子鬼の川遊び


 夏になっても、山寺の裏手の沢にはいつも涼しい風が吹いています。その涼しい風に吹かれながら、今日も楽しく遊ぶ声が聞こえてきます。
「夏は、やっぱり水遊びだな。」
「水の中は、気持ちが良いぞ。」
「カニもうまいしな。」
 楽しそうに遊ぶ子ども達の声ですが、山寺の奥にあるこの沢まで子ども達だけで来たのでしょうか。いえいえ、ちがいます。あれは里の子ども達ではありません。頭の上に、1本角の生えた子どもの鬼です。山寺に住んでいる三匹の子鬼です。
「里の子ども達はかわいそうだな。」
「どうしてだ?」
「何がかわいそうだ?」
子鬼達は、沢ガニを追いかけながらそんなことを話しています。
「里の川の水は、ぬるいんだぞ。」
「そうだ、そうだぞ。」
「気持ちよくないな。」
 夕方まで、山寺の裏手で遊んだ子鬼は、山寺の本堂にこっそり入っていきました。お供えのおまんじゅうをつかむと、今度は本堂の屋根の上に上っていきました。向こうには、子鬼達がよくいたずらをしにいく里が見えます。屋根の上から辺りの景色を見回しながら、三匹はおまんじゅうをほおばりました。
「このまんじゅう大きくてうまいな。」
「里のおかみさんが持ってきたんだぞ。」
「明日も持ってくると良いな。」
おまんじゅうを食べ終わると、屋根の上に寝ころびました。子鬼達の上には、お星様が空いっぱいに輝いています。
「おら、天の川好きだな。」
「おらも好きだ。きれいだものな。」
「あれが、こんぺいとうだったらもっと好きだぞ。」
 そんな話をしながら、三匹の子鬼は大空に横たわる天の川を、これまた星のように輝く目で見ていました。
「そうだ!」
「なんだ?」
「どうした?」
子鬼達は、体を起こして言いました。
「良いことを思いついたぞ。」
一匹の子鬼がそう言うと、三匹は頭をくっつけて、ひそひそ話を始めました。
「どうだ?楽しそうだぞ。」
「いいな。」
「やるべぇ。」
 次の日は、朝早くから子鬼達はお寺の鐘の近くへ行きました。しばらくすると、眠そうな目をこすりながら小僧さんが歩いてきました。朝の鐘を撞きに来たのです。
「ごおぉーん!」
「そら、行くぞ。」
三匹の子鬼は、鐘の音に乗って里へ下りていきました。
「里は暑いな。」
「そうだな。」
「山寺は、こんなに暑くないのにな。」
 子鬼達はそう言いながら、里の小川で水遊びをしています。小川から田んぼには、いつかの春先に子鬼達が作った用水路がつながっています。
 小川の水は、ぬるいうえに、この間来たときよりも少ない気がしました。それでも、里の子ども達はその小川で水遊びをしています。
「子鬼達も、水遊びかぁ?」
「山寺の方が、涼しかんべぇ。」
里の子ども達は、にこにこしながら話しかけてきます。
「そうだな。ずっと涼しいな。」
「沢の水は冷たいぞ。」
「カニもいっぱいいるぞ。」
 子鬼達の話を、里の子ども達はうらやましそうな顔をして聞いていました。冷たい沢の水で、水遊びができたら気持ちが良いだろうと思ったようです。
 お昼が近くなり、いよいよ暑さが増してくると、子鬼達はお昼の鐘の音の山びこに乗って山寺に帰っていきました。
 山寺に帰ると、三匹は山寺の裏で昼寝をしました。山の中を抜けて吹いてくる風は、とっても気持ちが良いのです。夕方まで、三匹はぐっすりと眠りました。
 薄暗くなった頃、子鬼達はむっくりと起き上がると、沢の方へ行きました。そこで、三匹は泥んこ遊びをしています。いえいえ、ちがいます。よく見ると楽しそうに、川を作り始めているのです。川は、里の方に向かっています。子鬼とは言っても、そこは鬼の力です。川は、どんどんと伸びていきます。
「里にも、冷たい沢の水が流れていったらみんなびっくりするな。」
「そうだな。腰を抜かしてびっくりするな。」
「この水に、瓜を冷やして食うとうまいな。」
  朝日が山の向こうから昇ってくる頃、三匹は山寺に戻っていきました。川は、まだ里にまでは伸びていません。里の手前の、森の中で止まっています。里のお百姓さん達に見つからないように、隠しているのです。
 山寺に着くと、泥んこの三匹はまたぐうぐう眠りました。
「本当に、子鬼共は気楽で良いなあ。いつも遊びまくっていて。」
  小僧さんは、そんなことを言いながら、子鬼達の脇を通って朝の鐘を撞きに行きました。本堂にいる和尚さんは、小僧さんと三匹の姿を愛おしそうに見つめていました。
 その頃、里のお百姓さん達は小川のそばに集まっていました。みんな何だか困った顔をしています。
「このまんまじゃあ、小川の水はかれちまうなあ。」
「ほんになあ、子ども達には可哀想だが、もう水遊びはがまんしてもらうしかなかんべ。」
「それどころか、田んぼも畑もだめになってしまうぞ。」
 そうです。この夏、この辺りはずっと雨が降っていないのです。里の小川の水も、日に日に水かさが減っています。里の小川の水は、山寺がある山とはちがう山から流れてきています。どうも、そちらの山の方にも雨は降っていないようです。
 みんな、腕組みをしたままじっとしています。
「いつかの子鬼達みたいに、新しい川でも引いてこられたら良いんだがな。」
「ああ、小川から田んぼまで用水路こさえてくれたっけなあ。」
「あれも、いたずらだったがなあ。」
 そんな話をしながら、本当にどうしたものかとなやんでいます。少し離れたとなり村には、大きな池があります。今まで一度もかれたことがないのが村の人達の自慢です。
「となり村に、頼んでみるか?」
「うん、そうだな。」
「いいやあ。やめといたほうがいいぞ。」
「どうしてだ?困ったときはおたがいさまだ。」
「いやいや、昔やっぱりこんな日照りで水が無くなったとき、水泥棒が出てな。」
「どうしただ?」
「それからというもの、あの村では水は絶対村の外に持ち出せんようになっとる。」
 そんな話を聞いてしまっては、みんなもうどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。
「みんな、そう暗くなることもなかろうって。この先、雨が降らんと決まったわけではなし。」
「そうじゃ、明日にでも水はやってくるかもしれんぞ。」
本気でそう思っているわけでもないのでしょうが、お百姓さん達は自分たちを勇気づけるようにそう言いました。
「そうだな。そんなこともあるかもしれんのう。」
 その頃、子鬼達は山寺の沢で遊んでいました。
「この沢の水が、明日には里に届くな。」
「そうだな。」
「少し、カニも連れていくか?」
三匹は、楽しそうに水遊びをしながら、冷たい水で冷やした瓜を食べています。
「この瓜うまいな。」
「珍念の畑で採れた瓜だ。」
「珍念も、たいしたもんだ。」
 そこへ、小僧さんが通りかかりました。
「なんだ、珍念。カニでもとりに来たのか?」
「おらは、殺生はしないぞ。」
「和尚みたいな事を言っとる。」
「真似しとるんだ。」
「えらくないのにな。」
 小僧さんは、むっとした顔で言い返そうとしましたが、相手にしても仕方がないと思い通り過ぎようとしました。しかし、そのとき子鬼達の食べているものが瓜であることに気が付きました。
「おまえたち、その瓜どうした?」
「これか?畑の瓜だ。」
「沢には、瓜はないぞ。」
「これうまいぞ。食うか?」
三匹の子鬼は、口々にそう言いました。
「おらの瓜だろ?」
小僧さんは、怒った顔で言いました。
「そうだ。よくわかったな。」
「どうしてわかった?」
「たいしたもんだ。」
子鬼達は、悪びれた様子もなく、感心した顔で小僧さんを見ました。
 そんな風に見られた小僧さんは、今度こそがまんができなくなりました。
「こら、子鬼ども!成敗してくれるぞ!」
そう言って、子鬼達を追いかけ始めました。すると、子鬼達は嬉しそうに、
「わぁ!」
と言って逃げていきました。三匹の子鬼と小僧さんのおいかけっこはしばらく続きました。
 その夜、子鬼達はまた川を作りに出かけました。里は、すぐそこです。三匹は、あっという間に沢から伸びた川を、小川につなげました。つなげたところは、少し丸くして池も作りました。そこには、沢から持ってきた、カニを放しました。
「カニもびっくりだな。」
「いたずら坊主に、気をつけろよ。」
「食われんようにな。」
 三匹は、池の周りに木も植えました。こうすれば、沢から持ってきたカニ達も少しは涼しく感じるかと思ったのです。こうして、三匹の子鬼はいたずらを完成させると、近くの茂みに身をひそめて夜明けを待ちました。
 しばらくすると、向こうの山から日が昇り一番鶏の鳴き声が聞こえてきました。さあ、働き者の里のお百姓さん達がやってきます。子鬼達は、わくわくしながら待っています。
「なんだ、これは!」
「おや、おらまだ夢でも見ているんだろか?」
「どうしたことだ!」
「こんなこと、あるはずなかんべ。」
 お百姓さん達は、突然現れた川にきもをつぶしています。子鬼達は、もううれしくてうれしくて体をふるわせています。大声を上げて、笑い出したい気分です。
でも、次の瞬間その気持ちは吹き飛んでしまいました。
「おら達の願いが、かなったな。」
「そうだ、子鬼達が川を引いてきてくれたに違いない。」
「そうだ、そうだ。こんなこと、子鬼達でもなきゃできはせんて。」
 お百姓さん達は、もう大喜びです。子鬼達は、顔を見合わせて肩を落としました。
「また、やっちまったな。」
「そうだな。」
「いつもより、喜んどる。」
子鬼達は、がっかりして茂みからこっそり出て、山寺に帰ろうとしましたが、そこを里のお百姓さん達に見つかってしまいました。
「おお、そこにいたか。」
「子鬼達、ご苦労じゃったのう。」
「本当に、助かったあ。」
 子鬼達を見つけたお百姓さん達は、手を握ったり抱きしめたりしてそう言いました。子鬼達は、びっくりしました。今まで、そんなことをしてもらったことがなかったからです。でも、嫌な気分はしません。なんだか、とっても良い気分です。里のお百姓さん達を、驚かすことは失敗したけれど、今回はこれでも良いかなと思った子鬼達でした。

平成16年10月11日