世界の酒 ---常に酔っていなければならない--- ボードレール
第二十八回 沖縄で飲む
2008.10.4
9月下旬の沖縄はまだ夏である。朝早くに散歩に出かけると、海から渡って来た風が、湿った木々の間を通って、むっとするような草いきれや熟れた果物の匂いを運んでくる。花は原色の美しさを保っている。私は、南の島に来たことを実感する。
気温は昼にならないうちに、30度を超える。強い日差しがあり、しかしさっと曇ったり、短い雨が降ったりする。夜になっても、一向に気温が下がらず、生暖かい風の吹く中を、私たちは繁華街を彷徨うことになる。そうしてやっと気に入った店を見つけて、泡盛を飲む。
泡盛がうまいのは、肴との相性が良いからだと思う。豚はソーキや三枚肉だけでなく、足や耳など、どの部位もうまい。山羊も刺身にしても良し、炒め物でも良い。魚の種類も豊富だ。とりわけ気に入ったのは、ミミジャーという魚の煮付けである。和名はヒメフエダイという。淡白で、しかし味のしっかりした魚である。
何種類か飲んだ泡盛の、違いを認識するまでには精通できない。しかし東京ではもう秋を迎えていると言うのに、なお蒸し暑いこの地方で、豊かな肴をつまみながら、飲む酒として、泡盛は最適だ。
私は空手を習っていて、本部道場で練習をするために、沖縄に3日3晩、滞在することになった。私は暑さに弱く、東京の道場で日ごろ稽古をするときも、一人汗を大量にかき、こまめに水を飲んでも、それでもすぐに顔が真っ青になって、手足が痙攣してくる。そういうことを繰り返していたから、沖縄で練習をするのは、本当に怖かった。それで沖縄行が決まった7月頃から、沖縄での暑さ対策として、いつもは一回に2時間練習するところを3、4時間に増やし、スポーツドリンクを水で薄めたものを飲みながら、暑さに慣れるよう、体を鍛えてきた。しかし今年の夏は殊に暑く、しばしば苦しむことになる。
練習を終えて、いつも1リットル以上の水を飲むのだが、それでも回復しないことが多い。そして回復しないままに、夜、ワインでも飲もうものならば、翌朝は脱水症状で大変なことになる。
8月15日は、東京の気温は35度を超えた。その前の日に私は空手の練習をし、夜は、妻が実家に帰っていることを良いことに、後輩を自宅に呼んで、ワインをがぶ飲みした。明け方、私の寝室にはクーラーがないので、暑さで目が覚める。窓を開けて風を入れるが、涼しくはならない。水道水をコップで何杯も飲むが、強い頭痛がある。それで、書斎に行き、クーラーを掛けて、本棚と本棚の間に横たわって、昼近くまで寝る。しかしそれでも気分はすぐれない。用があって、外出しなければならず、強い日差しを浴びると目眩がする。ことにコンクリートの道路の照り返しはきつい。
そういう経験があったものだから、果たして沖縄で、無事練習をし、そのあとの仲間との飲み会まで耐えられるのか、不安であった。
実際、沖縄での練習は厳しいものであった。日ごろ怠けていることの反省があり、また本部道場と東京支部の格の違いを見せ付けられる。そして案の定、練習の最後の方は、手足が痙攣してくる。私だけ特別に、頻繁に水を飲むのを認めてもらって、なおそうである。
ようやく練習が終わり、皆で食堂に行き、そこで冷たいお茶を茶碗に注いで、5杯ほど一気に飲む。それから沖縄そばを頼み、食欲はまったく感じないけれども、無理にそばを身体の中に押し込んで、どんぶりの汁もすべて飲み干し、ようやく落ち着く。食堂は良くクーラーが効いていて、体の火照りは鎮まる。
それから飲みに出かける。生暖かい風が、しかし練習のあとでは涼しく感じられて、練習を無事に終えた満足感もあって、これなら結構飲めそうだと思う。
そうして、泡盛を飲むことよりも、肴をつまむことに比重を置いて、しかしこれはうまく暑さを乗り切る良い飲み方だと思う。透明な、くせのない酒が、本土から来た人間には、くせのある、かなり個性的だとも思える食べ物に良く合う。
練習前に昼食をしっかりと食べておいたのも良かった。地元の人でにぎわう定食屋で、トーフチャンプルーを頼むと、一丁分はあるだろうと思われる量の豆腐が、味噌汁の中に野菜と一緒に入っていて、炊き込みご飯があって、さらに茶碗一杯のおからが付く。これで450円。おからが胃の中で、味噌汁を吸ってふくらみ、満足感がある。これで激しい練習に耐えられる。
そうして、翌日も、その翌日も、今度は練習の際には、筋肉痛という負荷が加わるのだが、それでも無事終了することができたのは、飲んで食べて、そうやって、沖縄の夏を楽しむことができたからであろうと思う。
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