子鬼のお花見


 お日様の光がすっかりやわらかくなり、時折吹く風も暖かさが感じられるようになりました。足元にはいつの間にか消えてしまった雪の代わりに、青い小さなイヌフグリの花や紅色のかわいいホトケノザが、まるで誰かがそこに集めて植えたかのようにたくさん咲いています。里では、桜のつぼみもふくらみ始め、いつまでも残っていた山寺の雪も消えていました。
「なんだか、あったかくなってきたな。」
「そうだな、あったかいな。」
「風がくすぐったいな。」
山寺の屋根の上の方から、そんな声が聞こえてきます。子鬼が三匹、屋根の上で遊んでいるのです。三匹で走り回ったり、跳びはねたりしています。
「こらあ、子鬼ども!うるさくてお勤めができんぞ!いい加減にして、屋根から降りてこい!!」
本堂から姿を現した和尚さんは、屋根の上に向かって大声でどなりました。その声に子鬼たちは、どきっとして足がすべりそうになりました。
「今日の和尚は、迫力があるな。」
「おら、びっくりしたぞ。」
「和尚、腹でも空いているのかな。」
 三匹は顔を見合わせると、そんなことを言いながらも素直に屋根からおりてきました。その様子を見た和尚さんは、にっこりしながら本堂から庭へおりていきました。和尚さんが、庭の方へ歩いていった後、子鬼たちはこっそりと中へ入りました。ご本尊様にお供えのおまんじゅうが三つあります。それを見つけると三匹は一つずつ手にして、またこっそりと外へ出て行きました。
 外に出ると、小僧さんが鐘を撞きに行くところでした。子鬼たちは、後ろからこっそりついて行き、代わる代わる小僧さんをおどかしては、楽しそうに笑いました。おどかされた小僧さんは、泣きそうな顔をしながら、
「こら、あっちへ行け!わたしはお前たちと遊んでいるほど、ひまではないぞ。」
と、少しえらそうに言いました。子鬼たちはそれを聞くと、またおかしそうに笑いました。小僧さんは、涙を一粒こぼしながら、鐘を撞きました。お昼の鐘です。
「ごおぉーん!」
 三匹の子鬼達は、その鐘の音に乗って久しぶりに里へ下りていきました。少しの間に、里はすっかり春になっていました。子ども達は、外で元気に遊んでいます。里のお百姓さん達は畑で仕事をしています。子鬼達は、鐘の音からとびおりて里の外れに行きました。
「みんなよく働いているな。」
「えらいな。」
「つかれるのにな。」
三匹はそんなことを言いながら、まだ手に持っていた大きなおまんじゅうを、大きな口を開けて食べました。食べながら里を見回しました。畑で仕事をしているお百姓さんはたくさんいますが、田んぼで仕事をしているお百姓さんは一人もいません。三匹はにっこりして顔を見合わせました。
「やるか。」
「そうだな。」
「なにをやるんだ?」
 その夜、三匹は里の田んぼに行きました。
「今夜は、田んぼで遊ぶぞ。一晩で田んぼの土をぜーんぶ逆さまにするぞ。」
「いいぞ。逆さにするんだな。」
「おもしろそうだな。土はさわると気持ちが良いぞ。」
 三匹の子鬼はそう言うと、田んぼの中に体ごと入っていきました。土はかたくなっていましたが、小さくても鬼です。力はあります。次々と、田んぼの土を掘り返していきました。土の中から頭だけを出して、土の感触を楽しんだり、土をやわらかくしてその上でとびはねたり、もう時間がたつのも忘れて遊びました。そ東の空が明るくなってきました。すると、子鬼達はあわてて土からはい出したり、土の山を崩したりして集まってきました。朝の鐘が聞こえると、その鐘の山びこに乗って、山寺に帰っていきました。山寺に帰ると、裏の沢に行って、体を洗いました。
「水が気持ちいいな。」
「これからは水遊びも楽しいな。」
「魚もまたたくさんとれるな。うまいぞ。」
三匹は、水をかけ合いながら体をきれいに洗いました。
 お昼になると、子鬼達はまた鐘の音に乗って里へ下りていきました。里のお百姓さん達の様子が見たいからです。三匹は、昨夜土を掘り返して遊んだ田んぼのところへやってきました。お百姓さん達が集まっています。
「やられてしもうた。」
「何としたことだあ。」
「山寺の子鬼だなあ。一晩でこんなにしおってえ。」
「何が楽しいんだか。困ったもんだ。」
お百姓さん達は、口々にそう言っています。それを聞くと三匹は、にこにこ顔です。いたずらが大成功したので、うれしくて仕方がないのです。
「でも、まあ何だ。そろそろ田おこしするころだからのう。」
「そうだ、そうだ。子鬼のいたずらもたまには役に立つもんだ。」
「これで、花見の前に骨休めができるぞ。」
お百姓さん達は、そう言うと楽しそうに笑いました。三匹は顔を見合わせて肩を落としました。お百姓さん達に気づかれないように、その場所を離れました。
 子鬼達は、黒鬼の木のところへ行きました。去年の暮れ黒鬼が里にやってきて暴れたときに、山寺の和尚さんが法力で変えてしまった黒鬼の木です。三匹はその木のところに来ると、そこに落ちている黒鬼の木の実を拾って食べました。ちょっぴりつまらなそうな顔をしながら食べました。黒鬼の木に登って、いくつか実をとると、それを持って里の外れに行きました。そこで、黒鬼の木の実を食べながら考えました。里のみんなが驚くようなことを考えました。子鬼達の頭の上には、桜の木の枝が風に揺れています。つぼみがふんわりふくらんで、濃い桃色に見えています。その枝の下で、三匹は一生懸命考えました。
「また、しくじったな。」
「そうだな。」
「やっちまったな。」
子鬼達は、黒鬼の木の実を食べ終わるとにっこと笑ってそう言いました。
「いいことを考えたぞ。」
「どんないいことだ。」
「なんだ。」
 三匹は頭がぶつかるほど、近くに寄ってきました。お互いの角が、コチンコチンとぶつかるほど近くに寄ってきました。
「あの田んぼに水を入れて、泥んこにしちまえ。」
「泥んこか、おら好きだ。」
「やるべえ、やるべえ。」
三匹の子鬼はいいことを思いついたと、にこにこ顔です。
 次の日は、とても暖かな日でした。里の桜のつぼみも、少しずつ開き始めました。
「里の桜は、山寺の桜より早く咲くな。」
「そうだな。」
「山寺の桜より、花びらが少ないぞ。」
子鬼達は、里の外れの桜の下を通りながら、そんなことを言っています。それから、夕方まで里の外れで虫を捕まえたり、花の蜜を吸ったりして遊びました。薄暗くなって里のみんなが家に帰ってしまうと、三匹の子鬼は田んぼのところへ行きました。
「いいことを思いついたぞ。」
「なんだ?」
「どんなことだ。」
「泥んこを作るのに、川から田んぼまで水の道をつくるぞ。」
「それはいいな。」
「水をいっぱい入れられるな。」
三匹はいいことを思いついたので、すぐに川から田んぼまでの水の道をつくり始めました。三匹の子鬼は楽しそうにつくりました。しばらくすると、田んぼまでの道ができました。
「水を流すぞ。いいか。」
「いいぞ。」
「楽しみだな。」
 川のすぐ近くの土を掘ると、さあっと水が流れていきました。三匹の子鬼は、水の流れと一緒に田んぼの方へ走っていきました。水の流れに負けないように、一生懸命走りました。水は無事に田んぼまで届きました。田んぼに水が入っていきます。子鬼達はしばらく水の流れる様子を見ていましたが、誰からともなくその中に飛び込んでいきました。その中で、泳ぐまねをしてみたり、ばちゃばちゃはねてみたり、もう大喜びです。
「泥んこの方が気持ちいいな。」
「そうだな。」
「ぬるぬるしておもしろいな。」
 楽しくて楽しくて、はじからはじまで泥んこにしました。田んぼはいくつかに分かれていましたが、子鬼達は全部つなげて一つの田んぼにしました。大きな大きな田んぼができました。水もいっぱい入って、まるで池のようになりました。
「もう水を止めるぞ。」
「そうだな。」
「魚も入ってきてるぞ。」
川の近くの水の道をふさぐと、今度は田んぼの中の魚を捕りました。魚はたくさん捕れました。その後、里の川で水浴びをすると、子鬼達は田んぼの近くで眠りました。
 次の日の朝、お日様と同じくらいに早くお百姓さんがやってきました。田んぼを見に来たお百姓さんです。大きな大きな池のような田んぼを見て、お百姓さんは叫び声を上げました。
「うわあ!!」
その声にびっくりして、三匹の子鬼は目が覚めました。
「お、驚いとるぞ。」
「すごく驚いとる。」
「腰を抜かしとる。」
 子鬼達は、お百姓さんの様子を見てうれしそうに顔を見合わせました。お百姓さんは、はってその場所から家の方へ戻っていきました。少したつと、お百姓さん達がたくさんやってきました。
「こりゃあ、たまげた。」
「本当に大きな田んぼだぁ。」
「困ったことじゃぁ。うちの田んぼはどこだぁ。」
「うちのもわからんぞ。」
 お百姓さん達が困っている様子に、三匹はもううれしくてうれしくて仕方がありません。笑いをこらえながら、じっと話を聞いています。
「これではどこが誰の田んぼか、わからんようになってしもうた。」
「全部つながってしまったぞ。」
「和尚様に頼んで、少し子鬼達をこらしめてもらうしかあるまいよ。」
 子鬼達は、ちょっぴりびっくりしました。和尚さんに木にされたり、岩にされたりしたら、大変だと思ったのです。でも、和尚さんはそんなことをするはずがないと、子鬼達は思いました。なんだか、そんな気がするのです。
「本当に困ったもんだな。田植えも、もうすぐだというのに。」
「いいんじゃないのかのお。どうせ、里のみんなで手助けしながら、田植えや稲刈りをするんじゃ。田んぼ が一つになっても、何も困ることはないじゃろう。」
「そうだなあ。」
 困っていたはずのお百姓さん達の様子が、少しずつ変わってきました。そのうちに、お百姓さん達はにこにこしながら、
「これで、代かきの手間も省けたというもんだ。でっかい田んぼで、田植えもいいもんだ。」
と、言い始めました。
「そうだ、そうだ。」
「朝早くから、かみさん達が花見の支度をしとるぞ。わしらも、もう田んぼの心配はやめて、花見に行くと  しよう。」
 お百姓さん達は、そう言うとみんな桜の木の下の方へ歩いて行ってしまいました。あとには、大きな田んぼが一つと、小さな子鬼が三匹残されました。
「しまいには、喜んでおったな。」
「そうだ。喜んでおった。」
「花見ってなんだ?」
 三匹の子鬼は、桜の木の下までこっそりついていきました。すると、そこには里のみんなが集まっていました。なにやらごちそうがいっぱいです。おいしそうなお団子もあります。子鬼達は、思わずごくりとつばを飲みこみました。里のみんなが、おいしそうにごちそうを食べています。子鬼達も食べたいなと思いました。でも、いたずらをしたばかりなので入っていくことができません。
「うまそうだな。」
「きっと、うまいな。」
「うまいぞ、これ。」
 気がつくと一匹の子鬼は、ちゃっかり里のお百姓さん達のそばにすわって、お団子を食べていました。
「ほれ、他の子鬼達もこっちへ来んかあ。」
「一晩中、いたずらをして腹ぺこだろうが。」
「うまい団子だぞお。」
お百姓さん達は、笑ってそう言いました。二匹は、顔を見合わせるとうなずいてお百姓さん達のところに行きました。そして、口いっぱいにお団子をほおばりました。
 とてもおいしいお団子です。小鬼達の頭の上には、いつの間にかこんなに開いたのか、桜の花が満開になっています。
「この花きれいだな。」
「とってもきれいだな。」
「でも、食えんな。」
三匹の小鬼は、お団子を食べながらきれいな桜の花に見とれていました。見とれながら、里の人たちは優しいなと思いました。そう思いながらこの次こそ里のみんなが、あっと驚くようなことをしてやろうと考えているのでした。

平成15年5月17日