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視線の先に恋心。(3)



放課後の教室で、一人日直の仕事をしていた。

自分自身の大和くんへの気持ちを知ってしまってからも、
私は気づいたら大和くんのことを見ていた。
そしてハッとして、慌てて目を逸らす。

大和くんを見ていたこと、誰かに気づかれてないかな。
私が大和くんのことを好きって、バレてないかな。

目を逸らした後も、そんな風にドキドキしながら、俯いていた。

―――――これが恋。
大和くんは、きっと私と同じような気持ちで、唐沢くんのことを見ているんだろう。

自分でも気づかないうちに、その姿を目で追っていて。
それは本人にも他人にも気づかれてはいけないと分かっていても、つい見てしまう。

自分の気持ちにすら抗えないのが恋なんだ。





「――――悪い、遅れた」

すっかり日誌を書く手が止まっていた頃、ふと耳心地のよい声が教室に入ってきた。

声の方を見ると、そこには。

「や、大和くんっ・・?」

なぜか、野球部のユニフォーム姿の大和くんがいた。

「金山から呼んでるって聞いたから」

金山はアリサの苗字。
きっと、アリサが変な気を利かせて、大和くんを呼び出したんだろう。
そんなこと聞いてないし、頼んでもいないし、一体どうしたらいいっていうのアリサ・・?

「部活はっ・・」

いつも遠くから見ていた大和くんが、私の目の前まで歩いてくる。

嘘だ。
こんなの夢みたいだ。
ほかほかを通り越した私の胸は、緊張で今にも沸騰しそうだった。

「今休憩だから大丈夫」

変わらない無表情も抑揚のない声も、もっと私を緊張させたし、混乱させた。

「ご、ごめんね。部活中なのに」

別に、と言って、大和くんが私の前の席に座る。

普段あんなに見つめていたのに、いざ目の前にしたら
まともに目も合わせられない自分は、ひどくみっともないと思った。

でも、無理だ。
目も身体も、自分の言うことを聞いてくれない。

「話って何、」

ほんとは、話すことなんてない。
だって、私は唐沢くんを見る優しい大和くんの視線を見ていられればそれでよかったから。

・・その視線は、私には向けられないものなんだってわかってるから。

「えっと・・ね、」

でも、大和くんは部活中の貴重な休憩時間に、
ろくに話したこともない私のためにわざわざきてくれた。

アリサだって、ただ大和くんを見ていただけの私のことを気遣って、
大和くんを呼んでくれた。(でも、せめて私への断りは欲しかったかな?)

この気持ちを伝えるつもりなんて全然なかったけど…。

私は俯いていた顔を上げ、勇気を出して大和くんの目を見た。


「私・・ね。大和くんのことが好きなの」

どうにか絞り出した言葉は、僅かに大和くんの目を見開かせた。

まともに話したことがない地味なクラスメイトからの告白に、驚いたのかもしれない。

「で、でも!付き合って欲しいとかそういうのじゃなくて」

慌てて、言葉を付け足す。
私は大和くんを困らせたいわけじゃないのだ。
それは分かってほしくて。

「大和くんのね、・・好きな人を見つめてる時の優しい目が好きなんだ」

・・・ああ。
言ってしまったな。
大和くんは、今度こそ驚いている。

こんなある意味脅しみたいなこと、本当は言わない方がいいんだろうけど…
これが私の本当の気持ちだから。

「変なこと言ってごめん。でも、誰にも言ったりしてないし、しないから安心して」

大和くんは、私にどう対応したらよいのか困っているように見えた。

たしかに、困ると思う。
いろんな女の子に告白されているだろう大和くんでさえ、
告白しといて付き合って欲しいわけじゃないなんて、
・・・ましてや、大和くんの好きな人を知ってるなんて そんなケースは稀だろうから。

「・・いつ気づいたの、」

手に持っていた野球帽を深く被って、大和くんが俯く。

「授業中にね、」

私は今の気持ちに至るまでの経緯を簡単に説明した。

その間、大和くんは何も言わずに私の話を聞いていた。

「今思えば、私が大和くんを見すぎちゃったせいで、
大和くんの恋心が私にうつっちゃったのかなーって」

照れ笑いしながらそう言うと、大和くんは顔を上げた。

「ずいぶんメルヘンな発想だな」

切れ長な瞳が僅かに細められ、口の端がそっと上品に笑む。

私は、密かに自分の恋心を砕こうと闘う。

「こんな変な話に、わざわざ時間くれてありがとね」

大和くんがイスから立ち上がる。
もうそろそろ、休憩時間も終わりだろう。

「・・変な話じゃないだろ、」

私に向き直った大和くんは、静かに優しく私の言葉を否定した。

そして、

「ありがとう」

私が好きなあの視線ではなかったけど、
優しい言葉とともに大和くんは私の目を見て笑ってくれた。

少しだけ、目の奥が熱くなる。

「大和くんの"好き"が叶うといいね」

私の言葉に、大和くんはちょっと困ったような顔をして頷いた。

「・・そうだな、」

その後、少し言葉を交わして、大和くんは部活に戻っていった。

また教室に一人になった私は、窓際を見つめる。
そこには、もちろん誰もいない。

ただ、窓に広がる赤い夕焼けが痛いくらい目にしみた。

「・・・日誌、書かなきゃ」

ぼた、と膝の上で固く結んでいた手の甲に涙が落ちる。
止まる気配がない涙は、そのまま行く宛もなく私の制服を濡らした。

私に初めて向けられた大和くんの笑顔が脳内をよぎる。
私は彼の優しい視線を知っていたけど、今日初めて彼の本当の優しい部分に触れた。
・・触れてしまったのだ。

一生片思いだってわかってることなのに、
ああ・・・本当に私はばかだな。

いっそ、大和くんのことを好きだなんて気づかなければよかった。
そうしたら、こんなに苦しい想いも、悲しい想いもしなくてよかったのに。

――――いっそそんな気持ちが胸をよぎったけど、
自分の気持ちに気づかなければ、あんな風に大和くんと話すこともなかっただろう。

・・・・恋って、なんて残酷なの。
それでもって、片思いはもっともっと酷く残酷。

どうか、私が好きになった人の恋は実りますように。


そう願いながら、私は私の恋心を殺した。










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