった!?
とかアホなことを考えながらドキッとしていると。

「…あ、」

隣にいた兄者が立ち止まって小さく声を上げる。

「ん…?」

俺も歩く足を止め、そいつの行動を見守って見る。

道の端に向かって数歩歩いて立ち止まる男。
その先にはーーーー。

「猫…?」

そこにはダンボールに入って顔だけを出して男を見つめる猫の姿があった。
漫画とかでよくあるワンシーンのようだが、まさかそれを現実で目の当たりにするとは…。
遠目からでよくわからないがまだ子猫のように見える。
こういうのを見るのはほんとに胸が痛むな…。

「こんなところに捨てるなんてひどいね…」

兄者も俺と同じようにショックを受けているみたいだ。

男はというと、暫くそのまま猫をじっと見つめているようだった。
猫も相変わらず男を見つめたままである。

まるでその空間だけ時が止まったみたいに雨の音だけがしとしとと耳に響いていた。


「「……あ、」」

今度声を上げたのは同時だった。

男がダンボールから顔を出す猫をひょいっと片手で抱き上げて、そのまま歩き出したのだ。

か、かっこいい…!!
これは同じ男として評価せざるを得ない。
まさか漫画の主人公さながらほんとに猫を助けてやるなんて、男気だだ漏れすぎるぜ…!

気づいたら俺は兄者に傘を預けて、猛ダッシュでその背中を追いかけていた。

「ちょっと、稜…!」

いきなり走り出した俺にびっくりしたのか、俺から持たされた傘を反射的に受け取ったまま兄者は棒立ちしていた。

「ごめん、ちょい待ってて!」

振り返って兄者にそう告げる。

雨がつめたい。
けっこう強くなってきたな。

そんなことを思いながら走っていたらすぐに追いついた。

「おーい、ちょっと!」

僅かにあがった息を整えながら俺はその人の肩を掴んだ。

「これ、傘。よかったら使って」

中身がぺしゃんこなバッグの底から折りたたみ傘を取り出して、男に差し出す。

「は…?」

振り返る男。


「「………あ、」」

また重なる声。
俺と、その男ーーー、見知った顔と声。

…は、榛名センパイ!?

「…お前、何やってんだよ」

すっかり雨に濡れて髪がしっとりとしている。
ああ、これが雨も滴るなんとやらってやつかと実感した。

「いや…、前の奴が猫拾ってやってたのに感動したっつーか…なんつーか」

だから、傘。
みたいな…。

俺も完全に突発的に走り出してたから、いまいち自分自身がなにを思ってとかそんなことは考える時間もなかった。

しかもそれが榛名センパイとか、なんのドッキリだよ?


「そんで?お前も濡れてんじゃん」

目に入りそうになっていた前髪を人差し指でよけてくれる。
その時の表情は手に遮られてちらっとしか見えなかったけど、笑っていたように見えた。

「兄者が傘持ってるんで」

後ろを振り返って、兄者のいる方を示す。
思ったより長く話してるなと兄者がキョトンとしている感じが遠くからでも見て取れた。

一呼吸おいて、榛名センパイは「…あー」と適当に相槌を返してから、猫の首の辺りをゴロゴロと撫でてやっていた。
ちょっと気が強そうな目がどことなく榛名センパイに似てるなと思うと少しおかしい。

「その猫、飼うんすか?」

折りたたみ傘を広げながら俺は聞いた。

「…んー、まあ。俺の家なんも飼ってねえし」

親も動物すきだし、と言って広げた傘を受け取る。

猫がセンパイの腕の中でプルプルと震えて雨水を飛ばした。

「よかった」

思わずニッと笑みがこぼれた。
ふだんはぶっきらぼうだけど、センパイはほんとは優しいしきっと猫も幸せだろう。

そんな気持ちが零れたんだと思う。

「…なんだよ、そら」

苦笑しながらセンパイはそう言った。

「じゃあ、」

傘を肩に挟んで、俺の頭をひとなでする。

「傘、ありがとな」

そういってセンパイは歩き出した。
俺はセンパイの背中を見送りながら、深い溜息をついた。

…なんか、映画のワンシーンに出演した気分だぜ。

やっぱり榛名センパイはカッコいい。
絶対、本人には言ってやらねーけどな。


「稜、」

すっと目の前に傘の先が映る。
それと同時に兄者の声がした。

「知り合いだったの?話し込んでたみたいだけど」

口ぶり的に、兄者はたぶん気を使って後から来てくれたんだろう。
そういう小さい気遣いもさすがだぜ。

「ん、榛名センパイだった」

俺の返答に兄者はびっくりしたように目を丸くした。

「奇遇だったね」
「俺もびっくりした」

今度は兄者が傘を持って、俺たちはまた歩き出した。

「稜の話だと榛名さんって怖い人なのかと思ってたけど・・。優しいんだ?」
「まーな。ふだんは人のことバカだのなんだの言うけど」
「それでも捨て猫拾うなんて、やっぱり優しいんじゃない?」

どーだろ、とか笑いながらも悪い気はしなかった。
自分のセンパイがいいことしてるとこ見れるのってやっぱ嬉しいし、褒めてもらえるのもなんだか誇らしい。

そんな気分で、なんだか胸がいっぱいだった。

「あ、そういえば」

スッと兄者が歩みを止める。

「ん?」

「榛名さんに傘かしたってことは、今日持ってきてたわけ?」

ぎくっと俺の肩が縮こまる。
しまった、つい勢いでやってなんも考えてなかった。

俺の相合傘作戦が…!

「まあ、聞かなくても大体わかるけどね。
言いわけ、…する?」

じとっと横目で俺を見る兄者の目は、怒っているというよりは呆れているというのが的確。

俺はこの気まずい空気に、ただ笑いを浮かべるしかなかった。

「やー…なんかさ、やっぱ雨だし?
相合傘的なのやりたかったっつーか…」
「嘘つかなくても言えばいいでしょ」

兄者の言葉にむうっとして俺が反撃する。
もう完全にいつもの流れだ。

「だって兄者、絶対やって言うじゃん!」
「…言わないかもしれないだろ(嫌だけど)」
「俺は絶対的な確証をもって相合傘に挑みたかったのおー!!」

「もう知ーらない」

ぺいっと傘を避けられ、俺は一人寂しく雨に打たれるハメになる。

「ちょ、兄者!濡れる、濡れるから傘入れて!」

あーあ。
ラブラブ相合傘作戦はどこにいったことやら。
それどころかこの仕打ちとか残念賞すぎる・・。

でも、ちょっといいもんも見れたしまあ良しとするか。
今度榛名センパイの家に行くとき、猫におみやげを買っていってやろう。
なにが好きかとかもうちょっと経ったら聞いてみよう。
また、あの猫に会うの楽しみだな。

いろいろと思いを馳せながら、雨の日ってそう悪いもんじゃないと思った。
少なくとも、今日はダントツでいい日のカテゴリに入るよな。


兄者とわいわいやりながら、そう幸せを実感する俺だった。






―――――こうして、俺が次の日に風邪を引いたのはまあ言うまでもない。









END









報われない榛名をかくのが好きなんですが、
どうしても稜が無神経な男になってしまうのがなあ・・というところ(´・ω・)
後日談か何かをかきたいなあ。




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