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第51回「ドキドキ試写会」

 モノを作るって結構不自由なものである。なるべくなら独り善がりな作品にしたくないので、常に客観的に自分の作品を見られるようにしておかなくてはならないのだが、ちゃんと作ろうと思ってのめり込めばのめり込むほど、その作品は見えなくなっていく。

 これまで新作「ハズしちまった日。」の完成版を見た人間は、この世でただひとり僕だけだった。編集中からダビング作業中、完成から現在に至るまで、それこそ何度見たか分からないくらいなので、すでに客観的に見ることなんて絶対に出来ない。

 「この作品は良いの?悪いの?」「面白いの?つまらないの?」。そんな思いが付きまとう。そもそも「この作品はどういう作品になっているの?」。こんな積年の(?)疑問を解決するには、一つの方法しかない。他人に見てもらうことだ。大体、上映会を1ヶ月後に控えておきながら、監督以外、役者含めて誰も見ていないというのはひどい話なのである。関係者向け試写会の決行だ!

 関係者のスケジュールや上映場所の調整などで手間取るが、とりあえずメインのキャスト・スタッフの都合はつき、試写会当日を迎える。この日借りた上映場所では、ビデオプロジェクターでスクリーンに映し出せる予定だった。が、準備中にいきなり機材がぶっ壊れる。「ハ?」と思っても後の祭。スイッチを入れてもウンともスンとも言わない。実は電源を取るコンセントに200Vの電流が流れていて、スイッチを入れたとたんに機材は昇天してしまったらしいのだ(ボ、ボクのせいじゃないぞ…)。

 ってーことは、試写会はどーなるの?と一瞬どころかかなり焦るが、仕方ないので別の部屋を貸してもらい、TVモニターでの試写会となってしまう。あーん、スクリーンで見たかったよー、と嘆いても仕方ない。関係者の皆さんもヒマじゃないのだ。部屋にみんなを呼んで、いよいよ上映開始。実際TVモニターとはいえ、かなりデカいモニターなので映像的にはいいのだが、音声がそのTVモニターのスピーカーだけなのでちょっとヒドいのだ。

 音量を上げて迫力を出そうとしても、TVモニターの限界で低音がカットされ、シャリシャリした音になってしまうし、上映場所の部屋自体がかなり広い部屋なので響いてしまう。もともとノイジーな音声の作品としてはちょっと厳しい。ときどき登場人物が何言ってるのかわからない場面とかもあって結構あせる。うーん残念。

 これまでいくつか作品を作ってきたが、初めて自分以外の人間に見せるときはホントに心臓の音が聞こえるくらいドキドキした。でも今回はなぜか落ちついて見始めることが出来た。「ちょっと成長した?」とかバカなことを考えたりしたが、話がどんどん進んで行くにしたがって、やはり心臓が暴れ出してくる。これはもう仕方ないのね。ヒドい時は心臓鳴りすぎて死ぬんじゃないかと思ったこともあったが、今回は適度な緊張で進めたから良いほうかもしれない。

 それにしても、みんな身じろぎもせずに見ているので、後ろから見ていると恐い。前作「詭弁の街」みたいな作風ならそれも納得なのだが、今回はもうちょっと軽い感じで見てもらえたらと思っていたので「面白くないのかな…」と心配になる。それに自分一人で見ていると、ある程度テンポ良く見られるのだが、他人と一緒に見るとなぜか長く感じる。

 やがて話も後半に差しかかると、足を組替えたりしてちょこちょこ動く人が出てくる。座っているのがパイプ椅子だから、お尻が痛くなってるんだろうけど、こっちとしては「退屈してるのかな…」と、またまた不安にかられる。じっと見てれば見てるで、動いちゃうと動いちゃうで、どっちにしろ不安になってるんだから全く小心者である。でもそういうモンだよね(誰に同意を求めてんだか)。

 エンドクレジットが終わって、僕が明かりをつけると一瞬シンとなってしまったので「ウソ、マジでヤバいかもしんない」と逃げ出したくなる。実際はその「シン」の時間って、0.005秒くらいの長さだったかもしれないのだが、もう本人にしてみると「シーーーーン」ってくらいに思えるのだ。だがその後に拍手が出て、一安心。

 「お疲れ様」と「ありがとう」の挨拶をするために、みんなの前に出ていくと、とりあえずは今すぐパンチを食らいそうな雰囲気ではない様子。表情は明るい人が多かったような気もする(希望的観測含む)。気に入ってもらえただろうか。ドキドキ。

 よく考えてみると、僕は上映中もう自分の立場でしか考えずに、ひとりでアタフタしていたのだが、関係者の皆さんだって完成品を見るのが初めてなわけで、自分の仕事をなかなか冷静に見られなかったことだろう。僕一人で作り上げたワケじゃないのだ。それでもそんな中、笑って「お疲れ様」と声をかけてくれ、最後にもう一度拍手してくれた関係者の皆さんには、心の底から感謝であります。

 スクリーンで見ることが出来ず、音声は(一部)反響し、最終的にはほとんどの人間が客観的に見ることが出来なかったという試写会ではあったが(笑)、それら全ては10月6日のBOX東中野での上映で実現する。この作品がどんな風に受けとめられるのかは、結局まだわからない。だが「いい仲間と一緒に完成作品を見る」ことが出来た。それをもって今回の試写会は上出来だったということにしたい。(逃げかな…(笑))

 「ハズしちまった日。」初公開まであと1ヶ月!頑張るぞ。

(2001年9月7日第67号)


第52回「その瞬間」

 10月6日(土)。いよいよその日がやってくる。もちろん「ハズしちまった日。」の初公開の日だ。本来ならスタッフ・関係者向けの試写会をやって、とりあえずその活動を終了するつもりだった今回の制作だが、一般向けの上映をやって締めくくれるなんて出来すぎのような気もする。

 BOX東中野という映画館で上映されるということは、ホントに想像すらしていなかったことなので、実際どのような上映会になるのかは制作者本人にも実はつかめていなかったりする。考えてみればこれまで結構長い間、映像制作をやってきたが「自分の上映会」というものをやったことってないんだよね。

 高校や大学での公開は文化祭でのクラスやサークル上映形式がほとんどだし、PFFでの公開は何もかも主催者にお任せという状態だった。それ以降はご存知のとおり停滞期間だったので(笑)、もちろんなにもない。それに気付いた時に、なんだかいろんな感情が湧いてきたのだ。

 停滞期間の間にも「上映会をやろう」という話が仲間内で出たことがあった。もしそれが実現するなら、自分なりにああしたい、こうしたいという考えがあり、「自分の上映会」をやるというのは、結構楽しみなことではあったのだ。

 だが今回、それが実現していざ準備を始めてみると、やることの多さに改めて気づく。やるからにはなるべく多くの人に見てもらいたいから、至らないなりに宣伝活動をするのだが、チラシ作りからその印刷、DMの発送、サイトでの定期的な更新(ちょっと遅れがちになったけど)、その他こまかいことモロモロを誰でもない自分で全部やらなくてはならないのだ。

 サークルの文化祭なら仲間がいるし、PFFは前述の通りお任せ状態。しかし今回は「12の眼」という主催者がいても、全てをまかなってもらうことは不可能なので、自分の上映は自分で責任を持って引っ張って行かなくてはならないのだ。でもそれは同時に、ある程度自分の思い通りの進め方が出来るということでもある。この際、やりたいと思ってたことは全部やるつもりで取り組んでみればきっと面白いに違いない。そう思ったのだ。

 上映が決まってから2ヶ月あまり、そうやって楽しんで進めてきた。が、最後の1週間はちょっと違った。なぜか辛かった。時間が足りないとかそういうことではなく、精神的にすごく不安定になったのだ。これは自分でもかなりびっくりした。ふと気付くと思いっきりブルーな気持ちになってたりするのだ。理由がハッキリしているわけではないのだが、なんとなく不安で気分が落ちこんでたりした。

 やりたいことやって、最後には劇場で上映出来るというのに、なぜこんなに切ないんだろう。そう、「切ない」という表現が一番しっくりくる。「楽しいのに切ない」。ちょっと分裂気味な自分を感じてさらに自虐的になったりもする。ま、蓋を開けてみたら「ただ不安だった」の一言で片付けられることなのかもしれないが、せっかくの上映会をそんな気持ちで占めたくはない。

 映画館で上映される。最初にそれを聞いたときのあの嬉しさはどうした。どこかへ行っちゃったのか。もちろんそんなことはない。やはり自分に余裕がなくなっていただけなのだ。この上映会の企画を聞いたときにまず何を思ったか。それは「自分の作品が映画館で上映されている」という状況だ。ハッキリいってそれが実現すれば僕は嬉しいハズだった。そして今回の上映会においてそれだけは確実に実現するのだ。

 「どんな反応が返ってくるんだろう…」とか「どのくらいの人が見に来てくれるんだろう」とか、気になることはもちろん沢山ある。しかし、今回に関しては「ハズしちまった日。」が劇場にかかるということだけでも、本当に感激な出来事だったのだ。それなら、まず僕自身が上映会を楽しみたい。急激にそう思い始めた。どっちにしたって、なるようにしかならないんだしね。

 ということで、10月6日(土)は思いきり楽しんでこようと思う。思いきり楽しめれば、きっとまた次の活動につなげたくなるにちがいない。それは、いまの僕にとっては何よりも必要なことかもしれないし。あ、なんか楽しくなってきた(単純な奴)。

 その瞬間、ドキドキしてワクワクするぞ(ヘンな決意(笑))。

(2001年10月6日第71号)


第53回「バタバタしちまった日。」

 「ウェッ…気持ち悪い…」。10月6日(土)の朝は吐き気で始まった。自分にとって初めての上映会を迎えるにあたり、まず自分自身が楽しむことを決めたはずなのに、体はなんとも正直だ。普段吐き気をもよおすことなんてまずないのに、やはり緊張しているのだろうか。情けない。

 本番は夜の9時から。ほとんどの準備は前日までにすべて終えたが、当日のアナウンス原稿を完成させなくてはならない。しかも上映後のトークに関しては、何をどうしゃべるのかさえ決まっていない。どうなっちゃうんだか。原稿を考えながらもなんだか落ちつかない。

 会場で手伝ってくれるスタッフやトークに出てもらうキャストとの打ち合わせは7時からなので、昼頃までは作業を進められるのだが、チョコチョコ電話がかかってきて作業が中断される。でもほとんどの電話が今日劇場に来てくれる知りあいからのもので、少なくとも全くお客さんが入らないということだけは避けられそうで安心する(いや、マジでそんな想像しちゃうくらい不安だったりするのよ)。

 スチールを撮ってくれるスタッフの伊東さんとともに、夕方都内に向かうが、その列車でひたすらしゃべりまくってしまう飯野。何をしゃべったのかあまり覚えてないのだが、新宿に付く頃に「なんだかもう疲れちゃったね」という会話をしたのだけが鮮明に残っている。こんなことでは「僕、緊張してます」って顔に書いてあるみたいじゃないか!と思い、静かにしようと密かに決意をするが、当然のことながら気付くとまたしゃべりまくる自分を発見する。

 途中、新宿でビデオテープを買いに寄り道。ついでにちょっと早めの夕食を取ることにする。腹はそれなりに減っているハズなのに「食欲ないような気がする」とか思う。でも食べておかないともたないし、頑張って注文。で、料理が出てくるまでひとしきりまた喋る(本人は無意識)。いったい何をしゃべってたんだか。

 料理が出てきて二人とも食べ始めるが、フト気付くと飯野は全部たいらげている。横の伊東さんを見るとまだ半分程度しか進んでいない。「食欲がなかったハズ…」と、その分裂気味な自分をさすがにイヤになるが、なんていうか全然落ちつかないのだ。腹が減ってたんだか、そうでなかったかなんかはどうでもいいが、体全体がキューッと締め付けられているような感覚が続いていて、ストレス感じまくり。

 大体、今更なにをそんなに緊張する必要があるってんだ。作品を見せるだけじゃないか。直したくたってもう直せないし、開き直れ開き直れ。と、いよいよ劇場のある東中野駅にむかう。ま、その道中また無意識にしゃべりまくっているのは当然として、駅に降り立った時に目に入る「BOX東中野」の看板を見ると、結局緊張感が高まる(BOX東中野は線路沿いの劇場なので、ホームから見えるのだ)。

 まだ劇場に行く時刻じゃないので、近くのミスタードーナツにてキャスト・スタッフと打ち合わせ。今日の流れを説明して、それぞれにやってもらう仕事を説明する。キャストとは引き続き上映後のトークの打ち合わせに入る。キャストの石山くん、山崎くん、五十嵐くん(「詭弁の街」)はなにやら本番で企んでいる様子だが、監督の僕には全然教えてくれない。何かされるんじゃないかと下らない思いを馳せたりして精神状態は疲弊しまくる。

 そうこうしているうちに時間が来て劇場に入る。すぐにトークの司会・木下さんと打ち合わせを開始。しかしその間にやたらと呼び出される。僕の上映はこれから始まる「12の目作家別レイト上映」の初日のため、まだまだ段取りがしっかりしてない。いつの間にか全部が同時進行になっているのだ。受け付けでのチケットの確認や、スタッフの配置、劇場側とのトーク段取り打ち合わせなどやることが次々出てくる。

 木下さんを始め初対面の人も多いため、その紹介をやっているだけでもドンドン時間が過ぎて行く。合間を縫って打ち合わせをしているうちに、またスタッフに呼び出される。当日清算ということで前売り券の予約をしていたお客さんが、いよいよやってきたのだ。気付くとすでに8時半。うわっ。全部の事が中途半端のままお客さんが来始めてしまった。

 「ということで、お願いします」と何が「ということ」なのか分からない言葉を木下さんに発して、事務室から出る飯野。スタッフに案内されてお客さんのもとへ。「今日はありがとうございます」とスマイル状態で前売り券を販売するが、そう思っていたのはおそらく自分だけで、ハタから見ていると顔が引きつっていたことだろう。

 実は当日清算券が50枚以上あり、途中で混乱しないようにそれぞれ封筒に分けて入れていたのだが、実際に清算を始めてみると「お釣りがない!」とか「予約枚数が違う…」とか、まったく初心者まるだしの愚かな展開が続くのだ。本来なら劇場の外で待ちかまえて清算するつもりだったのに、すでに続々と劇場の階段には当日清算のお客さんが集まっている(BOX東中野は地下の劇場なので受付まで階段で降りる)。

 もう自分が何枚売って、いくら受け取ったのか全然確認できないまま、階段を走りまわって清算をし続ける監督。ついに12の眼スタッフの森川くんに「飯野さんが清算するのは、やはりマズいと思います」と注意される。うう…スミマセン。でもこうなると僕しか分からなくなっているのです。と訴えて続ける。確かに公開当日に劇場でチケット清算しまくる監督ってのは、あまり美しくはない。

 途中、事務室に戻るとキャストのみんながくつろいでいる。あぁ俺だけバカみたいにうろたえている…。もちろん身から出たサビなので仕方ないが、大きく息を吐いてみんなを見たら「飯野さん泣きそう」と言われる。いや「泣きそう」ではなく、心の中では「号泣」なのだ(イバるな)。次の瞬間、またスタッフに呼ばれて返事をするときに声が裏返ってかすれる。もういっぱいいっぱいなのがバレバレ。ま、隠そうとしてたワケでもないが、あまりの段取りのひどさに自己嫌悪。しかしそれにひたっているヒマすら今はない。

 まとめて清算してもらった人の仲間の方が、僕にチケットをもらおうと来る場合もあり、そんな時は代表の方を探しに走らなくてはならない。劇場内(階段)にはいないので、外に見に行く。するとそこで目にしたのは劇場前に集まる多くの人々。「え?」と一瞬おどろく。これって全部僕の上映に来てくれた人なの?チケットは整理券に変えて、入場時まで外に出てても大丈夫なのだが、それにしても想像以上の数に見える。ちょっと嬉しいかもしんない…

 だが結局、そこでも声をかけてくれる友人や知り合いに挨拶しながら、清算をしたりしてバタバタは続く。再び劇場内に戻ると階段では受付から整理番号順に整列が始まっている。僕自身が全然余裕がないので、スタッフのみんなが動いてくれているのだ。ホントに感謝。そのうち劇場の阿部さんに「そろそろ入場を開始します」と言われ「もうそんな時間?」と焦る。が、進行スケジュールがただでさえキツいのでガンガン進めないといけない。

 少し精神を落ちつけて入場を迎えよう。そう思って気を引き締めるが、その瞬間ひとつの事実に気付く。「あるモノ」がない!わー!どうする歩飯野!

<つづく!>
(おい、マジかよ)

(2001年10月18日第73号)


第54回「続・バタバタしちまった日。」

<つづき!>
(「ダーン!」という効果音とともに)

 監督である飯野がひとりでバタバタしているうちに、開場時刻は迫っていた。受付前にはすでに整理券順にお客さんが整列している。それにしてもこの数十分は矢のように時間が過ぎ去って行った。何かやり残していることはないのか。そう考えたとき、頭に一つの事実が浮かぶ。「プログラムがない!」

 今回の「ハズしちまった日。」初公開にあたり、簡単なプログラムを作っていた。本当ならカラー印刷のキラキラしたもので完成させたかったのだが、もちろんそんな予算はないので、白黒コピーで作ったものだ。そうは言っても最近はコピーでも写真が結構きれいに出るからありがたい。高校時代の文化祭などで作っていた頃は、写真なんか使おうものなら何が写ってるか判別不可能な状態で出力されてきたものだった。

 A4サイズ4枚の原稿を袋とじにした合計8ページの小さなプログラム。もちろん「スッゲーきれい!」とはいかないが、人物の顔にしてもビデオからの出力画像にしてもちゃんと写ってる。技術の進歩はありがたい。ただこれを作るときは結構大変で、コピー取って、二つ折りにし、ページごとにまとめて、ホチキスでとめるという作業を一人でやってると、頭がなんだかボーッとしてきたものだった。150部作ったから枚数でいうと600枚。全部完成したときの解放感と言ったら…(涙)。

 その「血と汗と涙の結晶であるところのプログラム」を今日は1回も目にしてない。というかすっかり忘れていた!数日前に劇場の阿部さんに預けていたから、早く受け取らなければ!ここまで来て、プログラムを渡し忘れるなんてことになったら大ショックである。忙しそうにしている阿部さんを捕まえてプログラムを詰めた紙袋を受け取る。よかった、ちゃんと中に入ってる(当たり前だ)。早く配らねば!

 スタッフの鷲北くんに事情を説明し、整列してくれているお客さんにプログラムを配ってもらう。ホッと一安心。あとは開場を待つだけである。この時点ですでに整理券が120枚出ていて、あとのお客さんは列の最後に並んでもらっている。劇場の座席数が100席あまりなので、立ち見(というか通路への座り見)は確実の様子。他のスタッフはそれぞれみんな忙しそうに作業をしているので、入場時、受付で上映会のプログラムやアンケートを渡すのは僕がやることにする。

 ここで、ようやくちょっと一息つくことが出来る。気付くといつのまにか緊張感がどこかへ消えていた。はっきり言うと、すでに疲れていた(笑)。でも緊張感で倒れそうになるよりはよほどいい感じ。僕にとってはバタバタしたのは良かったのかもしれない。お客さんには不手際で迷惑をかけてしまったことと思うが。それはせめて入場時、精一杯お迎えすることでちょっとでも取り返そう。

 「ただいまより開場いたします」という阿部さんの言葉で入場が始まる。ひとりひとりに「ありがとうございます」と言いながら冊子をわたす。ちょっとワザとらしく思われるかもしれないが、本当に心から「ありがとう」という言葉が出てくる。僕の作品を見るために、こんな夜遅い上映に足を運んでくれたのだ。これがありがたくなくて、何をありがたく思えばいいのか。高校や大学時代の友人、知り合いなども多く来てくれたが、それ以外の一般の方も結構見られる。本当に嬉しい。

 プログラムを読みながら入場してくれる人などもいて、喜びがさらに大きくなる。頑張って良かったと思えた瞬間だった。入場も後半になるとすでに席が全部埋まり、通路での座り見ということになる。この劇場はそのために座布団が出るのが面白い。ただ座りごこちは椅子とは比べ物にならないから、ちょっと申し訳ない。最後のお客さんが入る頃には座り見席(通路のこと)も一杯で最後部での立ち見となってしまった。ちょっと想像以上の入場者数である。嬉しいが、信じられないというのも正直な気持ちである。

 上映開始を伝える司会者・木下さんのアナウンスが流れる中、「僕自身は劇場内に入れるのだろう」かと、ふと不安になった。扉から中に入ってみると、なんとか扉前にしゃがめば見られそう。よし、いよいよ始まるぞ!劇場内が暗くなる。最初は前作「詭弁の街」の上映からだ。今回の上映会用に音響に手を加えたバージョン。映し出された映像は最後部から見てもかなりの大画面。これじゃ一番前のお客さんは大変かもしれない。

 しかし、やはりこの空間こそが映画の醍醐味という思いが同時に湧きあがり、なんともワクワクする。今、自分の作品が劇場で上映されている。多くのお客さんがスクリーンに注目して、同じ状況を共有している。そう考えると、興奮してなかなか作品そのものを冷静に見られない。何ヶ月も待ったこの日だったが、始まってみるとあっという間に過ぎ去って行く。少しでもこの状況を記憶にとどめられるように集中する。

 が、上映途中で劇場の阿部さんに呼ばれ、1度ロビーに出る。そこには中に入れないキャストやスタッフのみんな。さらには主催者「12の眼」の大谷さんや森川さんもいる。「中の様子はどうですか」と主演の五十嵐くんに聞かれ、「すごく真剣に見てくれてます」と答える。みんな、もちろん中に入りたいのだ。上映チェックも兼ねているとは言え、僕だけ中に入って見ていて申し訳ない気持ちになる。ごめんなさい。

 そんな僕に阿部さんがたたみかける。「『詭弁の街』と『ハズしちまった日。』の間の休憩をなくしてもらえないですか」。ナニーッ!

 進行表では「詭弁の街」と「ハズしちまった日。」の間には5分の休憩を入れる予定だった。しかし入場時に時間がかかってしまい、上映開始が遅れ、最後のトークの時間に影響が出そうということなのだ。しかし、僕にとってこの休憩はただの休憩ではなかった。「詭弁の街」はシリアスな作品で、しかもラストの受け取り方によっては後を引いてしまうような物語になっている。真剣に見てくれれば見てくれるほど、その印象が強く残ってしまう可能性がある作品なのだ。

 一方、新作「ハズしちまった日。」は最初こそ重いモノローグで始まるが、基本的には気楽に見てもらいたい作品。お客さんには、休憩の時間を使って1度気持ちをリセットして見てもらいたい。それを連続で見ることになったら影響がきっと大きいと、準備段階から僕はずっと考えていた。「休憩だけは絶対に入れたいんです」と無理を言う飯野。

 果たして歩飯野は休憩時間を獲得することが出来るのか!

<つづく!>
(スミマセン、次回では絶対に完結させます。m(__)m)

(2001年10月24日第74号)


第55回「続々・バタバタしちまった日。」

<さらに、つづき!>

 休憩時間がなくなる。「詭弁の街」が終わった直後に、新作「ハズしちまった日。」が流れ始める。これは僕にとってはどうしても避けたいことだった。多くのお客さんが見に来てくれて、本当にありがたい。しかしそのため入場に時間がかかり、進行が遅れている。僕の上映のあとには、オールナイト上映も控えているため、終了時刻は守らねばならない。困った。どうすればいい。

 「ほんの少しでもいいから、絶対に休憩入れたいんです。とにかく1度劇場の明かりを点けたいんです」という僕の訴えを聞いて、安部さんは「じゃ、5分より少なくてもいいですか」と言ってくれる。もうこうなったら明かりさえ点けば何分でもいいっ!前回も書いた通り、とにかく1度お客さんの気持ちをリセットしたいのだ。

 「詭弁の街」の上映が終わり、木下さんのアナウンスが流れる。「ただいまより、1、2分の休憩を入れます」。うおー、なんて中途半端な休憩時間なんだー!と言ってもその文章を指示したのは僕。このときすでに、状況を見て上映を開始することになっていたので、実際に何分の休憩にするかはかなり適当だったのだ。

 実際、お客さんにしてみたら、その休憩にトイレ行ったり一服したくても、通路までビッシリと人が詰まっているので、席も立てないという状況。本当に中途半端な休憩となってしまったのだ。30秒も立たないうちに阿部さんが「上映始めちゃっていいですか」と急かしてくる。マ、マジですか。そんなに早く…。「もうちょっと、もうちょっとだけ下さい」とロビーで押し問答する飯野。なにやってんだか…

 最終的には何分の休憩になったのだろうか。恐らくお客さんにしてみたら、連続上映したとしても、ほとんど印象の変わらない状況だったかもしれない。結局1、2分程度の休憩で「上映、お願いします」の声を出すことになる。でも僕にとっては、この数分が重要だったし、ありがたかった。自己満足と言われようとも、必要なことだったのだ。

 再び暗転した場内で、いよいよ新作「ハズしちまった日。」の上映が始まる。「歩飯野開発機構」のロゴの後、画面が真っ暗なまま、劇場内に主役の石山くんの声が流れ始める。すでに緊張を感じる精神状態ではないので、自分でも落ちついて見ているが、この作品を初めて大勢の人に見せているという興奮は自然にわきあがってくる。

 さっきも感じたことだが「今、劇場でこの作品がかかっている。そして大勢の人がそれを見てくれている」という単純ながら大きな感動。やがてオープニングが始まると、ヨネの気合の入ったテーマ曲が大音量で流れ始める。低音がドカドカ響き渡って、ものすごい迫力。やっぱ劇場は違うわぁ。

 物語はどんどん進んでいくが、実際にみんなどう感じているのだろう。「詭弁の街」の時以上に、観客の反応が気になる。つい周りを見てしまう。そんなとき、一瞬耳を疑う出来事が起こる。主人公二人がいよいよ事件に巻き込まれたことが判明する場面で、劇場内に笑い声が出たのだ。

 え?

 たしかに「クスッ」とでも笑ってもらえたら嬉しい場面ではあるのだが、試写会などでも完全に無反応だったので(いま考えれば当たり前)、完全に諦めていたのだ。それをちゃんと受け取ってくれたお客さんがいる。嬉しいー(涙)。もうなんだか全てが報われたみたいな気持ちになる。「ハズしちまった日。」を笑いながら見てくれたお客さん、どうもありがとうございましたm(__)m。

 そんな感じで進行していった初公開だが、終わりも近くなった頃、スタッフの鷲北君に肩を叩かれて呼ばれる。この後のトークの入場のため、劇場の裏に回らなくてはならない時刻になってたのだ。しかし、自分の中でかなり盛りあがっているこの瞬間に劇場から出るなんて、あまりに残酷すぎる(まったく自分勝手)。再三の呼出にも関わらず結局最後のカットまで見終えてしまった。

 ということで、いきなり客席通路を(お客さんに迷惑をかけながら)通って、舞台にあがる。通路に座っていた方、ご迷惑をおかけしました。舞台に上がってみると、客席が正面に見え、うしろの立ち見の方を含め、あらためて多くの人が見てくれたことを実感する。

 そうして木下さんの紹介を受けて、僕らが椅子に座ると、突然客席から笑い声が起こる。不思議に思って横を見ると、役者3人があるパフォーマンスをやっている。言葉にしちゃうと面白くないのでここには書かないが、あれで場内がなごやかになり、本当にありがたかった。僕だけではどうしても堅い感じになってしまうので、役者ってさすがだなーって思わされた瞬間だった。

 だがトーク自体は反省材料だらけのものになってしまう。時間の関係で、すぐにお客さんからの質疑応答に進んでしまったのだが、せっかく発言してくれたお客さんに対しても、最終的にはちゃんと答えきれてない発言になってしまったのだ。もっと明瞭に物事を伝えられるようにしないとイカン。でも変にダラダラやるよりは、さっさと終えられて、かえって良かったかもしれない(そう思ってるのは自分だけか)。終電も迫ってたことだしね(言い訳)。

 最後にみんなでお客さんにお辞儀をし、お客さんの拍手を聞きながら退場する。今回は舞台の裏からちゃんと出る。小走りで劇場の表に戻りながら、みんなそれぞれに興奮状態を共有していた。どうなるか分からなかった今回の上映会だが、僕らスタッフ・キャストにとっては本当に嬉しい上映会だったと実感があふれてくる。

 劇場の表にたどり着くと、すでに外に出てきているお客さんたちの集団が見える。こうやって見に来てくれた人たちのおかげで、この充実感を体験できているんだ。頑張れば必ず報われるという言葉を信じてはいないが、少なくとも頑張らなければ、この瞬間はなかったはずで、今回の上映会はいい勉強をさせてもらえた。参加できてよかった。本当によかった。

 ということで、ダラダラと3回にわたって、上映会について書いてきましたが、当日足を運んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。とても力づけられました。作品にしても、上映会の進行にしても、あまりに多くの課題が山積みではありますが、それらを少しでもクリアしつつ、もっといい活動が出来るようにこれからも進んでいこうと思います。

 10月6日にご覧頂けなかった方(来てくださったのに入れなかった方、ごめんなさい)、これからもなるべく上映の機会を設けられるようにしたいと思っておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧下さい。

 ということで、これからもよろしくお願いします。今度は関西方面での上映だ!

(2001年10月31日第75号)

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