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「HIGEさんのAED関連情報」 |
| HIGEです。先に「AED情報」にてお知らせしたとおり,現在「厚生労働省」において,一般市民をはじめとする,「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方」(以後AED検討委員会と略称します。)についての検討が行われています。 今回からシリーズで,その検討会での討論の模様などを特集してUPしたいと思います。 なお,この「AED検討委員会」は公開討論会となっており,検討会の議事録も公開となっていますので,検討会内容の詳細は「厚生労働省」のHP内(本文末に記載のURL)で閲覧できます。 さらに詳細な検討会の模様を知りたい方はそちらをご覧になって頂きたいと思います。 ここでは,検討会の模様を抜粋して,なるべく皆さんに判りやすい形にしてシリーズでご紹介していきたいと思います。 ★特集★非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方検討会 「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方検討会」 第1回検討会議事録 (その1) 日時 平成15年11月18日(火)10:00〜 場所 厚生労働省省議室 第1回検討会は,厚生労働省の担当課長の挨拶から開会され,続いて「医政局長」からの趣旨説明が実施されました。 ○医政局長 お集まりの委員の皆さんおはようございます。「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方の検討会」への委員ご就任を快諾いただきありがとうございます。 検討会の開催経緯などについてお話させていただきます。救命率のさらなる向上を図るということでは、「救急現場」、「搬送途上」、「救急医療機関」と,それぞれの場で「救命措置」というものが救命に携わる関係者の緊密な連携により、有機的関連を持ち、効果的に行われるということが何より肝要であると認識しています。(中略) 救急現場においては、本年4月から救命救急士が医師の具体的な指示を待つことなく、包括的指示下において除細動器を使用することが認められたところであり、こうした「業務拡大」というのは、既に一定の成果をあげていると聞いています。(注:以前はオンラインで医師の指示を受けてからでなければ除細動ができませんでした。) さらに、来年7月から予定されている一定の条件を満たした救命救急士による「気管挿管」の実施に向け、現在関係省庁と連携の上、準備に取り組んでいるところです。 このように救急医療機関、搬送途上における充実を図ることに加え、救急医療の出発点と言うべき救急現場において、現在救急車が到着するまで6分程度かかると言われていますが、この間、倒れた方の近くに居合わせた人、いわゆる「バイスタンダー」と呼んでいますが、これによって「心肺蘇生等」の救命手当が施された場合、その後の生存率に好影響を及ぼすことが既に明らかになっているところです。 特に患者が心肺停止状態に陥った場合、一般市民をはじめとする非医療従事者が自動体外式除細動器(AED)を使用することについては、昨今の医療機器開発の進展により、心室細動等に対して有効とされている電気的除細動を安全に行うことが可能になってまいりました。 既に欧米ではその普及が進み、一定の成果をあげていると聞いており,厚生労働省としては、これに関するご提案があったことを受け、今年9月に「非医療従事者によるAEDの使用について」一定の条件を満たせば医師法違反等にならない旨を明らかにする方針を決定したところです。このような状況を踏まえ、非医療従事者が安全かつ有効にAEDを使用するための条件などについて検討いただくとともに、国民各層への普及啓発の推進方策等について議論を進めていただくため、医学専門家をはじめ、心疾患患者の救命救急の問題に関わる関係団体、あるいは国民各層を代表する有識者である皆様方に本日ご参集いただいたところです。委員の皆様においては、ただいまご説明しました当検討会の趣旨をご理解いただき、高い見地から、また広汎な角度からご議論を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 その後,各委員の紹介と座長選出が行われる。(各委員名と座長などの詳細については,厚本文末尾記載URLの厚生労働省HP議事録をご参照下さい。) ○座長 (座長挨拶は省略) 先ほど、お話がありましたように、AEDは救命の鎖(Chain of Survival)のいちばん最初の部分ということで、非常に重要な点であろうかと思います。 なお予めお断り申し上げておきますが,この委員会は公開で行うことになっており,議事録についても、事務局でまとめたものを各委員にお目通しいただき、厚生労働省のホームページで公表することにしたいと思いますので、この点についてはご了解をいただきたいと思います。 早速、本日の議題に入ります。事務局の方、よろしくお願いいたします。 ○厚生労働省事務局 心疾患のうち、「心室細動等」に対し有効とされている電気的除細動については、これまで医師をはじめとする医療従事者が専ら行うこととされ、非医療従事者のAEDの使用については、航空機内で医師が不在の場合の客室乗務員といった緊急やむを得ない場合に限り認められてきたところです。今般、除細動器の開発の進展等に照らし、欧米諸国の例を参考に,非医師によるAEDの使用を認めるべきという提案が寄せられたことを受け、政府として4項目の条件(下記参照)を提示しました。 (1)、医師等を探す努力をしても見つからない等医師等による速やかな対応が困難。 (2)、使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認している。 (3)、使用者がAED使用に必要な講習を受けている。 (4)、使用されるAEDが医療用具として薬事法上の承認を得ている。 という4条件を満たしている場合等において使用することは、一般的に「医師法第17条」違反とならないと考えることを明らかにするとの方針を決定し、条件付きで非医療従事者によるAEDの使用を認めるというように方向性を出したところです。 このような状況を踏まえ、医学専門家を始め、心疾患患者の救急救命の問題に関わる関係団体の代表を含む有識者からなる検討会を設置し、救急蘇生から見た非医療従事者によるAED使用の条件のあり方、国民の理解を促進し、普及啓発を図る方策等についての検討を行う、といったことが目的となっています。 検討スケジュールですが、平成16年度中に措置をするということから、平成16年度前半を目途に結論を得ると考えているところです。座長からもありましたように、この会議については原則として公開といったことになっています。 今後の「検討スケジュール」ですが,平成16年度前半までの検討といったことに向け、概ね4回の検討会を考えています。1回目についてはヒアリングと全般的なお話、第2回はもう1度ヒアリングとこの検討会で整理すべき論点について検討を行うというものです。第3回に報告書の骨子案、最終回でそれを取りまとめる。概ね、こういった検討スケジュールで検討を考えています。 検討課題ですが,AEDを例えば次の場合等において使用することは、一般的に医師法第17条違反とならないものと考えるということを明らかにする、という点を政府の方針として示しましたが,この方針の考え方についてご説明申し上げます。 除細動器は心室細動や無脈性心室頻拍に対し、強い電流を患者の心臓に流して治療する機械です。その使用の際、心臓の状態の判断や電極を装着する部位等が適切でない場合には、患者の生命・身体に危害を及ぼす恐れがあります。そのため、基本的には医師、または医師の指示を受けた看護職員や救急救命士が使用すべきであると考えていますが,AEDについては、医学的判断のほとんどは機械が自動的に行っています。使用者が一定の知識・技能を身につけてさえいれば、患者の状態を悪化させる恐れは基本的にないという特徴があると承知しています。 「除細動の実施は早ければ早いほど救命率が高い」というAEDの特徴、それから公衆衛生の維持向上という医師法の保護法益などから考えると、医師等による速やかな対応を得ることが困難である等の一定の条件を満たす場合には、緊急やむを得ない措置として、医師等以外の者がAEDを使用することは一般的に違法性が阻却され、医師法違反とならないと考えられるのではないかと考えた次第です。 厚生労働省としては、非医療従事者によるAEDの使用について、少なくともこのような条件であれば非医療従事者が安全かつ有効にAEDを使用することができ、緊急やむを得ない措置として医師法違反とならないのではないかという、一定の条件を示すこととしたものです。 これにより、非医療従事者が医師法違反となる恐れを気にせずにAEDを使用することが可能となり、救急患者の救命率向上に役立つのではないかと考えたところです。 本検討会においては、非医療従事者が安全かつ有効にAEDを使用するための条件についてご検討いただきたいと考えています。なお、(1)から(4)までの4条件については「例えば」ということで例示したもので、もし必要であれば条件の加除もあり得るものと考えています。 次に、航空機内でのAED使用を認めたという経緯ですが,定期期航空協会理事長と私ども(厚生労働省医事課長)との間で「疑義照会とそれに対する回答」という形で交わされたものです。 「航空機内で乗客が心停止状態に陥った場合において、除細動器による除細動を行う必要が生じる場面が想定される。この行為は医師、または医師の指示を受けた看護職員、救急救命士により行えることが原則であると解されるが、ドクターコールを実施してもなお、医師等による速やかな対応を得ることが困難な場合等においては、客室乗務員が緊急やむを得ない措置として当該行為を行っても、医師法違反とならないと考えるがどうか。」という疑義について「そのとおり」と回答したもので,航空機内においては客室乗務員によって行われる緊急やむを得ない除細動器の使用について、医業に該当しないということで、医師法違反とならないと解釈し、この回答を発出した次第です。 次に現在のバイスタンダーの育成状況ですが,その中で、最も大きな団体のうちの2つ、「日本赤十字社」と総務省消防庁(全国の消防機関)で行っている講習の内容についてのご説明ですが,、日赤では満15歳以上の方を条件に、「救急法一般講習」と「救急法救急員養成講習」、いわゆるインストラクターの方です。受講者数は「一般講習」はおよそ30万人,救急員、いわゆるインストラクターの養成は概ね年間4万人弱といった養成を行っている現状です。 「消防における応急手当普及等の現状」ですが,救急隊が到着するまでの全国平均時間は6.3分であり、この間に救急現場に居合わせた方により、応急手当が実施されることが救命効果の向上につながります。年間、救急隊が搬送した心肺停止傷病者数は概ね9万人ですが,そのうち約3分の1弱、2万5,000人程度の方が家族等により応急手当が実施されている一方、3分の2強の方については応急手当が実施されていないということであり,応急手当が実施された場合と実施されていない場合で、生存率に約1%程度の差が生じているといった現状です。 消防機関でも現在、一般の方々を対象に講習を行っており、2つのコースに分かれていますが「普通救命講習」という半日、3時間のものと「上級救命講習」という、8時間コースです。 これらのコースについて、平成14年中に100万人を超えておりますが,普通救命講習については平成14年度で97万人ということです。 一方、上級救命講習については5万8,000人といったことになっています。総人口に占める割合としては、約123人に1人の方が講習を受けられているという現状です。 次に、「AHA国際ガイドライン2000」におけるAEDの使用手順ですが,まずAEDを使用するための条件として、対象者の意識、呼吸がないといった点を確認するといったことがあります。 傷病者を見つけた場合、まず反応なしの確認を行うことから始まり、気道確保、呼吸の確認を行い、自発呼吸があるのかないのかを確認し,そのあと、2回の人工呼吸を行い、循環の有無を確認するといった流れになっています。 ○座長 以上の説明を踏まえ,AEDの認識を共有していただくということで、実演を含めて有識者の先生方をお招きしています。順次発表をお願いし、その上でフリー・ディスカッションを行いたいと思います。 最初に、「AEDによる救命率の効果とその市民普及啓発について」ということで、兵庫県立健康センターの河村先生から発表をいただく予定にしています。よろしくお願いいたします。 ○兵庫県立健康センター 河村 剛史先生の発表 今日は発表の機会を与えていただき、ありがとうございます。心肺蘇生法とAEDというのは極めて日本的ではない。それが、私が過去16年間活動して感じることです。 ましてや、AEDになるとまさに「日本そのものが問われている。」そういう見方をしないといけないということをまず申し上げたいと思います。 16年前、私は心臓病に対しての心肺蘇生を始めました。その当時はもちろん救急救命士はおりませんし、救急車を呼べば助かるという考え方の時代でした。 その時代に、心肺蘇生を組み入れるため,どういうやり方をしていったかというと、私の大義名分は「救命率を上げる」ことではなく、「お互いの生命を守る社会づくり」を大義名分にして、「心肺蘇生法」を使って「生命の教育」を行うことを考えました。 その動機づけは「あなたは愛する人を救えますか」と言うスローガンでした。これをもって「心肺蘇生」の普及を始めたわけですが,その結果,救命率が上がればそれはそれでいいと思っていました。私は東京女子医大で心臓外科医を16年やっておりました。その当時は不整脈外科を専攻していましたが、病院に患者が来ないということに全然気がつかなかったのです。 特に不整脈は、患者の方が助かった場合に私が病院で治療していました。ですから,「日本は心臓病が非常に少ないから外国に行ってみよう」と思うぐらい「病院内」に凝り固まっていて、外の世界を全く知らない人間だったと思います。 (中 略) 日本に帰った後に赴任した三次救命救急センター長として、運ばれる前のことをもっとしなければいけないということで救急をやり始めました。 でも、よくよく考えて救急をやっていると、救急車で来る人以前に、もっと危険な、生活の危険因子というものがあって、それを治せば疾患そのものが防げるのではないか?そこで、救急からいまの健康センター予防医学に入ったという次第です。 健康というものを川の流れに例えれば、病気を「ごみ」と言ったら失礼になりますが、「ごみ」を下流で拾うより、上流に行って「ごみを捨てるな」と言ったほうがいいですし,そういうことに自分の「生きがい」を見い出したというわけです。 私にそのことを気づかせてくれたのが、1986年からアメリカに行っていたときにありました。 1984年ロサンゼルス五輪で,女子バレーボールチームを銀メダルに導いたエースアタッカー「フロー・ハイマン」という選手が日本で試合中に倒れたというニュースでした。 このニュースの異常性というか、日本人としてこれをアメリカで見たのが、私の心肺蘇生の原点になっているのです。 1988年、「日立」対「ダイエー」のバレーボールの試合で、日立の88連勝を阻止したのがハイマン選手でしたが,ハイマン選手が倒れた模様は「ABCニュース」で流れました。 私が手術を待っているとき、コーヒーを飲みながらこれを見ていたところにハイマン選手が倒れた映像が飛び込んできたわけです。 私は日本のニュースということで非常に喜んでいたのですが、これを見たアメリカ人から「なぜ日本人は心肺蘇生をしないのか!」と言われました。 私が「試合中に、この人が死んでいるか生きているかわかるのか?」といったとき、その外国人は「話にならない・・・」と憤慨し部屋を出ていったのが非常に悔やしかったんです。 よくよくそのニュースを見てみると,非常に長いラリーが続いていました。「なぜタイムにしないのか」、と側にいたナースが言い,さらに,「日本の監督やコーチは心肺蘇生を知らないのか」、そういうことを次々に言うので、なぜアメリカの人たちはこのニュースを見て、そのようなことを次々と言い出すのかが非常に不可解でしたが・・・このとき初めて「自分が日本人であること」を知ったわけです。 日本に帰って3年後、ハイマン選手のそばにいた女性に電話で聞いてみました。 彼女が言っていたのは、「ハイマン選手が交替し,ベンチに座ってから急に倒れました。顔面蒼白で意識がなかったので、貧血と思って、私は控えの部屋につれて行った。まさか、死んでいるとは思いませんでした」と言っていました。 ここであとからのキーワード、「意識がなかった」という言葉が入ってきます。 なぜアメリカの人たちの100人が100人とも、このニュースが異常であることがわかったかというと、アメリカでは中学1年生(ミドルスクールの1年生)から保健体育の授業で心肺蘇生が教えられているんです。 何のことはない・・・目の前で人が倒れた、意識の確認をする。意識がなければすぐさま、「救急車を呼べ」ということを、誰に相談することもなく「呼びなさい」ということを教えられているからです。私は,これなら日本でもできる「生命の教育」ということで、これを日本に帰って教育の世界で教えることが本当の医療だと感じました。そのことを決意して、1987年から「あなたは愛する人を救えますか」ということで、姫路循環器病センターのセンター長として、外に見える顔として外へ出始めたわけです。そして,平成2年からは県民運動を立ち上げました。540万県民の2割の人を目標に、100万人を5年間で普及させることを目標にしました。 当時の心肺蘇生にはいろいろなやり方がありまして,倒れた人に「あなたは何流でやりますか」という時代でした。あなたは未生流、小笠原流と聞いてからやらないと、それぞれ「自分はこのようなやり方」ということでやってしまう。でも,そうではない。心肺蘇生は世界で統一のボディー・ランゲージなのだ。100人が100人とも同じことをやることが、もしも誰かが目の前で倒れたとき、「これはおかしい」ということを言えるのだということで,それを県民運動にしたわけです。 そのころは倒れた人に触ってはいけないと言うのが主流でしたが、県民運動として「人に触ろう」と提案したわけです。 100万人ということで大ボラを吹いたように言われたのですが、結局、平成2年から5年計画で、108万人を達成しましたが,特に私が言いたいのは学校関係の受講者数です。いちばん力を入れるべきは教育です。 47都道府県ありますけれども、この救急の分野で教育委員会が関与しているところは兵庫県だけなのです。 消防機関、医師会と いった病院関係はみんな、「救命率」を上げることばかりを「オリンピック」みたいに争っているために,いろいろな不祥事件も起こりますが,「オリンピック・ゲーム」とは違うのです。 生徒の前で「生命とは何ぞや」、心肺蘇生の行為により「生命」について教えるという教育の現場を非常に大事に考えました。 平成5年から兵庫県内の全県立高等学校の生徒に、心肺蘇生を教えるような体制を作ったの が兵庫県の県民運動だと言っていいと思います。 特に、高等学校の養護教諭、体育教諭の全員は全部私が教えました。「兵庫県で河村を知らない人はもぐり」と言われたのはそういう意味です。心肺蘇生を続けている16年の経過を見て、未だに変わらないのは、日本人の要因というのがあります。他人とのかかわりを避けようとする、生命は自ら救うものではない、救急車を呼べばいい、それから誰もが心肺蘇生を知らないじゃないかという負の安心感・・・でも、これらはどうにかできます。いちばんどうにもできないのは、他人の生命の危険を感じない。つまり、「意識がないが貧血だと思ったから控えの部屋に連れて行った。」という危機を察知する能力の無さです・・・ このようなことでAEDなどあり得ない。「生命の危険を感じないのが日本人だ。」ということを未だに強く思います。 さらには。大声で助けを呼べる「勇気」がない。私は現在まで1,500回ぐらいの講演をしていますが、400校ほど訪れた学校では,「生命の危険というのは危機を知らせることから始まる。」声が要るということで、「大丈夫ですか!意識がない。誰かーっ!!」と,どの生徒よりも大きな声で叫べと言ってきました。 そして、身の回りに自分の友だちがいたら、「この人の生命を救ってくれ」と・・・大声で叫べる人こそ、21世紀を背負う人間だということを言っているわけです。心肺蘇生のやり方も教育の世界でもやはりきちんと教えるべきだと思います。それを省略していいということは言ってもいいけれども、きちんと教えてあげて、いざというときは省略していいですが、最初から省略したことを教えるべきではないというのは未だに変わっていない信条です。 (中略) ある中学に、1人の心臓病の子がいました。この子がある日心停止になって、学校全体で討論をしました。この子を救うにはどうするか。心臓突然死の原因の1つであるQT延長症群の子なのですが、全員が心肺蘇生をマスターした学校でした。 それがいつしか伝統になりました。3年生が1年生のオリエンテーションのとき、上級生が下級生を教えるのです。ここに「インストラクター」という称号が要るでしょうか?資格が要るか?そのようなものは全然必要ないということで実践しています。 誰かが「なぜ1人のために心肺蘇生を全員がやらなければいけないか」と言ったときには、必ず先生はこう答えてくださいと教えました。「君が倒れたときもみんなが救ってくれるよ」、これがお互いの生命を守る社会づくりであるということです。 今,兵庫県立健康センターでは「500人講習会」という催しには「親子連れで来てください」とお願いしています。なぜかというと3歳の子が,親が一生懸命になるとその真似をするからで,これこそ、本当の「生命の教育」ではないかと感じているわけです。 高円宮様がご逝去され、「心室細動」という言葉はポピュラーなものになりました。 「心室細動は住民が救える唯一の心臓病」です。いちばん重症である心臓病が、AEDさえあれば「いちばん救える病気」になるということなのです。 「5分以内ならAEDだけでいい。」ただ、もし8分であれば、心臓マッサージだけをやっていれば50%程度まで救命率が上がるということ(AEDファースト)がこれからの「勝負」になるということです。 救命には4分以内あるいは8分以内の除細動、いまは救命士が指示なしで除細動ボタンを押せるようになったので日本でも4分〜8分ということで,ようやく「Chain of Survival」の構図ができるようになりましたが,大阪で201例の除細動をした例を紹介しますと、平均で5分以内に現場到着し、7分経過で心肺蘇生をし、15分経過で除細動を行ったのですが,「指示なし除細動」になれば7分以内に除細動ボタンを押すことができます。 しかし、よく考えていただきたいのですが、意識の消失から通報までにどのぐらいの時間がかかっているかが全く不明なのです。「5分」というのは、「5分以内が50%の生存率」ということですから、5分以内ということは通報までの時間が何分かかっているかによるプラスアルファが「救命率」を左右するということになります。「メディカルコントロール」とよく言われますが、倒れた瞬間にそこに医者がいるわけではありません。倒れた瞬間にそこに救命士がいるわけではありません。そこには一般市民しか介在しないとなれば、一般市民をいかに使うかなのです。そのキーワードとなるのは「命の教育」です。 意識がなければ、「救急車呼んで!AEDを持ってきてくれ!」ということになります。AEDによる「心室細動の鑑別」が重要です。極端に言えば、目の前に意識のない人が倒れたらすぐさま電極パットを貼って電源を入れる。解析の結果、もし除細動の必要がないと言われたら「心室細動」以外の違う病気だということで,救急車の到着を待てばいいのです。 しかし、「心室細動」だけは5分間しか猶予がないので、このために使えばいいのではないかというのが私の考え方です。 兵庫県医師会では、まずは医者しかショックボタンをを押せないというこの時点から,AEDがあったので「医者しか押せないというのなら,まずは医者が押せるようになるべきだ」ということで、3年ほど前からAEDの講習会を行っています。 医師こそ「除細動器」を持って診療に当たれということです。兵庫県は、たまたま高円宮様のことがあったときには,すでにそういうことをやっていましたから,国内の半分以上のAEDは兵庫県にありました。 「AED指導者講習会」もやっていますが,これは、来るべき,一般市民がAEDを使用できる時代の到来時には医師が市民に教えるべきだ、一般市民だけは医師が地域の中で先頭に立って教えるべきだということを夢見て「AED講習会」をやっています。これが兵庫県の医師会がいまやっている「AED普及キャンペーン」であり,「まずAEDを」ということです。 非医療従事者によるAEDの講習のあり方は、新たな規制を設けない、規制緩和の方向でありますが,いま日本でいちばん不足しているのは「グッドサマリアン(善き隣人)」と言われている,目の前に立っていた人が,AEDの講習会を受けていなくても「躊躇無くボタンを押せる人たち」をつくらなければ本当に助けることはできないのです。 私が16年前に一般市民に心肺蘇生を教えたとき、日赤などは文句を言いました。「心臓マッサージは2日間の講習を経た人にのみ許可されている。なぜ先生は、そんなに勝手に一般市民に教えるのか」などと言われたことがあります。 「あなた、そんなこと言うんだったら自分の母親が倒れたとき、許可されてないから心肺蘇生しないと言うのと同じことだ」と言ったことがあります。「許可されなければやらない」、「講習会を受けなければボタンを押せない」のであれば規制緩和にはならない、また新たな規制を設けることになります。 私は、画一的な講習会でなく、多様な講習会を開催してほしいと思っています。一般市民は、今度だけは医師会にやってほしいと望んでいます。いま、医師が地域参加をするラストチャンスなのです。医療がこれだけ問題になっているときに医師に自らの尊厳を回復させるために何があるかと言えば、医師こそは一般市民のAED、これは医師のラストチャンスなのです。警備員や施設管理者などは救命士が教えればいいのです。それはそれでいいと思います。 学校での「命の教育」は、養護教諭や体育教諭で教えてほしいのです。講習会は、従来の一時救命処置に加え、AEDの取扱い講習会をやればいいと思います。AEDは非常に安全なのでそれほど難しいことをやる必要はないと思います。 以上、私の考えるAEDのあり方についてお話しました。どうもありがとうございました。 ○座長 いまのお話について、何かご質問等はありますか。 ○委員 AEDを使ったときにそのあとの検証というか、本当にこれでよかったのかといったようなプログラムはありますか。 ○河村先生 2006年開催予定の「のじぎく国体」の会場内に300台を設置する予定にしています。 これは医師が必ず携帯して,「もしもの時は必ずAEDを使用しよう」としているものです。 毎年232台のAEDをどのように使ったかということで,スポーツ委員会では、必ずアンケートを出すようにしています。現時点で2例ありますが,実は、その2つともいわゆる「スカ」でした。 「スカ」というのはニアミスなのですが,1例は、尼崎市のシティーマラソンでのことです。 65歳の男性がゴールで倒れて、AEDということで皆がすぐに駆けつけたときに、1人がドーンと胸を叩いたら「うーん」と言って戻ったという1例ですが,それは、AEDパッドを貼ろうとしているときでしたが,その当時、尼崎医師会では、14人のドクターが必ずAEDを持ってコースの歩道に立つということをやっていました。 もう1つは、高砂の開業医の先生が診療中に待合室で患者さんが倒れたという看護師の通報があって、「すぐさまAEDを持ってこい」と言ってそのまま素手で、待合室へ行って看護師が院長室から持ってきたAEDを手を取るなりすぐさま電極パットを貼って解析ボタンを押したら、除細動の必要はありませんという音声指示が出たのです。そうしたら本人が「ううっ」と動きだしたので、「ああ、よかった、よかった」となったのです。それ以降、この医院では患者さんが増えたということですが,結局「まずAED」という意識があるから電極を貼りつけ、それで絶対に間違いがないというのが現実に行われていることなのです。観察に時間を要することがいちばんいけないのです。 私はスポーツのほうでも言うのですが、AEDを持って現場に駆けつけるのが最優先であって聴診器などを持ってきても何の役に立たない、倒れたらすぐ付けることだと。私はいま、兵庫県の医師会でそういったことをやっています。 ○座長 ほかに何かありますか。 ○委員 いま、兵庫県下で先生のそうしたご指導が大変意欲的になされているということを拝見したのですが、この教育の効果と言いますか、日常的に「命の教育」というものが何か子供たちから人々の間にぐっと上がってきている、これが行動につながっているというような事態を感じられていますか?その辺りをお伺いしたいのです。 ○河村先生 私がいちばん実感しているのは、暴力校であっても、3年間心肺蘇生の啓発に行けば暴力はなくなります。私は、人の命を助けることが1つの教育だと思います。 ある学校で、「どうして先生、人を殺してはいけないか」という質問を受けました。私は、その答はわかりません。しかし、人の命を救う行為をした人間は人を殺さないというのが私の教育理念です。 もし教育委員会か文部科学省の人がいらっしゃったら言いたいのです。 いまいちばんいけないのは、学校の先生が生徒と同じときに同じ場所で心肺蘇生を学ぶことです。つまり、なぜ先生と生徒が同じ土俵で心肺蘇生を学ばなければいけないのでしょうか。 先生は、あらかじめ心肺蘇生を習ってから,生徒の前で自分の命の経験を言って生徒に堂々と「命の教育」としてそれを教えるのがいいのですが、ほとんどの所は、教育委員会も先生も生徒もみな同じ場所で心肺蘇生を習っているのです。生徒と仲良しになり、じゃれ合って心肺蘇生を教え,習うようなことをしてしまうと、これこそ日本の「命の教育」が廃れるいちばんの原因なのではないかと思っています。 心肺蘇生はいい方向へ行けばいいのですが、AEDでも、倒れたときに「ここにあるAEDの使い方を知らないから押さなかった」などと言ったら、日本はもっと悪い国になります。そういう意味で、慎重なる討議がなされることを私は望んでいるということです。 ○座長 ほかによろしいですか。 ○委員 最初の厚労省の説明のときに、今回AEDを認める条件を4つ挙げました。医師法第17条に抵触しないという条件は、要は緊急やむを得ないという理由なのです。しかし、これは何か悪いことでもやっているような感じがするわけです。 手動式や半手動式ならわからないこともないのです。要するにAEDは非常に簡単な操作で、子供にもできそうなものです。本来であればやって当然だということだと思うのです。 先生は、厚労省の4つの条件についてはどういうお考えですか。 ○河村先生 私たち医師の立場から言わせて頂くなら、「医師がいないときに使えるということは、医師がいるときに使わなければいけないという不作意の行為が問題になりますよ。」ということです。 本来、これは医療行為ではありません。メディカルコントロールは、救急隊がそこに来てからの法は、医師法と関係があります。救命士は医師法に関係があるかもしれませんが、一般住民に関しては、「何が医師法だ」ということです。ですから、救急車を呼ぶ通報をしてから、あるいは到着からは、もちろん医師法の該当するものになりますが、それまでは、全く医師法とは関係のない世界だろうという意見を持っております。 (その2に続く) 「議事録その1を読んで・・・」 「議事録その1」の感想ですが,何と言っても河村先生の「命の教育」ですね。河村先生のご意見には私も本当にそのとおりだと非常に感銘を受けました。 河村先生は,以前から「命の教育」の必要性についてを本にしてご出版なさったり,テレビ出演した際にも一貫して訴え続けていらっしゃいます。 私がシアトルで見聞して来たのも,まさにこの「命の教育」に基づいた「救急救命システム」でしたし,先生がアメリカで感じられた「衝撃の大きさ」は,同じように衝撃を受けた私にはとてもよく判ります・・・ですから,この検討会での河村先生の意見には大賛成です。 これからさらに討論は続いていきますが,討論の続きは(その2)をご覧頂きたいと思います。 (HIGE) 【出典】 厚生労働省HP http://www.mhlw.go.jp/index.html 「非医療従事者によるAED使用のあり方検討会議事録」 http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#isei (第1回 検討会その2に続く) |
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