世界の酒    ---常に酔っていなければならない--- ボードレール

第五回 葛飾は立石で飲む

2006.8.8

 

葛飾は立石で飲む。ここには今やインターネットを通じて全国的に有名になってしまった「宇ち多゛」という名店がある。この店の名店の所以はあとで述べることにして、さて、今日は飲もうと決めた日は、朝早く起き、午前中頑張って仕事をし、午後2時過ぎには、仕事を片付けて、この店に赴く。2時開店、6時過ぎには食べ物がなくなってしまうという店である。2時半過ぎに行くと、開店前から並んで待っていた最初の客の一団が、ぼちぼち引き上げようとするので、うまく空席にもぐりこめる。

 飲ませるのは梅割りである。東京の下町には、焼酎ハイボールを飲ませる店がいくつもあり、たいていは梅エキス1、焼酎2、炭酸3の割合で混ぜるのだが、この店は、焼酎をグラス一杯に注ぎ、その上に梅エキスを振り掛ける。それだけである。いささかきつい。

 肴は、野菜をまったく入れず、ひたすらもつだけを煮込んだものと、大振りと言うより、無造作に切ったと言うべき、各種のもつ焼きである。客は常連ばかりだが、最近はインターネットでこの店を知ったと思われる若い女性もいる。「アブラ若焼き」だの「ガツ生お酢」などジャーゴンを駆使し、店に来る前に恐らくインターネットを通じて練習して来たのであろう、その成果を発揮している。私は、私の地元の店に、よそ者が闖入して来たなどと野暮なことを言うつもりはない。私自身、世界中飲み歩いて、どこでも異邦人であり、ときに露骨な嫌がらせも受けたこともあるが、しかしたいてい飲み客は、その店の酒を褒める限り、よそ者も受け入れてくれる。だからその店のルールに従えば、よそ者も大事な客であり、しばしば横柄な常連よりも、ましである。

 この店の名店の所以は次の通り。もつ煮ももつ焼きも梅割りもすべて170円。安くて、うまい。そしてこのスタイルは、私が知る限り、ずいぶん前から変わらない。仕事が忙しく、外国に出かけたりして、一年もこの店に来られないと、落ち着かなくなる。

 もう一件、こちらは薄暗くならないと開店せず、その意味では普通の店だが、地元では良く知られた名店がある。今のところ地元民しか知らないので、ここでは名を伏せる。老鶏の半身を焼き、ホッピーを飲ませる。安くて、うまいし、そのスタイルを長く続けている、という先の、私の名店の定義はここでもあてはまる。

ホッピーもまた不思議な飲み物だが、私は焼酎ハイボールや梅割りよりも好きである。何よりも、自分で濃さを調整できるのが良い。焼酎とホッピーとを別々に注文して、好みの濃さで飲めば良い。固い老鶏をむしり、鳥皮の珍味などを突付きながら、もつや鳥には焼酎がよく似合うと思う。

ちなみに焼酎ハイボールも供されており、ここではボールと言う。薀蓄を少々垂れれば、焼酎ハイボールは、ここから歩いて30分ほど南の、総武線沿線では酎ハイと言われるが、ここ京成線沿線では、多くがボールである。いずれ、どの範囲でボールと呼ばれ、どこで酎ハイと呼ばれるか、分布図を描いてみたいと思っている。しかしとにかく、ボールまたは酎ハイと言い、梅割りにホッピーと言い、いずれも焼酎をうまく飲ませる。

 さてここから考察である。今まで書いてきた、諸外国の飲み屋で、私は食べ物を注文することはほとんどない。ひたすらビールを飲むために、その店に行き、ビールだけを頼む。しかしここでは、むしろ主はもつや鳥であり、梅割りやボールやホッピーは、もつや鳥をおいしくするためのものである。実際、もつのあの臭みや、鶏の野暮ったさに、焼酎は良く似合う。名店と先に私は書いたが、酒が際立ってうまい店という訳ではない。飲ませるのは、市販の、誰でも入手できる、焼酎と梅エキス、炭酸、ホッピーである。うまいのはあくまで、もつと鳥である。

 だから私がなぜ、これらの店に行くのかと問われれば、もちろんもつと鳥を食らうためであると答えるだろう。同時に店の雰囲気も馴染みのもので、それを求めて、というのも答えのひとつだ。どこも狭く薄暗く、汚い店である。しかしそれを心地良いと私は思う。

私は永井荷風ではないので、つまり山の手に住み、下町情緒を求めて、毎晩隅田川を渡るという趣味はない。私はこのあたりで生まれ、今までに十数回も引越しをしたが、基本的に、広い範囲の葛飾を、または京成線沿線とでも言うべき地域を出ていない。つまりこれらの店は私の日常の一部である。子どものときから、この手の店に、飲んだくれの父親に連れて来てもらって、今日に至っているに過ぎない。雰囲気を味わうというのも、こういう店が気が楽だと言うに過ぎない。ときに異邦人になるのも良し、また日々の暮らしに戻るのも悪くない。

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