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「HIGEさんのスポーツ救急救命」 |
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皆さん,こんにちは。HIGEです。 今回の特集では「AED普及推進運動」をなさっている「さくらさん」からのメッセージをご紹介します。「HIGEさんのスポーツ救命救急」ともリンクさせて頂いていますが,AED普及を推進なさっている「さくらさん」はこのHPでもご紹介したとおり,2年前の9月6日高校の体育祭において最愛のお嬢さん(沙織さん)を「心室細動」により奪われてしまいました・・・ その日はちょうど沙織さんの16回目のお誕生日だったそうです・・・ 最愛のお嬢さんの死を乗り越えられ,沙織さんがお亡くなりになった今年の9月6日,沙織さんが通学なさっていた高校において「さくらさん」が講演をなさいました。心に響く「さくらさん」からのメッセージをこのHPでもご紹介させて頂きたいと思います。 このHPへのメッセージの掲載をご快諾頂いたさくらさんには,この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。 さくらさんのHPアドレスは下記のとおりです。BBSも設置されていますので,このメッセージをお読みになってのご感想やさくらさんへのエールなど,ご訪問して頂ければ幸いです。 さくらさんHP「AED普及推進運動」 http://sakuraroom.chu.jp/aedFrameset-2.htm 「沙織と救命法」 こんにちは,さくらです。今日はよろしくお願いします たくさんの人の前で話すことは初めてでとても緊張しています。 沙織のこと 覚えているでしょうか?沙織は2002年の4月にこの高校に入学しました。 元気でいたら今は高校3年生です。 2年前の9月6日は,高校に入って初めての学校祭の体育祭でした。前日の文化祭にはマーチングバンドの一員として出場していました。 2年前の,ちょうど今頃の時間,少し遅れて体育祭が始まり,沙織がリレーのスタートをきって走り始めた時間だと思います。 2年後の同じ時間にここでこうして話をするのも偶然とは言えない何かとても不思議な力を感じています。 ここにこうしているのは,私ではなく私の姿をかりている沙織なのかもしれません。今日は沙織からのメッセージとして私の話を聞いてくださいね。 あの日は朝から小雨模様でした。沙織は8時ギリギリまで家にいて「早くしなさい」と言う私の声にものんびりと空模様を気にしながらタオルを2本肩にかけ,自転車で出かけていきました。 その後,すぐ私も仕事に出かけ 10時40分頃,お父さんからの電話で沙織が倒れたことを聞きました・・・何処をどう走ったのか・・・良く覚えてないのですが・・・ 病院には高校の先生も来ていて,そこで初めてリレーに出ていたことを聞きました。病院の先生の説明では「心室細動」という心臓がパニックになる状態になって倒れたことをききました。 その原因は今の医学では判らないということでした・・・ 病院に運ばれたあと,電気ショックにより心臓の鼓動はいったん力強く戻ってきたのですが,脳の動きが戻りませんでした・・・生存率は2%・・・「もう少し早く脳に酸素が行っていたら,脳に酸素がいかなかった時間が長すぎた・・・」という先生の言葉が今も忘れられません。 懸命な治療にもかかわらず 沙織は4日後の9月10日に16歳の短い生涯を閉じました。 沙織は何故死ななければいけなかったのか・・・病気一つしたこともなく 健康診断でも何一つひっかからなかったのに・・・どうして?何故?ということばかりの毎日でした。 まず,その時の状況が知りたくて,担任の先生やお参りにきてくれたお友達の話しを聞くと,走る前の沙織はいつもと変わらずとても元気でにぎやかに楽しんでいたそうです。 そして,元気にリレーのスタートをきったそうです・・・しかし,走り終えた沙織はトラック内までふらふらと歩いてきて倒れたそうです。きっと,走ったことで沙織の体の中に異常がおきたのでしょうね・・・その時 そばにいた先生が寄ってきて声をかけくださり,沙織は何かを言いかけて再び倒れたそうです。 その後,他の先生も集まり,集まってきた先生たちの手で担架に乗せられ,その場を離れて場外ではじめて心肺蘇生法が行われたと聞きました。 このあと,ここで救急法の講習会が開かれますが,救急法の講習会を是非,聞いて欲しいとお願いしたのは私です。というのも その後2つの話しが私の耳に届いてきました。 一つは大阪の小学校で体育の授業で心臓発作をおこした子が,迅速な救命リレーのもと今も元気に学校に通っているという話。そしてもう一つは,仙台の高校の体育の先生が走った後倒れた子供に,その場ですばやい心肺蘇生法を行い一命を取り留めた話。その先生は救急救命のインストラクターの資格を持っていたそうです。 沙織の命も,救命リレーがもっと迅速に行われていたなら,「もしかしたら・・」というあきらめきれない悲しい親の思いからです・・・私は医学にも救急にもまったく関係のない ただのお母さんです。みなさんのお母さんと同じ子供を持つお母さんです。 元気で病気とは縁のない沙織が倒れたということは他人事ではありません。 みなさんにも,みなさんのまわりにもいつ起こるかわからないということです。私は沙織のお参りにきてくれたお友達と話をしているうちに「この子達の命も守ってやらなければいけない」と思うようになりました。こんな悲しい思いを他の誰にもさせてはいけないと思うようになりました。 今,隣の人が倒れたらどうします? 何ができますか?「物事を知る」ということは,人の運命さえも変えるということになります。「知らなかったから・・・」「あれは仕方のないことだった」と,それで終って良いのでしょうか・・・私も沙織のことがなかったら,救命法は車の免許を取ったときに習っただけで,知らないと同じレベルでした。 そばにいる人の「意識」で,助かるかもしれない命があると知った時,私にも何かできるかもしれない・・・と思い,私も講習会を受け,修了証を頂いてきました。 そばで誰かが倒れた時,野次馬の一人となって見て見ぬふりをするか,それとも声をかけ,命を繋ぐ努力をしていけるか・・・それはそれほどむずかしいものではなく,救急車が来るまでの6分間だけの最大限の努力です。 それがCPR(心肺蘇生法)です。私はCPRによってをつなげるお手伝いができるということを教わりました。「CPR」どうか覚えてくださいね。 その後 いろんな本やネットで,除細動器(AED)という存在を知りました。 「心室細動」というのは,簡単に言えばテレビやラジオのコンセントがなんらかの原因で抜けたようなものだそうです。テレビ自体にはなんの故障もないけれど,コンセントが外れてしまったら映りませんよね。そして,その外れたコンセントを入れたらまたテレビは映ります。 このコンセントを入れてあげるような作業を,「除細動器(AED)」は行ってくれます。 沙織の場合にも,もし「除細動器」があったら,きっと今もあなた達と同じように普通の高校生活を送っていただろうと主治医の先生もおっしゃっていました。 人間の「脳」というのは,いったん酸素がとまると6秒で失神,3分で脳死状態になり,10分を経過すると蘇生不可能となります。 骨とか皮膚とかはケガをしても治癒力でまた再生していきますが,「脳」だけはいったんダメージを受けるともう再生はしない臓器です。 そして「脳」が大切なのは,「脳」が人体の司令塔だということですよね。司令塔が動かなくなると,次第に体の機能は停止に向かいます。 だからこそ,倒れたその場での救命処置として「AED」が必要だと言われています。是非,その名前を,「除細動器:AED」という存在を知って下さい。「AED」です! アメリカでは,「除細動器AED」は,病院や救急車で使用されるだけでなく、パトカー、消防車、航空機・空港・スポーツ施設,テーマパークなど人の集まるところに設置されるようになり約15年になるそうです。日本での救命率は3%,それに対してアメリカでは60%だそうです。 急に人が倒れるということは普通ではありません。倒れた人は。顔が土色になり,唇は紫色になり,さっきまで笑っていた人とは別人です。 でも,その人に「命を吹き込む」ことができるのが,そばにいるあなたであるならば,沙織のことから目をそらさないでしっかりその事にむ向き合って欲しいと思います。 これから先,きっとあなたたちにもかけがいのない大切な人がたくさんできるはずです。学校の先生や幼稚園の先生,福祉関係の進路に進む人もいるでしょうし,もちろん,大切な家族もできますよね。これから先,人が突然倒れるような現場に遭遇しないとは言えませんよね・・・そして,「そばにいる大切な人の命を守る」ということは,すなわちあなたの命も守られているということですよね。 私にとってこの2年間は,長い時間が流れたように思います。もう10年くらい沙織と会ってないような気がします。 親というものは悲しいもので,もしもあの時日本でも除細動器が使えて,あの場所にあったなら・・・とか,あの時,もっと早く「心肺蘇生法」が行われていたら・・・とか,あの時体育祭が中止になっていたら・・・とか・・・ もう最後には高校なんか行かなきゃよかったのに・・・そんな思いまでが波のように繰り返されました。でも,だんだんと少しずつ沙織はこの高校で過ごせたこと,友達と楽しい時間をすごせたこと,マーチングバンドで頑張ったことを良かったと思えるようになりました。 人を恨んでもなにも生まれては来ません・・・いろいろ本を読んだり,ネットで子供を亡くした方たちと交流したりして,あの子が私の子供として生まれてきたことは偶然ではなく,あの子が私を選んできてくれたんだ・・・そう思うようになってきました。 よく「誰が産んでくれっていったのよ。」とかって思うことありますよね。でも,この命は自分自身で親を選んでこの世に生まれて来たんだという風に考え,私はあの子の死を無駄にしないで,意味のあるものにしてやりたい・・・あの子の残したメッセージを伝えるのが私の宿題なのかなと思っています。 今日,9月6日は沙織の18歳の誕生日でもあり,私にとってはとても辛い日になりました。 でも,姿は見えなくなったけど,私はこの2年間,沙織からいろんな事を教わりました。 たくさんの人達との出会いを連れてきてくれました・・・ネットをしていたこともありますが,同じ子供を亡くした人たちと「本」も作ることが出来ました。 この高校でもたくさんの人達に読んでもらって感謝しています。その中で本当にいろいろな人生があり,皆、重いものを背負って生きていることを知りました。 今現在,病院で必死に難病と闘っている人,生まれながらの障害と共に生きている人,自分を失って、一日中奇声を発しながら、ベッドに拘束されて、生きている方もいます。そして そういう命を見守っていく周りの方もまた、懸命に生きておられます。 手足が自由に動き 自分で学校に来られることの当たり前さが本当は当たり前のことではないこと。今,健康で笑っているあなたの命も期間限定なのだということを忘れないで下さい。 そして,今日はお願いがあります。 人は生きていく中で,いろんなことがあります。子供が目の前で亡くなっていくこと,自分が怖い病気にかかるかもしれません・・・信じていた人に裏切られることもあるかもしれません。 でも,この先何があっても自らの命を絶つようなことは絶対しないでください。 これは沙織との約束にしてください。沙織の分も生きてかならず次につなげていくようにお願いします。 ある日儒学の本読んだ時「仁」という言葉を見つけました。「仁」とは 他人をいつくしむ心,生きとしいけるものの「命」を大切にする心だそうです。 この後救急法の講習会です 講習会を通して,「命」について考えるきっかけになってくれれば幸いです。 そしてこの先,あなたのそばで倒れた人がいても,ただオロオロしているだけでなく,すばやい判断と対応ができるような女性になって,沙織の死を無駄にしないで意味のあるものにしてやってほしいと心から願っています。 今日は,へたくそな話につきあっていただいてありがとうございました 以上がさくらさんからのメッセージです・・・ お嬢さんを失われ僅か2年で,お嬢さんがお亡くなりになった同じ日に同じ場所,同じ時間でご講演なさることはとてもお辛かったと思います。 もしAEDがあったら・・・もし,もっと早くCPRが実施されていたら・・・という気持ちはとてもよく判ります。この「もしも・・・」という「命」が日本ではたくさん失われてきました。 我が国でも,本年の7月1日から,やっと「もしも・・・」ではなくなる時が来ましたが,あれから2ケ月が経ち,その対応は都道府県の対応に一任され,県によっては遅々として進んでいません。 その間にもいったいいくつの「救える命」が失われていくんでしょうか・・・ 無駄な補助金や,無駄な予算を削ってでも国は都道府県任せにせず,国民の生命を守るというその責任において,AEDをもっとPRし,普及推進を進めてもらいたいと思いますし,今後も普及に向け,草の根運動を続けていきたいと思います。この国で「もしも・・・」という悲しい言葉を聞く事が無くなるまで・・・(HIGE) |
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