子鬼の正月


 小さな里に明るい光がさしこみ、お日様が山寺の向こうから顔を出してきました。里のお百姓さん達は辺りが明るくなると、いつもすぐに起きて働き始めます。でも、今朝はいつもとは少し違っています。どのお百姓さんの家でも、家族みんなでごちそうを囲んでいます。そうです。今日はお正月なのです。ごちそうといっても、お百姓さん達のことですから、お芋の煮たものや、大根のなます、それにお雑煮があれば大満足でした。
 その頃山寺では、和尚さんと小僧さんが新年のお勤めをしていました。二人が心を込めてお経をあげている本堂の近くで、小さな影があちらこちらへと動き回っています。
「あの白いのが餅だな。」
「そうだ、餅だ。」
「あれはうまいぞ。」
そんなひそひそ話が聞こえてきました。和尚さん達がお経をあげている間に、お寺の庫裏に回って小さな丸いお餅を両手で抱えて走り去っていく影があります。三つの影です。そして何と頭の上には、小さな角が一本ずつついています。あれは、子鬼です。
 たくさんのお餅を抱えて、三匹の子鬼はにこにこ顔です。三匹はお餅が大好きです。境内の隅で火をおこすと、そこでお餅を焼きました。お餅がぷくうっとふくれるのを見ると、にっこり笑ってそのお餅をつまみ上げてほおばりました。
「いつ食べてもうまいな。」
「本当にうまいな。」
「毎日食べてもいいな。」
三匹は幸せそうな顔でお餅を食べては焼き、焼いては食べています。辺りはとても静かで、穏やかな日の光が降りそそいでいます。
「正月っていうのは、何だかいいな。」
「そうだな。」
「正月は餅があるからな。」
 お餅を食べてお腹がいっぱいになると、子鬼達はお昼の鐘の音に乗って里へ下りていきました。昨日とはまるで変わらない里の景色も、新年になったと思うとどこか違って見えました。子ども達はいつものように雪合戦をしたり、いつか子鬼達がつくったかまくらの中で遊んだりしています。少し離れたところで、子鬼達も雪合戦をして遊びました。子鬼達はふわっと砕ける雪玉の感触が好きでした。ですから飽きもせず、しばらくの間雪合戦をしていました。
 そのうち、夕暮れがせまってきました。子ども達はみんな家の方へ向かって走っていきます。
「もう凧できたかなあ。」
「うん、きっとできとるぞお。」
そんな子どもたちの話し声が聞こえてきます。
「凧って何だ?」
「何のことだ?」
「うまいもんかな?」
三匹の子鬼は、顔を見合わせました。凧という物がどんな物か、知りたくなったのです。
 そこでこっそりと、子どもたちの後をついていきました。里のはずれのお百姓さんの家の中を、のぞいてみました。そのそばでさっきの子どもが、楽しそうに凧の話をしています。
「あれが凧だな。」
「そうだな。」
「食いもんじゃないぞ。」
凧はたくさんありました。それをどう使うのかは知りませんが、三匹は凧をさわってみたくなりました。お百姓さんの一家が寝静まると、こっそりと凧の所に行きました。同じような凧がいっぱいありました。
「よくこんなに作ったな。」
「ずいぶんいっぱいだな。」
「よくあきないな。」
三匹は小さな声で、話していました。
「この凧つなげちまえ。」
「そうだ、つなげちまえ。」
「やっちまえ。」
そういうと、ありたっけの凧をそばにあった糸でつなぎ始めました。静かな静かな里の夜です。子鬼達は物音を立てずに、器用な手つきで凧をつないでいきます。朝の光がさしこむ前に、全ての凧をつなぎ終えると、梁の上に登っていきました。
 そのうちに朝日がのぼり、この家のみんなが起きてきました。子鬼達は梁の上でどきどきしながら待っています。みんながどれくらい驚くのか、それが楽しみでならないのです。この家のおかみさんは、台所で朝ご飯の支度を始めました。主のお百姓さんは、昨夜の仕事の続きをしようと土間へおりていきました。
「おや、こりゃあまた、どうしたことだ!」
お百姓さんは、大きな声を出しました。その声を聞くとおかみさんも駆けつけました。
「何があったんだい?」
「たこがつながっとる。全部つながっとる。」
「なんとまあ!」
二人が驚いているのを見ると、三匹はもう大喜びです。
 そんな三匹に気づかない二人は凧を持って外に出て行きました。三匹はお百姓さんに気づかれないようについて行きました。外に出ると、屋根の上にのぼりました。
「里のみんなあ!凧が一晩のうちにつながっておったぞお!」
お百姓さんが、大きな声で叫んでいます。子鬼達は、屋根の雪の中にはいつくばって、隠れながらそれを見ています。そのうちにお百姓さんが、集まってきました。
「何とまあ、山寺の子鬼にやられたな。」
「よくもまあ、いつもいつも、いたずらをしてくれるもんだ。」
「昼になったら、みんな田んぼに集まるべえ。」
そんな話をすると、みんな自分たちの家の方へ帰っていきました。あの凧を持ったお百姓さんも、自分の家へ帰って行きました。
 三匹の子鬼は、顔を見合わせました。みんなは昼になったら、田んぼに集まると言っています。それはどうも、自分たちのいたずらと関係があるような気がしました。何か大変なことが始まるような気がしてきました。そこで、昼になったら田んぼに様子を見に行くことにして、ひとまず山寺に帰ることにしました。
 山寺に戻ると、まず本堂に行きました。仏様に手を合わせてから、お供え物をもらうと、三匹は裏の谷へ行ってお供えのお餅を食べました。いつ焼いたのか、ほんわか温かいお餅です。中にはあんこも入っていました。三匹はおいしくてにっこりしました。でも、その笑顔はすぐに消えました。
「いたずら、やりすぎていないぞ。」
「そうだ、やりすぎていないぞ。」
「里のみんなが困っているだけだ。」
お餅を食べながら、三匹は氷滑りをしました。いつもなら楽しいはずの氷滑りも今日は何だか楽しくありません。もうすぐお昼というときに、三匹は山寺の方へ行きました。山門の近くに和尚さんと小僧さんの姿が見えました。
「では、和尚様。日が暮れる前には帰ってきます。」
「正月じゃ。ゆっくり里の祭りを見てくるがよい。」
小僧さんは何やら、里まで遊びに行くようです。それを聞いた途端に、何が起こるのか不安になっていた里へすぐにでも行きたくなりました。三匹の様子に気づいたのか、和尚さんは笑っています。
「さあさあ、昼の鐘を撞くぞ。」
 三匹は昼の鐘の音に乗って、里に下りていきました。田んぼに里のみんなが集まっているのが見えました。三匹は田んぼから少し離れた木の上におりました。遠くには、里に向かって歩いて来る小僧さんの姿が見えました。田んぼには、次から次へと人々が集まって来ます。そのうちにあの凧を持って、何人かのお百姓さん達があらわれました。
「いやあ、これか。山寺の子鬼にやられた凧は。」
「本当に一晩でやられちまった。」
「これは、ただではすまされんな。」
「全くな。」
 お百姓さん達の話し声が、風に乗って子鬼達の耳元まで運ばれてきました。三匹はぶるぶるっと震えながら、顔を見合わせました。
「逃げるが勝ちだな。」
「そうだな。」
「うまく逃げられるといいな。」
子鬼達はそこから逃げようとしました。おりようと下を見ると、いつの間にたどり着いたのか小僧さんがいます。
「わあ、間に合ってよかったあ。ここから見ることにしよう。」
小僧さんは、木の根元に座り込みました。
 子鬼達はおりることができません。困ったことになったと思っているうちに、田んぼの方で歓声が沸き起こりました。何かと思ってそちらの方を見ると、昨夜のあの凧が空高く揚がっています。それもつながったまま、次々に揚がっていくのです。里のみんなは、声を上げたり拍手をしたりしています。木の根元にいる小僧さんも、大きな口を開けたままでその凧を見ています。
「なんだ、凧ってあげる物なのか。」
「そうだったのか。」
「おもしろそうだな。」
三匹はさっきまでの不安はどこへやら、凧が近くまで来ると次々と凧へ飛び移りました。子鬼達が飛び移った後も凧は空へ空へと揚がっていきます。里が小さく見えます。山寺さえも足の下です。三匹の子鬼は、気持ちがよくて楽しくて大きな声を出しました。
「和尚〜!」
 しばらくすると、凧は少しずつ少しずつおりていきました。そして最後には里のみんながいるあの田んぼの中におりました。
「おや、まあ。子鬼達も凧で遊んできたか。」
「気持ちよかったべえ。」
里のみんなが怒っていると思っていた子鬼達は、その様子にほっとしました。
「これは連凧といってな。凧をつなげてあげるもんじゃ。うまくつながんと揚がらんのだが、子鬼達は何と器用じゃ。よう揚がったなあ。」
里のお百姓さん達は、本当にうれしそうにそう言いました。三匹は顔を見合わせました。そしてため息をつきました。
「また、喜ばせちまった。」
「しくじったな。」
「やっちまったな。」
 三匹は新年早々、またいたずらに失敗してしまったことにがっかりしました。里のお百姓さん達は、そんな子鬼達の様子に気がつきました。そこでわざと大きな声で、話を始めました。
「本当に子鬼達には、感謝せねばならんなあ。」
「そうだ、そうだ。凧があんなによく揚がって、今年は大豊作だあ。」
「子鬼のおかげだ。」
「子鬼のおかげだ。」
里のお百姓さん達が、口々にそう言います。三匹の子鬼は何のことだかわからず、きょとんとしていると、いつも子鬼達にいたずらをされては和尚さんに泣きついている小僧さんが現れました。
「あの凧はな。この里の吉兆を占うものだ。」
いつもとは違う声で、ゆっくりとちょっと和尚さんのまねをして言いました。
「キッチョー?」
「何だ?」
「何のことだ?」
 三匹はまだ何だかわからず、問い返しました。
「この里によいことがあるか、ないかだ。凧がぐんぐん揚がれば大豊作。揚がらなければ 凶作だ。」
小僧さんの言葉に、三匹は顔を見合わせました。そしてにっこりしました。
「実はな。おら達、里のみんなのことを思ってつないだんだぞ。」
「そうだぞ。みんなのためだぞ。」
「本当だぞ。でまかせではないぞ。」
三匹がそう言うと、里のみんなは、
「そうだったのか。子鬼達は里のみんなのことを考えてくれておったか。」
「やあ、ありがたい。まるで神様のようじゃあ。」
と、うれしそうに言いました。
「正月だから特別だぞ。」
「正月だからな。」
「めでたいからな。」
三匹の子鬼はほほを赤らめながら、そう言いました。いたずらが失敗したのは残念でしたが、凧に乗ったのは楽しかったし、里のみんなが喜ぶ顔を見るのもいいかなと思う子鬼達でした。

平成14年12月28日