佐祐理の初恋?
「………寝る」
「おやすみ」
「お休みなさい」
高校生の時には夜の学校に来るほど
夜更かしをしていた舞であったが、
魔物もいなくなり平穏な生活を過ごすようになった舞は
年寄りの様に恐ろしく早く寝ていた。
ただ、祐一からすれば名雪の睡眠時間を知っていたので
別に驚くべきコトではなかった。
祐一自身、深夜番組などを見ることが多く
舞と同じ時間に寝ることはほとんど無かった。
佐祐理は佐祐理で翌日の朝と昼の食事の下ごしらえなどで
少し遅めになることが多かった。
そして、祐一は台所に立つ佐祐理の後ろ姿が好きだった。
更に言うと舞の凛とした姿も嫌いではなかった。
「あの、何か?」
たまたまCM中にボーっと佐祐理の後ろ姿を見ていた祐一の視線に
佐祐理は気が付いた。
「いえ、佐祐理さんの後ろ姿が可愛かったのでつい………」
高校の時には言うことは出来なかったが、
一緒に暮らすようになり祐一もそういう言葉も
気兼ねなく言えるようになっていた。
「そ、そうですか?」
佐祐理はまんざらでも無さそうに頬に手を当てた。
「台所に立つ女の人って良いですね」
CMが終わり番組が始まっても祐一は佐祐理を見つめていた。
別に裸にエプロンとかそういう邪なレベルではなく、
少しヒラヒラのレースの付いたエプロンを付けて
鼻歌を歌いながら台所を楽しそうに動き回る佐祐理の姿は
祐一で無くても心惹かれるモノがあった。
そして、それを見ることが許される男は現在は祐一だけだった。
そう思うだけでも祐一は嬉しかった。
「そ、そうですか?」
佐祐理は再び恥ずかしそうに頬を赤らめた。
実際、佐祐理のエプロン姿は恐ろしいまでの殺傷力を持っていた。
そして、佐祐理は頬を赤らめながらも
下ごしらえの手を休めることは無く、
いつもと同じように下ごしらえを終わらせた。
一ヶ月後
「………寝る」
「おやすみ」
「お休みなさい」
いつもと同じように舞が早々と寝床に着いた。
しかし、いつもなら翌日の朝と昼の食事の下ごしらえをする佐祐理だが、
今日はいつもと違い、
祐一が座っているテーブルの向かい側に座った。
「祐一さん、ちょっと良いですか?」
「はい?何ですか?」
いつもと違う佐祐理の行動に祐一は意表をつかれた。
「あ、あのですね………」
いつも笑顔の佐祐理だったが、
今日だけはいつもと違って真剣な面持ちだった。
「どうかしましたか?」
さすがにいつもとの違い様に祐一は警戒していた。
「……………」
「……………」
無言の佐祐理に対して祐一も言葉が見あたらなかった。
「……私、ここを出ようと思うんです」
「えっ!?」
当然、佐祐理の言葉に祐一は驚いた。
「いきなり何を言うんですかっ!?」
祐一はいきなりの言葉に聞き返すしかなかった。
祐一自身、いつまでもこの生活が続くとは思ってはいなかったが、
しかし、その崩壊はもっと先のコトだと思っていた。
一緒に生活し始めてから約半年
少なくとも学生の間はこの関係を維持できると思っていた。
しかも、その崩壊の言葉を口にしたのが
佐祐理からだとは夢にも思わなかった。
「最近、ずうっと考えていたんです
でも、色々と考えた結果
私はここには居るべきではないと思うんです」
「何が原因なんですかっ!?」
佐祐理の言葉は自分の存在を否定するモノだった。
そして、そこまで追い込んだ何かが祐一には分からなかった。
「………原因は………祐一さんです」
「えっ!?」
自分の名が出てきて祐一は自分を指さし驚いた。
そして、佐祐理は無言でコクリと頷いた。
祐一は必死で考えた。
少なくとも佐祐理に対して失礼なコトはしたつもりはなかった。
強いて言うなら舞以上に丁重に扱ってきたつもりだった。
まぁ風呂上がりに上半身裸とか少し気になることはあったが、
決してそれが原因ではないと思っていた。
「俺、何か佐祐理さんに失礼なコトしました?」
自分の気づかないところで粗相をしているかもしれないと
思った祐一は腫れ物を触るように佐祐理に尋ねた。
「いえ、そんなコトは………」
もちろん、佐祐理には祐一に対する不満はなく、
強いて言うなら満足していた。
親友の舞と同様に扱ってくれる。
少なくとも倉田家の佐祐理としてではなく、
舞の親友の佐祐理として見てくれていた。
今までの人生からして佐祐理としてはこれほど嬉しいことはなかった。
しかし、それが裏目に出てしまった。
「先日、祐一さんが仰った言葉が気になってしまって………」
その言葉に祐一は小首を傾げた。
そして、必死でその言葉を思い出そうとしたが、
自覚にない言葉が早々に思い出せるモノではなかった。
そう、祐一は色々と考えたが思い出せなかった。
「俺、何か言いました?」
「ええ『佐祐理さんの後ろ姿が可愛かった』っと」
佐祐理は恥ずかしそうに視線を逸らした。
祐一からすれば『本当に可愛かったから』と思うコトではあるが、
言われた佐祐理からすればそうではなかった。
今までの倉田佐祐理なら一般の他多数の人たちに色々と
似たようなコトは言われていたが、
佐祐理にとって特別な存在になりつつあった祐一からの言葉であった。
その言葉を平然と受け止めることは出来なかった。
「それで私は気がついたんです、
佐祐理は祐一さんに惹かれているコトに………」
「えっ?」
祐一としては嬉しいことこの上なかった。
おそらく、佐祐理ほど理想的な女性はそうそうにいないと思っていた。
そして、その女性から殆ど好きだと言われたのだ。
嬉しくないはずはなかった。
しかし、問題はそれで何故に出ていくかだった。
「これ以上私がここにいると舞に迷惑がかかりますから」
「もしかして、舞のためですか?」
「………はい」
そう、佐祐理は自分の愛情よりも友情を選んでいた。
「俺は舞が好きです
でも、佐祐理さんも好きです
それではダメですか?」
祐一は男としてこれ以上に無いわがままを言っていた。
もちろん、祐一自身それがわがままであることは重々承知していた。
「………佐祐理が出ていくというのなら私が出ていく」
「舞っ!?」
「舞っ!?」
寝ていると思っていた舞がいきなりその場に登場したのである。
祐一も佐祐理も驚きを隠せずにいた。
「聞いていたのか?」
「祐一がうるさかったから目が覚めたから聞こえてきた」
確かに祐一は驚きの声を何度か上げていた。
「佐祐理のコトは好きだ
…………ついでに祐一のコトも嫌いじゃない
2人の内1人でもここからいなくなるのなら私は悲しい」
舞なりの精一杯の自己主張だった。
(俺のコトはついでかよ?)
等と祐一は心の中でツッコミを入れていたが、
あえてこの場で口にはしなかった。
「だ、そうですよ」
「で、でも………」
「うるさい」
そう言って舞は佐祐理にチョップした。
「祐一を他の人にはやれない、
でも、佐祐理になら構わない」
舞は頬を赤らめ視線を逸らした。
「じゃあ、私が祐一さんを好きになっても良いんですか?」
その言葉に舞は無言でコクリと頷いた。
「じゃあ、こんなコトをしても良いんですよね?」
そう言って佐祐理は立ち上がり祐一の左腕に抱きついた。
「………簡単にはやれない」
舞も負けじと祐一の右腕を引き寄せた。
「あははー 両手に花ですね」
「そ、そうですね」
祐一は自分の身の重さを実感した。
(まぁこんな生活でも良いかな?)
こうして、3人の共同生活の危機は回避された。
(終)
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