ウサギリンゴ
俺は一瞬目を疑った。
「困りましたねぇ」
佐祐理さんは一人困っていた。
いつも通り昼休みの階段の踊り場での昼食中のコトだった。
佐祐理さんは日頃から笑顔なのでさほど困った様には見えなかった。
そんな仕草も佐祐理さんの魅力だとは思うが、
『困った』と言っているのだから放っておくわけにもいかず、
俺は社交辞令の様ではあるが、聞いてみた。
「どうしたんですか?」
「これなんですよ」
そう言って佐祐理さんはリンゴを差し出した。
見た目問題は何処にもなく、至って美味しそうなリンゴだった。
舞は舞でリンゴに視線を向けはしたが、
いつも通り無言のまま箸を止めなかった。
別に舞に俺と同じ様な対応を求めているわけではないが、
少しは反応を示してほしいモノであった。
「そのリンゴがどうかしたんですか?」
「デザートにと思って持ってきたんですが、
果物ナイフを忘れちゃいました」
そう言って佐祐理さんは左手で自分の頭を軽くポカッと叩いた。
そう言った仕草も佐祐理さんらしくて可愛かった。
「ん〜、それは困りましたねぇ」
俺としては少し残念だった。
しかし、無いモノは仕方がない。
佐祐理さんと一緒に悩む俺をよそに、
舞はお弁当でお腹いっぱいになったのか、
無言のまま取り皿を下に置いた。
「…………」
舞は無言のまま佐祐理さんに左手を差し出した。
「えっ?」
「………リンゴ」
舞の言葉で舞の意図を瞬時に理解しそのままリンゴを差し出した。
リンゴを受け取った舞は少しリンゴを見つめた。
俺としては『割る』か『かじる』を予測してた。
しかし、俺の予測をすべて裏切られてしまった。
そう、舞は左手に持ったリンゴを右手で斬ったのだ
「なっ!?」
リンゴはきれいに真っ二つに割れていた。
決して力で割ったわけではなく、
スパッと右手を振り下ろしただけだった。
「お前、今何をしたんだっ!?」
「………リンゴを割った」
それは俺でも見てわかった。
しかし、俺が聞きたかったのはそういうことではない。
「どうやって割ったかを聞いてるんだよっ!」
「祐一さん知らなかったんですか?
舞は手刀でタウンページくらいなら切れるんですよ」
そう言った佐祐理さんは普段と変わらぬ笑顔だった。
「そんな無茶なっ!」
「………祐一うるさい」
そう言って舞はいつもの様にチョップをしようとした。
しかし、俺は先ほどの手刀を見ていたので
思わず舞の手を白羽取りしていた。
受け止めた瞬間、俺は今まで受けていたチョップを想像した。
佐祐理さんの話だと、舞の手刀はタウンページをも真っ二つにできるらしい。
想像した俺の全身から汗が吹き出してくるのがわかった。
一瞬、俺の頭部が真っ二つになるのを想像してしまった。
目の前の舞はチョップを受け止められ少し不機嫌そうだった。
「祐一、受け止めるな」
「やまかしいっ!
お前は俺の頭をかち割る気かっ!?」
「大丈夫ですよ、舞は祐一さんのコトが好きですから」
佐祐理さんはそうは言うが、
決して好きとか嫌いとかの問題ではない。
正直、怖かった。
「あのぉ……怖いんですけど」
「………大丈夫、手刀は右手だけだ」
そう言えば、チョップしようとしてきたのは左手だった。
ただ、どっちにしても怖いモノは怖い!
「とりあえず、手刀は禁止だっ!」
「………わかった」
そうは言ったが、本当にわかっているんだろうか?
「結構便利なんですけどねぇ」
「便利でも何でもダメです!」
佐祐理さんの言葉であってもさすがに手刀はまずい。
そんなワザがあるのがわかるだけで舞は今以上に浮いた存在になってしまう。
ったく、二人とも危機感が無いのだろうか?
俺は呆れたかのようにため息を一つ。
スパッ!
舞は先ほど二等分したリンゴを
四等分にした。
「ちょっと待てっ!」
「…………?」
「お前、今手刀使っただろっ!」
俺の言葉に舞はコクリとうなずいた。
「さっき、禁止だって言っただろうがっ!」
「………食べづらかった」
「やかましいっ!」
このまま放っておけば舞は皮や芯まで斬ってしまいそうだった。
「俺が許可するまで二度と使うな!」
「………わかった」
絶対にわかってない!
この女は絶対にわかってない!
「まぁまぁ、祐一さんもそんなに力まないで、
リンゴを食べませんか?」
そう言って佐祐理さんはきれいに向かれたリンゴを差し出した。
「………あの果物ナイフは?」
「重箱の下に落ちてました」
そう言って佐祐理さんは果物ナイフを右手に持って見せた。
「………さいですか?」
そう言って俺は佐祐理さんの差し出したリンゴを
デザート用のフォークで刺し口に運んだ。
佐祐理さんは俺と舞がやりとりしてる間に
無言のままリンゴを剥いていたのだろうか?
このマイペースさは舞と同じかそれ以上だろう。
しかも、舞に気を遣い舞のリンゴはしっかりとウサギ仕様になっていた。
おそらく、舞に勝てても佐祐理さんには勝てないだろう。
俺はなんて二人と食事をしていたのだろうか?
名雪の朝寝坊は決して普通ではないが、
この二人を見ていると真琴のいたずらがかわいく見えてきた。
今度、一度くらいなら真琴のいたずらに引っかかっても良いと思ってしまった。
『俺もヤキが回ってきたかなぁ………』
そう思っていたら昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
(終)
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