雪ん子の祭り


 辺りは音もなく、しんしんと冷えてきました。雪にでもなるのでしょうか。
 それにしても、どうして雪の日は静かなのでしょう。実はそれには、こんなわけがあるのです。
 ここは、雲の上の雪の国です。ここには、雪の精や雪ん子が住んでいます。
「早く音を集めよう。」
「そうだよ、少しでも多くの音を集めなくちゃ。」
雪ん子達は、音を集めるために大忙しです。雪は、寒い日に辺りの音を集めた雪ん子の力で降らせるのです。それも、初雪はその年生まれた雪ん子達が降らせることになっているのです。
 あちらこちらと走り回り、音を集める雪ん子達の姿を、雪の国の長老達は目を細めて見守っています。
「初雪を降らせるのは、むずかしいものじゃ。
 なにしろ初仕事じゃて、加減が分からん。
 音の集め方が少ないと雪にならず、良いところミゾレじゃ。
 かといって、集めすぎると大雪じゃ。」
「そうそう、いつだったかひどい大雪にしてしまったことがあったのう。
 あの時は、人間達は大弱りだったのう。」
「そうじゃ、初雪はそこそこ降らせんとならんが、
 それが雪ん子の初仕事じゃから、うまくゆかん。」
 雪ん子達は、音を集めては雪の国に舞い戻ってきます。
「ああ、疲れちゃった。
 あとどれくらい集めたらいいんだろう。」
「長老さん達、見ていないで教えてくれたらいいのにね。」
「そうだよ、教えて欲しいよね。」
何人かの雪ん子は、雪の上に腰を下ろして、額の汗をぬぐいながら言いました。
「それがだめなんだって。
 教えられて降らせても、僕たち本物の雪の精になれないんだって。」
「ええ、そうなのぉ?」
「本物の雪の精になれなかったら、わたしたちどうなるの?」
雪ん子達は、顔を寄せ合いました。
「聞いた話によると……。」
「なに?」
「どうなるの?」
「溶けて消えちゃうらしいよ。」
みんな、はっと息をのみました。
「それ、どういうこと?」
「消えちゃうんだから、この世にいなくなるって事…だよね。」
「そんなのいやだ!」
「僕もいやだ!がんばろう、みんな。」
「そうだ、力を合わせてきれいな雪を降らせよう。」
 雪子達は、そう言うと立ち上がって、人間界へと降りていきました。
 雪の国は、辺り一面雪の原です。真っ白な世界です。そこに、点々とまあるい白い家が建っています。ちょうど、かまくらのような家です。そこに、雪の精が住んでいるのです。その雪の精が、冬になると人間界に降りてきて、音を集めては雪を降らせるのです。雪の精は、白い服を着て抜けるような白い肌をしています。今夜は、みんな静かに雪ん子達の様子を見守っています。
「あの子達、うまくできるかしら?」
「みんな、そうやって雪の精になったんだ。
 心配しなくてもきっとできるさ。」
 雪ん子のお母さんは、子ども達の事が心配でした。初雪の仕事は、とても大変なのです。
「人間界が、静かになってきている。
 きっと成功するよ。」
雪ん子のお父さんは、耳を澄ませてそう言いました。すると、雪ん子のお母さんも耳を澄ませました。しばらくすると、お父さんを見てにっこりとしてうなずきました。
 雪ん子達は、たくさんの音を集めました。ある家では、子どもがお母さんにしかられていました。
「もう、何回言ったらわかるの?
 いつもそうやって遊んでばかりいて。
 宿題は終わったの?」
「ううん、まあだ。」
お母さんは、もっと叱ろうとしましたが次の言葉は雪ん子が持って行ってしまいました。
「いいわ。今日は遅いからもう寝なさい。」
「はい、おやすみなさい。」
もっと叱られると思っていた子どもは、ほっとして自分の部屋に行って眠ろうとしました。 子どもは、いつも夜と違うと思いました。いつもなら、人が通るたび吠える角の犬も静かです。なんだか、明日は変わったことでも起きそうな、そんな予感がしました。静かになっていく世界を感じながらベッドに潜り込みました。明日の朝を楽しみにして……。
 他の雪ん子は、大騒ぎをしている若者達のところにいきました。5、6人の学生が集まり、下宿で夜通し語り合おうとしていました。周りの人は眠れず困っています。隣の部屋の人は、
「もう我慢が出来ない。注意してくる。」
そう言って部屋を出ようとしました。ところが、急に若者達の声が止まったのです。そうです。雪ん子が若者達のところから音を集めていったのです。
「なんだ、あいつら寝たのかな。」
そう言うと、隣の部屋の人もあくびを一つして部屋に戻りました。
 雪ん子達は、へとへとになって雪の国に戻ってきました。どれくらい集めたらいいのか分かりませんが、もうこれ以上集めることができないくらい疲れてしまったのです。
「もう、いいよね。」
「だめって言われても、もう体が動かないよ。」
雪ん子達は、その言葉に黙ってうなずきました。安心すると、急に力が抜けて、誰からともなく眠りの谷間に落ちていきました。
 次の日、雪ん子達は長老さんに起こされました。
「いつまで寝ておるのじゃ。雪を降らせるのじゃろう。」
雪ん子達は、その声を聞くとびっくりして飛び起きました。そうです。初雪を降らせるのです。
「しまったぁ。早くしなくちゃ。」
「うん、雪を降らせよう。」
 雪ん子達は、昨日集めた音を力に変えて、雪を降らせるために念じました。小さな白いものが、はらはらと地上に向かって落ちていきます。どの雪ん子も、一生懸命念じました。小さな白いものが、数を増していきました。
「やったぁ。雪が降ったぁ。」
「すごい、すごい!」
「僕たちの力で、雪を降らせることができたんだ。」
 雲の上から見る、雪はとてもきれいです。思わず見とれてしまうほどです。すると、白いものが少なくなってきました。
「あ、いけない。」
「みんな、力を合わせてがんばろうよ。」
「うん!」
「僕、もう少し音を集めてくるね。」
「お願い。」
雪の国に残った雪ん子達は、誰が言うともなく、みんな目をつぶりました。見とれて力が抜けるといけないと思ったからです。
 目をつぶったまま、雪ん子達は念じ続けました。地上には、たくさんの雪が舞い降りました。次から次から、舞い降りました。
「わあ、雪だぁ。」
「あら、本当ねぇ。初雪ね。」
親子が窓から、雪を見ています。昨夜の親子です。
「ねえ、ねえ、今日はお休みだから宿題をやってから雪だるまを作って良い?」
「あらぁ、えらいわね。宿題やってしまうのね。
 じゃあ、お母さんと一緒に雪だるま作ろうか?」
「うん!じゃあ、早くやっちゃうね。」
親子は、にこにこしながら窓から離れました。
 雪が降っている間、辺りは本当に静かです。どこの家の人達も、窓に近寄ってじっと雪が降る様子を見ています。いつまで見ていても飽きないのです。雪ん子達は、相変わらず目を閉じたまま、念じ続けています。雪は、静かに静かに降り積もっていきます。子ども達は、雪だるまを作ろうにも外に出ることができません。雪合戦もできません。いつまでたっても、降り続いています。
「もう、それぐらいで良いじゃろうて。」
長老さん達が、雪ん子達の肩をたたきました。その声を聞き、雪ん子達は目を開きました。そして地上の様子を見て、びっくりしてしまいました。辺り一面真っ白です。これは、大雪かもしれません。
 音を集めてきた雪ん子達も、地上を改めてみて驚いています。
「音、集め過ぎちゃったかも…。」
雪ん子達は、念じることをやめました。そして、集めてきた音を手放しました。
 その頃、地上ではたくさん積もった雪の上に人々が出てきました。
「降ったなぁ。久し振りだぜ、こんな雪。」
若者達が5、6人、アパートから出てきて辺りを見ましています。
「夜のうちに、こんなに降っていたんだ。」
「何言ってんだよ。もうすぐ昼だよ。」
若者達は、そんなことを言いながら、そのうち雪合戦を始めました。
 あちらからこちらから、楽しそうな声が響いてきました。初雪に喜んだ子ども達や若者が、雪で遊んでいるのです。雪ん子達は、初めて見る地上の雪景色に見入っています。
「さあ、さあ、いつまで見てるんだ。」
「うまく雪を降らせることができたぞ。さあさあ、お祭りの始まりだ。」
いつまでも、地上を見ている雪ん子達に長老さん達は言いました。
「え?何のお祭り!」
雪ん子達は、声を揃えて聞きました。
「初雪祭りじゃ。」
「そうじゃ、きれいに初雪を降らせることができたからのう。」
長老さん達は、優しい笑顔でそう言いました。雪ん子達は、照れくさそうに顔を見合わせました。
「ねえ、長老様。僕たち失敗したら消えちゃうはずだったの?」
1人の雪ん子が、思い出したかのようにそう言いました。
「何を言うか。消えたりはせんよ。いつまでも雪ん子のままじゃがな。」
 地上では、子ども達の遊ぶ声が聞こえ、雪の国では初雪祭りではしゃぐ雪ん子達の声が響いています。
「雪を降らせるのって、簡単だよね。」
「うん、音をたくさん集めてくれば良いんだものね。」
雪ん子達同士で、そんなことを言っています。長老さん達に止めてもらわなかったら、大雪になってしまったはずなのに、そんなことには気が付かない雪ん子達です。
「ねえ、ねえ。明日も音を集めようよ。雪、降らせよう。」
「これこれ、雪はな、降らせることも難しいが、止む加減も大事なのじゃ。」
「それを覚えんとな、まだまだ雪の精にはなれんぞ。」
 長老さん達にそう言われて、雪ん子達はちょろっと舌を出しました。
「じゃあ、明後日にしよう!」
雪ん子達の様子を見て、長老さん達はまた明後日もそばに付いてやろうと思うのでした。
 もしも、静かに静かにいつまでも降り続く雪の日があったとしたら、それはきっと雪ん子達が、夢中になって降らせている雪なのです。

平成16年12月29日