世界の酒 ---常に酔っていなければならない--- ボードレール

第三十九回 クリスマスはドイツで

2009.12.25

 1222日、仕事を半ば放り出し、朝早く旅に出る。学内業務という、教育をし、研究をするという大学教師として考えられている仕事の、実はその何倍もの量の雑用があって、しかも11月あたりから殊に忙しくなり、ついには何でこんなに私ばかり忙しいのだという思いも出て来てしまって、この際、ある程度の仕事は年明けに回して、密かにドイツに出かける準備をする。2002年の夏から翌春まで私はドイツに滞在しており、クリスマス前後のドイツを見たことがあり、それを再度見てみたいと思う。この数年、年に一度はドイツに出かけているが、しかしそれはたいてい9月であって、この時期には行かれない。7年ぶりにクリスマスをドイツで過ごすことができると、それだけを楽しみに、1221日は、深夜まで東京で仕事をこなしたのである。

 さて、行きの飛行機の中はもっぱら読書で過ごす。こんなにまとまって、ゆっくりと本が読めるのは、この時だけ。もうその時から旅は始まっていて、本当はいつも本が好きなだけ読めると思って、この職業を選んだのに、こういうときにしかのんびりできないと、これは悲しく思い、しかし何とかこうして休みが取れただけでも、ありがたいと感謝しなければならないとも思う。出発の直前に、京都にお住まいの大先輩から電話を頂き、哲学にはスコラ(余暇)が必要なのに、昨今の私立大学は哲学潰しをしている、そのことを今度の研究会で話してほしいと言われ、まったくもってその通り、しかし私は今、ようやくその、10日に満たないスコラが取れると、エコノミーの窮屈な席も苦にならない。

 かくしてその日の夕方、ドイツに入る。行先はまずケルン。またそこから電車で30分ほど北に行くと、デュッセルドルフがあり、今後は逆方向に同じく30分行くとボンがある。この三つの都市で、クリスマスを過ごす予定を立てている。

 街はクリスマス一色である。広場には、様々な屋台が出ている。熱く、甘い赤ワインを売る店、ビールを出すところがあり、クレープを売る人もある。ソーセージや串焼きを焼く煙が立ち上り、店の周りは人だかり。ものすごい混雑で、前に進むのは容易ではない。チョコレート、キャンディー、はちみつ、パン、チーズを売る店もあり、石鹸、鞄、服、ネクタイに、蝋燭や、様々なクリスマス用の小物を売る店も軒を並べている。さらに、即席のアイススケート場が出来、メリーゴーランドに観覧車まで作られて、人々が賑わう。こういう時に集まっているのは、もっぱらドイツ人ばかり。つまり普段は町にたくさんいて、そして年々その数が増えていると思われる、トルコ人やアフリカ人、中国人はあまり見かけない。街角には、クリッペと呼ばれる、イエスの降誕の情景を、人形であしらった模型が飾られていて、小さな子供を連れた女性や老人が、その前で足を止めている。音楽隊も出ている。教会ではコンサートが開かれている。

 私はその華やぎの中にいて、何をするでもなく、しかし歩き回るのは楽しい。三つの都市には、それぞれ馴染みの飲み屋があり、つまりケルンにはKölschビールを出す店が、数十あり、その中から今回は、厳選して二軒だけ出かけ、またデュッセルドルフには、 Düsseldorf Altを出す店がいくつかあり、ここでも私は二軒だけ選んで入り、また、ボンには一軒Bönnschビールを出す店があって、そこにも行き、つまり昼食とおやつと夕食とすべてビールにして、飲み歩き、合間に屋台の間を、その人ごみを縫って、ひたすら歩き回る。こうしてドイツのクリスマスを十分に堪能する。

 さて、そうして24日を迎える。あれだけたくさん出ていた、屋台やアイススケート場、メリーゴーランド、観覧車は、朝から片付けられ始める。またそれでも、いくつかのレストランやパン屋などは開いていて、朝の内はまだ人出があるのだが、しかし昼くらいからそういった店も閉まってしまう。夕方になると、街を歩くのは、移民か、旅行者だけとなる。私はボンで、この日と翌日を過ごすことにする。ここは観光客の少ない、元々首都になる前は小さな大学町で、今またこの十年で、その静かさを取り戻した街であって、24日の夕方、本当にあたりは閑散としている。昨日までの、クリスマスの賑わいはどこに行ったのか。

 この、23日と24日の落差を、私は7年前に経験しており、今再び、これを目の当たりにする。実は私は、この落差こそを楽しみたいと思っていた。つまり、ドイツ人は、23日の夜までは、家族総出で、広場に出かけ、立ち食いと買い物を楽しみ、そして24日になると、それぞれ自宅に戻って、家族だけで過ごすのである。24日の昼過ぎから、25日一杯、店はすべて閉まっていて、人々はまったく外には出ない。

 私もまた、家に帰らねばならない。22日と23日はホテルに泊まったのだけれども、24日と25日は、私がママと呼んでいる、7年前のドイツ滞在中に知り合ったおばあさんの家に泊めてもらうことになっている。24日の夕方に、クリスマスプレゼントを用意して、ママの家を訪れると、家には、台湾人や日本人の、留学生と旅行者が何人も集まっていて、楽しいパーティーが始まる。ドイツでは冬は夕方早くから暗くなる。ひっそりとして、冷たい風の吹く外に対して、家の中は温かく、賑やかである。この落差もまた、何だか楽しい。これがドイツのクリスマスなのだと思う。その日の客を、ママは皆、私の子どもたちと呼び、実際ママは私の実の母親と同い年で、この日は私も、ドイツで家族とともに過ごすことができる。

 翌25日も街はひっそりとしている。この日は、散歩と読書で一日を過ごすことになる。ママのところに集まった子どもたちの大半は、昨夜の内にそれぞれの下宿先に帰り、私のほかにママの家に泊めてもらった人も、夕方には、再びまた元の旅行に戻り、そうして25日の夕食はママと私のふたりきり。昨夜のパーティーの残り物を食べて、早めに食後の団欒も切り上げて、私は私のために用意された客室に戻り、あとはまた読書をする。この祭りの後の寂しさも、なかなかこれはこれで趣のあるものだ。深々と夜が更けて、さて私も、明日は早めにここを発とうと思うのである。

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