赤ドラタマちゃん


 空の青さが目にしみる、そんな天気の良い日だ。今日は僕たち猫同盟の臨時総会が開かれる。総会はいつも春の初め頃に開かれているから、今年はとっくに終わっている。特別に話し合いたいことがあるからと、長老のドラさんはみんなを集めた。
「議題については総会の場で。」
と言っていたけれど、僕にはわかっている。そうだ、タマちゃんのことだ。僕の尊敬する赤ドラタマちゃんのことだ。
 タマちゃんは体格もよく腕っ節も強くて、子猫の頃から人気者だった。この辺の犬たちなんかタマちゃんにからかわれると、ワンワン吠えるだけで何もできやしない。犬の注意をそらして、餌を横取りするなんてお手の物だ。その素早さと言ったら芸術的だ。僕も真似をしてみたが、逆に犬に噛まれそうになった。その時みんなは笑ったが、タマちゃんは違っていた。
「無理するなよ。おまえ飼い猫なんだから犬の餌なんか食べようとするなよ。けがなんかしてみろ。  おまえの飼い主が悲しむぜ。」
 そう優しく声をかけてきた。続けて、
「それに、犬だって大切な餌をとられたら可哀想だろう。」
と言った。僕は耳を疑った。
「え?僕たち猫って勝手気ままに生きていく、それがモットーだろう。人間のご機嫌取りの犬なんかに 可哀想だなんてタマちゃんらしくもないよ。」
僕が思わず大声でそう言うと、タマちゃんはふっと笑ってブロック塀の上にジャンプしてスススーッと走り去ってしまった。その後ろ姿が、また格好良かった。
 タマちゃんは野良猫だ。でも、僕なんかより体格も良い。毛の艶も良い。タマちゃんを飼いたいと思っている人は多かった。いや、今でもうちのご主人なんかも飼いたいらしくて、時々タマちゃんにおやつをくれる。タマちゃんは、おいしそうにおやつを食べるが食べ終わるとすぐにどこかに行ってしまう。
「やあミケ、この間はごちそうになったな。うまかったぜ。」
散歩の途中で出会ったりすると、そんなふうにお礼を言ってくれる。そんなとき僕はとっても嬉しくなる。僕とタマちゃんは特別な友達という気がしてくるからだ。

「ねえ、タマちゃん。うちの子にならない?僕のご主人、タマちゃんは立派な猫だ、うちの猫になってくれないかなあって言ってたよ。」
ある日、僕がそう言うとタマちゃんは嬉しそうに笑った。
「それは有難いな。」
その言葉を聞いて僕は嬉しくなった。頭の中でタマちゃんと一緒にご主人と遊ぶ様子が浮かんできた。しかし、次の瞬間その光景は消え去った。
「でもな、おれは猫だ。人に飼われるなんて、そんな犬みたいなことできないのさ。いや、おまえの生  き方がどうのって言ってるわけじゃないさ。おまえはおまえの生活が幸せならそれでいいのさ。おれ は、気ままに暮らしていくのが性に合っているのさ。でも、有り難うよ。そう言ってもらえて嬉しかった ぜ。」
タマちゃんはそう言うと、ゆっくりと歩いていった。
 そのタマちゃんのおかしな噂を聞くようになったのは、そう角の白い家に人が引っ越してきてからだった。角の白い家は、ここしばらく空き家だった。だから、この辺の野良猫や飼い猫の遊び場であり、野良猫にはすみかにもなっていた。それが少し前から、家の外や中を綺麗にするために人が沢山出入りするようになった。綺麗な白い家になったなと思っていたら、大きな犬を連れて人が引っ越してきた。この辺では見かけない大きな犬だった。そこに住んでいたタマちゃん達野良猫は、他のすみかを探しに出た。と、みんなは思っていた。しかし、違っていた。タマちゃんは残っていた。それを知ったとき、みんなはさすがタマちゃんだと思った。あんな大きな犬にもおびえず、堂々と餌を横取りして食べているなんて素晴らしいと思った。長老のドラさんなんか、
「さすがタマじゃ。これは、今度の総会で表彰じゃ。」
とまで言っていた。僕も同感だった。さすが次期ボス候補だけのことはある。
 僕は大好きなタマちゃんの勇姿が見たくて、角の白い家に行ってみた。タマちゃんはおいしそうに犬の餌を食べていた。あの大きな犬は、犬小屋から少し離れて向こうの方を見て寝ころんでいた。
「あーあ、あの犬もう諦めているんだな。」僕はそう思った。タマちゃんは食べ終わったのか、歩き始めた。あの犬の方に向かって歩いている。「そうか、ちょっとからかってからまたどこかに行くんだな。」と思った。しかしそれは違っていた。大きな犬のそばまで行くと、タマちゃんは犬の背中に自分の背中を押しあてて横になってしまった。見てはいけないものを見てしまった。僕は慌ててそこを後にした。そしてそのことを誰にも話してはいけないと思った。
 それから、どれくらいたっただろうか。長老達が話しているのを見かけた。何の話をしているのかも気にせず僕は歩いていこうとした。すると、
「おや、ミケ。ちょっと待ちなさい。」
と、長老のドラさんに声をかけられた。
「ミケなら知っておろう。」
「何ですか?」
「タマのことじゃ。」
「ああ、表彰のことですか。それ、長老さんが言っていたんじゃないですか。」
僕は笑いながら言ってしまった。しまったと思った。長老のドラさんが怒っている。
「表彰の話は無しじゃ。」
「あ、ごめんなさい。」
「いや、ミケが謝ることはない。まったくタマにはあきれ果てた。あの大きな犬と馴れ合って、餌を分けてもらっていい気になっておる。猫の気概はどこへ行ったのじゃ。」
長老はいつになく不機嫌そうにそう言った。
 僕は血の気が引いていくのが自分でもわかった。タマちゃんはやっぱりあの犬と仲良しになっていたんだ。でも僕は、
「そんなあ、長老さんあのタマに限って、そんなあ。」
やっとの思いでそう言うと、その場から走り去った。そしてタマちゃんを探した。タマちゃんに言わなければと思った。タマちゃんはいた。あの白い家に、あの大きな犬と一緒に。
「どうしたんだい、ミケ。慌ててるじゃないか。」
タマちゃんは、いつも通りの顔でいつも通りの話し方で僕にそう言った。
「タマちゃん、犬、犬と仲良いね。」
何と言っていいかわからず、僕はそう言った。そう言うのがやっとだった。
「あーあ、こいつジョンっていうんだ。いいやつだぜ。ミケも、友達になれるぜ。」
タマちゃんはいつものようにそう言った。
「ぼくはいい。また来るね。」
僕はそう言ってそこを後にした。言えなかった。犬と仲良くしたらいけないと言えなかった。
 それからすぐ、臨時総会が開かれるという話が猫同盟に回った。みんな、ひそひそ話をしている。
「あのタマが?信じられないねえ。」
「猫の面汚しだよ。」
「犬と仲良くしているんだって?何のつもりだい。」
 そのうち長老のドラさんが現れて、猫総会が始められた。議題はやっぱりタマちゃんのことだ。話はどんどん進み評決となった。
「では、犬と仲良く詩猫の気概を無くしたタマを猫同盟から除名する。異議ありませんか。」
「異議なーし!」
「除名に賛成。」
「おれも賛成!!」
ひときわ大きな声に、みんな振り返った。タマちゃんだ。
「おれも賛成、おれは猫だ。犬とだって仲良くなれば一緒にいるぜ。勝手気ままな猫だからな。」
そう言うとしっぽをピンと立てて、ゆっくりと白い家の方に向かって歩いていった。
 臨時総会はタマちゃんを除名するということに決まり、閉会した。みんなは、
「あきれたね。」
「開き直りもいい加減にしてもらいたいね。」
と言いながら、自分の家に帰っていった。
 あれからタマちゃんは、猫同盟の仲間には口も聞いてもらえない。でも、タマちゃんは少しもへこたれない。いや、むしろ楽しそうだ。あの大きな犬と、今日も仲良く昼寝をしている。
「おれは猫だぜ。勝手気ままに生きるのさ。」
ってね。
 
終わり

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