HIGEさんのおすすめ文庫 2

(2004/4/26)

 「HIGEさんのおすすめ文庫」第2回は,慶応大学医学部教授でいらしゃる三田村秀雄先生著の「心臓突然死は救える」をご紹介します。
 「HIGEさんのスポーツ救命救急」では「厚生労働省における非医療従事者によるAED使用のあり方検討会」の議事録を紹介しておりますが,その検討会を開くきっかけとなる「AEDの市民使用」のご提言を厚生労働省になさった先生です。本日は,著書の一部を抜粋してご紹介したいと思います。(HIGE)

                   
                    慶応大学医学部教授 三田村秀雄先生 著
                          「心臓突然死は救える」


◇第T章 突然死とは(一部抜粋)◇

1,ワールドカップ戦
 スポーツ好きの高円宮さまは日本サッカー協会の名誉総裁のお立場で2002年5〜6月に行われた日韓合同開催のサッカーワールドカップの成功に尽力されましたが「これはとても大切なものに繋がるかもしれない」と述べられたそうです。そして戦後皇族として初めて韓国への公式訪問を果たし、「近くて遠い国から、近くて遠くない国になりました」と語られました。こうして日韓共催のサッカーワールドカップが実現したのです。

 このワールドカップほど、日本国民が一致団結して燃え上がったことは近年なかったのではないでしょうか。前々回のドーハではロスタイムでイラクに同点ゴールを許し、予選落ちでした。前回のフランス大会では予選を突破したものの1次リーグで3連敗し、決勝トーナメントに進むことができませんでした。そして注目された今回は、まず1次リーグでベルギーと引き分け、ロシアを破り、そして決勝への鍵となる16強入りを目指してチュニジアと対戦することになったのです。

 2002年6月14日、期待の高まるなか、日本対チュニジア戦が大阪で行われました。チュニジアにしても日本に2点差以上で勝てば、1次リーグを突破できる状況でした。
 激戦の中、森島寛晃、中田英寿がシュートを決め、日本は2対0でチュニジアを破り、見事16強入りを果たしたのでした。競技場は日本の熱狂的なサポーターに埋め尽くされ、歓喜にわいたのは言うまでもありませんが、それは地元大阪だけのことではありませんでした。
 東京のファンに応えるため、神宮にある国立競技場では巨大スクリーンに試合の様子が放映され、じかに試合を見られない多くの若者が喜びを分かち合うために集まりましたが,その国立競技場に入ろうと行列の中にいた1人の19歳の女性が心停止を起こしたのです。
 午後1時30分頃のことです。救護医が5分でそこに駆けつけたのですが、救命するのにどうしても必要な器械がそこにはありませんでした。除細動器です。これがないといくら心臓マッサージを続けても助けることができません。

 除細動器を持って救急救命士が駆けつけて電気ショックをかけたのは、連絡を受けてから13分後のことでした。そこまで遅いと、もはやこの器械をもってしても効果を発揮することはできません。さらに12分後、この女性はすぐそばの病院に運ばれたのですが、残念ながら救命することができず、午後2時55分に亡くなられました。
 実はその近くの病院、というのが私の勤務する慶應病院だったのです。国立競技場は、神宮外苑の森の中にあるのですが、そこは実は慶應病院から歩いて五分の距離にあります。
 病院のすぐそばで発生した心停止を、しかも救護医もそばにいたのに助けられなかったわけです。 国民のほぼ全員が歓喜に酔っている間の悲しい、可哀想な出来事でした。

 国立競技場での心停止はこれが初めてではありません。36歳の男性の残念な例がありました。子供と一緒に国立競技場を親子マラソンで走っていました。スタートしてから500メートル地点、国立競技場の中で心肺停止を起こし倒れました。数分後に救護医が走って駆けつけ心臓マッサージをしました。119番に通報され除細動器が到着したのは12分後です。除細動を行いましたが心臓は元にもどらず、救命することはできませんでした。一緒に走っていた子供、応援していた母親の受けた衝撃を思うと、本当に心が痛みます。

2・あっけない死

「突然死はいい、願わくは突然死で死にたい」という不届きな言葉を聞くことがあります。そういう私なども「死ぬなら突然死」という派かもしれません。一瞬で、苦しまずにスパッと死ねたら、という心境です。実際、その通りになれるかどうかは、わかるはずがありません。
 結構だらだらと苦しみながら、助けて、と叫びながら死ぬのかもしれません。突然死がいいと言っている人達の大多数は、どちらかというと死と向き合って闘病するだけの勇気のない、気の小さい人間なのかもしれません。ただ、「突然死はいい」という主張は「だらだらと苦しみながら死ぬ」こととの比較論であって「生き続けることよりもいい」と言っているわけではありません。
 そこを間違えてはいけません。 突然死派のもう一つの、もう少し説得力のありそうな口実に「よれよれになって人に迷惑をかけたくない」というのがあります。これなども何と他人思いなんだろう、と感心してもらいたいところですが、家族にそう言うと、何と「わがままな」と一蹴されるのがオチです。「突然いなくなってしまったら、どんなに周りが迷惑すると思っているの」というのです。ごもっともです。かくいう私も家族に突然死でもされれば、先行き真っ暗で、どうなってしまうかわかったものではありません。

 朝、ご主人がいつまでたっても起きてこない。見に行くと死んでいた。これが突然死というものです。確かに本人は家で、多分ほとんど苦しまずに死ねたことになります。ですが家族はたまったものではありません。ただ呆然とするだけです。
 いや、本人だって実は仕事に燃えていたかもしれません。やり残したことが山ほどあるに違いないのです。 あるいは家族に対して、これまで長い間、仕事人間であったことを詫び、あるいはわがまま放題にやってきたことを詫び、それに報いようと考えていたかも知れません。なのにすべてが突然、中断されてしまうのです。
 突然死は家のなかだけのことではありません。会社でも、路上でも、いつ、どこで、誰に起こるか全く見当がつきません。そして突然、家族のなかから、会社から、社会から、一瞬のうちにある一人の存在が消えてしまうのです。家族に看取られることもなく、また本人が遺言を書く余裕もないうちに、本当に突然、天に昇ってしまうのです。それがたとえ苦しまない死であったとしても、本人はもちろん、誰にとっても不本意な死であることに違いありません。

 五木寛之の『大河の一滴』という本にこんな文章があります。
 「その瞬間に、人は死んだのか、と考えると、ぼくは人間が生まれてくるのに十ヵ月かかるのならば、死んでゆくにもやっぱり十ヵ月ぐらいかかるのではないかな、と、非科学的な話ですけれども、考えざるを得ません」・・・たとえ物理的に死んでいても、まわりはすぐにそれを認めることができないのです。 それには時間がかかる、というわけです。人は死ぬのではなくて、死んでゆくのだ、というのが五木さんの実感なのです。確かに、いきなりプッツンと生命の糸が切れて、ああ、死んじゃった、と受け入れられるものではありません。

3,突然死をあきらめるのか

 人は身近な人が死ぬと、それをあきらめることによって、悲しみを紛らわせ、やりどころのない怒りを収めようとします。そうでもしなければやっていけないものです。確かに、それが病気で段々と悪化をたどり、死にたどり着いたのであれば、それは取り戻しようのない運命とあきらめるしかないでしょう。しかし突然死の場合もそれでよいのでしょうか。それは本当に取り戻しようのない運命なのでしょうか。

 実は突然死は、ほかの病気による死亡と決定的に異なる点があります。突然死はアッという間に起こりますが、アッという間に元に戻る可能性があるのです。じわじわと悪化して死に至る、というのとは全く異なります。突然死の多くは身体のちょっとしたミスで起こります。いってみれば電気のコンセントをつい蹴飛ばして、真っ暗になってしまった、というレベルの出来事なのです。コンセントをまた差し込めば明るくなるのに、それをしないであきらめる。これが今、皆が突然死に対してやっていることなのです。車でいえば、バッテリーのような電気系統の故障であって、必ずしもエンジンが壊れているわけではないのです。もし電気系統だけの故障なら、そこだけちょっと直せば、また元と同じように車を走らせることができるのです。
 人間も同じです。後で述べるように、突然死の多くは、この電気系統の故障で起こっているのです。ちょっと直すだけで、元と同じ人間に戻るのだとしたら、それをしないのは余りにもったいないことです。あきらめるなんてとんでもない。そう誰もが思うでしょう。はずれたコンセントをまた差し込む、それが突然死を救うことなのです。そしてそれは決して難しいことではないのです。

4、突然死は珍しくない

 「突然死」といっても人ごとのように思われる方が多いと思います。私自身、以前はそう思っていましたが、そうでもなくなってきました。一昨年、小学校時代の同級生のK君が、また昨年は大学時代の同級生のT君が、いずれも心臓発作によって突然死しました。もっと早くに相談していてくれれば、と悔やまれますが、本当に突然の事でした。どちらも100人前後の同級生のなかでの出来事です。 日本では一体、毎年、どれくらいの数の人が突然死で亡くなっているのでしょう。実は正確な数字はつかめていません。例えば、たまたま死体が見つかって警察に届けられると、それはまず異状死として扱われます。

 東京都監察医務院の死因統計によると、異状死の3分の2が病死で、約2割が自殺、1割が事故などの災害死とされます。病死のうち7割が心血管系の病気による死で、その8割が心臓の筋肉を養っている血管の血流障害によって起こる虚血性心疾患によるものです。さらにその8〜9割は発症後一時間以内の突然死であると推定されます。
 ただ突然死の全員が監察医によって検案されるわけではありません。例えば前日に病院に通院受診した人が、救急隊によって病院に運ばれて突然死と判定された場合には、いわゆる病死として扱われることも少なくありません。もちろん病院で死亡しても明らかな病死と判定できない場合には監察医に検案を委ねることもあります。

 平成11年に全国の救急隊員が搬送した心肺停止の患者数は83、353人で、そのうち一ヵ月以内に死亡が確認された人が80,685人、97%いました。
 毎年およそ8万人の人が突然死によって命を失っていることになりますが、そのうち何人が病気による突然死なのかはよくわかりません。救急隊員が蘇生を試みて病院に搬送する患者さんにはいろいろな人が含まれており、ある統計によると心臓に原因がある、と救急隊員によって判断された心臓突然死の人はおよそ44%程度と報告されています。
 そうなると心臓突然死は全国でおよそ35,000人ということになります。 つまり、毎日100人近くの人が、日本のどこかで、心臓にトラブルを起こして、突然に命を失っているのです。これは大変なことです。

 別な見方をした方が理解しやすいかもしれません。よく「誰それが急性心筋梗塞で亡くなった」と耳にします急性心筋梗塞の患者さんの3、4割の人は、病院にたどり着く前に突然死しています。それから「心不全」という言葉もよく聞くと思います。心臓が弱って息切れがしてくる状態ですが、この心不全の患者さんが死亡するときには半分近くが突然死の形をとります。それくらい心臓病の患者さんではよくある話なのです。
 心臓病がなければ少ないかもしれませんが、本人がないと思っているだけで、実は解剖してみたらあった、ということもあります。
 突然死するまで気づかないことも少なくありません。寝耳に水、というわけです。心臓病のあることがわかっていれば、突然死を避けるための予防法が多少はありますが、わからなければ手の打ちようもなく、本当に起こって初めてわかる、ということになります。


◇第V章 「救命の鍵」いち早く除細動を(一部抜粋)◇

1、救命への新しい考え方

 「心室細動」を治すには除細動器が必要不可欠です。ですが、それを使う資格のある医者や救急隊員がいくら急いで現場に駆けつけても、ほとんどの場合は間に合わないという現実をお話ししました。ではあきらめるしかないのでしょうか。

 ポイントは、とにかくいち早く電気ショックを与えて除細動することなのです。となると,そのための道具である除細動器をもっと素早く現場に持っていく工夫をするしかありません。一つの方法は除細動器を消防署から救急車に載せて運ぶのではなく、パトカーにあらかじめ載せておいて、いざというときには現場の一番近くを巡回中のパトカーが除細動器を持っていくというやり方です。ただ救急隊員と違って、きちんとした訓練を受けていない警官が除細動器を使えるか、という疑問が当然出てきます。

 ミネソタ州ロチェスターでは、1990年からパトカーと救急車の両方に除細動器を搭載し、先に現場に到着した者が除細動を行うという方式を試みたのです。救命のプロが現場にたどり着く前に警官が到着した場合には、半分素人ながら警官が除細動を行ったのです。
 7年に及ぶ集計の結果では、心室細動例の救命率はどちらの群もおよそ40%と変わりませんでした。つまり警官によっても優れた救命効果が得られることが示されたのです。
 ロチェスターでは互角だったのですが、ペンシルバニア州アルゲニーでは、ついに警官が勝ちました。それまで電気ショックまでの時間が11・8分であったのが、警官による除細動の導入によって8・7分に短縮することができたというものです。特に警官が先に到着した場合に限ってみれば、警官による除細動で26%の例が救命されたのに対し、後から来た救急隊が除細動を行った場合の救命率は3%と明らかに早期除細動の効果が発揮され、パトカーが巡回している有利性が実証されたのでした。
 さらにフロリダ州マイアミでも同様の試みがあり、そこでは警官の導入により通報から現場到着までの時間が7・6分から4・9分へと短縮し、特に目撃された心室細動例の救命率が11%から24%へと改善しました。

 救急のプロよりも、半分素人の警官の方が救命に貢献できたということはすごいことです。
 日本の救急救命士は半年間の訓練を受けていますが、海の向こうではたった数時間の講習で警官が除細動を行ってしまった、そして救急隊員以上の成績を挙げたのです。
 左ページの心電図は十三歳の男の子が野球中にボールを胸に受け、倒れたときの心電図です。心室細動が見られます。
 たまたまそばに医師が二人いて、直ちに蘇生術を施しました。と同時に救急センターに連絡をしたところ、近くを巡回中のパトカーが呼ばれました。 そのパトカーには除細動器が搭載されていたので、それを使って除細動を行い、見事一命を取り留めました。

2,使える人は誰でも使え・除細動の規制緩和

 アメリカという国は新しいことへのチャレンジ精神が旺盛な国だと思います。
これまで医者や救急救命士の専売特許のように考えられてきた除細動を、もっと多くの救急の専門職の人たちに行わせて効果を挙げようと、次々と新しい試みがなされました。
 アメリカの場合には特に、国としての法律をいじらなくても、州によって規制緩和を図りやすいという独特の背景があります。

 ワシントン州シアトルの消防士たちがその試験台の役を務めることになりました。消防士の方が救急救命士よりもはるかにたくさんいて、消防署も方々に散らばっています。
 その結果、消防士が心肺蘇生術のみを行って、除細動のできる救急救命士の到着を待った場合の救命率が19%に過ぎなかったのに対して、最初に現場に到着した消防士が除細動器を使用した場合には、30%が救命されて無事退院したのです。消防士による除細動器の利用により除細動までの時間が5・1分も早まったことは特筆すべきことでした。そしてその流れが前述した警官へと波及したのでした。

 何百時間、何十時間の講習を受けなくても除細動を行えることがわかったのですが、今述べてきたアプローチはいずれも、救急救命士に限ることなく、一般の救急隊員でも、消防士でも、あるいはパトカーの警官でも、誰でもいいからとにかく早く除細動器を現場に持っていく、そしてその人が除細動を行うというものでした。これは救命へのアプローチとしては画期的なことでしたが、それを可能にしたのは除細動器の自動化でした。

 日本の救急救命士が使っている除細動器は心電図を自動診断できる半自動式のものであると述べましたが、アメリカで救急に関わっている救急隊員、消防士、警官などが使いだしたのも、この半自動式の器械でした。 器械の進歩が、救命にあずかる職種を広げたのでした。そして器械はさらに進歩を続けています。

3,素人でも使える除細動器・・AED

 普通、除細動器というと、まず二個の大きな電極というものを倒れている人の胸にあてるか貼るかして、そこから記録された心電図が器械の画面に表示されます。
 その心電図表示を見て、これだったら除細動が必要、あるいは不要と救助者が判断します。
そうして「除細動をする」と決めたら、電力の強さを決め、次に充電用ボタンを押します。充電が終了したら、2個の電極がきちんと皮膚に当たっているかを確認し、また自分を含め誰も患者に触れていないことを確認した上で、最後に放電ボタンを押します。
 こうして初めて電気ショックを与えることができます。当然、その後もう一度心電図表示を見て、うまく除細動できたかどうかを確認し、もし不成功ならばもう一度今の手順を繰り返すことになります。 このような除細動器が長いこと使われているのですが、その使用に際しては心電図が読めなくてはならないので、医者でなければとても使えないと考えられてきました。
 だからこそ、このような器械を使うのは医者の仕事とされてきました。看護師や救急救命士でさえ、十分な教育を受けた上で、医師の指示のもとに初めて使えるというレベルでした。

 ところが前に述べたように、体内に植え込む全自動式の除細動器は、ミロウスキーがすでに開発していました。体外式だって全自動式の除細動器ができないはずがありません。1978年頃から素人でも扱えるような体外式除細動器が設計され、試しに使われるようになりました。
 そのようにして、いわゆる半自動式除細動器が完成し、それこそが救急救命士による除細動を可能にしたのでした。
 ただこの器械は心電図の自動診断をしてくれますが、心電図波形を見られるようにモニターがあったり、心電図を救命センターに伝送できる装置が付いており、その分、重く、また頻回の充電を要求しました。
 この器械の出現により、確かに除細動を行う人が医者である必要はなくなったのですが、そうはいっても素人にはちょっと荷が重い印象を拭えませんでした。したがってその使用はごく一部の専門職の人に限られていました。前述した一般の救急隊員、消防士、警官などです。
 ところが技術革新はさらに進んでいきました。それはもっと素人にも使いやすいようにというものです。

4,小学生でも使える除細動器AEDの登場

 こうして登場したのが、自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator:AED)と呼ばれるものです。
 これはプロの人達用の半自動式除細動器よりも、さらに素人が使えることを目的として開発された除細動器です。実はこのAEDこそが、後に述べるように救命の仕方を根本から覆すことになったのです。
 最新式のモデルでは、大きさはラップトップコンピュータくらいかそれよりも小さく、ただし厚みはもっとあります。器械の部分と、湿布のように患者に貼り付ける電極とからなりますが、多くの機種はそれらが最初からつながっています。重さは2〜3キログラム位で、持って走ることができます。電池も五年近く持つので、建物の中でもプールの脇でも、ゴルフ場でも、飛行機の中でも、車のトランクでも、どこにでも置いておくことができます。

 点検も器械が自分で毎日定期的に行ってくれるので、手間がかかりません。でも一番のセールスポイントは、初めて使う人でもまごつかないように工夫されているところです。
 何しろ一生に一度使うか使わないか、というものですし、いざ使うときには説明書を読んでいる暇もありません。テレビを考えてみても、最低限でも電源、チャンネル、音量のボタンとかダイヤルがありますが、このAEDの場合にはほとんどの機種でボタンが一つか二つしかありません。電源のボタンと電気ショックをかけるときの放電ボタンです。ダイヤルみたいなものはありません。中にはボタンさえない機種も開発されているようです。

 電極を取り出すために器械のふたを開けるとスイッチが入って、電極を患者の胸に貼ると、あとは器械が自動的に断して自動的に放電まで進む、というものです。
 放電ボタンがあると、それをいつ押してよいのか、そこがわからないと思うかもしれません。大丈夫です。AEDは電極を貼りさえすれば、自動的に心電図を解読して、それが心室細動で電気ショックをかけるべきか、それとも心静止なのか、あるいは全く異なる脈拍リズムなので電気ショックの必要がないのか、を音声で教えてくれます。

 余談ですが、日本航空の国際線に搭載されているAEDは、英語と日本語の両方をしゃべるバイリンガルAEDになっています。
 確かにどこの国の客室乗務員や医者が使うかわかりませんから、これも大切なことかもしれません。AEDには心電図モニター付きの機種もありますが、心電図を読める必要はありませんし、心電図の波形をそもそも見る必要もありません。ただ音声の指示通りに放電ボタンを押せばショックがかかり、それだけで一人の命が助かるかもしれないのです。どうです、あなたでもできそうでしょう。

 「そうは言ってもどうも器械は信用できない」という疑い深い人もいるかと思います。
 例えば、もし心停止ではなくて、実は酔っぱらいだったとか、脳卒中で意識がなかった、というような場合は大丈夫なのか。ごもっともな心配です。
 そのような場合にはそもそも器械が電気ショックを指示しませんし、無理にボタンを押してもショックがかからない ようになっています。間違ってショックをかけてしまうという心配はありません。こういうと同業者に叱られるかもしれませんが、並の医者よりも診断は確かだと思います。
 ただこの器械で治せるのは、あくまで心室細動だけです。
 心停止直後であれば一回の電気ショックで治るかもしれませんが、数分以上経過していると、何度も電気ショックを繰り返さないと心室細動を止められないこともあります。
 ただ同じ心停止でも心室細動ではなく、心静止の場合には音声が電気ショックをアドバイスしないので、あとは普通の蘇生術を試みながら救急隊員が来るのを待つしかありません。

 いくら簡単と言ってもピンとこないかもしれませんが、実際、AEDを扱うことは心臓マッサージや口対口呼吸よりもずっと簡単です。試しに小学6年生にマネキンで使わせたところ、正しく使えただけでなく、除細動までに要した時間も訓練された救急隊員より23秒遅かっただけ、という報告もあるくらいです。 本当に器械オンチでも扱える器械なのです。一度もこの器械に触ったことのない人が、これを使って助けた、という報告も実際にあります。

 しかしながら一応は使い方を含めた四時間くらいの講習を受けることが勧められています。
 例えばまず心停止を疑う、ということができるに越したことはないので、先に述べた「意識がない」、「呼吸がない」、などのチェックの仕方を習っておくとよいと思います。
 次に大事なことは、この器械を使う前に119番に電話をかけることです。飛行機の中ではその限りでありませんが、地上では後々のことを考えると早めに通報することが大事です。
 もし誰かがAEDを取りに行ってくるという場合には、待っている人が蘇生術をしておくことが効果的なので、そのやり方もこの講習で習っておくことが勧められます。

 そしていよいよAEDを使用する際には、まず意識も呼吸もないことが確認された患者の着ている服を破っても構いませんから、とにかく胸を露出させます。そうして次に電極を貼るのですが、電極というのは二枚あっていずれも湿布薬のようなシート状になっており、乾燥しないように袋に入っています。
 まずはその袋を破ってから電極を取り出し、決められたところに貼り付けます。たいていはその袋などに、どこに貼るべきかが図で示されています。一枚を胸の右鎖骨の下に、もう一枚を左乳房の左下に貼ります。
 きちんと貼り終わると、自動的に心電図の解析が始まります。このとき、患者に触っていると、ノイズが入ってきれいな心電図がとれないので、患者から手を離すことが必要です。
 したがって心臓マッサージも口対口呼吸もしばらく休止しなければなりません。

 こうして解析結果は、心電図の診断が何かではなく、電気ショック治療が必要かどうか、放電ボタンを押すべきか、というメッセージを音声で伝えてくれます。もし「放電ボタンを押して下さい」と言われたら、押せばよいのですが、その際、一つ気をつけなければならないことがあります。電気ショックの瞬間に患者の身体に触っていないことです。
 これはボタンを押す人だけでなく、周りにいる誰でもが、患者から離れていることが必要です。
別に遠くに離れる必要はなく、ただ触っていない、ということがポイントです。もし触っていたりすると、患者だけでなく、その人にもわずかですが電気が伝わる可能性があります。
 その点も音声で「患者に触れないで下さい」と教えてくれますが、とにかくこれだけは自分たちのために守る必要があります。

 2003年5月現在、日本には3機種が輸入されており、値段がおよそ70万円します(欧米では2000〜3000ドル)まだまだ新しい機種が開発中であり、値段ももっと下がると予想されています。  とにかくAEDは素人が使うために作られた器械で、器械の中がどうなっているのかなどは知らなくてよいのです。

 テレビやパソコンと同じです。いや、パソコンよりずっと簡単です。心臓マッサージや口対口呼吸よりもずっと簡単で、それでいてずっと効果があります。意識がなくて呼吸をしていなければ、あとは患者の心臓の状態など、全然わからなくてよいのです。ただ「ボタンを押して下さい」と音声で言われたら、その通りにすればよいのです。これがAEDなのです。
 素人が除細動器を使える、となると何がよいのか、どこが変わるのか、想像してみて下さい。
このAEDはやがて、救命のシステムに革命を起こすことになります。

5,AEDとの出会い

 Tさんはアメリカでの生活が長く、キッシンジャーなど多くの著名人とも親しくしていた方でした。
たまたま心臓病を患っていたので、日本に滞在中は私の外来にいらしていました。
 そしてまたアメリカに戻る、ということを繰り返していたのですが、そのアメリカで医学関係の記事を見つけると、わざわざそれを切り抜いて私に送って下さっていました。
 確か『ロサンゼルス・タイムズ』だったと思いますが、そこに私を惹きつけた記事がありました。
それがAEDの有用性を紹介した記事だったのです。
 それは驚きでした。除細動が素人にもできるということは私自身夢にも思っていませんでした。
私の頭にあったのは、少しでも早く除細動をすれば、ほかのどんな蘇生術を試みるよりも効果的なはずであるという点だけでした。それは医者が病院内で蘇生を行うときの考え方でしかなかったのです。この出会いがなければ、私がこの方面に関心を持つことはなかったかもしれません。
 残念ながらTさんはアメリカ在住中に亡くなられてしまいましたが、Tさんにはどんなに感謝しても、し足りないような思いがあります。患者さんは常に私の教師であると信じています。

6,空の上での心停止 「医師がいても救えない突然死」

 1996年6月30日の『シカゴ・トリビューン』という新聞に掲載された記事に、飛行機内で起こった突然死のことで注目を集めた事件がありました。
 スティーブン・ソームズという三十七歳のビジネスマンが、ボストンからサンフランシスコへの飛行中、ソルトレークシティ上空で心停止を起こしたのです。
 幸い、機内には救急医療に長けた医師が三人、たまたま乗り合わせていました。当然、これだけ医者がいれば救えると周りは思ったかも知れません。実際、最大限の蘇生術を試み、29分後には緊急着陸することができたのですが、残念なことにこの患者は亡くなってしまいました。
除細動器がなかったからです。これだけの医者の手をもってしても助けることができなかったのです。とてもショッキングな事件でした。そしてこれが一つのきっかけとなって除細動器を飛行機に搭載する動きが加速されることになりました。

7,飛行機の特殊性

 「飛行機に除細動器を」というアイデアは実はもっと以前からありました。
 旅客機は、それ自体が狭い室内に何百もの人が詰め込まれる人口密度の高い密室で、しかも心臓の悪い人を含め、いろいろな人が乗っています。
 その乗客にしても、出発前に徹夜して旅の準備をしたとか、重い荷物を手に空港まで走ってきたとか、手荷物検査のところでボディチェックを受けたとか、そういったさまざまなストレスを受けて機内に乗り込みます。
 次いで離陸時の恐怖心を味わい、高度を上げるとそれに伴って気圧の変化が体調を揺さぶり、そして安定飛行に入ると今度はアルコールを勧められたりと、いろいろな刺激が加わります。
 それだけでは許してくれません。寝不足にもかかわらず、映画を観させられたり、外国語で話しかけられたり、時差ぼけの食事が続きます。
 そのうち寝たと思ったら気流の変化で飛行機が揺れだし、不眠のまま目的地に向かい、そこで再び着陸の恐怖を味わうことになります。このように機内というところは、普段の生活よりも心臓発作を起こしやすくするストレスがいっぱいそろっています。実際、機内での突然死の数を合計すると旅客機事故による死者の数を上回るとさえいわれます。

 ところが機上で起こった心停止に対して、救急車は来てくれません。
 空港に引き返したり、あるいは近くの空港に緊急着陸するにしても、最低でも20分はかかるため、救命の可能性は限りなくゼロに近いといえます。ましてや太平洋上などではどうにもなりません。そこに医者がいなければ、客室乗務員はいつまでも心臓マッサージを止めることができません。誰も「もう死亡した」と言い切ることができないからです。

 実際、日本からアメリカのダラスに向かう太平洋上の飛行機の中で心停止があり、アラスカのアンカレッジに緊急着陸して死亡が確認されるまで、何と3時間も客室乗務員が心臓マッサージを行い続けたことがあったそうです。
 心臓マッサージは普通の人が5分間行うだけでも、ものすごく体力を消耗するものです。ましてや3時間です。いくら交代しながら行ったとしても、信じられないくらいの涙ぐましい努力です。
 機内にもし除細動器があれば、特に倒れてすぐそれを使えば助かる可能性がありますが、その器械がなければ絶対、助かりません。いくら医者がいたとしてもダメなのです。

 器械があって医者もいれば、かなり期待が持てます。ときどき機内で「お客さまの中にお医者さまがいらっしゃいましたら最寄りの乗務員までお申し出下さい」と言ったアナウンスを聞くことがあります。このようなドクターコールをかけるとだいたい7割、看護師も含めれば9割の応答があるといわれます。ただ全く乗っていないこともあるので、そうなると搭載する除細動器は客室乗務員でも使えるようなAEDでなければならないことになります。

8,カンタス航空での試み

 オーストラリアでは1991年から1992年にかけて主な国際空港やカンタス航空の所有するボーイング747や767などの国際線旅客機にAEDを配備することにしました。
 同時にチーフパーサーにそれを使用するための訓練が開始されました。興味深いことに彼らのマニュアルでは、心停止発生時に機内の医師を呼んだり、あるいは地上の医師と連絡を取る前
にまず、自分たちで除細動を行うことを基本的な手順としました。

 これはちょっと行き過ぎでは、と思われるかもしれませんが、実は賢いやり方なのです。
 呼ばれて出てくる医者には眼科や耳鼻科、あるいは皮膚科など、日頃救急救命などにはあまり関わっていない医者もいるかもしれません。診療時間ではありませんから酒を飲んで酔っぱらっているかもしれません。外国人なので言葉がうまく通じないかもしれません。
 そういった医者に状況を説明して、次にAEDの使い方を教えて、とやっていたら何分かかるかわかったものではありません。それよりも訓練を受けている乗務員の方が、即座に要領よくAEDを使える可能性が、はるかに高いからです。ことAEDの使用に関しては医者よりもプロといえるかもしれません。

 カンタス航空では65ヵ月の間に、空港と機内を合わせて46人の心停止にAEDが使用されました。機内で使用された27人の中では6人が心室細動でした。
 このうち乗務員によって除細動がなされた5人では、AEDの器械のふたを開けてから除細動までの時間が平均38秒と極めて短かったのに対し、医療関係者が行った1人では2分58秒もかかったことが報告されています。

 一方、空港内で発生した19人の心停止はいずれも通行人や職員に目撃されており、そのうち17人(89%)が心室細動でした。
 機内に置いてあるAEDを持って行って除細動が試みられた合計23人の心室細動中6人(26%)が救命されました。他方、正常な洞調律や徐脈性の不整脈のときに器械がショックを指示するようなことは1件もありませんでした。

 このように飛行機にAEDを搭載しだしたのはカンタスのほかにも2社ありましたが、冒頭の事件があって1996年にはアメリカの飛行機にも搭載が承認されました。
 その動きをさらに加速させたのが、翌年、1997年のルフトハンザ判決でした。これは除細動器を搭載していなかったルフトハンザ機内で心臓発作を起こした乗客の家族が、航空会社の処置に過失があったと訴えを起こしたのですが、何と270万ドルの賠償がアメリカ連邦控訴裁で認められたのです。 こうなると世界中の航空会社があわててAEDを搭載するようになったとしても不思議ではありません。

9,飛行機内での心停止からの生還

 アメリカの中ではアメリカン航空が積極的で、1997年6月から搭載を始めました。
 1998年11月19日、ボストンに住む62歳のマイク・タイは、53歳の妻ドロレスと一緒にロサンゼルスに住む26歳の娘クリスチーヌに会いに行くため、アメリカン航空第11便のボーイング757の機内にいました。

 約1万メートルの高度で飛行中の機内で食事を済ませ、ブルース・ウィリスの映画も見終わりました。たまたまドロレスはふざけて夫の膝に足を乗せていました。すると突然彼女の足を押し戻すようにマイクが座ったまま倒れかけ、腕を通路にだらんと垂らしたのです。
 最初は冗談かと思いました。しかしマイクの顔色から血の気が失せていることに気づくと、次の瞬間には悲鳴をあげていました。

 男性乗務員ケビン・ダンがやってきて、まずマイクを床に寝かせ、蘇生術を始めました。
 また別の乗務員が医者を捜すとともに機内用救急キットを持ってきました。
 たまたま乗り合わせていた68歳の外科医、ロバート・グリーンはマイクの脈も呼吸も止まっていることを確認しました。そのとき、コックピットの方からデンバーに降りるにしても40分はかかる、という声が聞こえてきました。このままの状態では、それは確実に死を意味していました。

 ところがマイクはついていました。機内用救急キットの中に2日前からAEDが入っていたのです。乗客が見守る中、ケビンは三回電気ショックを加えました。
 でもマイクは反応しませんでした。ところが四回目の電気ショックをかけると、マイクの体は痙攣し、そして鼓動が再開したのでした。ようやく息を吹き返すと、娘の名前を呼び出したのです。 20分後、飛行機はデンバーに緊急着陸し、マイクは現地の病院に運ばれました。こうして一命を取り留め、6日後には退院して自宅に帰ることができました。
 実はマイクは4年前からボストンで、ビルやホテル、ショッピングモール、フィットネスセンターなどにAEDを紹介し、その配備を勧める仕事をしていた張本人だったのです。
 その彼が、アメリカの飛行機内における心停止で救命された最初の人となったのでした。
 マイクがこれまで以上に説得力のあるAEDのキャンペーンを行うようになったのは言うまでもありません。

10,アメリカン航空におけるAEDのプロジェクト

 アメリカン航空では1997年からすべての旅客機へのAED搭載を進めると同時に、2万4千人の乗務員に4時間ずつの訓練を行いました。その効果があって、2年間で200人の患者にAEDが使用されました。 注目すべきことに、実際に電気ショックを受けた15人中6人(40%)の救命に成功し、しかも麻痺などの後遺症も残さなかったということです。

 この調査では同時にAEDの器械としての信用度も報告されています。この器械を99人の意識消失患者に使用したところ、心室細動であった14人全例で「電気ショックを実行すべき」と音声が指示し、それ以外の脈拍リズムのときには電気ショックを勧めなかったというものです。
また意識消失がなく診断用モニターとして使用した101人においても1人も電気ショックを勧めませんでした。このように間違えやすい良性の不整脈との区別が適正に行われ、過剰に診断することも過少に診断することもなく、信頼性の高いことが立証されたのです。
 この素晴らしい成果を受け、2001年には、連邦航空局がすべてのアメリカの航空会社に対して、2004年5月までにAEDを搭載することを義務づけました。

11,日本航空も仲間入り

 一方、日本でも遅ればせながら2001年10月に、日本航空が国際線へのAED搭載を決めました。欧米の飛行機では義務化が進んでいるときに、日本の飛行機だけがAEDなしのままでは、もし機内で突然死が発生したときに訴訟になる可能性が出てきました。
 また機内の安全性確保のための設備に敏感な乗客に逃げられてしまう危惧もありました。
 特にサッカーのワールドカップ開催が近づき、いつまでも日本だけが鎖国状態を続けるわけにもいかなくなったのです。日本航空では年間平均4・6件の心停止に遭遇しており、AEDの搭載はかねてからの念願でした。

 ようやくそれが叶えられたのですが、日本の場合、医者がすぐに対応しないときには、一体、誰がそれを使うのか、という問題が残されていました。
 現場にとってはこれは深刻な問題でしたが、その年の12月19日、緊急時で医師の応援が速やかに得られない場合には客室乗務員が使用してよい、という厚生労働省の判断が示され、やっと世界の仲間入りが果たせたのです。
 2003年春には全日空にも搭載されるようになり、さらに国内線にも搭載が進められています。そうなってくると、そのうち飛行機の中の方が地上にいるよりも助かりやすい、という環境になると思います。何か不公平な感じがしますが・・・・(以下略)


 以上,著書の一部を抜粋してご紹介しましたが,私も熱狂して応援していた日韓共催のサッカーW杯のチュニジア戦の影に,19歳の女性サポーターの死があったことを始めて知りました・・・
もし,その国立競技場に「AED」があれば・・・と思うと,残念でなりませんし,なぜ,このような重大な事が報道されなかったのでしょう・・・もし,報道されていれば,もっと早く「AED」の必要性が社会的に叫ばれていたかもしれません・・・著書の抜粋の中に,航空機のAED搭載のきっかけとなったシカゴトリビューン社の報道が紹介されていましたが,これを見ても日本のマスコミとの社会的貢献度は段違いの格差があると思いました。
コンフェデレーション杯でのカメルーン代表・フォエ選手の試合中の死を教訓に,J1・J2リーグに所属する28チームの全てが「AED」を配備したと聞きますが,日本のサッカーを支えるサポーターを守ることも日本サッカー協会に強く希望して止みません。
 また,「HIGEさんのスポーツ救命救急BBS」でも「mountaintiger」さんがお書きになっていましたが,日本警察機関の「救命」という意識はかなり低いものです。本書にもあるように,アメリカではパトカーにAEDが搭載され,警官でもAEDを使用したPADが行われていますが,日本でもこんな時代になればいいと切に願っています。
 現在,一般市民への解禁に向け,動き始めた「AED」の事などが,とても詳しく紹介されている「心臓突然死は救える」は必読の一冊です。(HIGE)


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