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優等生



「おはよう、大和クン」

学校の校門を通り過ぎると、突然肩を叩かれた。
眠さのせいでぼーっとしながら歩いていたので、ハッと我にかえり反射的に振り返る。

「…?」

そして、目の前には見知らぬ男。
今時黒髪をわざとらしいほどきちんとした七三分けにし、黒縁のメガネをかけている。
学ランは第一ボタンまでしっかりととめていて、模範的な優等生といった風貌だった。

…あいにくだが、こんな知り合いがいた覚えはないんだが。

「コラコラ、第一ボタンはきちんと閉めないとダメですヨ」

まったく遠慮のない距離で、俺の首元を指先でなぞるように空を描いた。

この口調に、声。
まさかとは思うが…いや、そんなはずはない。
目の前にいるのは、誰が見ても完璧な真面目男だ。

「お前、まさかとは思うけど…」

思い当たる名前を口にしようとして、その先を飲み込む。
そして、相手の顔を見る。

こんな今時とはかけ離れている髪型をしていても、メガネの奥の顔はよくみると整っている。

…そして俺は、この目を知っている。


「…唐沢?」

「ハーイ?なんですカ」

驚くことに、本当にこいつは俺の知っている唐沢竜也であるらしかった。

いつもボタンは開け過ぎていて目線に困るほどで、髪は脱色した茶色できらきらしてる。
腰履きしたズボンはいつ落ちてしまうかとヒヤヒヤするし、少しばかり期待もする。

それがどんな心境の変化があれば、こんな姿に成り代わる?

「…すげーイメチェンだな」

と、とりあえずは捻りもなにもない感想を述べる。
俺は珍しく、はたから見てもわかるくらいには動揺しているらしい。

「だしょー?でも悪くないだろ、こーいうのも」

アホっぽい喋り方はそのままで、少しだけ安心する。
俺はいつもの唐沢しか知らないから、こんなこいつを見ると誰と話しているか少しわからなくなる。

「誰もお前って気付かなそうだな」

昇降口の付近で挨拶をしている教師に挨拶を返しながら、改めて隣を歩く唐沢を見る。
いつもだったら、必ず教師に「格好がだらしない」だの「髪を黒くしろ」だの文句を言われる唐沢が、作り笑顔で挨拶をしている。
(もちろん教師はコレが唐沢だなんて気づいていない)

どんな凄腕気象予報士じゃなくても分かる。
…明日は雷雨だ。

「それも狙いだったりして。せっかくやんなら思いっきりやんねーと」

誰にも指摘されずに下駄箱にきたことにさぞ満足げな顔をしながら、唐沢はローファーを脱いだ。

「で?そろそろ理由を聞いてもいいか」

勿体ぶっているのはなんとなく分かるので、極力俺からは聞きたくなかったんだが、
聞いてほしそうな顔でちらちらとこちらを見るので、大人な俺が折れることにした。
まあ事実、俺も気にはなるのだ。

「え?えー?知りてえ?」

予想通りの反応で、憎たらしいことこの上ない。

どうせあれじゃないか。
弥栄が「黒髪の方が似合いそう」とか「もっときちんとしろ」とか、つまり弥栄絡みだろ?
あー、忌々しい。

「あ、先に言っとくけど弥栄はカンケーねえから」

時々鋭い唐沢に、こうやってビビらされることは稀にある。
そして、弥栄以外が原因とは素直に驚かされた。
そんな自分が哀しいが。

「じゃあ、何」
「いやー、あのな。コレ、わりと深刻でして」

その口ぶりに大体の予想はついた。

「今日の頭検で引っかかったら、一ヶ月毎日反省文書かされんだって。
しかも謎の数学テスト付き!赤点取ったら更に追試もついてくるっていういらねー特典付きだぜ?
だったら今日だけ思いっきりやったろーってなって、こんなんなったワケ」

頭検とは頭髪検査の略であり、高校生の誰もが通ると言っても過言ではない試練である、らしい。
らしいと言うのも、野球部で坊主の俺にはまあ関係のない話だからだ。

思い返せば、唐沢は頭髪検査があるたびに教師に呼び出されては叱られていた。
それでも直そうとしない唐沢はさすがであったが、今回の件を見るに、さすがの教師も痺れを切らしたのだろう。

「極端すぎっつーか…今日だけやって意味あんの」

そんなことは唐沢に聞くまでもないわけだが。

「あくまで、頭検で引っかかンなきゃいんだよ」

なんとも悪い笑みを浮かべながら、メガネのフレームを中指で持ち上げる。

慣れとは怖いもので、ガリ勉風唐沢もなかなかに悪くないかもしれないと思い始めている俺がいたりするので恐ろしい。
思いの外、唐沢はメガネが似合っているし、黒髪も悪くない。
こう真面目そうな雰囲気っていうのも、どことなくエロくてそそられる。

…我ながら、適応能力に長けすぎだろ。

「さーて、教室行くのが楽しみだなーっと」

教室に入った瞬間のクラスメイト達の反応が目に浮かぶ。
まず、唐沢と仲のいいギャル達は爆笑するだろう。
「元ヤン怖い」と、普段は唐沢を遠巻きにしているガリ勉組は、ちょっと親近感を持つかもしれない。

弥栄と熊田は…そうだな。
どこかに頭でもぶつけたのかと、わりとマジになって心配するかもしれない。

そんなことを想像して、心の中で密かに笑う。

どれにしろ、クラスメイトの中で一番にこいつを見たのは俺だと思うと、アホらしい優越感が生まれた。

一日限定の優等生。
これで見納めというのもなんだかもったいない気もするが、その反面いつもの唐沢を既に懐かしくも思う。
結局俺は、こいつがどんな見た目をしていようとどうでもいいのだ。

そんな、自分でも寒気のしてくるようなことを考えながら、俺は前を歩きだした優等生の後を追った。









END






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