切手の旅


 北の国ではまだ雪が残っている頃のことでした。小さな町の郵便局に、南の方から送られてきた手紙が一通ありました。その手紙に貼られてある切手が、同じように貼られている他の切手に楽しそうに話しています。
「僕がいたところは、とっても暖かなんだよ。綺麗な花が咲いていてね。森は緑色で、そこには鳥がた くさんいて楽しそうに歌っているんだ。」
 それを聞くと、他の切手が言いました。
「へえ、そういうところもあるんですか。私のいたところなどは、ただ一面真っ白な雪だけですよ。それ  はそれは寒くて、ここはずいぶん暖かくて良いところだと思っていたのに、もっと暖かいところもある  のですか。」
 その話を違う場所で聞いている切手がありました。まだ買われていない切手でした。切手は「ここよりも暖かで綺麗なところがあるのなら、寒いところよりそっちの方がいいなあ。」と思いました。
 ちょうどそのとき女の子が切手を買いに来ました。暖かいところへ行きたいと思っていた切手は、その女の子に買われました。切手は女の子と一緒に、郵便局の外へ行きました。初めてみる外の景色です。切手は胸がドキドキしました。「この女の子は、僕を南の方に送ってくれるかな。」
 しばらくすると、女の子は一軒の家に入りました。そこは女の子の家でした。
「ただいま。」
「お帰りなさい。どこへ行ってきたの。」
「郵便局で切手を買ってきたの。」
「あらあら、出すあてもないのに?」
そういって女の子のお母さんは、おかしそうに笑いました。それを聞いて切手はがっかりしてしまいました。「僕はどこにも行くことができないんだろうか。」
 女の子は、切手を自分の机の引き出しに入れました。引き出しの中は真っ暗でした。そして、それから何日か切手は暗い引き出しの中で過ごしました。女の子は切手のことなど忘れてしまったように、学校へ行き帰ってきては外へ遊びに出かけました。
 切手が女の子の引き出しの中に入ってから一週間くらいたったある日のことでした。
「郵便でーす。」
郵便局で何度か聞いたことのある若い郵便局員さんの声です。
「はーい、ご苦労様。あら、これは雅子にきた手紙だわ。」
女の子のお母さんは、そういうとその手紙を女の子の机の上に置きました。
 それから間もなくして、女の子が学校から帰ってきました。
「あ……手紙。ああ、ジュンちゃんからだ。お母さん、ジュンちゃんからお手紙よ。」
「あら、良かったわね。それじゃあ、お返事書いて出してあげなさいね。」
「はーい。」
女の子はそういって、楽しそうに手紙を読み始めました。切手は何だか体中がゾクゾクしてきました。もしかすると、南の方へ行けるかもしれないと思ったからです。
 その日のうちに、女の子は返事の手紙を書きました。そして、引き出しの中から切手を取り出して手紙に貼りつけました。
「さあ、明日ポストに入れようっと。」
そうやって、女の子は眠りにつきました。でも、切手は眠ることができませんでした。自分がどこに行くのかと思うと、とても眠ることができなかったのです。
 次の日、女の子は学校に行くときに切手を貼った手紙を持っていきました。そして、郵便局の前の赤いポストに手紙を入れました。コトンと音がしました。中に入ると、いくつかの手紙がありました。そこで切手達が話をしていました。
「どこへ行くんでしょうかねぇ、これから。」
「まあ、聞くところによると、まずそこの郵便局に行って、そこからあちらこちらに送られるそうですよ。」
南の方に行きたい切手は話を聞きながら、どの切手もこれから自分がどこに行くのか不安と期待を持っているということがわかりました。
「君はどこへ行きたいの?」
「え、僕?僕は南の方へ行きたいと思っているんだ。」
南の方へ行きたい切手はそう答えました。すると他の切手は、
「私は東へ行きたい。」
と言いました。そうやってしばらくの間、切手達はあちらに行きたいこちらに行きたいと騒いでいました。
「まあ、静かにしなさい。行き先は、手紙を書いた主の意のままだ。」
突然、今まで黙っていた切手が口を開きました。その切手は、他の切手と違って何年か前の切手でした。
「どうして、私たちの意のままになる。私たちは使われてこそ幸福……。それ以上南へ行きたい、北へ行きたいなどと言うものではない。」
「そんなこと言ったって、おじいさん。僕たちは、たった一度しか旅ができないんだ。少しくらい自分の行き先に望みを持ってあれこれ考えたっていいじゃないか。」
 そのとき、ポストがあけられる音がしました。そして、手紙は郵便局に持っていかれ、皆別々にあちらこちらに送られることになりました。そして南の方へ行きたい切手も、色々な切手に会いながら旅を続けました。
 ある時、切手は外を見ることができました。切手にとって、このときは言葉で言い表せないほど胸がわくわくしていました。切手の目に入った景色は、一面真っ白な雪野原でした。切手はとてもがっかりしてしまいました。「何てことだ。一番嫌だと思っているところに来てしまった。あの、ポストの中の切手達は、どこに行ったのだろう。」と考えました。
 そこで切手は、はっとしました。「そうだ、僕は使われなければあの机の中に眠ったままだったんだ。たとえ南の方へ行けなくても、ここまでの旅は結構楽しかったじゃないか。」と、思いました。そう思って切手は、もう一度外を見ました。美しい銀世界です。切手はこれで良いと思いました。でも、心の中では、まだ南の暖かい国を夢見ているのでした。

終わり


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