世界の酒 ---常に酔っていなければならない--- ボードレール
第四十五回 四国松山で飲む 2010.7.5
研究会があって、四国松山に出かける。7月上旬の土曜日、朝の通勤の時間に家を出ると、飛行機に乗っている時間は1時間半に満たず、また松山空港から、松山の中心地まで、バスで15分という便の良さで、昼には現地に着く。午後は半日観光して、翌日を迎えるつもりである。研究会は、日曜の朝から夕方まで一日だけ開かれる小さなもので、その後、懇親会があって、それは早めに切り上げて、タクシーで空港に向かい、その日の最終便で東京に戻らねばならない。わざわざ出かけるのだし、それに私は四国に行くのは初めてで、多少の観光はしたいと思い、前日入りを試みたのである。
松山市駅前でバスを降りて、すぐのところに、「みゅんへん」という名の店がある。名前に惹かれて入り、鳥の唐揚げとともに、ビールを頼む。さて、ミュンヘンビールと言っても、いろいろあり、そのどれに似ているのかとつい、詮索をしてしまうのだが、それは野暮というもの。ここは、日本の古いタイプのビールを出し、それはそれで悪くない。
さて、昼食の後は、松山城に登る。駅前の繁華街から、城のふもとまで、歩いてすぐ。また松山城から周囲を見渡すと、まずすぐ北側に、明日の研究会会場である愛媛大学があり、その東側には、今日宿泊予定の道後温泉がある。さらに西側には瀬戸内海が広がり、その反対側には、小さく丸みを帯びた山がいくつか大地から突き出ている。残念ながら曇っていて、また城の見物を終えた頃には、雨が降り出したので、それほど景色をゆっくりと楽しむことはできなかったのだけれども、ここは立地に恵まれたところで、多分晴れた日には、城が青空に映えるであろうと思われる。
その後は、雨の中を歩く気もせず、市内電車に乗って、すぐに道後温泉に向かう。宿のチェックインの時間にはまだ早く、荷物を持ったまま、道後温泉本館に行き、湯を楽しむ。汗と雨で濡れた身体を洗い流し、そうして湯から出れば、もう一度汗が噴き出るのだが、しかしこの汗はべとつかず、気分は爽やかである。
湯の後は、地ビールを飲む。道後ビールと銘打ち、ケルシュ、アルト、スタウトとあり、それぞれ坊ちゃん、マドンナ、漱石という名が付けられている。ケルシュは少し癖があり、ケルンのケルシュの甘さはないが、これはこれで良い。アルトは、これはドイツのあちらこちらにあるビールだが、そのどれにも似ず、しかしこれも悪くない。スタウトは、穏やかな味で、飲みやすく作ってある。近頃は、どこに出かけても、地ビールを作っており、それは良いことだと思うが、唯一残念なのは、その値が高いことである。ここのビールも、250ccで470円。ここがドイツなら、この大きさのビールなら、1ユーロ強で、つまり150円もしない。もっともこれは主として、税の問題で、酒造者の責任ではないのだが。
その後、宿に入る。雨が激しくなってきたので、もう散歩は諦め、少し横になって休んだ後は、明日の予習を始める。明日、私は、発表はないが、座長の仕事があり、発表者の論文をあらかじめ読んでおかないとならないと思う。雨は止んだと思うと、すぐまた降り始め、しかしそのために外出は諦めて、却って勉強が捗って良いと思う。宿は、温泉地では、夕食を出すのが常であるが、今回は夕食を出さないところを選んでいる。だいぶ遅くなってから、雨がやみ、それでようやく私は読書をやめて、外に出る。
酒を醸造し、売っている店が、レストランも併設しており、そこで夕食をとることに決めていた。酒は「一浴一杯」。あの種田山頭火の、「道後へ出かける、例によって一浴一杯、うまいうまい」という句で知られる酒である。
いつもなら私は純米酒を飲む。しかしその店のお薦めは、純米吟醸で、この純米吟醸というのは、一口飲むだけならうまいが、ゆっくり時間を掛けて、4合瓶を一本空けようという時には、大体が、飽きて来る。それ以外のものにしようと思うが、他はすべて醸造酒で、仕方なく、その醸造酒の中から、先の酒を選ぶ。味は悪くない。山頭火には敬意を払いたく、料理とともに、ゆっくり飲むには向く。
店は、白ワインを冷やすように、氷の入った小さな樽に中に4合瓶を入れて持って来る。しかし私は、それは断って、常温で飲む。こういうところも飽くまで純米吟醸を飲ませる手法だが、仕方ない。それでも料理は結構おいしく、すずきの香草焼き、蛸のかき揚げと出て、刺身はイサキにコチが出る。
ゆっくりと飲んで、しかし今日は昼間からビールを飲んでいるので、4合瓶一本全部飲むのはきつくなり、残したものを持ち帰る。宿に戻って、もう一度湯に入り、その後、再び明日の予習をしながら、飲む。雨が再び強く降り、雨音だけを聞きつつ、静かな夜を過ごす。
気温は30度くらいなのだが、湿度が高く、窓を開けて風情を楽しもうとするのだが、それはあまり快適ではなく、結局クーラーを掛けて過ごすことになる。雨は連続的に降らず、一時(いっとき)降って、また時に豪雨となる。この降り方は、今年は東京でも同じで、あまり梅雨らしくない。
二週間後には、私はカナダの学会に出かける。前日に出かけて、温泉に入り、地酒を飲むという楽しみは、日本の学会に参加するときだけのものだ。外国ではまた、楽しみ方を変えねばならない。
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