終着駅の夜


星の光も凍ってしまうかと思うほど、寒い晩のことです。電車がガタン、ガタンと小さな駅に着きました。
「やあ、今夜は冷えるね。」
「ああ、本当に。さあ、早く仕事を終わらせましょう。」
運転士さんと車掌さんは駅舎の中に入りながら、そう話し合っています。しばらくの間は、電灯がともっていましたが、やがてそれも消え、辺りはすっかり静かになりました。
「電車さん、電車さん。今日もご苦労様。」
「ああ、今日は何かひどく疲れた気がしますよ。」
誰もが眠りについた頃、電車とレールが小さな声で話を始めます。
「でもあなたはいいですよ。」
レールは深いため息をつきながら、そう言いました。
「考えても見てください。あなたは、あちらの町こちらの町と走り回ることができる。ところ が、私はこんなさびれた町の終着駅のレールでどこへも行くことはできないんですよ。」
そう言ってから、レールは電車を見上げました。電車は、びっくりしたような顔をしました。
「何ですって。私がいいですって。冗談じゃありませんよ。毎日毎日走り続けで、どんなに か疲れていることでしょう。」
今度は、電車が空を見上げながらため息をつきました。それからしばらくの間は、二人とも自分のことを考えて黙ってしまいました。
 星の光が、電車の上に、レールの上に降りかかってきます。もう起きている人は、一人もいないと思われます。ですが、二人は眠ることができません。
「ねえ、レールさん。」
突然電車が話を始めました。
「私はいつも思っていたんですよ。レールさんのように、一つの所にずっといられたらどん なにいいかって。だって、そうじゃありませんか。あちこち走っているおかげで、特に親し い人なんていないんですよ。」
 それをきくと、レールはむっとしました。
「それじゃ、なんです。私がいつもここにいて幸せだとでも思っているんですか?それは、 電車さんは走り続けていて大変かもしれない。でもね、変わった風景を見ることができ  るじゃありませんか。」
「何を言うんです。レールさんはここにいるおかげで、そこの樫さんや松さんと仲良くして  いるじゃありませんか。」
いつしか、二人の口調は荒々しくなっていきました。そして、二人とも自分の言いたいことばかりを話しました。それから、またしばらくの間、二人とも黙りこくってしまいました。
 風が、すっかり乾ききった落ち葉を飛ばしています。カサ、カサ、カサ…。その音を聞くとよけい寒さが身にしみるのでした。
「電車さん。」
「レールさん。」
ほとんど同時に、電車とレールは口を動かしました。
「電車さん、私はいつもあなたは良いと思っていましたよ。でもね、今晩こうしてお話を聞  いて、あなたが大変だということがわかりましたよ。私はここ以外どこも見ることはでき  ないけれど、友達がいるだけでも幸せですよ。」
 レールはさっきとはうって変わって穏やかな口調でそう言いました。
「いやあ、レールさん。私もレールさんは楽しそうで良いと思っていたんですがね。考えて みると、これでけっこう私も楽しいんですよ。お互い自分の苦労ばかり考えていたようで すな。」
電車がそう言うと、
「そのとおりです。」
とレールも言って、笑いました。
「ははは、とんだことで夜更かしをしてしまいましたね。さあ、明日もあることです。早く寝る ことにしましょう。」
 二人はやがて静かに眠りにつきました。そんな二人の上には、透き通るような星の光が優しく降り続けていました。

平成14年11月16日