お月様のお菓子


 今夜はお月見です。とびきりきれいなお月様が、空に浮かんでいます。女の子は、お月様を見ると、今でも不思議で仕方がないことがあるのです。
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 それは、女の子がやっとお話ができるようになったばかりの頃でした。ですから、いろいろな人とお話がしたくて仕方がなかったのですが、お父さんは女の子が眠ってしまってから帰ってくるのでお話ができません。お母さんはといえば、女の子のすぐ下の男の赤ちゃんのお世話をしているので、女の子とお話をする暇もないのでした。

 そこで、女の子は毎晩お月様を相手にお話をしていました。お話は、古間に家の前を通った面白いおじさんのことや、忘れ物をして泣きそうな顔をしながら忘れ物を取りに行く小学生のことや、ブロック塀の間でやっと咲いたスミレのことなどでした。でも、毎晩毎晩お月様にお話をしたところで、お月様は黙って聞いているだけで、何も答えてくれないことが女の子には不満でした。

 ある日、女の子は家の中で遊んでいました。部屋の隅から隅まで勢いよく走っていたので、足がもつれて赤ちゃんの上に転んでしまいました。さあ、大変です。赤ちゃんはびっくりして大きな声で泣き出しました。それを聞いてお母さんは、お台所から走ってきました。
「まあ!あなたは何て悪い子なの!!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」

 女の子はそう言いながら庭に走り出しました。女の子は悲しくなって、庭の大きな樫の木の下に座り込んで声をたてずに泣いていました。女の子は、ずっと泣いて涙が出なくなるまで泣いていました。そのうちに、日が暮れて東の空からいつものお月様がやってきました。お月様の光で女の子の顔が浮かび上がりました。

「もし、もし……。」
誰かの声がします。
「もし、もし……。」
女の子は空を見上げて、びっくりしました。どうしてかといえば、女の子に声をかけたのは、お月様だったからです。
「どうしたのですか。いつものようにお話をしてくれないのですか。私は、いつもあなたのお話を楽しみ にしているのですよ。」 
お月様は、優しく話しかけてくれました。でも、すぐにお母さんに叱られたことを思い出して悲しくなって泣き出してしまいました。
「おやおや、どうしたの?何を泣いているの?」
「だって…だって…。わたしいけないことをしたから、お母さんに叱られたんだもの。」
女の子は、やっと言いました。するとお月様は笑いました。
「そのことなら、もうお母さんはおこってなんかいませんよ。」
「本当?わたし悪いことをしたのに……。」
お月様は優しく言いました。
「あなたは、自分がいけないことをしたということがよく分かってとても良い子です。ですから、いつまでもお外にいないで、早くお家に入りましょう。」
女の子は、うなずいて家の中に入ろうと歩き出しました。すると、お月様が言いました。
「あなたはとても良い子だし、いつも私にお話もしてくれるし、お礼に今夜はあなたにお菓子をあげまし ょう。」

 女の子はびっくりして振り返りました。でも、空には昨日と同じお月様が優しい光を降り注いでいるだけでした。女の子は、今までのことは夢だったのかしらと思いました。そう思いながら家の中に入って、お母さんに昼間のことをもう一度あやまりました。
「あら、お母さんもうおこっていないのよ。でも、お家の中で走ったりするのがいけないことだと分かって良い子ね。」
お月様の言ったとおりでした。お母さんはおこってませんでした。女の子は、お月様のことをお母さんに話そうとしましたが、お母さんは相変わらず忙しく動き回っているので話をすることができませんでした。

 次の朝、女の子は一番早く起きました。そして枕元を見ると、そこにはお月様の色をしたお菓子が置いてありました。
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 女の子はあのお菓子を食べたかどうか、もう忘れてしまって分かりません。でも、何か甘いお砂ようなお菓子だったような気がします。
                                                          終わり

                                                  平成14年9月21日


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