主題と変奏 作品73
Theme et Variations op.73 (1895)


1.背景

この曲はフォレが50歳のときに書かれた。前年から宗教合唱曲を5曲作曲、その後この作品に取り組んでおり、構成や内容に何らかの関係があると思われる。

この曲は従来からシューマンの「交響的変奏曲」の反映があるとしばしば指摘されてきた。研究家達はどこにその反映を認めるかを挙げているが、諸資料にフォレがシューマンを想定して書いた事実を示すものはない。
現行のフランス版には楽譜に極めて多数の楽器名が略号によって書かれている。フォレが亡くなって間もなく指揮者のアンゲルブレシュトが管弦楽板に編曲し出版した。この楽器と楽譜の楽器名は一致しているようだが、それがフォレの意図によるものなのか否かは明らかではない。

献呈はテレーズ・ロジェ嬢、初演は1896年12月10日、ロンドンのセント・ジェイムズ・ホールにて「フォーレ・フェスティバル」のプログラムのひとつとして、レオン・ドゥラフォス氏によって行われた。この時期の他の作品は宗教曲「サルヴェ・レジーナ」作品67の1、同「アヴェ・マリア」作品67の2、「舟歌第6番」作品70。1893年から96年にかけてピアノ連弾曲「ドリー」作品56が書かれている。

この作品は1910年にパリ音楽院の卒業試験の課題曲にされた。その際主題の第2変奏の反復部、第6・8変奏のすべてを省略することを認めた。この卒業試験でプルミエ・プリ(1位)を得たピアニストの中にクララ・ハスキル(モーツアルト弾きとして有名)の名を見い出す事ができる。

参考文献J=M・ネクトゥー著「評伝フォーレ」
春秋社「フォーレ全集3」美山良夫氏解説


2.構成

ABA'の三部形式にBA'が反復された形がベース。曲により変化する。


3.各主題とその利用、展開

Theme: Quasi adagio

A部。リズムモチーフMを基本として1オクターブの上昇の後モチーフごとに下降する。和声は小節単位のまとまり、あるいはモチーフ内で解決される緩やかな連続である。

B部はA部のオクターブの重複に対し単音。ダイナミクスと合わせ差が付けられてはいるが、リズムモチーフや順次進行などA部と共通する部分が多い。

上記カッコの部分は旋法的に聴こえ、色合いが変わる。(導音が半音下げられたドリア旋法か)

再帰するA部は和声に変化を加える事で単純な反復になるのを避ける。後期ソナタなどの再現部も同様。


Variation1: Lo stesso tempo

ベースに主題がそのまま現れる。内声は裏打ち、右手には半音を含むスケール的パッセージが彩る。


Variation2: Piu mosso

軽やかでテンポも上がる。半拍遅れで左手のパッセージに主題のモチーフ、さらに半拍遅れ(2拍目)で右手に現れる(楽譜の線の部分)。始まりと終わりが同じ音になっているので演奏で「始まり的」と「終わり的」を表現する面白さがありそうだ。

B部は旋律がより単純化されている。ここでも旋律に「ズレ」を持たせ、立体的な音楽にしているのがわかる。A部のモチーフ断片の連続に対し、息の長いフレージングという、ここで始めて両部の性格に明瞭な「差」が生まれている。

再びA部。3拍目から始められた「前倒し」で始められる。

そのために新たな2拍を加えてフレーズ数を合わせている。(囲まれた部分が新たに挿入されたモチーフ)


Variation3: Un poco piu mosso

拍頭に刻まれるビートに乗り3連を含んだ8分音符のリズムで進行する。創意あるリズムも固定されているために柔軟性はなく、むしろ厳格である。この変奏からバスラインが反行し順次下降のラインを作る。

B部も同様でリズムは固定されている。しかし主題の旋律線はかなり変えられており、刻み中心のA部に対し柔らかなレガートと柔軟な旋律のうねりにより、ここでも両部の「差」は明確に付けられている。

再現されたA部はわずかだが和声が変えられており、単純な再現ではない事をさり気なく主張する。

この変奏ではAB部は繰り返されない。


Variation4: Lo stesso tempo

途切れずに第3変奏からつづく。この作品中最もカッコ良い場面であると思う。1小節ごとに旋律線が左右の手を移動するピアニスティックな曲であり、音も多く音域も広い。しかし旋律自体は単純化されている。

B部はさらに旋律は単純化され、それを補うように伴奏やオブリガードによって推進力や色合いが付けられている。

再現されたA部はわずかだが和声が変えられているのは他の変奏と同様。


Variation5: Un poco piu mosso

リズムが完全に固定された変奏。右手がオクターブ、左手は3度や6度音程のスケールで書かれており、練習曲のような雰囲気も持っている。旋律に対し、内声が反進行する形をとる。

B部はA部よりは工夫されているが、リズムは同様に固定されているためにやはり練習曲的な雰囲気は抜けない。しかしB部はA部を内包しておりA(8小節)B(b+a=8小節)Bのような構成になっており、構成で創意を見せる作品になっている。


Variation6: Molto adagio

A部は旋律を低音に移す。テンポを落とし2小節にまで単純・短縮している。

B部は右手に旋律は移されるが、低音のリズムはそのまま固定されて続けられる。

A部が再現されたとき、それまでの変奏曲では和声の変化により単純な再現を避けてきたが、この曲では右手のオブリガードの変化で単純さを避けている。
(二度目)

(三度目)


Variation7: Allegretto moderato

柔軟なカノンで書かれており、ソプラノをテノールが追いかける形をとる。

A部を一度収めてからB部へ移るが、ここではドミナントで終わり次へつながるように作られている。
(A部からB部へ)

B部も同様にカノンで書かれており繰り返す主題の間にはA部のフレーズを挿入させる。

再現されたA部は終結部を改変し終わる。よってその後の繰り返しはない。


Variation8: Andante molto moderato

付点を伴うリズムに終始した旋律に音階の上下動の内声、順次下降する低音でほぼすべて書かれている。再現するA部も全くの繰り返しで特に工夫はない。


Variation9: Quasi adagio

裏拍の内声を特徴としたリズムで書かれている。和声はより柔軟で飛躍的になり、それまで順次上行進行していたA部主題も跳躍し、音域も広くなっている。ベースラインはここでも順次下降する。

A部終結部の下降する右手の3度音程のパッセージが美しい。和声の連結に主題の雰囲気を残すのみであり全く新しいものとして書かれている。

B部からA部に戻る際にも工夫が見られる。ほぼ1オクターブの低音の下降によりA部に戻るようにするため1小節追加(カッコの部分)し、より自然に再帰させている。読み替えと反音階の進行、それに合わせた飛躍的な和声付けとその連結等、フォレの技法が遺憾なく発揮されている。


Variation10: Allegro vivo

内声にスケールを中心とした主題が急速に駆け抜けていく。A部のバスおよび和声は循環進行(4度上行を1セットとし順次下降し最初の和音に戻る進行)する。

一通り終えた後にこの主題に基づく音楽が続く。全く自由な発想で展開し即興曲のような勢いとピアニスティックな技巧と多彩な色づけがされていく。最後を強音(フォルテシモ)で終えるのがフォレの作品には珍しい。


Variation11: Andante molto moderato espressivo

この最後の変奏で初めて調性が変わる(嬰ハ短調→同長調)第10変奏同様、全く自由な発想で書かれている。低音にAB両主題がわずか4小節までに簡略・連結される。主題はバスラインとなり、その上に新たな主題が奏でられる。聴くだけだと全く新しい曲と感じるだろう。

自由に展開した後、終結部にこの作品のA部の主題(最初の5音、ただし長調で)を好妙に溶け込ませる事で作品全体を「主題と変奏」という枠にまとめあげている。


4.この作品について思うこと

夜想曲第6・7番や舟歌第5番のような中期の規模の大きな傑作の書かれた時期に書かれたもうひとつの「傑作」である。11の変奏にはフォレの多彩な作曲技法が示されており、これを一通り弾くとフォレのすべてがわかったような気になる。シンプルで非個性的と思ってしまうくらいの主題が「フォレでしかない」素晴らしい作品に「化ける」さまが素晴らしい。好みは7・9・11変奏。素晴らしいのはすべて。


CD評(好みの演奏にはジャケット画像を、そのなかでの1番の好みの演奏には、さらに★★★をつけてあります)

ポール・クロスリー 
Paul Crossly / (CRD)

すべての音がコントロールされ、透明感のある演奏になっている。繊細でクリアな弱音、決して乱暴にならないフォルテ、ルバートにも嫌みがなくコントロールされている。クロスリー氏の演奏は学者っぽいとおっしゃっていた方の「感じ」がわかるようだ。僕がクロスリー氏の演奏を好むのは、一歩引いたうえで美しさを追求するような姿勢、そしてそれが成功しているため。そう考えると、頭脳明晰の学者肌の人なのかもしれない。
この演奏を聴くと、同じ調性のために単調に陥る心配より、一つの調性、一つの主題でもこれだけ多彩な音楽が作れることに驚きを覚える。
クロスリー氏に少ないもの、それは暖かさだろうか。あまりに透明度の高い演奏なので冷たい水のイメージをもってしまう。でも好きであることには変わりはない。
ジェルメーヌ・ティッサン - ヴァランタン 
Germaine Thyssens-Valentin / (TESTAMENT)

決して派手な演奏ではない。特別に各変奏に性格を与えているわけではない。どちらかというと同じ色合いで、同じテンションを保った演奏である。変奏それぞれから主題を引き出し、それを暖かく柔らかな音色で装飾していく。もう少し厳かに、もう少し華やかに、もう少し煌めくように、そういうことを望んではいけない。聴き込めばこの演奏がそういうことを全く必要としていないことを聴き手に伝えてくれる。
ジャン・ドワイヤン 
Jean Doyen / (ERATO)

ドワイヤン氏のどの演奏にも言えるが、たっぷりとした音量で演奏している。最後の変奏を除いて調性が変わらないため、演奏に変化を持たせないと単調になりかねないがドワイヤンは優しさを、激しさを、落ち着きを、繊細さを各変奏に与えることで変化を与えている。優しさが第1、第9変奏に、落ち着きが最後の変奏に聞かれる。僕が一番好きなのは第3、第4変奏。大抵続けて演奏されるのだが、ドワイヤン氏は情熱的に演奏していており、聴くたびに「かっこいい」と感じる。激しさは第10変奏も同じ。落ち着いたテンポ感がどっしり感を加えている。
ロイ・ハワット 
Roy Howat / (ABC Classics)

とても冷静な演奏である。とはいっても無表情というわけではなく、充分に美しい。それぞれの変奏を性格分けをしそのアイデアの豊かさを聴かせるのではなく、主題がこのように変化をしていきますという紹介をしているような感じである。歌いすぎず、繊細すぎず、優しすぎず、激しすぎずではあるが、一つの作品としてのまとまり感は高い。
エルヴェ・ビロー 
Herve Billaut / (LYRINX)

ビロー氏の他の曲の演奏から察すると、特に速いパッセージの連続する変奏ではピアニスティックな部分が強調され、ややせわしなく進むのだろうと思っていたのだが、その予想は裏切られた。非常に落ち着いており、あらゆるフレーズがバランス良く重なりあい、とても上品で美しい演奏に仕上げている。遅い曲はだれることなく速い曲は落ち着いており、それをこの使用しているピアノの鳴りを無理なく利用して美しい音楽に仕上げている。最後の2つの変奏の軽やかさと落ち着きが自然で素晴らしい。
ヴラド・ペルルミュテール 
Vlado Perlemuter / (Nimbus)

この「主題と変奏」はペルルミュテル氏の演奏が良いらしい。どこで見たか聞いたか忘れたが・・・
そんな名盤であるなら、いつでも手に入るだろうと思って、購入を伸ばし伸ばしにしていた。
聴いてみて、なぜ早く聴かなかったかと思うような素晴らしい演奏。この曲はタイトルが示すように、主題があり、それを変奏していく。当然各変奏の中には主題が姿形を変えながらも存在しているわけで、その弾き分けが演奏の善し悪しを決める。僕が今まで聴いてきたものは、豊かな音、色彩的な音、各変奏の明確な性格わけをしているもので、それはそれでとても素晴らしい。が、このペルルミュテル氏のように、その変化させられた主題をこれほどまでにクリアに弾いているものは初めてだった。当たり前の演奏なのだろうが、一番大切なことを思い出させてくれたような演奏である。豊かな音の中から浮かび上がる主題、縦の響きと横の線のすばらしい融合。それに加えてこの演奏には暖かさと、フォレの音楽に対する共感が聞こえる。
ジャン・ユボー 
Jean Hubeau / (ERATO)


★★★
落ち着きがあり、決して怒鳴らない。抑制された表現がピアノの音色の美しさを素直に伝えてくれる。時には軽やかで、時には滑らかで、時には激しくなるが、すべてが自然ですべてが美しくすべてが優しい。これを「・・・が足りない」などとしか聴けないのだとしたら、ユボー氏のこの演奏は聴かない方がよい。僕にとってはこれ以上の「主題と変奏」はないといってもよいくらい素晴らしい演奏であり、静かにけれども深く感動させてくれる演奏はない。上記ペルルミュテル盤では「・・・当然各変奏の中には主題が姿形を変えながらも存在しているわけで、その弾き分けが演奏の善し悪しを決める・・・」と書いたが、この演奏はそのような事をせずとも作品自体の素晴らしさをそのまま演奏すればそれでよいということに気付かされる。その「そのまま演奏」は極めて難しい事なのだが・・・
イヴォンヌ・ルフェビュール 
Yvonne Lefebure / (fy)

やや速めのテンポが流れをよくしてはいるが、やや荒い演奏である。多少の傷もあり特に第5変奏の傷は残念である。各変奏曲に変化を付けそれぞれの特色を前面に出そうとしているのがよくわかるが、やや不自然に感じなくもない。単にこれは好みの問題であり演奏の善し悪しではない事はもちろんであるが。

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