子鬼の冬じたく


 紅葉の葉が、紅いじゅうたんのように、山寺の境内を埋めつくしています。風が吹くと、まだ木にしがみついていた葉も、はらはらといくらでも落ちてくるのです。
 山寺の小僧さんはほうきを手に、いつまで掃いても終わらないような落ち葉を、一生懸命に掃き集めています。
「珍念さん、精が出るねえ。」
そう言ってやってきたのは、里のおかみさんです。
「はい、毎日掃いておかないと、あっという間にいっぱいになってしまいますから。
 それに、掃き掃除は好きなんです。」
小僧さんは、にっこり笑ってそう言いました。
 それを聞くと、おかみさんもにっこり笑って本堂の方へ歩いていきました。しばらくの間小僧さんは箒の手を止めて、おかみさんの後ろ姿を見送っていました。
「ほら、珍念。好きなことがいっぱいできるぞ!」
「もう一度掃いてもいいぞ。」
「何回だって手伝ってやるぞ。」
小僧さんのすぐ後ろで、そんな声が聞こえてきます。小僧さんが振り返ると、そこでは頭の上に一本の角が生えた三匹の子どもの鬼が、葉っぱを空に向かって振りまいています。
「こら、おまえたち!またそんなことをして!おらが一人で掃くの、どれだけ大変  か知っとるのか!?」
小僧さんは大きな声でどなりました。
「うん?変なこと言っとるな。」
「変だな。」
「落ち葉掃きが好きなのにな。」
三匹は、落ち葉をまき散らしながら不思議そうに言いました。
「おら達珍念のためにやっとる。」
「そうだぞ。」
「いつまでも、はいていられるぞ。」
 三匹のその言葉に、小僧さんはほうきを振り回して、子鬼達を追い払いました。でも、子鬼達はおもしろそうにほうきをよけながら、落ち葉をまき散らすばかりでした。
「こら、子鬼ども。いい加減にせい!」
その声は和尚さんです。子鬼達は、落ち葉をまき散らすのをやめました。和尚さんだけは少し怖いのです。
「和尚さんは、ほうきを三本持ってやって来ました。
「さあ、珍念と一緒に境内の掃除じゃ。早うせい。」
「掃除が好きなのは、珍念だけだぞ。」
「そうだぞ。」
「おら達が好きなのは、いたずらだぞ。」
 三匹の子鬼は、そう言って和尚さんの顔を見ました。和尚さんは、じっと子鬼達の顔を見ています。
「仕方がない、手伝ってやるか。」
「そうだな。」
「あまりやりたくないけどな。」
三匹は、和尚さんからほうきを受け取ると、しぶしぶ掃除を始めました。
 いたずら好きな子鬼ですが、小僧さん一人で掃除をしているときと比べれば、ずっと早く落ち葉が掃き集められていきます。和尚さんは、その様子を見ると、嬉しそうに穏やかな笑いをうかべて本堂に向かって歩いていきました。
「こんなかんたんな掃除も一人でできんのか珍念は。」
「おら達ならすぐできるな。」
「あっという間だな。」
「おらだってすぐできるのに、おまえ達が散らかすから終わらんのだ。」
子鬼達の話を聞いて、小僧さんはむっとした顔でそう言いました。
「そんなこと言って、落ち葉掃き好きなんじゃなかったのか。」
「そう言っとた。」
「好きなことできるのに、変なやつだ。」
そんなことを言いながらも、三匹の子鬼はあっという間に落ち葉の山を作り上げ、その山をこれまたあっという間に裏の谷へ運んでいきました。境内には、もう一枚の落ち葉も、そして子鬼達の姿もありませんでした。
 子鬼達は、谷に運んだ落ち葉でたき火をしました。たき火の炎が弱くなった頃、お芋を入れました。しばらくすると、お芋はいいにおいをさせて、おいしい焼き芋ができあがりました。三匹は、お芋を食べながら何か考えているようです。
「冬が来る前に、みんなが驚くようなことをしたいな。」
「焼き芋は、やっぱりうまいな。」
 焼き芋をもぐもぐ食べながら、三匹はしばらく黙っていましたが、そのうち一匹の子鬼がにっこり笑って言いました。
「いいこと考えたぞ。」
「何だ?」
「どんないいことだ?」
三匹は頭をくっつけて、ひそひそ話を始めました。しばらく話をした後、顔を見合わせてにっこりしました。
 それから何日かたった朝、子鬼達は小僧さんが撞いた鐘の音にのって、里へ下りていきました。里へ下りると、お百姓さんの家の方に歩いていきました。
「もうすぐ、雪が降るな。」
「雪が降ると、雪合戦ができるな。」
「雪は、食べてもうまいな。」
そんなことを言いながら、楽しそうに歩いていきました。途中でお百姓さんに会いそうになると、木の陰に隠れながら行きました。そのたびに、お百姓さんは少し不思議そうな顔をしながら辺りをくるりと見回すと、また何事もなかったように歩いていくのでした。
 子鬼達は、お百姓さんの家を一軒ずつ回って歩きました。用心深くこっそりと一軒ずつ回って歩き、出てくるときには、何やら抱えて出てきました。そして、抱えてきたものを、里のお社へ運んでいきました。お社に運び終わった頃には、あたりはすっかり夕焼けに包まれていました。
「早くしないと、夕方の鐘がなっちまうぞ。」
「そうだぞ。」
「山寺に帰ったら、一休みだな。」
三匹の子鬼は何やら抱えて、耳を澄ましました。
「ごおぉーん。」
山寺の鐘の音が聞こえてきました。向こうの山にはね返った山びこに飛び乗ると、三匹は山寺に帰っていきました。
 山寺に帰ると、三匹は本堂の裏手に行き、里から持ってきた何かを積んでおきました。それから、こっそりと本堂に入ると、お供えのおまんじゅうを一つずつ手に持って、また本堂の裏手に行きました。里から持ってきたものの上にすわって、大きな口を開けておまんじゅうを食べました。
「このまんじゅう、うまいな。」
「とっても、あまいな。」
「大きくていいな。」
そんなことを言いながら、にこにこしながら食べました。
「やっぱり、わらはいいな。」
「おら、このにおい好きだな。」
「でも、食えんぞ。」
 子鬼達が、里から持ってきたのは、わらだったのです。おまんじゅうを食べ終わると、三匹はそのわらの上で眠りました。
 次の日の昼、小僧さんが鐘を撞くと、子鬼達はまた鐘の音にのって、里に下りていきました。里に着くと一目散に、お社に行きました。お社に着くと、昨日のわらで縄をいくつもいくつも作りました。そのうち、長い縄で三匹は縄跳びをして遊びました。そのうち、里の子ども達が来たので、一緒に遊びました。
「子鬼達は、縄跳びがうまいなあ。」
 上手にぴょんぴょん跳んでいる姿を見て、里の子ども達は目を丸くしました。
「どうすればそんなに跳べるんだ?」
里の子ども達の言葉に気をよくして、子鬼達は変わった跳び方をして見せました。
「おまえたちは下手だから、いっぱいけいこしないと跳べんな。」
「そうだな。跳べんな。」
「この縄やってもいいぞ。」
 子鬼達は、そう言って里の子ども達に縄をいくつか差し出しました。
「いいのか。」
「子鬼達の作った縄だべ。」
里の子ども達は、申し訳なさそうに言いました。
「とくべつだぞ。」
「そうだ、よくけいこしろよ。」
「けいこしすぎると、腹がへるから気をつけろよ。」
そんなことを言って、子鬼と子ども達は楽しそうに笑いました。でも、その縄は元々はお百姓さんの家のわらなのですが。
 里の子ども達は、夕焼けで空が真っ赤に染まる頃、縄をうれしそうに持って家に帰っていきました。里の子ども達が帰ってあたりが薄暗くなると、三匹の子鬼は手に手に縄を持って、お社の木に登りました。木に登ると、縄を木にくくりつけて何かしています。木のてっぺんに縄をくくりつけると、その先を下の方の枝にまたくくりつけました。木のてっぺんからいくつもの縄が、下の方の枝に向かってのびています。何ともおもしろいかっこうです。
 お社の木、全部に縄をつけ終わっても、まだ縄やお百姓さんの家から持ってきたわらは残っていました。子鬼達は、それを見ると、また何かしようと考えました。
 こっそりとお百姓さん達の家に向かいました。そして、お百姓さんの家の軒下に、わらで小さな小さな小屋を作りました。全ての家を回り終わると、山寺の鐘が鳴りました。子鬼達は、鐘の音の山びこにのると、山寺に帰っていきました。
 山寺に帰ると、まだ残っている縄で山寺の木も、里のお社の木と同じようにしてから眠りました。
 次の日、朝日が昇ると小僧さんの声が聞こえてきました。
「和尚さま、和尚さま。大変です。」
三匹は、その声を聞くと飛び起きました。すぐに、小僧さんの近くに走っていきました。そこには、木を見て驚いている小僧さんが立っていました。三匹の子鬼は、その姿を見ると顔を見合わせてにっこりしました。
「うまくいったな。」
「やったな。」
「珍念、おどろいとるぞ。」
小僧さんは、木を指さしながら突っ立っています。驚いてしまって、歩けないのです。そこに和尚さんが、やってきました。
「おお、子鬼ども。やりおったか。」
和尚さんはそう言うと、大声で笑いました。
「珍念、いつまでもそうしておらずに、早く鐘を撞いておいで。鐘が鳴らぬと、里のみんなが心配するぞ。」
三匹は、和尚さんが驚かないのには、慣れているのですが少しがっかりしました。でも、里のお百姓さん達の驚く様子を見たくて、小僧さんの撞いた鐘の音にのって里へ行きました。
 三匹の子鬼が里に着くと、あちこちのお百姓さんの家が騒がしくなっています。どの家にも、軒下に小さな小さなわら小屋ができているのです。外に出たとたんに、突然に現れたこのわら小屋を見て驚いているのです。
「やったな。」
「みんな、驚いとるな。」
「気持ちがいいな。」
 子鬼達は、いつになくうれしくなりました。もうにこにこです。近くまで行ってみると、お百姓さん達が集まって話しているのが聞こえてきました。
「また、やられたな。」
「山寺の子鬼だな。」
「何だか、お社の木もいたずらされとるらしい。」
「でも、このわら小屋は使い物になるかもしれん。」
「そうだ。おらもそう思っとった。この中に、大根やにんじん入れといたらええぞ。」
「おお、そうか。わらの中は、あったかいもんなあ。」
「そりゃあ、ええ。」
「そうじゃ、そうじゃ。子鬼達も、いいもんこしらえてくれたなあ。」
 いつの間にか、里のお百姓さん達はうれしそうな顔をしています。三匹の子鬼は、ちょっぴりがっかりしました。でも、お社の木のことを思い出しました。そうです。いたずらをしたのは、ここだけではなかったのです。
「そういえば、お社の木なあ。おかしなことになっておったんじゃろう。」
お百姓さんの中の一人が、そんなことを言い出しました。子鬼達の顔が、ぱっと明るくなりました。
「どんなことだ。」
「行って見た方が、よかんべ。」
「そうだ、行ってみるとするか。」
 お百姓さん達は、そう言ってお社の方へ急ぎました。三匹は、違う道を通って、お社へ先回りしました。子鬼達は、わくわくしながらお百姓さん達を待ちました。しばらくすると、お百姓さん達がやってきました。
「何としたことだあ。てっぺんから、木の枝を縄でつっとるぞ。」」
「ほんになあ。どうして、お社の木までいたずらするんだか。」
お百姓さん達は、困った顔で話しています。子鬼達は、うれしくて小声で話をしています。
「今度は、うまくいったな。」
「みんな、困っとる。」
「うれしいな。」
 気分よく子鬼達は、山寺へ帰ろうとしたその時です。
「でも、これはええぞ。」
「どうしてだ。」
「ほれ、雪が降ると枝が折れることがあるなぁ。」
「おお、わかったぞ。なわでつってあるから、折れずにすむかもなあ。」
「ああ、なるほど。」
「そうだな。子鬼達に、里の冬じたくをしてもらったわけだ。」
「子鬼達に、礼を言わんとな。」
「そうだ、そうだ。」
 お百姓さん達は、そう言うと明るい笑い声を上げて、それぞれの家へ帰っていきました。
「また、やっちまったな。」
「よろこばせちまった。」
「飯も食わんで、いたずらしたのにな。」
 里のお百姓さん達がよろこんでいる姿を見ると、何となく子鬼達もうれしくなってきました。何だか変な気持ちでした。でも、次こそは本当にみんながびっくりするようないたずらをしようと、顔を見合わせて思うのでした。

平成16年1月3日