過敏性腸症候群


心療科系疾患  鍼灸治療 

 便通異常(便秘、下痢、便秘と下痢が交互)が続き、種々の腹部症状を訴えるが腸には器質的病変はなく、機能異常によって起こるものである。消化器症状を訴える患者のなかで一番頻度が高い、罹患率は10〜15%、消化器外来患者の10〜30%、腸疾患患者の30〜50%を占める。社会が複雑になり精神的ストレスが多くなったためか増加傾向をみせている。20〜40歳代に多く女性にやや多い傾向が見られる。
 原因、発生機序は不明。中枢神経と消化管の運動異常、知覚過敏が関連しているといわれている。情緒的緊張やストレス、食品による刺激により、腸管が運動亢進状態となって症状がでると考えられている。便秘型では、S状結腸の運動が亢進して、腸内容物の移動が妨げられる。下痢型では大腸全体が細かく痙攣して、急速に腸の内容物の移動がみられ、S状結腸で保つことができずに下痢となる。
1,症状  (1)消化器症状・・・@腹痛・・主に腸管の痙攣によるものである。鈍痛の場合、仙痛の場合など程度はさまざまである。食後に多く、排便することにより軽快する場合が多い。
A便通異常・・便秘、下痢あるいは両方が交互に来ることがある。便秘においては兎糞状、下痢では軟便から水様便まで様々で粘液が混じることがある。
B腹部膨満感・・悪心、腹鳴、腹部不快感などがある。
(2)全身症状・・・心悸亢進、四肢冷感、発汗、顔面紅潮、肩こり、頭痛などの自律神経失調症状。精神神経症状としては不安感、不眠、無気力、緊張感、全身倦怠感などを伴う。
2,身体診察
全身状態は訴えの割には良好である。下腹部または大腸の走行に沿って圧痛を認めたり、痙攣したS状結腸に触れたりする場合がある。聴診で腸雑音の亢進をしばしば診ることがある。
3,検査所見・・・@スクリーニング検査・・血液検査、糞便検査では異常は認められない。
A注腸造影検査、内視鏡検査・・器質的異常所見は認められない。しばしば結腸の痙攣、ハウストラの増加、粘液の増加など結腸の運動性や緊張の亢進所見が認められる。
4,診断・・・臨床検査で特徴的所見がないので、除外診断が診断の中心となる。
RomeU診断基準
次の3項目中のうち2項目以上を満たす。腹痛または腹部不快感が12ヵ月間で12週間以上ある。
@排便によって軽快する。
A排便回数の変化で発症する。
B便性状の変化で発症する。
RomeVの診断基準
腹痛あるいは腹部膨満感が
・最近3ヵ月のなかの1ヵ月間につき少なくとも3日以上占める。
・次の2項目以上の特徴を示す。
@排便によって改善する
A排便頻度の変化で始まる。
B便形状(外観)の変化で始まる。
※腹痛=少なくとも診断の6カ月以上前に症状が出現、最近3ヵ月間は診断基準を満たす必要がある。
※腹部膨満感=腹痛とはいえない不快な感覚のこと。腹痛あるいは腹部膨満感が1週間につき少なくとも2日以上を占めることが対象となる。
分類
@便秘型
硬便または兎糞状便が便の形状の25%以上、軟便または水様便が便の形状の25%未満
A下痢型
軟便または水様便が便の形状の25%以上、硬便または兎糞状便が便の形状の25%未満
B混合型
硬便または兎糞状便が便の形状の25%以上、軟便または水様便が便の形状の25%以上
C分類不能型
便の形状における異常が不十分である。1,2,3,のいずれもあてはまらない。
5,鑑別診断
便通異常、腹痛をはじめとする腹部の症状を訴えるすべての器質性疾患が鑑別対象となる。次の様な症状があれば器質性疾患を疑う。
・血便 ・貧血 ・体重減少(2〜5kgを超える。故意によらないもの) ・大腸癌の家族歴 ・食欲不振、嘔吐 ・発熱やその他の感染徴候 ・夜間の下痢、重篤な下痢 ・50歳以上の患者もしくは発症 ・最近の抗生剤の使用歴 ・実質的症状の変化 ・身体所見、臨床検査の異常
6,原因  正確な原因は不明。次のような病態が関係していると考えられている。
(1)消化管運動の異常・・・健常者に比べてストレス、食物摂取などの刺激に対して大腸、小腸の運動が亢進している。
(2)消化管の知覚過敏・・・大腸への刺激に対する知覚過敏が見られる。実験でポリエチレンバックを入れ、圧力を上昇させると健常者よりも低圧で腹痛を自覚する。大腸を刺激した際には脳画像で健常者よりも、大脳辺縁系局所血流の増加がみられる。
(3)心理的異常・・・健常者よりも抑うつ、不安、身体化が多い。
以上の病態生理を説明する概念として、中枢神経と消化管機能の関連(脳腸相関)が重視される。
7,危険因子
(1)急性胃腸炎の感染後は発生リスクが上昇する。=消化管運動と知覚異常の源は粘膜炎症ではないかと考える。
(2)呑気症、義歯の不適合、後鼻漏、食道ヘルニアなとが危険因子の可能性がある。
(3)精神疾患の既往は関連がない。
(4)喫煙、アルコール、コーヒーの摂取は関連は認められない。
8,既往歴、家族歴
(1)小児期に再発性の腹痛性の腹痛を起こした場合、発症が高まる可能性がある。
(2)遺伝や家族内環境の関与が示唆されている。
患者とその配偶者の1等親以内の親族との比較=患者の親族の有病率は高い(17%VS7%)
9,予後
慢性で再発性の経過を認めることが多い。大きいストレスにさらされている場合は、症状の改善を妨げる予後不良の因子となる可能性がある。
10,現代医学的治療
(1)初期の対応
共通する対応=患者の苦痛を傾聴して共感する。
精神的ストレスは腸の症状を悪化させることを説明する。
原因不明=治療法がないという訳ではなく、有効な治療法があることを説明する。
検査結果が正常でも患者の訴える症状に関心を示すことが大切である。
治療方針は「症状をコントロールして、日常生活の苦痛を軽減する」ということを患者さんに理解していただく事が大切である。
(2)日常生活上の注意
・規則正しい食生活と排便習慣を心掛ける。
・偏食を避ける。
・十分な睡眠と休養をとり、適度な運動をする。
・心理的社会的ストレスの除去と調節
(3)食事の注意点
・食物繊維の摂取は便秘型の有用な事が多く、下痢型にも有効な場合がある。
※腹痛に対しては効果は期待できない。
※腸内ガスが増加し、かえって腹部膨満感が増す。
・症状の変化に対応していくべきである。
・症状を悪化させる食事内容については、患者自身がわきまえてすることが多い。
・食事の制限はストレスを招く事が多いので、偏食しないように指示することに留める。
(4)薬物療法
・ポリカルボフィルムカルシウム
便の体積わ増加させる。この薬剤には繊維としての作用があり、下痢型、便秘型双方に効果が期待できる。
・止瀉薬(ロペラミド)
下痢型に推奨される薬であるが、漫然と使うのではなく症状が強い時に使用する。
・5ーHT3受容体拮抗薬、5ーHT4受容体刺激薬(アロセトロン、シランセトロン、テガセロド)
5ーHT3受容体、5ーHT4受容体は主に迷走神経、腸管神経叢の神経節に分布している。
これらに作動・拮抗して下痢、便秘などの消化管症状を緩和する。
・鎮痙薬
抗コリン剤・・・腸管委縮に関連した腹痛に使用。
・抗うつ薬
中等以上の過敏性腸症候群における下痢や腹痛に対して効果が認められる。
・その他の薬剤
消化管運動調整薬
  下痢型・・・トリメプチン
  便秘型・・・モサプリド、酸化マグネシウム(塩類下剤)
腸内細菌の調整   プロバイオティクス
漢方薬    桂枝加芍薬湯