疲 労 回 復


目  次       


1,スポーツにおける疲労とは
トレーニングや競技を行うと、その程度により疲労が起こってくる。スポーツに限ったことではないが原因は様々である。疲労は身体的なものと精神的なもの、その両方の場合があると考えられている。いずれも運動や労働など様々な活動の結果から起こるもので正常な生理現象である。休息によって回復するものである。スポーツならば練習の量を落としたり、何日か休むことによって回復するものである。疲労の蓄積はオーバートレーニングを引き起こし回復に時間を要することがある。

疲労の定義とは
「病気以外の原因によって作業能力が一過性に低下した状態で、多くの場合疲労感を伴う現象である。」となると思われる。

スポーツにおいて疲労の回復は重要である。一方で疲労は重要な役目を果たしている。トレーニングを行う上で疲労を利用し、過負荷の原則を用いて体力、技術力を高めていく。

疲労は
①健康を維持すめためのの防御機構である。
身体の恒常性の維持にとってシグナルとしての役目を担っている。疲労度のチェックは過度のトレーニングにより慢性的なパフォーマンスの低下によるオーバートレーニングの防止に役立つ。
②体力の向上に関与している。
よくトレーニングされ高いパフォーマンスが高い選手はそうでない選手に比べて高いレベルのパフォーマンスを継続しても疲労は少ない。乳酸値を測定してみるとスポーツパフォーマンスの高い選手は乳酸蓄積開始地点が現れるのが遅い。トレーニング中に乳酸値の測定を行い、乳酸値蓄積点以下での有酸素運動を続けることで、有酸素能力を高める方法が取り入れられている。疲労と体力は密接な関係がある。

2.疲労の原因
疲労はいろいろな要因が関係しており、原因もまだ明らかにされていないが、次の様なことが考えられる。環境因子、温度、湿度、気圧などである。
非環境因子
①エネルギー源の枯渇  ②疲労物質の蓄積  ③内部環境の失調
(1)エネルギー源の枯渇
疲労は身体活動によるエネルギー消耗が原因とする説である。
筋肉を収縮させるためにATP(アデノシン三リン酸)が必要である。しかし筋肉中にはわずかしか存在せず、筋肉活動を続けるためにはATPを再合成しなくてはならない。再合成の方法には無酸素的機構(非乳酸性機構)、無酸素的機構(乳酸性機構)、有酸素的機構がある。それぞれの機構はパフォーマンスの速度の出し方の違いでそれぞれの速度に応じたATPの再合成がなされる。身体疲労はそれぞれの身体活動の違いによって表れる。
①無酸素的機構(非乳酸性機構)
ATPーCP系といわれCPの分解によってATPを再合成する。CPは筋肉中にわずかしか存在しないので、100m前後の全力走、跳躍などの際に利用され、短時間で枯渇するため10秒近くで筋疲労が表れる。
②無酸素的機構(乳酸性機構)
グリコーゲンの分解によってATPを再合成する方法で1~3分間の全力走で利用される。グリコーゲンはCPより多く筋肉中に存在するためATPの供給量は多い、しかしグリコーゲンの分解で乳酸が発生し筋肉中や血液中に蓄積するため筋活動が不可能になる。乳酸が疲労物質の1つとして挙げられる理由である。乳酸の蓄積開始地点の閾値は選手の競技能力の差によって差がある。競技能力の高い選手は蓄積過程においても競技能力が実行可能であることから競技能力を測る指標にも用いられている。現場において乳酸の蓄積を伴わない運動強度で運動を継続することで持久力をつける方法が行われている。
③有酸素的機構
低い運動強度で長時間運動を行う場合、酸素を供給することでグリコーゲン、脂肪、蛋白質を効率よくATPに分解できる。乳酸の産出が緩やかなために疲労の発生も遅く、長時間の運動が可能である。長距離、クロスカントリーなどの競技に用いられる機構である。

(2)疲労物質の蓄積
疲労物質の蓄積によって疲労が発生するという考え方である。乳酸は筋疲労を起こした時血中、筋中に蓄積されることが観察されることから、疲労物質の1つに挙げられている。特に無酸素運動での乳酸の蓄積は多く疲労も多く表れる。有酸素運動においては乳酸の蓄積はわずかであり、酸素が常に供給されているため、乳酸はグリコーゲンに再合成されエネルギーとして使用されることから疲労も少なく長時間の運動が可能である。
その他の疲労物質は血糖、CPK、ケトン体である。

(3)内分環境の失調
①中枢神経の機能の失調によるもの。
疲労や運動による血中グリコーゲンの減少などで思考力、集中力の低下、あるいは条件反射の反応時間の低下などが見られる。
②内分泌機能の失調によるもの。
身体には様々なストレスがかかる。ストレスには精神的ストレス(怒り、悲しみ、不安、人間関係など)、物理的ストレス(気候、音、飢えなど)、科学的ストレス(細菌、ウィルス、空気汚染、水質汚染、有毒ガスなど)などがある。これらのストレスが生体に加わった時に生体に歪みを生じるが、この歪みを修正しようとする力が生体に働く(適応症候群)。このストレスも適応の範囲であればよいが、限度を超えたストレスが加わると疲労が生じ、ときには身体の変調をきたすことになる。

例)ストレスがACTHや副腎皮質ホルモンなどの分泌に影響を与え、それが過剰な場合に不適応現象を生じて疲労すると考えられている。

③物理的化学的変調によるもの
例)呼吸能力の低下により、血液中に炭酸ガスが蓄積され血液がアシドーシスに傾き疲労を生じる。

3,疲労の種類
①全身疲労、局所疲労
全身疲労は体の重だるさ、スピードの低下、スキルの低下などの運動による全身的機能低下が見られる疲労をいう。慢性疲労に陥りやすい疲労である。局所疲労は筋肉、眼精疲労など部分的疲労をいう。部分的疲労と全体的疲労を区別するのは難しく、むしろ部分的疲労ていえども全体的疲労を疑うことが大切である。

②慢性疲労、急性疲労
疲労は練習量を落としたり、数日の休養で回復するものであるが、オーバートレーニングに陥ると回復に何カ月もかかる場合がある。特に長距離種目でかかりやすい。これを慢性疲労と言う。
急性疲労は1日あるいは数日で解消するもので、全ての種目で日常的に起こる疲労である。しかし急性の時点で回復しておかないと慢性に移行しやすい。

③身体疲労、精神疲労
身体疲労と精神疲労は別のものであるが、トレーニングのなかで練習意欲が落ちている時は身体的にも疲労していることが多い。スポーツでの疲労の訴えは両方を疑う必要がある。

4,疲労の判定法と防止策
疲労回復はコンディショニングの中の重要な要素である。その事から言えることはコンディショニングの把握で用いられるセルフチェック、プライマリーチェック、生化学的検査などによるチェックは疲労を判断する手段にもなる。疲労の本体そのものがまだ不明な部分が多いため、様々な方法を用いて総合的に判断する必要がある。多くの判断基準を持つことで多方面から疲労の原因を探り対策を立てることが予防にも役立つことになる。
(1)自覚的症状検査
スポーツ選手はトレーニングを行う中で自らの疲労の度合いを自覚的に感じるものである。また、この感覚をトレーニングに反映して強度を調節していかなくてはならない。そこで主観的要素を様々な調査用紙で計る方法が用いられている。(POMS、ビジュアルアナログスケール、日本産業疲労委員会作成「自覚症状調べ」なども応用できる)単純に「1,非常に疲れている。 2,かなり疲れている。 3,疲れている。 4,やや疲れている。 5,疲れていない。」といった問いかけでもその状況を知る上で大切なことである。
(2)他覚的症状検査
自覚的に疲労を感じていても何が原因であるかなかなかつかめない。どんなに頑張ろうと思っても体が動かなく血液検査を行ったら、貧血であったり、肝機能が低下していたといったことが判明する場合がかなり多い。現在疲労の原因が多方面から追求できる環境になってきた。先に挙げたようにセルフチェック(心拍数、血圧、体温、平衡機能、自覚的コンディション、トレーニング内容、POMS、クレペリンテストなど)、プイマリーチェック(圧痛テスト、筋柔軟性、関節柔軟性、尿検査、コントロールテスト、フィットネステストなど)などによるチェツクは疲労を知る上でも重要な事項である。このほか筋機能を筋電図を用いる方法として、筋力と筋電図の振幅(電圧)の平行がみられない時、筋の疲労とみることができる。神経機能では膝蓋腱反射を用いてその閾値を測定する方法や、フリッカーテストにより、ちらつき値を測定し疲労度を判定する方法がある。

5,疲労予防のための対策
①トレーニング強度、質の適正
②休息の適正
③睡眠時間の確保
④競技特性を考えたバランスの良い栄養
⑤十分なウォーミングアップ及びクーリングダウン
⑥規則正しい生活
⑦アイシング、ストレッチ、入浴、自己マッサージなどの自己ケアの実施
⑧鍼灸マッサージなどの実施
⑨ストレス解消のためのリラックスゼーションの確保
⑩リスクファクターの除去(タバコ、アルコール)
⑪セルフチェックの実施
⑫定期診断(尿、血液など)
⑬その他

6,疲労回復対策
予防のための対策は疲労回復のための対策にもつながる。特にトレーニング後のケアが重要である。
①主にトレーニング後のアフターケアが重要である。手段は十分なクーリングダウン、ストレッチ、アイシング鍼灸マッサージ、、入浴など。
②休養、リラクゼーション
③種目、時間に応じた栄養摂取
④トレーニング量、質の見直し。
⑤異常に気付いたら素早い対応(検診とコンディショニング)
⑥その他 予防における項目とほぼ同様。

7,東洋療法と疲労予防及び疲労回復
東洋療法における鍼灸マッサージはコンディショニング、疲労、傷害予防及び疲労回復に積極的に応用されている。鍼灸マッサージは血行を促進し、疲労物質の除去に役立つ。しかも経絡、経穴を用いることにより内臓への活性化をもたらし、精神症状も含めた心身両面からの施術が行われている。スポーツにおける疲労回復に利用されている。疲労は東洋療法では「倦怠」として扱っている。「倦怠」は疲れて動きたくなくなることである。自覚症状としては全身の無力感、四肢の無力、全身及び局所のだるさ、思考力の低下、立ちくらみ、息切れ、食欲不振、抑鬱、考えすぎ、眼精疲労、不眠などの多くの症状が出る。証としては飲食不振で脾胃虚弱からくる「痰湿による倦怠」、「気虚による倦怠」、「七情により神気が損傷」しているものなどがあげられる。
 痰湿によるものは脂っこいものの過食、水分の多飲などによって起こるため脾経、胃経の施術で痰湿を取り除き、脾胃を丈夫する目的で施術を行う。
 気虚によるものは飲食物の摂取不足、心身の過労などで起こるため脾経、胃経、任脈などの施術で脾胃を丈夫にして元気を取り戻す施術を行う。
 七情による神気の損傷の場合は精神的に落ち込んだり、様々な情緒不安定の状態で疲労に陥っている状態のため精神的な安定の目的で心経、心包経、肝経、任脈、督脈などを用いる。
 東洋療法における鍼灸マッサージは体表からの刺激で筋肉の疲労を取り除く手段として有効である。経絡、経穴などを応用することで局所から全身症状に至る幅の広い対応が可能である。選手に対して施術することで体の軽さなどを実感として感じられ、疲労感の除去が感じられるのは東洋療法の理論体系から大いにうなずけることである。日頃から東洋療法を応用することは、局所には筋肉の柔軟性を確保し、全身的には免疫機能の向上、内臓の活性化などの傷害や疲労を含む様々な疾病の予防となる。一方局所、全身の異変を様々な症状、あるいは体表からの異常として察知し、傷害や疲労に陥った状態をいち早く回復させる手段の一つとして役立たせることができる。
 西洋医学における細やかな診断技術とリハビリを含めた対応に東洋療法の手段を合わせることにより、互いの利点を補ぎない合い、疲労回復あるいはその予防に役立てることが必要である。