和尚と子鬼


 それは、険しい山へと続く道でした。一人のお坊さんが錫杖をつきながら、ゆっくりと歩いています。だいぶ年をとっているように見えますが、足取りはしっかりとしています。カラスがうるさいほどに鳴き、もうすぐ夕闇が訪れようとしています。
「お坊様、もう日が暮れますよ。この山を越えるのは、おやめになった方がいいですよ。」
茶店から人の良さそうな主人が出てきて、お坊さんに言いました。すると、そのお坊さんは、
「いえいえ、ご心配なく。私は山の中の寺で住職をしている者です。山道には慣れており ます。」
と、笑顔で答えるのでした。
「そう申されましても、闇に紛れて化け物も出ると聞いていますんで…。」
茶店の主人は心配そうに言いました。それでも、お坊さんは何も心配することがないような顔で山道を登っていきました。
 しばらく登っていくと、道の両脇の木がトンネルを作り、空さえ見えないそんな山道になっていきました。時々、お坊さんをからかうようにカラスが道を低く横切っていきます。そのうちに日もとっぷりと暮れ、本当に真っ暗な世界になっていきました。
「いいか。」
「いいぞ。」
「やるのか。」
 闇の中から何やら声がします。お坊さんは、ずいぶん前から近くに何かがいることに気がついていました。気がついていましたが、知らないふりをして歩いていたのです。そしてこともあろうに、何かわからないものが近くにいるというのに、道ばたの岩の上にどっかりと腰を下ろしてしまったのです。すると、お坊さんの目の前に何やら黒い影が現れました。
「こやつ、驚かん。」
「驚いておらん。」
「変なやつだ。」
 影は小さな影で、三つありました。三つの影は頭を寄せ合って、何やらひそひそ相談しているようです。お坊さんはその様子を見ようともせず、荷物の中からおにぎりを取り出しおいしそうに食べ始めました。お坊さんがおにぎりを食べ始めたことに、三つの影が気づきました。今度はさっきより大きな声で相談しています。
「うまそうだな。」
「そうだな。」
「ほしいな。」
 どうも三匹の化け物か何かがいるようです。それも、どこか幼い感じのする話し方です。
どうやら化け物は、お坊さんのおにぎりが欲しくなってしまったようです。お坊さんもそれがわっかたようですが、、何も気にせず大きなおにぎりを食べ続けています。三匹は、お坊さんが自分たちに気づかずに食べ続けているので、どうにかして驚かせてやろうと考えました。三匹はお坊さんの近くの木に登り、上の方の枝を少しずつゆすり始めました。葉がぱらぱらとお坊さんの周りに落ちてきます。
 三匹は、声を合わせてなるべくゆっくりと話し始めました。
「おい、坊主。ここがどんなところか知って来たのか。化け物の山だぞ。坊主一人では化 け物に食われちまうぞ。おら、おれたちが守ってやってもいいぞ。」
三匹は、木の下から何という返事が返ってくるか、どきどきしながら待ちました。でも、何の返事も返ってきません。三匹は待ちきれず、木からするするおりてきました。三匹はお坊さんの前に立ちました。真っ暗闇の中で、空の雲が流れ、雲の間から月の光がさしてきました。月の光が地上を照らし始めました。三匹の姿がぼんやりとお坊さんの前に浮かび上がりました。
 頭の上に角が一本ある鬼が三匹現れました。それも子どもの鬼、子鬼です。小さくて可愛い子鬼です。お坊さんは、笑いそうになるのをこらえました。こらえてわざと驚いたふりをしました。
「これは何と、子鬼が三匹も。おお、茶店の主人の話のとおりじゃ。ここは化け物の山だっ たのか。わたしはとんでもないところに足を踏み入れてしもうた。」
 それを聞いて、三匹の子鬼は顔を見合わせて、「しめた。」と思いました。
「それなら安心しろ。おら達が守ってやっても良いぞ。」
「うん、守ってやるぞ。」
「にぎりめしくれたら、守ってやるぞ。」
三匹の子鬼は、子どもの声で次々に言いました。子鬼達は、これできっとあのおいしそうなおにぎりがもらえるだろうと、わくわくしています。
「わたしは、ここからそう遠くない山寺の和尚じゃ。わたしの帰りを、小僧の珍念が待って おる。わたしが帰らんと、ふもとの里の衆も困るであろう。では、このにぎりめしで、守っ ていただこう。」
山寺の和尚さんはそう言って、大きなおにぎりを子鬼達の前に差し出しました。おいしそうなおにぎりがやっと自分たちの前に出てきました。三匹は、にこにこしながら大きな口を開けてぱくぱく食べました。和尚さんは、そんな子鬼達の姿を見てにっこりしました。
 子鬼達はおにぎりを食べ終わると、和尚さんを守ってあげると言って和尚さんのまわりにやってきました。そして、そのうちにすうすう寝息をたてて眠ってしまいました。和尚さんは子鬼達を抱きしめながら、朝になるのを待ちました。和尚さんは、その晩一睡もしませんでした。夜のうちに、いろいろな化け物がやってきたのです。やはり、化け物のすむ山だったのです。化け物が来るたびに、和尚さんはお経をあげて化け物を退治しました。
 やがて、朝になりました。和尚さんは、荷物を肩からさげると、また山道を歩き始めました。三匹の子鬼は、和尚さんの後をついて行きました。
「こら、和尚あぶないぞ。待っていろ、おら達がついていってやる。」
「うん、ついていってやるぞ。」
「あぶないからな。」
 三匹の子鬼は、和尚さんの後ろを、とことこついていきました。朝日の中で見ると、赤、青、黄の子鬼でした。和尚さんは、子どもだけで三匹力を合わせて、化け物の山で暮らしてきたのだと思うとふびんになりました。何の実りもないような、そんな山です。こんな小さな子鬼三匹では、食べ物もあまり手に入れられなかっただろうと、和尚さんは思いました。
「それはありがたや。では、わたしの山寺まで守って行っていただくか。」
和尚さんは、子鬼達に向かってそう言いました。そして、和尚さんの前になったり後ろになったり、跳んだりはねたり遊びながらついていきました。
「和尚、おどろくな。」
「そうだ、おどろくな。」
「おどろくにきっまてるな。」
突然三匹の子鬼は、話を始めました。
「おら達は、すごいことができるんだぞ。」
「うん、できるぞ。」
「すごいぞ。」
 三匹は、得意気にそう言い始めました。和尚さんは、にっこりしながら聞いています。
「おら達、音に乗ることができるんだぞ。」
「そうだぞ。」
「すごいんだぞ。」
和尚さんは、
「ほおう。それは、すごい。」
和尚さんは、感心したように言いました。本当に感心したのです。親もいない子鬼が、自分たちでそんな力を手に入れたとしたらたいしたものだと思ったからです。いくら鬼だと行ってもまだまだ子どもです。親に守ってもらわなかったら、あんな化け物の山では生きていけないのです。きっと、これまで一生懸命生きてきたのだろうと思いました。
 和尚さんが感心してくれたので、子鬼はもう嬉しくて仕方がありません。
「和尚の寺には、鐘があるか。」
「あるか。」
「ないのか。」
三匹は答えをせかすようにそう言いました。
「あるとも、大きな鐘があるぞ。ふもとの里のみんなに、それで時を伝えておる。ほれ、あ そこに見えてきたのがその鐘じゃ。」
山道の向こうに、山寺の鐘が見えてきました。大きなりっぱな鐘です。
「ゴオオォーン!」
 その時、小僧さんが鐘を撞きました。子鬼達はその鐘の音が近くの山にはね返ってもどってくるのを待ちました。鐘の音が山びこになってもどってくると、子鬼達はその音に乗ったり、しがみついたりしながら、山寺の方へとんでいきました。びっくりしたのは、鐘を撞き終わって寺の方へもどろうとしていた小僧さんです。空から子鬼が飛んできたのです。びっくりして、その場へへなへなとすわりこんでしまいました。
「おまえが珍念だな。」
「小坊主だな。」
「変な名前だな。」
 子鬼達は、珍念を取り囲むとそんなことを言いながら、珍念の頭をさわったり、衣の裾を引っ張ったり、いろいろなことをしました。そのたびに、小僧さんが驚くので、子鬼達はもう大喜びです。そのうちに、小僧さんが声を上げて泣き出してしまいました。子鬼達はあわててしまいました。まさか、小僧さんが泣き出すとは思わなかったからです。
「泣くな、泣くな。」
「泣くと食っちまうぞ。」
「そうだ、食っちまうぞ。」
三匹がそう言うと、小僧さんはもっと驚いて、もっと大きな声で泣き出しました。
「こらこら、子鬼達、珍念をいじめるでない。」
 そこへ、和尚さんがやってきました。小僧さんは、和尚さんの所へ走っていきました。
「おら達、いじめておらんぞ。」
「そうだ、いじめておらん。」
「そいつが、勝手に泣いただ。」
三匹の子鬼は、口をとがらせて口々にそう言いました。そして、その後、
「こんな山寺で、和尚と泣き虫の小僧だけで住んでいるのは心配だ。」
「そうだ、心配だ。」
「おら達が守ってやる。」
と、にっこり笑って言いました。それを聞くと小僧さんはびくっとしましたが、和尚さんは大声で笑いながら、
「そうか、そうか。寺には、時々変なものが来ることがある。三匹の子鬼に守ってもらえる とは、わたしも安心じゃ。」
と、嬉しそうに言いました。
 それを聞くと、今度は子鬼達が、びくっ、びくっ、びくっとしました。三匹はこれはしまったという感じで、顔を見合わせました。
「どんな変ものが来るんだ。」
「よく来るのか。」
「本当に来るのか。」
少し声が震えています。和尚さんは、さっきよりも大きな声で笑いました。
「よく来るぞ。よく来るぞ。今日も来おった。」
楽しそうに言いました。
「何だ、おら達のことか。」
「おら達のことだな。」
「そうか、おら達は変なものか。」
三匹の子鬼は、安心したように言いました。
 その日から、三匹の子鬼は山寺に住みつきました。山寺のある山には、実のなる木がたくさんありました。春にはたけのこ、秋にはきのこも採れました。川には魚もたくさんいました。三匹は山の実りを食べたり、時には山寺の本堂のお供えを食べたりしました。時々
小僧さんの撞く鐘の音に乗って、里に下りていってみんながいないところでいたずらをしました。
「この畑、菜っぱが生えたままだ。」
「うん、そうだな。」
「どうして、取らんのかな。」
 ある日、子鬼達は一つの畑を見て不思議そうにそう言いました。他の畑は、収穫が終わってきれいになっています。
「これ、みんな取っちまえ。」
「そうだな。」
「やっちまえ。」
子鬼達は、畑に生えているものを次々に抜き始めました。それはきれいに、根っこごと抜きました。全部抜き終わると、それを集めて山にしました。何だかふかふかしています。おもしろそうなので、子鬼達はその上に乗って飛び跳ねました。おもしろかったので、三匹の子鬼は、ぴょんぴょん跳びはねて遊びました。そのうちに夜の鐘が鳴ったので、その山びこに乗って山寺へ帰っていきました。
 次の日の朝の鐘の音に乗って、三匹の子鬼は里へ下りていきました。畑の近くで、小さくなって隠れています。すると向こうから、里のお百姓さんが鎌を持ってやってきました。
「おや、まあ!」
お百姓さんが、大きな声を上げています。子鬼達はにこにこ顔です。
「山寺の子鬼達め、やりおったな。」
その言葉を聞くと、三匹の子鬼はもうがまんできなくなって大声で笑いながら顔を出しました。
「このいたずら子鬼どもが、よくもおれの畑の草取りをしてくれたな。おかげで、今日は種 まきができるようになった。さて、種を取りに家までもどらにゃいかん。ああ、大変だ、大 変だ。」
 里のお百姓さんは、そう言って家の方へ向かって歩き出しました。途中で他のお百姓さんに出会って、
「山寺の子鬼がいたずらをしおった。気をつけにゃあ、いかんぞお。」
と言っています。
「そうか、そうか。そりゃあ、大変だあ。」
いたずらのことを聞いたお百姓さんは、のんきそうにそう応えています。三匹の子鬼は、自分たちのいたずらが成功したのか失敗したのかわからずキョトンとしています。
「あれは、草だったのか。」
「菜っぱも同じようなもんだぞ。」
「うん、これもうまいぞ。」
三匹は顔を見合わせました。
 この頃里のお百姓さん達は、夕方になると、
「さあ、山寺の子鬼が来る前に帰るとするか。」
「さあ、さあ。山寺の子鬼が来るから、子どもは早く家に帰れ。」
と、言うようになりました。子鬼達は、その言葉を聞くのが好きでした。何故かって?何だか自分達も、里のお百姓さん達の仲間になった気がするからです。そして、その言葉を聞くたびに、「次はどんないたずらをしようかな。」と、一生懸命考えるのでした。

平成14年11月11日