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1番の、



今日は、土曜日。
他校との練習試合を無事終え、一人暮らしをしている先輩の家で、部員たちと打ち上げをした帰りだった。
連日の練習の疲れが溜まっているのもあり、身体はくたくただ。

日曜である明日がバレンタインだからと、今日の試合にわざわざ来ていた女子たちからチョコレートを貰った。
帰ったら食べようか、とそんなことをぼーっと考えながら、商店街を歩いていた。
・・そういえば、金曜日の時点ですでに女子からけっこうな数のチョコをもらったな。
モテ自慢なわけではないが、毎度女子ってのは律儀なもんだと感心する。

並んでいる店もバレンタインの飾り付けをしていたり、商店街全体がバレンタインらしい雰囲気を醸し出していた。
ついこの間までクリスマスだ正月だと騒いでいたっていうのに、もうバレンタインか。
イベント事を見るたびに、月日の流れの早さに驚かされるもんだ。

ふと腕時計を見ると、もう24時前だった。
先輩たちがなかなか帰してくれなかったのと、明日が日曜ということもあってゆっくりしすぎたな。

肩からずれてきた部活のバッグを背負い直し、ため息をつく。


「・・あれ?大和じゃん」

向かいから声をかけられ、顔を上げると、そこにはなぜか唐沢がいた。
突然のことに、不本意にも心臓が高鳴ったことが悔しい。

「なんでここにいんの、」

それをさとられまいと、平然とした風を取り繕う。

「バイト帰りー。今日の店遠くってこんな時間。オマエはー・・っと、今日試合だったんだっけ?」

制服姿なのを見てか、俺が今日試合だったことを思い出したらしかった。

「ああ。打ち上げしてた」

「そりゃ、ごくろーさん。そのカンジだと、試合は勝ったっぽいな」

ニッと笑う唐沢の顔が、商店街の明かりに照らされている。
なんとなくだが、綺麗だと思った。

「おかげさまで」

「あー。てかその袋、もしやバレンタイン?ナニナニ、マネから?もしかして部員?
相変わらず、大和クンはおモテになりますな〜」

左手に下げていたいくつかの袋を目にした唐沢が、ここぞとばかりにひやかしながら、肩を組んでくる。
てか、マネはともかく、部員って男しかいねーんだけど。

「試合見にきてた女子からだよ」

肩から無理やり奴を引き剥がし、ため息をつきながら答えてやる。
すると唐沢は、ますます面白そうな顔をした。

「わざわざ試合くるとか、完全に本命じゃん。どーすんの?」

こいつは、今まで俺が女子からの告白をオッケーしたことがないのを知っていながらこんなことを聞いてくるか。

「・・べつに告られたわけじゃねえし、」

「バッカ、バレンタインにそれっぽいもんもらったら、告ってんのとおんなじだろーが」

不覚にもそう説教をされるが、そうだとしても俺の答えは決まっている。

だって、・・・・俺は。


「まあー、そういうのもオマエらしーっちゃそうだけど」

俺がなにも答えずにいると、唐沢は苦笑いをした。

・・まったく、いい気なもんだ。
お前は、俺がこんなにも悩んでいることを知らない。
なぜなら、お前は弥栄しか見てないからだ。
一途なのはけっこうなことだが、もうちょっと周りに目を向けてもいいんじゃないか。

意外と身近に、お前のことを大事に思ってる奴がいるかもしれないぞ。


「あ、バレンタインといえば」

突然思い出したように、自分のバッグの中をあさりだす唐沢。

なんだと思い黙っていると、いきなり目の前に赤色の箱が飛び込んできた。

「今日のバイトでの余りモン。俺あんまこういうの食わねーし」

やるよ、と言って差し出されたそれは、ハートの形をした・・どうみてもバレンタイン用のチョコレートだった。

・・あー、くそ。
なんだよ、これ。・・・・めちゃくちゃ嬉しい。

「・・ああ、サンキュ」

そう言って受け取ろうとすると、「あ!」と声をあげた唐沢が俺の腕時計を指さした。

「12時ピッタじゃん、ウケる!バレンタインデーに一番最初にチョコ渡したの、俺になっちったじゃんよ」

チョコを受け取って時計を見ると、たしかにそれは12時をさしていた。

偶然とはいえ、バレンタインデーに、好きな奴からもらったチョコレート。
それはどうやらバイトでの余り物らしいが、そんなことはどうでもいい。

正直、どんな高級チョコレートよりも嬉しかった。

「なんなら、クーリングオフしてくれてもいーケド?」
「結構です」

内心こんな喜んでるってのに、誰が返すかよ。
そう心の中で補足する。

「あ、そーお?つか女子にバレたら、俺ころされそーじゃね?
ま、俺が命がけで渡したんだからな、感謝して食えよ」

唐沢の冗談も、頭には入ってこなかった。

ただ、俺は小さな赤い箱を密かに握りしめ、心の中がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。











END



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