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特別企画 HIGE・IN・SAPPORO |
| 皆さん、こんにちは。HIGEです!去る1月29日、北海道札幌市において、「命を守る会〜絆」が主催する「命を守るシンポジウム」が開催されました。 「HIGEさんのスポーツ救命救急・特別企画」は、連載で札幌で開催されたシンポジウムの模様をお届けしたいと思いますが、今回はその最終回の第3回目です。 北海道内はもちろん、日本全国からたくさんの「想い」が集まったシンポジウムがついに開演しました。三田村先生、輿水先生の講演、ご遺族の想い、各分野の指導者の取り組みの発表とプログラムは滞りなく進行し、いよいよ最後のディスカッションとなりました。 (なお、個人名称は、一部HNとさせて頂きますことをご了解下さい。) Vol3〜「そして想いの種は全国へ・・・」 「命を守るシンポジウム」も、プログラムどおりに進行し、いよいよ最後の「ディスカッション」となりました。 ディスカッションでは、群馬国際アカデミーの植田さんが、アカデミーの取り組みをご紹介なさり7歳の子供が倒れた大人に対し、AEDを使用するという訓練の様子を映像でご紹介し、AEDは7歳の児童でも容易に使用できるというお話をして下さいました。 会場で聴講なさっていた皆さんも、この映像にはちょっと驚いていらっしゃいましたが、アメリカではすでに「ホームAED」(家庭用AED)の時代に入っており、心疾患を持つ父親が倒れた時、わずか6歳の幼児がAEDを使用し、父親の命を救ったという事例もあり、子供でも容易に使用する事ができるということが証明されています。 ![]() ディスカッションの様子(その1) ![]() ディスカッションの様子(その2) また、シンポジストの輿水先生からは、現在のBLS普及の方法についてのご提言がありました。「現在、消防機関や赤十字などで実施するBLS講習では、一般の方に対し、最も難易度の高い気道確保や人工呼吸から教えているが、AEDは先ほどの植田さんの発表にもあるように、7歳の子供でも容易に使用でき、最も簡単なBLSの手段です。 心肺蘇生法はもちろん重要ですが、まず最も簡単なAED使用法から講習を行うべきであり、そうする事でBLSイコール難しい物であるという概念を変える事ができる。」というご提言でしたが、BLSの普及と指導に関わる者として、輿水先生のこのお話は「なるほど」と思うお話でした。 確かにAEDが現場に到着するまでの心肺蘇生法(CPR)は重要ですが、だからと言って必ずしも心肺蘇生法からAEDという順序で教えていく必要もなく、AEDから心肺蘇生法というように、その順序を変えるだけで、受講する側が理解しやすくなるのならば、そうした方法で実施してみるべきではないかなと感じるとともに、今後の講習会などで、この方法を実施してみようと思いました。 また、会場からの質疑応答時には、AEDの効果的な設置場所に関する質疑も出されました。 「学校関係にAEDを配置した場合、そのAEDは学校だけのものなのか?」、「学校にも必要だが、コンビニやガソリンスタンド等、人が集まる場所に必要なのではないか?」という質問でした。これに対して「学校だけではなく地域に人達がAEDの恩恵を受けるべきであり、また今後の問題としてコンビニやガソリンスタンドにも設置していく必要もある。」との回答でしたが、この問題については、非常に重要な課題であると思います。 AEDの普及が始まったばかりの日本では、まだまだAEDの数は絶対的に足りません。その中で、どういった施設に優先的に配備してゆくべきなのか、またある施設に設置する場合、どこに設置する事がその施設にとって最も効果的なのか、さらに、公的機関のAEDをどう地域に開放し、「救命の連鎖」を構築していくかという問題はとても重要な問題です。 現在、当「HIGEさんのスポーツ救命救急」の掲示板においても、「AEDの効果的な設置とは?」という問題について、皆さんから様々なご意見が寄せられており、そのどれもが非常に貴重なご意見です。またの機会に掲示板に寄せて頂いた意見をまとめて、本HPにUPさせて頂こうと思っております。 さて、活発な意見交換が行われた「ディスカッション」と併せ、今回、全国各地から同じ「想い」を持ち、それぞれの地域でAEDやBLSの普及、子供の命を守るためにご尽力している皆さんからのスピーチを頂く時間がありました。 まず、先にご紹介した「心臓震盪から子供を救う会」の会長、岩田さんからのスピーチがありました。岩田さんはご子息を心臓震盪で亡くされましたが、その当時、心臓震盪はまだ社会に認知されておらず、その死因は急性心不全とされてしまいました・・・そこから、岩田さんの長きに及ぶ戦いが始まりました。心臓震盪の研究をなさっていた輿水先生と出会い、お二人で手を携え心臓震盪を世間に訴え続けました。 心臓震盪は子供同志のキャッチボールでも起こり得るもので、被害者となった子供はもちろんですが、加害者となった子供までも心に大きな傷を負ってしまいます・・・そんな悲しい事故を防ぐために活動を続けていらっしゃる岩田さんのお話は、とても心に響きました・・・ ![]() 「心臓震盪から子供を救う会」会長、岩田さんのスピーチ 続いてのスピーチは、当掲示板のお仲間である、「AEDをすすめる新潟の会」の代表、「うぶみさん」です。うぶみさんも「さくらさん」や「達人の相棒さん」、岩田さんと同じように、最愛の息子さんである「志信(しのぶ)くん」を、学校内での突然死により失ってしまいました。その後、故郷新潟にAEDの普及を進める事を目的に「AEDをすすめる新潟の会」を立ち上げられ、AED普及推進の草の根運動を展開しています。 ![]() 「AEDをすすめる新潟の会」代表のうぶみさん うぶみさんのスピーチの中で、「8歳未満および25Kg未満というAEDの使用禁忌が小学校への普及に際し、学校側に二の足を踏ませている。」という問題の提起がありました。確かに小学校においては、8歳未満の低学年児童もおり、25Kg未満の児童もおり、使用禁忌とならない高学年児童には使えるが、低学年には使えないという部分が小学校関係者及び父母に導入をためらわせている事は、現時点におけるAED普及の問題点となっています。 この問題の提起に対して、シンポジストの三田村先生並びに輿水先生から、「AEDの国際コンセンサス」の中で、「その場に成人用のAEDしかない場合、例え対象者が前記の8歳未満および体重25Kg未満の者であっても、そのAEDを使用すべきである。」という国際的コンセンサスが発表されていることと、心臓震盪をはじめとする心室細動時の救命の手だてはAEDしか無く、AEDを使用しなければ救う事のできない命であり、積極的に使用すべきで、使用したからといって法的に罰せられたりするものではない」という見解を示されました。 この点もAEDの設置場所と同じく、非常に重要な問題であり、我々、AEDやBLSの普及や指導に当たる者は十分理解してもらわなければいけない部分です。 本来であれば、アメリカのように小児用パッドに切り替えたり、「レデューサー」と呼ばれる変圧器があれば望ましいのですが、現時点では厚生労働省における認可が下りていないため、日本では使用できません・・・ただ、だからといって、それが認可されるまで待っていては、もしもの時に使用をためらい、生死を分ける貴重な3分間を無駄にしてしまう事になってしまいます・・・ そのためには、今回の見解にあるとおり、こうした「国際コンセンサス」の趣旨をよく理解し、それを受講される方々にきちんと伝えていく必要があります。 現在、日本でも、「AHAガイドライン2005」や「Costr(コースター)」などに準拠した我が国における「蘇生ガイドライン」が策定中ですが、小児のAED使用の問題についても、このガイドラインによって解決される事を切に願いますとともに、当HPをご覧頂いている普及に携わる皆さんには、是非とも理解して頂きたい部分であると思いますし、この問題を提起して頂いた「うぶみさん」に感謝申し上げます。 次に、「江別の救命率100%をめざす会」の代表である、長瀬さんからのスピーチがありました。長瀬さんの団体は自らのHPを通じ、BLSの必要性を訴え、当「HIGEさんのスポーツ救命救急」と同様に出張救命講習を行っています。 ![]() 「江別の救命率100%をめざす会」代表の長瀬さん スピーチの中で、長瀬さんは、「救急車の適正利用」についてを訴えてくれました。 当HPでも何度となくご紹介していますが、全国の救急車の出動回数は年々増加しており、ここ数年間は「激増」と言えるほど増えています。 しかし、その多くは本当に救急車を必要としたものではなく、約70%近くが軽症という調査結果も出ています。その中には「救急車で行けば病院で待たずに診察してもらえる。」であるとか、「車が無いし、タクシーではお金がかかる。」といった、モラルの低下や安易な要請によるものも多く、年々増え続けている実状です。 本当にそこに救急車が必要な時、タクシー替わりに使われていて救急車がいない・・・本来であれば6分で着くはずの救急車が、さらに遠くの管轄区域から出動するために、一刻を争う現場に到着するのに10分以上もかかってしまう・・・せっかくAEDで再開した心拍を、病院まで、さらに帰りを待っているご家族に繋ぐ命のリレーの第2走者は救急隊です。その救急隊が安易な救急車利用で本来の第2走者の役目が果たせなくなるという警鐘を長瀬さんは切々と訴えてくれました・・・・第2走者として頑張っている私達にとって、市民の方がこうして訴えてくれる事を本当に嬉しく、心強く思いました。 日本全国から、同じ想いを抱いて、札幌にお集まり頂いた各団体の代表者の皆さんのスピーチも終わり、いよいよシンポジウムも閉会の時がやってきました。 閉会宣言は、「命を守る会〜絆」の副会長として、またシンポジウムの裏方の中心となっていただいた「くるみさん」により行われました。 その最後のご挨拶の中で、「ここ札幌に集まった想いを、どうかそれぞれの地域に持ち帰って下さい。」とのメッセージがありました。 くるみさんのメッセージのとおり、ここ札幌で蒔かれた「普及の種」は、きっと全国のあちこちで芽を出してくれると思います。くるみさん、お疲れ様でした! ![]() 「命を守る会〜絆」副会長くるみさんの謝辞&閉会宣言 こうして札幌における「命を守るシンポジウム」は無事に終了致しましたが、「救える命を救う、繋がる命を繋げていく」という「想いの種」は、ここ札幌から全国に蒔かれたものと思います。 シンポジウムを支えた皆さん、本当に御苦労様でした。 そして、私も札幌を後にする時が近づいて来ました・・・本当はもっと皆さんと一緒にいたかったのですが、そうもいかず、帰りの飛行機の時間もあり、別れの時が刻一刻と近づいてきました。 最後に、裏方を務めた皆さんと一緒に記念写真を写して頂きましたが、このシンポジウムのお手伝いをさせて頂いた事に心から感謝しております。 ![]() シンポジウム終了後、裏方スタッフの記念撮影 左から「ずんさん」、「くるみさん」、「momo3さん」、「うぶみさん」、「HIGE」、「リュウさん」 「命を守る会〜絆」の会長である「達人の相棒さんご夫妻」をはじめ、関係者の皆さんとは、飛行機の時間に追われて十分なご挨拶もできないまま、会場を後にしてしまった事を、この場を借りてお詫び申し上げますとともに、北海道に到着した際、私を迎えに来て頂き、翌日もわざわざお迎えに来て頂いた「momo3さん」、本当にいろいろお世話になりました。 時間に追われ、慌ただしく会場を後にする私を、「リュウさん」が途中までお見送りしてくれまして、帰りの交通機関などを教えてくれました・・・ 「リュウさん」とは、たった2日前にお会いしたばかりでしたが、前日とシンポ当日の2日間、ご一緒に裏方として働いた同志という感じでして、ずっと前から知っていた仲間のように思えました。お別れの際に「リュウさん」と「また会いましょうね!頑張りましょう!」と握手を交わした時、ちょっとだけ涙が出そうになってしまいました・・・「リュウさん」本当にお世話になりました。そんなブルーな私を、途中までご一緒の電車内で勇気づけてくれた「ずんさん」ありがとうございました。そして、このシンポジウムで出会ったたくさんの皆さん、本当にありがとうございました。 やがて、私を乗せた電車は、雪原を走り新千歳空港に到着しましたが、時折鳴らす電車の「ピーッピーッ」という警笛の音が「頑張ろう!」という皆さんの声のように聞こえました。 そして、札幌からの大きなお土産である「想いの種」をしっかりとカバンに詰めて、飛行機に乗り込みました・・・・さてさて、帰ったら、この「想いの種」をどうやって育てていこうか・・・そんな事を考えながら、やがて飛行機は飛び立ちました・・・・ 「ありがとう札幌で出会った皆さん!」私は機内の窓から遠ざかっていく札幌の夜景が見えなくなるまで、そっと手を振っていました・・・ 【終わりに】 このシンポジウムは、医療従事者でもない、国でも地方自治体でもない、一般の市民である方々が開催なさったシンポジウムです。 こうしたシンポジウムが一般の市民の皆さんの「想い」によって開催されたということを、そして「AED」や「BLS」普及のためにここまでご尽力なさっているという事を、救急医療に携わる人々や行政に携わる人々には、是非とも感じて頂きたいと思います。 「人の命を救う」という同じ「想い」には医療従事者も非従事者も、行政も市民も関係なく、そこには垣根を越えた「コラボレーション(協働)」が大切であると思います。 日本のどこにいても、同じような質の救急サービスが受けられなくてはなりませんし、「命の格差」は絶対にあってはならない事です。 「命の格差」を無くし、「救える命、繋がる命を救う」という社会を目指すためにも、皆さんが札幌から持ち帰った「想いの種」を大切に育んでいきましょう!(HIGE) |
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