子鬼の秋祭り


 川辺のすすきが風に吹かれ、銀の波のように揺れています。あんなに暑かった昼間がうそのように、夕方には涼しい風が吹くようになりました。里のお百姓さん達は、涼しくなるのを待って畑にやってきました。
「さあ、日が暮れる前に一仕事しちまうぞ。」
「そうだ、そうだ。山寺の子鬼が、やってくる前にな!」
お百姓さん達は、そう言って笑い合いました。しばらく畑仕事をしていると、夕焼け空で向かいの山が赤く燃え上がるように見えてきました。
「そろそろ帰るとするべぇ。夜は、みんな秋祭りの支度もあるしな。」
「そうだな。これくらいにしておくか。」
そう言うと、お百姓さん達は、自分達の家へと帰っていきました。
「聞いたか?」
「聞いたぞ。」
「聞こえたな。」
畑のそばの茂みから、なにやら声が聞こえてきます。そのうちに、夕日に照らされ長い影が一つ、二つ、三つ。おや、頭の上に、何やらついています。角です。子どもの頭に、角がついています。いえいえ、あれは鬼の子ども、子鬼です。
「秋祭りがもうすぐだな。」
「おら、秋祭り好きだぞ。」
「うまいもん食えるもんな。」
 小さな里ですが、お正月やお祭りの時には、里のみんなでにぎやかに楽しいことをするのです。近くの山寺に住んでいる子鬼達も、時々やってきてはちゃっかりお祭りの仲間入りをしています。子鬼達が秋祭りのことを話している間に、長く伸びていた影がだんだん薄くなり見えなくなってきました。夕日が山の向こうに沈んでいったのです。
「そろそろ、珍念が鐘を撞くころだな。」
「撞くな。」
「お、撞いたぞ。」
三匹の子鬼はそう言うと、耳を澄ましました。山寺の鐘の音が、聞こえてきます。その鐘の音が向かいの山にはね返って、山びこになりました。三匹は、その山びこに上手に飛び乗って、山寺に帰っていきました。
 山寺に帰った三匹は、こっそりと本堂に行きました。そこには、まだお供えしたばかりの、ほっかほっかの栗ご飯がありました。三匹の子鬼は栗ご飯を持って、お寺の屋根に上りました。お寺の屋根に上ると、三匹は栗ご飯を分け合って食べました。子鬼達は、栗ご飯が大好きです。顔を見合わせて、にこにこしながら食べました。
「この頃里のみんな、いたずらしても驚かんな。」
「おかしいな。」
「おらたち、いたずら下手になったのかな。」
 子鬼達は、山寺の屋根の上から、里のほのかな明かりを見ながら言いました。子鬼達は、いたずらが大好きです。いつも、里のお百姓さん達にいたずらをしては、お百姓さん達が驚く顔を見て大喜びしているのです。それなのに、近頃のお百姓さん達ときたら口では、
「やあ、驚いた。」
「子鬼達は、とんだいたずら者だあ。」
などと言いながら、顔は一つも驚いてはいないのです。
「秋祭りでは、絶対里のみんなをびっくりさせるぞ。」
「そうだ。びっくりさせてやるぞ。」
「うまくいくといいな。」
 三匹の子鬼は、額をくっつけて考えました。一生懸命考えました。頭が痛くなるほど考えました。空の下の方にあったお月様が、いつか頭の上まできていました。
「そうだ!」
「なんだ!」
「びっくりしたぞ。」
「こんなのはどうだ?」
「どんなのだ?」
「聞いてやるぞ。」
何か良いいたずらが、思い浮かんだようです。三匹の子鬼は、顔を見合わせてにっこりすると、その夜はそのままお寺の屋根の上で眠りました。
 次の日、子鬼達は山寺の裏の沢で遊びました。いつもなら、里へ行っていたずらをするのに、今日の子鬼達は様子が変なのです。
「沢で遊ぶのは、気持ちがいいな。」
「水遊びは楽しいな。」
「カニもうまいしな。」
三匹はそれでも楽しそうです。
「いいか。秋祭りまでは、いたずらはがまんするんだぞ。」
「何でだ?」
「いたずらは楽しいぞ。」
「いつもいたずらばっかりしているから、里のみんなはいたずらに慣れちまったんだ。だから、今度の いたずらを成功させるまでは、いたずらはがまんだぞ。」
「ほお、なるほど。そういうことか。」
「がまんか。できるかな。」
 そのころ、里では秋祭りの支度をしていました。お社で踊る踊りの稽古をしたり、おかみさん達は子ども達に着せるために晴れ着を縫ったり、みんな大忙しです。そうやって秋祭りの支度をしながら、里のお百姓さん達は何か妙な気分になるのでした。それというのも、こんな忙しい時になると決まって現れていたずらをしていく子鬼達がやって来ないからです。
「子鬼達でも、病気になることがあるんだべか。」
「ああ?鬼だもの、ねえだろうよ。」
「それにしちゃあ、おかしくねえか。」
「何がだ?」
踊りの稽古の合間に、お百姓さん達がそんな話をしています。
「いつもならこんな時、子鬼達がいたずらをしに来ねえか。」
「ああ、そうだな。お社の掃除が終わった後に、木の葉まき散らしたりしてなあ。」
お百姓さん達は、そう言いながら子鬼達がやってこないことを不思議に思いました。
 山寺にいる子鬼達は、里に行っていたずらができない分、小僧さんをからかって遊んでいました。和尚さんに頼まれてきのこを採りに行った小僧さんを、山の中で暗くなるまで迷わせてみたり、本堂で一人でお勤めをしている珍念を代わる代わる魔物の声を出しておどかしてみたりしました。
「こら、子鬼達!珍念をそんなにいじめておると、三匹とも石にでもしてくれるぞ!」
見かねた和尚さんに、そう一喝されると三匹の子鬼は首をすくめました。山寺の和尚さんには、強い法力があり、いつかも里で暴れていた黒鬼を大きな木に変えてしまったのです。三匹の子鬼を石にするくらいわけないことです。子鬼達は小僧さんをからかうことは、しばらく止めようと思いました。
 ある日の夕方のことです。その日、子鬼達は遊び疲れて、昼寝をしているうちに夕方になってしまいました。釣り鐘のすぐそばで昼寝をしていた子鬼達を見ながら、小僧さんが言いました。
「のん気なもんだな、子鬼達は。秋祭りがすんだのも知らんと、何日も寝ておる。」
その声に、子鬼達は飛び起きました。三匹は顔を見合わせました。
「祭りは明日のはずだぞ。」
「やっちまったのか。」
「まだ、あんずあめ食っとらん。」
口々にそう言うと、肩を落としました。珍念はそんな三匹を見ると、笑いながら鐘を撞きに行きました。
 三匹の子鬼は、とにかく里へ行ってみようと思いました。急いで鐘の音に乗ると、里へ行きました。
里に着くと、お社に行きました。お社には誰もいません。ひっそりとしています。子鬼達は、時々二日も三日も眠ることがあります。この秋祭りでは踊りの時にいたずらをしようと、ずっといたずらをがまんしてきたのです。それなのに、秋祭りが終わるまで眠ってしまったのかと思うと、残念で残念でたまりません。
「おらたちで、秋祭りをやるぞ。」
「おらたちの秋祭りだな。」
「いいな。」
 三匹の子鬼は、自分達だけで秋祭りをやろうと思いました。それに、終わったはずの秋祭りがもう一度始まったら、里のみんなはどれだけびっくりすることでしょう。これはいいなと三匹は思いました。
辺りが暗くなってきました。お社にのぼりを立て、踊りの舞台も作りました。境内もきれいに掃き清めました。お面屋さんや、あんずあめ屋さんがいないのが少し物足りないのですが、それでもお祭りが始まりそうな雰囲気になってきました。三匹は、お社の縁の下にもぐって眠りました。
 朝日が昇ると、早起きのお百姓さん達が、お社にお詣りにやってきました。
「おや、なんだあ!」
「これは、どうしたことだ!!」
その声に三匹は目をさましました。そして久し振りに聞く、びっくりしているお百姓さんの声に、三匹は体がうずうずしてきました。
「何と、秋祭りの支度が!」
そうです。昨夜のうちに三匹の子鬼が、秋祭りの支度をしておいたのです。それも一度終わったはずの秋祭りの支度を……。
「また、子鬼達だな。」
子鬼達は、縁の下でもうにこにこです。今回は、いたずらが大成功したのです。
「それにしても、いつもようやってくるのお。」
「三匹だけで、一晩にこれだけやるんだから、小さくてもやっぱり鬼だなあ。」
 三匹は、もうがまんができなくなって縁の下からはい出してきました。はい出してきて、子鬼達はびっくりしました。お面屋さんやあんずあめ屋さんが、来ているのです。あれっと思いました。里のお百姓さん達も、にこにこしています。
「おや、子鬼達。ご苦労だったのお。」
「ほんに、がんばったなあ。」
お百姓さん達は、三匹にそう言いました。
「秋祭りは、終わったんじゃないのか?」
「そうだ、これはおらたちだけの、秋祭りだ。」
「でも、あんずあめ屋は入れてやってもいいぞ。」
三匹は、口々にそう言いました。
 それを聞くと、お百姓さん達は笑いながら首を横に振りました。三匹の子鬼は、はっとして顔を見合わせました。そして、がっくりと肩を落としました。
「珍念にやられたな。」
「やられちまったな。」
「珍念もたいしたもんだな。」
 下を向いたままがっかりしている子鬼達を見て、里のお百姓さん達は、
「さあさあ、子鬼達も遊んでいくがええ。」
「そうだ、そうだ。年に一度の秋祭りだ。ほら、お面でもつけて。」
と、やさしく言ってくれました。
 一匹の子鬼は、差し出されたきつねのお面をかぶりました。
「似合うか?」
「ほら、おらは鬼のお面だぞ。」
「かぶってもかぶらなくても、おらたち鬼だぞ。」
そう言うと、三匹の子鬼も里のみんなも大笑いしました。
 そのうち、里の子ども達もやってきました。子ども達は、子鬼達にあんずあめをくれました。三匹はにこにこ顔で甘くてすっぱいあんずあめを食べました。そして、子鬼達はお祭りはみんなで楽しむのがいいなと思うのでした。

平成15年9月22日