下   痢


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現代医学編

下痢とは水分量の多い液状の糞便を頻回に排出する状態をいう。健常者の糞便中の水分量は100〜120ml、週3回ないし20回の便通があって、1日の便重量が200gを超えることはまれである。個人間、個人内で大きな変動があるため、下痢の定義は便の湿重量が1日250gとする場合が多い。臨床的には一般に
@便通回数の明らかな増加
A便の液状化
B1日の便重量が平均250gを超える。
ときが下痢と考える。下痢は急性下痢と慢性下痢とに分類する。急性下痢は急激に発症し、しばしば腹痛を伴って1日4回以上排便を見る状態をいう。持続期間は1〜2週間以内である。慢性下痢は小児や成人では3週間以上、乳幼児では4週間以上下痢症状を持続した場合をいう。患者は症状により「しぶり腹」、「水みたいな」から」。「軟便」までさまざまに訴える。同時に腹部膨満感、臍周囲の腹痛、放屁の増加なども含まれる。感染性では「発熱」、腸液喪失による「喉の渇き」、「体がだるい」といった訴えもある。
1,病態
通常健康成人では、1日あたり水分摂取量約2Lに加えて約7Lに及ぶ唾液、胃液、膵液および胆汁などの消化液が小腸に流入する。小腸では水分の70%〜80%が吸収され、回腸末端で泥状となり、残りの水分20%〜30%(1.5〜2L)は結腸で吸収され、糞便中に約1%100mlの水分が排出されるすぎない。結腸に最大吸収能力(1日5〜6L)を超す水分が流入したり、大腸粘膜の障害や運動の異常によつて下痢を起こす。腸管運動は自律神経の支配を受け、さらに消化管ホルモン、心身医学的因子も関与する。発生機序は
@腸管内の浸透圧活性物質による水吸収障害
A消化管特に小腸の分泌の異常亢進
B腸粘膜構造の破壊
C腸管運動の異常
が挙げられる。
A,浸透性下痢
吸収されない容質が腸腔内に過剰に存在して水停滞を起こして生じる。最も多いのはマグネシウム塩など塩類下剤、ラグシロール、ソルトビトールなど吸収されにくい容質を摂取した場合である。その次は炭水化物の吸収不良であり、頻度の高いものは原発性乳糖不耐症である。炭水化物の吸収不良はその他の特発性ないし、熱帯性スプルー広範腸切除(短腸症候群)や感染性腸炎の経過中でも見られる。
B,分泌性下痢
消化管粘膜から電解質や体液の分泌亢進によるものであり、細菌エンテロトキシン、ホルモン、胆汁酸、脂肪酸下痢や電解質輸送の神経調節の変化などによる。分泌性下痢は絶食で軽快しないで1日1L以上の多量の水分を排出することが特徴である。サルモネラ菌、病原性大腸菌などの感染性下痢では毒素や菌の侵襲により小腸分泌が亢進する。コレラトキシンおよび毒素原性大腸菌株のつくる易熱性毒素は腸腔内吸収細胞膜のアデニル酸シクラーゼを活性し、他の細菌のエンテロトキシンはグアニル酸シクラーゼを刺激して分泌が起こる。胆汁酸と長鎖脂肪酸は空腸、回腸や結腸での分泌を誘発する。膵腓β細胞腫瘍による消化管液の分泌は水様下痢、低K血症、無酸症の頭文字をとってWDHA症候群またはVIPoma(VIP産生腫)症候群といわれている。VIP(血管作動性ペプチド腸)、GIP(胃抑制ペプチド)、チロカルシトニン、膵臓ポリペプチドおよびプロスタグランジン(PG)の血漿濃度が上昇する。甲状腺髄様癌患者にときにみとめられる分泌性下痢はカルシトニンおよびPGの過剰産生と関係がある。カルチノイド症候群ではセロトニンが関与する。フェノールフタインは結腸内細菌により脱抱合後に作用を生じる。センナは細菌によるアグリコンに変化、合成薬物であるビサコジルは腸腔内で脱アセチル化されたのちに分泌を刺激する。神経調節についてみると、迷走神経の刺激および交感神経除去は腸分泌を起こす。
C,組織傷害
著しい粘膜の傷害は吸収障害を起こし、潰瘍形成は血漿や白血球の滲出と出血をまねく。顕著な例として慢性炎症性腸疾患や病原性大腸菌などのの原虫や細菌の粘膜内への侵入でみられる。ウィルスによる腸病変では粘膜構造の傷害は比較的軽度である。
D,濾過の増加
繊毛内血管の静脈圧が増加すると、体液濾過を生じる。腸管膜リンパ流の閉塞はこれに類似した状態であるが、この場合体液のほかに血漿蛋白やリンパ球が腸腔内に失われる。門脈圧亢進症では軽度の下痢をみることがある。
E,運動性の変化
過敏性腸症候群などの機能性腸疾患では腸運動の亢進により下痢をきたす。
2,診断
発熱、高度の下痢を伴う急性疾患から日々2〜3回の軟便をみる慢性愁訴をもつ外見上健康な患者まで範囲は広い、急性下痢と慢性下痢の原因は異なっているが初診時は鑑別困難な事が多い。慢性下痢は急性発症することがある。診断上検査をする前に次のことを決定する必要がある。
@患者を入院させるべきか否かを決定する。
起立性低血圧を伴う急性脱水症
ヘマトクリット(Ht)の上昇を伴う皮膚ツルゴールの減少
激しい下血、著しい体重減少
圧痛を伴う腹部腫瘤を伴う発熱がみられる。
などの場合
A保健所に告知する必要のある共通の発生源を持つ急性下痢であるか否か。
病原性大腸菌O157などは容血性尿毒症症候群(HVS)を発症し、重篤な状態、死亡者も発生するため迅速的確かな治療を要する。
(1)下痢の診断にあたつて
下痢の諸疾患と以下のような臨床における特徴を知ることにより、的確に病歴情報を得ることが必要となる。
・発症状況
発症時期、持続期間、回数
・随伴症状
腹痛、悪心、嘔吐、発熱
・糞便性状
水様便、粘血便、発酵臭、酸臭、糞便量、泡立
家族、同僚や集会の参加者などに同時発生した場合は感染性または毒素によるものが疑われる。14時間以内の早期発症は食中毒でも見られるが、遅れて発症する場合は感染性である。ペットと接して見られるのはサルモネラ菌、ペスト菌、カンピロバクターによる。直腸や腸の種々の珍しい感染症が認められる日和見感染は免疫不全患者やAIDS患者で下痢を引き起こす。
渡航歴、職業歴、居住地も確認する。飲料水汚染地域に旅行するとたびたび急性下痢を生じる。大部分は病原性大腸菌が原因と考えられるが、赤痢アメーバ、サルモネラ、赤痢菌の感染も考慮する。
ランブル鞭毛虫の感染はキャンプ旅行中などの水源、ロシアや中国の地域で生じることがある。カリブ諸島、南および東南アジア、まれにアフリカに長期滞在歴がある場合は熱帯性腸症(熱帯性スプルー)を考える。
・既往歴
腹部手術の有無、結核、糖尿病、膠原病などの診療歴、放射線治療の有無を確認する。
・医源性原因
腹部手術、放射線治療、薬物
胃切除後下痢(典型例)・・・間欠性で完全ないし部分的迷走神経切断後に発症
広範囲の小腸切除(特に空腸切除後)・・・難治性下痢が見られる。
放射線治療(腹部、骨盤部)
急性ないし慢性の傷害が発症することがある。慢性の放射線傷害の発症は数カ月経ってみられることがある。症状は下痢を含めて長期間持続することがある。
・原因不明
薬物の乱用が最多といわれている。下痢をはじめ下痢を引き起こす可能性のある薬物わ服用しているか否か疑わなければならない。浸透圧性下痢を引き起こすには制酸薬がある。またすべての抗菌薬は下痢を引き起こす可能性がある。クロストリジウム毒素による偽膜性腸炎は抗菌薬による下痢症の劇症型である。
・家族歴
慢性下痢、ポリポーシス患者の有無の確認。家族性大腸ポリポーシス、下痢を伴う甲状腺髄様癌では一般に家族内発症が認められる。
・発熱
炎症性腸疾患、急性感染性腸炎などで認められる。しぶり(テネスムス)は直腸疾患の存在をしめす。直腸S状結腸鏡で確認が得られる。夜間の下痢は機能性より器質性原因の存在が疑われる。肛門括約筋の失調による汚染とは区別される。
・吸収不良症
中等度の体重減少がみられる。体重減少がみられなくても吸収不良症疾患の存在は否定できない。
腹痛は多くの下痢の型で認められるが、典型的疝痛は小腸の機械的閉塞を示唆する。
3,身体診察
(1)視診・・・全身的栄養状態や脱水の有無をみる。発熱もあり、脱水も著明であれば感染性腸炎が考えられる。栄養障害か強ければ、小腸吸収不良症候群や蛋白漏性胃腸を考える。吸収障害があれビタミンB12、葉酸あるいは鉄欠乏による舌炎が認められることがある。
顔面紅潮、頻脈、発汗、喘息様発作などの症候があればカルチノイド腫瘍を探す。アルコール常用者で口角炎や皮膚紅斑、汚い色素沈着を見た場合ペラグラを考える。結節性紅斑や壊疽性膿皮症は炎症性腸疾患を示唆する。強皮症(全身性硬化症)の典型的な皮膚変化があれば小腸の病変が疑われる。手指振戦、発汗、頻脈を伴う患者に甲状腺腫をみたら甲状腺機能亢進症による下痢わ考える。
(2)触診
リンパ節腫脹がはっきりしていれば、悪性リンパ腫や悪性腫瘍の検査が必要となる。腹部の腫瘤や圧痛の有無を注意して触診して必ず直腸診をおこなって腫瘤の有無を確認するとともに痔核、粘血のうむを確認する。大腸癌でも初発症状が下痢の場合もあるので注意を要する。右下腹部の有痛性腫瘤はクーロン病、結腸腫瘍、稀に回盲部結核や盲腸周囲膿瘍の発見の手掛かりとなる。カルチノイド症候群では、腹部すなわち肝を触診すると突然スミレ色の潮紅が出現することがある。
4,診断
(1)医療面接と身体診療からの考察
典型的な症状の組み合わせがそろえば、いくつかの病態を診断することができる。過敏性腸症候群の一部である機能性下痢、典型的な腹痛を伴うアルコール依存症に見られる吸収不全症を合併した慢性膵炎。下痢と有痛性の右下腹部腫瘤のあるクーロン病、吸収不良を起こす腸疾患のある患者にみられる骨痛、テタニーなどがある。若年性型糖尿病患者に見られる間欠性下痢は末梢性および自律神経障害が認められ、ソルビトールの摂取の除外を要する。慢性腎不全患者は水様下痢に悩むことがあるが、原因不明である。尿毒症性腸炎は家庭の透析療法の普及により稀になった。腎移植後の下痢は腸のサイトメガウィルス感染や腸カンジタ症が原因と考えられる。強直性脊椎炎や大きな関節を侵す反復性関節症では炎症性腸疾患を合併することがある。皮膚の紅潮は下痢を合併した大部分のカルチノイド患者や一部のWDHA患者で報告されている。好酸球性胃腸炎患者では通常、喘息や血管神経浮腫などのアレルギー症状の病歴情報を聞く。
(2)スクリーニング検査
@糞便検査
排泄直後の糞便を観便し、性状、軟度や粘血の有無を調べる。
A尿検査
尿量、比重、糖、蛋白、アミラーゼ活性をみる。
B血液検査
急性下痢では末梢血白血球数(WBC)、赤沈値、CRPなどで炎症の強さをチェックする。同時にHt、Na、k、CLを測定して脱水の程度や電解質異常の有無を知る。遷延する急性下痢は肝、腎機能を検査する。

医療面接、身体診察、便の検査、直腸S状結腸鏡検査の施行により、下痢患者の90%は診断可能である。その大部分は@機能性腸疾患 A薬物起因性下痢 B特発性炎症性腸疾患 C手術後下痢 D吸収不良症 E感染性(小腸)結腸炎である。