空から粉雪が舞い落ちる…
ゆっくりと…優しく…降り続ける…
低く垂れ込めた灰色の雲から降りてくる真っ白な雪はただ静かに降り積もる。
何も言わず…何も語らず…ただ世界を白く染めて行く。
3人で一緒に住んでから降る始めての雪は静かにこの街へと降り注ぐ…
Kanon [ Side Story ] 倉田 佐祐理
「ふぅ…凄い雪ですねぇ。」
小さな瞳で空を見上げた佐祐理はため息交じりに呟いた。
両の手には買物帰りなのだろうかスーパーの袋が握られている。
そして傘をさしながら街を行き交う人と違ってこの女性は傘を持ってきていなかった。
「参りましたねぇ…急いで帰るつもりだったのですが…」
どうやら彼女の思惑よりも早く天候は悪化したらしい。
「どうしたらいいでしょうかねぇ。」
彼女の性格を反映しているのか一向に慌てた様子も無くのんびりと呟く。
「そう言えば…祐一くんと出会ったのもこんな季節でしたね。」
独り言のように今の同居人である人物との出会いを思い出させてくれるそんな景色だった。
一向に止みそうにも無い雪を見つめていた視界が突然遮られる。
「佐祐理さん。」
「ほぇ…」
振り返ってみれば優しそうな笑みを覗かせた裕一が傘を差し出していた。
「裕一くん。」
彼女が裕一さんという呼び方から裕一君へと呼び方を変えてからまだ僅かな時間しか経っていない。
見上げるように裕一の顔を見詰める佐祐理の顔はいつしか赤くなっている。
「どうしたの?佐祐理さん。」
「いえなんでも無いです…ただ…」
「ただ?」
「佐祐理が裕一くんの事を考えていたら突然現れるからびっくりしたんですよぉ。」
そして佐祐理がにっこりと微笑む。
「そっか…それよりもそろそろ帰ろうよ。」
「そうですねぇ。」
佐祐理がもつ荷物を受け取り二人並んで一緒の傘に入って歩き出す。
祐一の差し出した傘にお邪魔すると二人並んで雪降る街を歩いていく。
「祐一くん、今日は遅いですねぇ。」
祐一のバイトが無い日なだけに既に帰宅していると思っていた佐祐理の疑問を口にする。
「まあねぇ、ちょっとバイト先に寄ってたら捕まちゃってね。雪が降り始めたから
傘を借りて慌てて帰ってきた所で佐祐理さんを見つけたんだよ。」
「そうなんですか。」
「おかげでこうして一緒に帰れるから店長には感謝かな?」
「でもこうして祐一くんと一緒の傘に入るとなんだか…佐祐理は照れちゃいます。」
でも佐祐理の表情はどこか嬉しそうであり彼女のちょっとした憧れのシチェーションを
楽しんでいた。
一方の祐一と言えば佐祐理の言葉に照れながらもそうだねと優しく答える。
実際、恋人同士というよりは若い夫婦に見えても可笑しくない二人。
スーパーの買物袋を下げていては生活感を感じさせすぎである。
白く降り続く雪が作り出す一面の白い世界の中…二人は歩き続ける。
「祐一くん…そのお願いが…あるんですが…いいですかぁ?」
控えめに祐一に尋ねる佐祐理。
「どうしたの…改まって?」
「その…腕を…その…組んでもいいですかぁ。」
顔を真っ赤にしながらそれでも祐一の視線を捕らえてしっかりと見つめる瞳。
「ではっ!」
照れながらも佐祐理の前に腕を差し出す。
差し出された腕をパチパチと瞬きしながら見つめてもう一度視線を祐一へと戻す。
一つ頷く祐一に嬉しそうに腕を絡める。
また一つ佐祐理の夢が今日は叶いました。
静かに寄り添いながら大好きな人と一つの傘で帰る。
弾んだ会話も無い静かな時間…でも腕から伝わる温もりを感じているだけで今は十分な二人。
肌に突き刺すような寒さもお互いの温もりが温めてくれる。
そんな二人の姿だった。
白い雪が降っていた…
白く染まったこの街で出会った少年と少女は共に歩んで行く。
二人が出会った街は白い世界へと移り変わる。
粉雪舞う街で出会った少年と少女の物語は続く…
終劇
【後書き】
「お腹すいた…佐祐理…。」
しばし沈黙…
「遅い祐一…」
二人の同居人は、コタツで丸くなりながらぼやいていた。
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