子鬼の年越し


 里もすっかり雪に包まれ、早く春が来ないかと、みんな心待ちにしていました。どこの家の大人達も、家の中で仕事をしていますが、子ども達は寒いのもへっちゃらです。外で元気に遊んでいます。
 山寺は、里よりも雪が深く寒さもいっそう厳しいのですが、ここでも元気な声が聞こえてきます。
「ここの氷、もう割れんようになった。」
「うん、もう割れん。」
「ひびも入らん。」
頭に1本角の生えた子鬼が三匹、山寺の池をのぞいて話しています。
「この間、珍念が落ちたな。」
「うん、落ちた。」
「もう一度見たかったな。」
 三匹の子鬼は、残念そうにそう言うと、山寺の裏の谷へ行きました。
 谷も雪で埋もれています。三匹は、谷の氷の上を滑って遊びました。ここの氷は、池の氷より厚いので、子鬼達はずっと前から滑って遊んでいました。里に遊びに行ったとき、里の子ども達が、田んぼで滑っているのを見て自分たちも滑ってみたくなったのです。始めは、山寺の池で滑ろうとしましたが、うまくいかずこの場所を見つけたのでした。
「楽しいな。」
「ずっと、滑っていてもいいな。」
「腹がへるぞ。」
三匹の子鬼は、汗をかきかき滑りました。
 お昼近くになりました。三匹は、山寺に戻りました。本堂にこっそり入りました。お供えのおまんじゅうを三つ貰うと、急いで鐘の近くまで走りました。
「珍念が来るぞ。」
「来たぞ。」
「お、転んだ。」
山寺の小僧さんは雪道に足を取られてすってんころりん転びましたが、起き上がると鐘を撞きに行きました。
「ごおぉーん!」
三匹は、上手に鐘の音に乗ると、里へ下りていきました。
 里は一面真っ白です。どんないたずらをしようにも、辺りには何もありません。仕方がないので、三匹の子鬼は雪合戦をしました。思い切り雪の玉を投げました。子鬼に雪の玉が当たると、雪の玉はふわぁっと砕け散ります。三匹はその感触が面白くて、わざと雪の玉に当たりながら、暗くなるまで遊びました。
「夕方の鐘が鳴るな。」
「うん、鳴るな。」
「珍念、また転ぶかな。」
 明日も晴れますよというように、真っ赤な夕焼けが、真っ白な雪をきれいに染めています。夜はあっという間にやってきます。
「なにか、里のみんなが驚くことをしたいな。」
「やりたいな。」
「やってみたいな。」
三匹は、頭をひねって考えました。考えているうちに夕方の鐘が鳴りました。
「ごおぉぉーん!!」
「そうだ!」
「なんだ?」
「どうした?」
 一匹の子鬼が、得意気に話し始めました。
「おらたちで、今夜のうちに雪の山を作る。」
「雪の山か、きっと里のみんなは驚くな。」
「里にも山ができるんだな。」
さっそく三匹は、雪を集め始めました。たくさんたくさん、集めました。大きな大きな山を作りたかったのです。夜が明けるまでに作ってしまいたいのです。三匹の子鬼は、一生懸命です。
 夜の鐘が鳴る頃には、山はずいぶん大きくなりました。
「大きくなったな。」
「もういいな。」
「穴開けたくなったな。」
三匹は顔を見合わせました。にこっと笑うと、体ごと山にぶつかっていきました。子鬼の体が山にめり込んでいきました。子鬼がそこで体を動かすと、小さな穴ができました。穴はいくつもいくつもできました。
 そのうち、中が少し崩れて空洞ができました。
「山寺の裏の、祠のようだな。」
「そうだな。」
「似てるな。」
三匹は、雪の山の中に大きな穴を開けました。その中に入ると、寝転びました。何だかとってもいい気持ちです。
「あったかいな。」
「うん、そうだな。」
「雪の中なのに変だな。」
そんな話をしているうちに三匹の子鬼は、ぐっすり眠ってしまいました。
 朝日が雪の山の中に差してきました。三匹の子鬼は、びっくりして飛び起きました。そして、里のお百姓さん達が来る前に一度山寺に帰りました。山寺に帰ると、和尚さんと小僧さんが、本堂で朝のお勤めをしているところでした。和尚さんは、お経をあげるのがとても上手です。まるで、歌を歌っているようです。それに引き替え、小僧さんの珍念は本を見ながら、つっかえつっかえお経をあげています。三匹は、こっそりとお供えをもらって出て行こうとしました。
「朝帰りか。どんないたずらをしてきた?」
和尚さんの声を聞くとあわてて、本堂を飛び出しました。
 お供えはおにぎりでした。大きなおにぎりが、三個ありました。
「良かったな。」
「ちょうどいいぞ。」
「でかいな。」
三匹は、目をまん丸にしておにぎりにかぶりつきました。とてもおいしいおにぎりでした。おにぎりのお供えなんて、おかしいことに気づかない三匹の子鬼です。和尚さんは、おなかをすかせて帰ってくる子鬼達のために、時々そんなお供えをするのです。
 お昼になると、三匹は顔を見合わせました。
「そろそろだな。」
「いいころだな。」
「里に行くんだな。」
お昼の鐘の音に乗って、三匹はまた里に下りていきました。
 里に着くとすぐに、夕べ作った山のところへ行きました。みんながどんなに驚いているのか考えると、わくわくしました。雪の山に近づいていくと、里の人たちの声が聞こえてきました。子鬼達は、もう嬉しくて仕方がありません。
「いやあ、これは良かった。」
「子ども達に、作ってやろうと思っていたかまくらが、一晩で出来上がってよぅ。」
「山寺の子鬼達だなこりゃあ。」
里の人たちは、嬉しそうな顔で話しています。雪の山を見ると、中には誰かが入っているようでした。
 三匹の子鬼は、そっと雪の山に近づき中を見ました。三匹は驚きました。中には、里の子ども達が入って遊んでいるのです。楽しそうにお手玉をしている女の子、おいしそうにおもちを食べている男の子…。三匹は顔を見合わせて、ため息をつきました。
「やっちまったな。」
「そうだな。」
「よくやっちまうよな。」
 こっそりとその場を離れようと、三匹は歩き始めました。すると、
「あいや、山寺の子鬼達来てたか。」
「まあ、寄ってけや。」
と言う声がします。里の人達が、焼いたおもちを手にしてそう言っています。
「この間の黒鬼の霊を慰めようと、もちついて供えたところだ。」
三匹の子鬼は、じっとおもちを見つめました。
「しかたがないな。もち食ってやるか。」
「食ってやってもいいぞ。」
「正月でもないのに、もちが食えるぞ。」
 里のお百姓さん達は、子鬼達に温かいもちを手渡しました。三匹は、両手でそのもちを持つとにっこりしました。
「うまそうだな。」
「うん、うまそうだ。」
「うめえぞ!これ。」
子鬼達は、嬉しそうにおもちを食べました。おかわりをして食べました。そして、夕方の鐘の山びこに乗って、山寺に帰っていきました。
 その夜、三匹の子鬼はちょっぴり静かでした。いつもなら、お風呂を沸かすために、外にいる小僧さんをおどかしたり、山寺の天井裏で運動会をしたりとさんざん遊ぶのに、今夜はじっとしていました。じっとしながら考えていました。
「今年も、あと少しだ。」
「明日は、年越しだ。」
「なんか、つまらん。」
子鬼達は、何かいいいたずらはないかと、知恵をしぼっているのでした。
「そうだ!」
「なんだ?」
「どうした?」
三匹は、頭を寄せ合って話を始めました。しばらくすると、
「今年最後の、いたずらだぞ。」
「成功間違いなしだ。」
「うまくいくといいな。」
口々にそう言うと、安心したのか三匹はそのままぐっすり眠ってしまいました。
 年越しの朝です。今朝も、小僧さんは眠い目をこすりながら鐘を撞きに行きます。時々辺りを見回して、何かいないかという素振りをします。いつも、子鬼達にいたずらをされているのでしょう。
「ごおぉぉーん!」
朝の鐘が、山寺から里へ響き渡っていきます。
 里のお百姓さん達は、その鐘の音を聞くと仕事を始めるのでした。山寺でも、鐘の音を聞くと子鬼達がいたずらを始めます。和尚さんは、何をしても驚かないので、もっぱら小僧さんの珍念が子鬼達にいたずらされていました。ですから、小僧さんは一人になるといつも周りをきょろきょろ…。でも、今日はめずらしく三匹は姿を見せません。小僧さんは不思議に思いながらも、ほっとしていました。
 そのころ、本堂の屋根の上でのんびりと里を見下ろしながら、三匹の子鬼はにこにこしていました。
「楽しみだ。」
「どうなるかな。」
「珍念、腰を抜かすぞ。」
「夜まで、今日はいたずらはするなよ。」
「そうだな、いたずらはやめるぞ。」
「がまんだぞ。」
そう言うと、屋根からひょいと降りてどこかへ姿を消しました。
 辺りが薄暗くなった頃、子鬼達はまた頭を寄せ合って話を始めました。
「夜の鐘が鳴ってからだ。」
「そうだ、それからだ。」
「ぜったい朝まで、がんばるぞ。」
三匹は真剣な顔です。今年最後の、小僧さんへのいたずらを考えているのかもしれません。そうとは知らない小僧さんは、和尚さんと一緒にお正月の初詣の人たちへの準備で大忙しです。
「さあ、珍念これでもう良かろう。」
「はい。年を越したら、また忙しくなりますね。」
「まだ今年の、大仕事も残っておるぞ。」
「あ、そうでした。」
 夜の鐘も撞き終わった頃、三匹の子鬼は雪明かりの中、鐘のところに向かいました。鐘の真下まで来ると、三匹は顔を見合わせました。そして、すっと鐘の内側に登っていきました。
「やぱっり、つかまりにくいな。」
「すべりそうだ。」
「朝まで、もたんかも。」
三匹は、鐘の内側にしがみつきました。
 夜は、深々と更けていきました。
「足音がするぞ。」
「どうしてだ?」
「珍念、寝ぼけたな。」
確かに足音がします。でも、よく聞くと一人の足音ではありません。遠くから、たくさんの足音が近づいてきます。三匹の子鬼は、怖くなりました。
「なんだ?化け物か。」
「年越しの晩に、化け物?」
「おら、食われるのはいやだぞ。」
でも、ここでじっとしていた方がいいと思いました。
 足音は、鐘のところで止まりました。
「ごおぉぉーん!」
鐘の中にいる三匹は、驚きました。こんな夜中に鐘を撞くのは、小僧さんのはずがない、化け物が出たのだと思いました。しばらくすると、また、
「ごおぉぉーん!」
鐘が響きます。鐘の中は、外で聞くより凄い音でいっぱいです。とても、がまんができません。しかし、ここで出てしまったら、化け物に食べられてしまうかもしれません。そう思うと、絶対に出られません。
「ごおぉぉーん!」
化け物は数え切れないほど、鐘を撞きます。
 もう駄目だと思いました。
「おら、だめだ。」
「おらもだめだ。」
「力がもう入らん。」
三匹の子鬼は、鐘の中から次々に落ちていきました。三匹は目をつぶりました。化け物に立ち向かっていく力は、もう残っていません。
 足音がいくつもいくつも近づいてきます。食べられてしまうと思いました。
「おやぁ、これはとんだお年玉じゃあ。」
「なんと大きな、お年玉じゃ。」
「黒鬼をやっつけた山寺の子鬼が、お年玉とは正月早々縁起がええ。」
「そうじゃ、そうじゃ。」
大きな笑い声とともに、そんな声が聞こえてきました。
 子鬼達は、恐る恐る目を開けました。そこに見えたものは、化け物ではありませんでした。里のお百姓さん達です。みんな、いつもより少しきれいな着物を着て子鬼達のそばに座ったり立ったりしているのです。
 子鬼達は顔を見合わせました。そして、小さな声で笑いました。すると、里の人たちは大きな声で笑いました。山寺中、笑い声でいっぱいになりました。
「さあ、雑煮ができたぞ。」
「里のおかみさん達が、作ってくれた雑煮じゃ。子鬼達も食べるが良い。」
和尚さんの声がします。
 すると、目の前においしそうなお雑煮が湯気を立てています。
「うまそうだな。」
「あったかそうだ。」
「うまいぞ!これ。」
三匹は、ふうふう言いながら、おいしそうにお雑煮を食べました。里のみんなも、子鬼達と同じように、お雑煮を食べています。
 東の空が、少しずつ明るくなってきました。初日の出です。しばらくすると、谷の間からお日様が顔を出しました。里の人達が、お日様に手を合わせています。子鬼達も、まねをして手を合わせました。手を合わせながら、心の中で、「みんながびっくりするようないたずらができますように。」と祈りました。

平成14年11月4日