山寺の子鬼


 向かいの山に、モズが帰っていきます。近くの竹やぶをガサガサさせて、まるで自分が一番に帰ろうとしているように。
「さあ、早く仕事終わりにして家に帰るとするか。」
「そうだ。山寺の子鬼が来ねえうちにな。」
里のお百姓さん達は、口々にそう言って道具を担ぐと、それでものんびりと家の方に戻っていきました。
 その頃、山寺では小僧さんが夕方の鐘を撞くために、釣鐘の所にやってきました。その釣鐘の近くに一つ、二つ、三つ、小さな影が集まってきます。よおく見ると子どもです。いえいえ、もっと良く見ると頭に何か付いています。あれは何かしら?角です。子ども達の頭の上には、一つずつ角が生えているのです。あれは、きっと小鬼です。
「もうすぐだ。」
「そうだ、そうだ。」
「もうすぐだ。」
小鬼達は、小僧さんが鐘を撞こうとしている様子を見ながらささやいています。
「ほら、いくぞ。」
「うん、いくぞ。」
「いくぞ。」
「ごおぉ〜ん!!」
 
 小僧さんが鐘を撞くと、小鬼達はその音につかまりました。鐘の音に乗って山をすうっと下り、里の田んぼを抜けていきます。「今日は良いところに乗ったな。」
「珍念も上手く鐘を撞いたな。」
「途中で落ちずにすんだな。」
小鬼達は、楽しそうに話しています。そして、すうっと鐘の音から飛びおりました。
 そこは、さつまいも畑でした。
「何だ、これは?」
「葉っぱがいっぱいあるぞ。」
「うん、まずいぞ。この葉っぱ。」
小鬼達は、さつまいもの葉っぱを引っ張ったり、裏返したり、口に入れたりしています。
「そうだ、今日はこの葉っぱをみんな抜いちまえ。」
「おお、いいなあ。」
「やるべえ。明日、里のみんながどんな顔するか楽しみだあ!」
 小鬼達はそう言うと、辺り一面の葉っぱを全部抜いてしまいました。おまけに、一つの葉っぱも残さず持って、夜の鐘の山びこに乗って山寺に帰っていきました。山寺に帰ると、こんなまずい葉っぱは食べられないと、三匹は葉っぱを谷へ捨てました。
 次の日の朝、小僧さんが眠い目をこすりながら鐘を撞くと、小鬼達はまたその鐘の音に飛び乗って里へ行きました。さつまいも畑はきれいなものです。葉っぱ一枚残っていません。でも、畑のあちこちに茎が残っています。小鬼達もそれに気が付きましたが、もうそれは抜こうとはせず畑の近くに隠れてお百姓さんが来るのを待ちました。
「おやあ、これはどうした!」
 お百姓さんは、畑まで来ると大声を上げました。それもそのはずです。さつまいもの葉っぱが一枚もないのですから。小鬼達はもう嬉しくて、体をぶるぶる震わせながら笑いをこらえています。
「まあ、よかんべ。これさえ残っていれば、芋掘るのはわけねえこった。」
お百姓さんはそう言って茎を手にすると、その辺りの土を掘りました。その土の中からは、ころんと太ったさつまいもがつながって出てきます。その次の茎からも、その次の茎からも、おもしろいように出てくるのです。
 小鬼達は、「しまったあ、あれのほうがおもしろかったかぁ。」と思いましたが、もうどうにもなりません。
「やあ、山寺の子鬼に感謝せねばならんなあ。葉っぱが一枚もないので仕事の早いこと。」
お百姓さんはそう言うと、大きなお芋を三つ畑の外に向かって投げました。
「こりゃあ、でかすぎていらんよお。」
小鬼達の前に、ドン、ドン、ドスンとお芋が三つ落ちてきました。小鬼達は顔を見合わせました。
「おら、食べてみる。」
「よせ。」
「危ねえぞ。」
 三匹の子鬼達はそんなことを言い合っていましたが、一匹は大きな口を開けてがぶり。他の二匹は驚きました。
「食っちまった。」
「食っちまったな。」
お芋を食べた一匹は黙ったままです。
「どうした?」
「どうした?大丈夫か?」
お芋の食べ残しを持ったまま、小鬼は涙をこぼしました。
「うめえ!これうめえぞ!!」
大きな声で叫びました。その声はお百姓さんの耳まで届きました。お百姓さんはにっこり笑って、もう三つお芋を小鬼の方に投げました。小鬼達は、お芋を夢中になって食べました。
 食べ終わると三匹の子鬼は、しゅんとして顔を見合わせました。
「しくじったな。」
「うん、そうだな。」
「しくじった。」
お百姓さんを驚かそうとしたことが、逆に喜ばせてしまったので小鬼達はがっかりしているのです。お昼の鐘の音の山びこに乗って、小鬼達は山寺へ帰りました。
 小鬼達は、それからしばらく里へは行こうとしませんでした。山寺に入って、いたずらをしながら過ごしていました。でも、和尚さんは何をしても驚きません。お供えのお饅頭を三匹で分け合って全部食べてしまっても、
「おお、やられたかあ。珍念に一つとっておいてよかった、よかった。」
という具合です。
 それからまた何日かたった日の夕方、小鬼達は久しぶりに里へ出かけました。田んぼの脇に、丸太が何本も転がっています。それを見ると、良いことを思いつきました。三匹は、どこからか荒縄を見つけてくると、丸太を地面にさしたり、丸太同士を縛り付けたりして、ちょうど鉄棒のようなものを作り上げました。それは、いくつもいくつも出来ました。三匹はその丸太にぶら下がったり、くるくる回ったり、一晩中楽しく遊び続けました。小鬼達は遊びすぎて、そのままそこで寝てしまいました。
 次の日は、朝早くからお百姓さん達がたくさんやって来て、小鬼達が寝ている傍を通っていきました。
「小鬼達、何をやったかな。」
「おお、やった、やった。いつもよくいたずらをしてくれる。」
お百姓さん達は、小鬼が作ったものを見て笑いました。
 その日は稲刈りの日でした。お百姓さん達は、みんなで力を合わせて、稲を刈り取っていきます。そのうち子ども達もやってきました。子ども達は、刈り取った稲を運んでいきます。そして、上手に束にすると、小鬼達が遊んでいた丸太に、順序よく掛けていきました。
 夕方には、どこの田んぼもきれいに稲刈りが終わりました。
「さあ、今年は良い米が出来そうだ。」
「いい稲刈りだったなあ。」
お百姓さん達は、そんな話をしながら歩いていきました。小鬼達は、まだ寝ていました。
「早く起きんと、夕方の鐘が鳴っちまうぞ。」
「うまく山びこに乗って帰れよ。」
そんなお百姓さん達の声に、小鬼達は三匹揃って飛び起きました。お百姓さん達は、その小鬼達の様子を見て大声で笑いながら帰っていきました。
 お百姓さん達が行ってしまうと、三匹の子鬼は目をこすりながら辺りを見ました。あの丸太に、きれいに稲が並べて掛けてあります。
「しくじったな。」
「そうだな。」
「また、やっちまったな。」
三匹は、顔を見合わせて肩を落としました。
 よく晴れた日の夕方です。明日も晴れますよというように、夕焼けがきれいに西の空を染めています。三匹の子鬼は、栗の木の傍に立っていました。
「この間の大風で、柿のみが落ちて食べられんようになって困っておったな。」
「そうだ、困っておった。」
「おらは、少し拾って食ったが、いっぱい落ちていて食いきれんかった。」
 三匹は、にこっと笑うと、栗の木を揺すりました。すると、いがのついた栗が、バッサバッサと落ちてきます。栗の木にはもう一つも実が付いていないかと思うと、足元のいがのついた栗の実を見て考えました。
「このままではいかんな。」
「うん、いかん。」
「踏んで、実をこわしてしまえ。」
 そう言うと、三匹はイガを踏みつけました。小鬼の足の裏はかたいのでイガを踏んでも平気です。しばらくすると、あちらこちらに茶色い栗が転がっています。
「種が出てきた。」
「うん、大きい種だ。」
「かたそうな種だ。」
種には違いないのですが、これを食べるとは知らない子鬼達でした。そのうち、夜の鐘が鳴り三匹の子鬼は山びこに乗って、山寺に帰っていきました。
 次の日、小鬼達は、山の沢で遊んでいました。カニを捕まえて焼いて食べたり、木の実を拾ってこまを作って遊んだりしていました。夕方近くになって、山寺へ帰ろうとすると、お百姓さんが山門から里へ下りていくのが見えました。その後ろ姿を、和尚さんと小僧さんが見送っています。小僧さんは、何かがいっぱいはいったかごを抱えています。
「和尚様、こんなにたくさんの栗がいただけて良かったですね。」
「そうじゃな、今夜は栗ご飯にでもするとしよう。」
 小鬼達は、そばに寄ってみました。
「あの種だ。」
「そうだ。」
「あんなもん、かたいぞ。」
そう言うと笑って山寺の屋根に登りました。 しばらくすると、かまどから煙が上り始め、何だかいい匂いが立ちこめてきました。
 そのうち、和尚さんと小僧さんは、夕飯を食べ始めました。
「栗ご飯ってやつだ。」
「あ、種入っとらん。」
「黄色いのが入っとる。」
和尚さんは、小鬼達に気付くと、ご本尊様にたっぷりと栗ご飯をお供えしました。
 小鬼達は、本堂に入ると、栗ご飯を仲良く分けて食べました。
「うまいな。」
「うん、うまい。」
「これが、栗ご飯か。」
三匹は、にこにこ笑いながら食べました。
 その年の暮れ、山寺の和尚さんは、しばらく都のお寺に行くことになりました。和尚さんは、空に向かって、
「小鬼達、珍念をいじめるでないぞ。」
と言って、出かけていきました。三匹の子鬼達は、和尚さんが帰ってくるまでは、いたずらをやめようと思いました。でも、いたずら好きな子鬼達なので、時々小僧さんにいたずらをしては、楽しんでいました。
 ある日のことです。里の方が騒がしくなっています。小鬼達は、何が起こったのか見たくなり、お昼の鐘の音に乗って里に下りていきました。
「何かな。」
「もう冬だというのに、お祭りかな。」
「年の市かな。」
 三匹は、わくわくしながら騒々しい音の聞こえる方へ行ってみました。すると、そこでは大きな大きな黒鬼が暴れ回っていたのです。お百姓さん達が逃げ回っています。三匹の子鬼は、びっくりしました。びっくりして木の陰に隠れました。隠れながら見ていました。
 そのうちに、一人のお百姓さんが黒鬼に捕まってしまいました。いつかお芋をくれたお百姓さんです。小鬼達は、顔を見合わせました。
「あの芋うまかったな。」
「うん、うまかった。」
「とっても、うまかった。」
 三匹の小鬼は泣きそうになりました。泣きそうな顔をしながら、大きな大きな黒鬼に飛びかかっていきました。黒鬼は、お百姓さんを離しました。でも、小鬼三匹では黒鬼をどうすることもできません。力一杯蹴ったり、叩いたり、噛みついたりしましたが、とうとう力つきてしまいました。小鬼達は、もう駄目だと思いました。
 その時です。聞き覚えのあるお経が聞こえてきました。
「黒鬼め、もう逃がさんぞ!」
それは、山寺の和尚さんです。錫杖で黒鬼を突きながらお経をあげ続けると、黒鬼は苦しそうにもがき始めました。そして、大きな大きな一本の木になっていきました。
「小鬼達よ、よく頑張ったな。わしは、都へ鬼退治の手伝いに行っておったが、鬼が逃げたので追ってきたのじゃ。間に合って良かった。」
 小鬼達は、顔を見合わせてにこっと笑いました。そして、その後ぼろぼろ涙を流して、声を上げて泣きました。とても怖かったのです。もう食べられてしまうかと思ったのです。お百姓さん達は、小鬼達の周りに集まって、
「ありがとうよ。里のみんなを救ってくれて。」
「なんて、勇気のある子鬼だあ。」
と口々に言いました。
 そのうち、辺りに夕暮れが迫ってきました。
「ごおぉ〜ん!」
夕方の鐘の音です。
「帰るぞ。」
「うん。」
「おら、帰る。」
三匹の小鬼は、鐘の音の山びこに乗って帰っていきました。
 さあ、小鬼達はどうしたのでしょう。次の日からは、いつもの子鬼に戻って三匹揃っていたずらばかり。里のみんなも、夕方になると、
「山寺の子鬼が来るぞ。早く帰るべえ。」
といつもの通り。
 でも、一つだけ変わったことがあるのです。お百姓さん達が、山寺の和尚さんに届け物をするとき、
「これは、小鬼達に。」
と、三匹の子鬼の分も、持って来てくれるようになったのです。
 そして、あの黒鬼の木は、次の年から一年中実を付けるようになりました。真っ黒な実で、里のお百姓さん達は薄気味悪がって食べませんが、小鬼達はお腹が空くと時々その実を食べているそうです。

平成14年10月19日

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