長 距 離 走

スポーツ鍼灸目次 


長距離走は腰から下肢を中心に継続的なストレスが加わるため、腰、臀部、膝関節周囲、足関節周囲、足底などの障害が発生しやすい。
疾患としては腰痛、シンスプリント、アキレス腱炎、腸脛靱帯炎、鵞足炎、足底腱膜炎などが発生しやすい。コンデショニングとしては、全身及び疲労した部位の治療と疲労をいかに取り除くかが重要となってくる。
T.代表的疾患

腰  痛 

陸上競技のすべての種目で見られる。
原因が明確なもの=椎間板ヘルニア脊椎分離症、腰椎すべり症
その他の原因=脊柱起立筋、腹直筋の緊張による骨盤前傾制限
 腸腰筋、大腿筋膜張筋、などの股関節屈筋群の緊張による骨盤後傾制限
 下肢の張りを感じ疲労がある場合には、下肢に加えて腰部へのアプローチが重要となる。

シンスプリント 

脛骨内縁に運動痛、圧痛を生じるもので、特に長距離種目に多い。疲労骨折との関連も深いと考えられている。
原因=後脛骨筋、長指屈筋、ヒラメ筋、足関節底屈筋群の起始部への牽引ストレスが考えられる。
トレーニングの初期に多く、筋力のついていないままにスピード練習を行ったりした場合に多く発生する。

腸脛靱帯炎 

腸脛靱帯は大殿筋と大腿筋膜張筋が合流し、大腿部の外側を通り脛骨の上外部に付着しているものである。その途中で大腿骨の外顆の部分を通過するため靱帯が膝の屈伸運動で大腿骨外側上顆の上を前後に移動することが、長距離走では頻度が多くこの部分に炎症が起こりやすい。
原因=大殿筋、大腿筋膜張筋、腸脛靱帯の緊張、O脚のためあるいはニーアウト・トゥインで膝の外側にストレスがかかることなどが考えられる。

鵞 足 炎 

脛骨内側顆部には縫工筋、薄筋、半腱様筋の三筋が付着しており、この部分にランニングなどの膝の屈伸運動によるストレスが加わり炎症が起こる。特にトゥアウト・ニーインでは鵞足部に伸張が加わり炎症が起こりやすい。

坐骨神経痛 

長中距離に多く発生する。梨状筋が原因の場合と椎間板ヘルニアが原因の場合があるが、梨状筋の場合が多い。
梨状筋症候群が原因の場合=トレーニングにより梨状筋の緊張により坐骨神経が圧迫され症状がでる。
他の原因=腰部、殿筋、下肢屈筋群の緊張と疲労。腰部から殿部、下肢を冷やすことによって筋の緊張、血行不良を起こすことが原因となる。

アキレス腱炎 

ランニングにより腓腹筋、ヒラメ筋の緊張、疲労によりアキレス腱の小断裂や治療過程の瘢痕組織の形成が痛みや腫脹を発生させる。足関節の底背屈でギーギーといったような握雪音がするときがある。

足底腱膜炎 

足底腱膜は踵骨の内側突起部から内側縦アーチを形成し前足部扇状に付着している。アーチは伸び縮みを繰り返して衝撃吸収をしているが、長距離走ではアーチ部分に衝撃が繰り返し加わるために、主に足底腱膜の起始部分に痛みがでる。この部分に骨棘ができることもある。

原因=回内足では着地の時、回内によってハイアーチでは足底腱膜に負担が大きくなる。
下腿三頭筋、後脛骨筋、前脛骨筋、などの疲労や筋力低下がアーチを引き上げる弾力性を失うと考えることができる。
アーチサポートが不十分なシューズは回内を助長し、足底腱膜に負担をかける。

U,コンデショニング
長距離走については全身の疲労はもとより、継続的に腰と下肢についてストレスが加わる為、鍼灸治療の対象は腰部と下肢の筋となる。また各疾患に関連している筋を特に対象にすることがある。
目的は鍼灸治療を行うことにより、血流を促し全身および筋の疲労を早期に回復させることによる外傷、障害の予防、競技力の向上と、もちろん外傷、障害が生じた時はその治療も含まれる。

1.歩行・・・下肢は体重支持と歩行という機能をもつ、良好な下肢機能は正常かつ日常生活を効果的に実施することを基本とする。下肢に病変があると歩行時に跛行が出現することになる。跛行がみられるとき特徴的な病状を把握して対処するために正常歩行、および異常歩行について理解しなければならない。

正常歩行
立脚相(歩行周期の60%、両脚支持期の25%)
1.踵接地期 2.足底接地期 3.立脚中期 4.趾離地期
遊脚相
1.加速期 2.遊脚中期 3.減速期

多くの問題が立脚相で現れるのは、体重をささえ、負担がかかり、歩行において重要な部分であるからである。歩行の評価は患者が入室した時から始まる。明らかな跛行、正常歩行を阻害している変形に注意して歩行周期においての問題点わ判断する。歩行周期を構成している時期には、特徴的な動作パターンが存在している。異常が起きる時期を特定することが、問題の原因をみきわめる第一段階である。

歩行についての診察する基準
@左右の足の開きは踵と踵の幅が5〜10cm以内
足の開きを広くして歩行している場合何らかの異常を疑う。小脳障害、足底の感覚が減弱している場合など、不安定でよろめきを感ずるため足の開きが広くなる。
A体の重心の位置
第二仙椎の前方5cmの位置に存在する。
正常歩行では重心の位置は上下方向5cmしか動揺しない。制御された垂直方向の重心の動きは、円滑なパターンを維持して体幹を前進させる。垂直方向の重心の動きの増加は疾病の存在を示している。
B重心の位置が過度に上下に動揺しないために、膝関節が立脚相の踵離地期を除く各周期に渡ってずっと屈曲している。趾離地期に足関節底屈が20°とするとね重心の位置が高いので代償する意味で膝関節は約40°屈曲する。膝関節が伸展位に固定されると、足関節が過度の動きを強制されるので、正常な歩行パターンが障害される。
C骨盤と体幹の側方移動として歩行中は股関節へ体重がかかるように、約2.5cm体重負荷側へ移動する。中殿筋が弱い場合体幹と骨盤の側方移動は著しく増強する。
D平均歩幅は約38cmである。疼痛、疲労、下肢に病変が存在する場合歩幅が減少してくる。
E普通の成人の歩行では1分間に約90〜120歩、平均エネルギーの消費量は100cal/mileである。このスムーズで協調性のあるパターンがくずれると、著しく非能率的になりエネルギー消費量が増大してくる。加齢、疲労、疼痛により1分あたりの歩数が少なくなる。患者が非常に滑りやすいところや足元が不安定な所を歩行すれば、1分あたりの歩数はより減少することになる。
F遊脚相では骨盤が前方に40°回旋する。これは反対側の下肢(立脚相側)の股関節を支点として回旋する。
股関節に疼痛や強直のある患者は正常に骨盤が回旋しない。

次に下肢のそれぞれの関節の病変によって各歩行周期がどのように障害されるかを書いてゆく。
T立脚期
多くの問題は疼痛に起因する。患者は有痛性歩行となる。患者は可能な限り患肢への体重負荷の期間を短縮し、痛みを避けようとする。
靴の不適合によっても影響され、立脚期の全般にわたり痛みの原因となる。
疼痛は 
・靴の底を通して釘がささっている。
・靴の中底が曲がっている。
・ざらざらしている。
・靴自体が粗悪品
・靴のサイズが合っていない(小さすぎる、大きすぎる)
・靴のつま先部分が狭すぎて圧迫されている。
の場合に起こる。
1.踵接地期
(1)足部
踵骨足底側の内側結節部に突出した骨棘によって起こる。患者が床に踵を強く着地した時に非常に鋭い痛みを伴う。時が経つと保護する意味で滑液包が骨棘を覆う。しかし滑液包炎が起こると疼痛が増大する。この疼痛を軽減しようとするため踵接地をさけるために患側の足をホップして歩くようになる。
(2)膝関節
正常での踵接地では膝関節はのばして接地する。
大腿四頭筋の筋力が弱いために膝関節を伸ばすことができず、あるいは膝関節が曲がった状態で固定されている場合、患者は手を使って膝関節を伸ばすようにして歩く。出来ない場合は踵接地期に不安定さを見せることになる。

2.足底接地期
(1)足部・・・正常では足底面全体に均等に体重がかかっている。
・柔軟性のない偏平足・距骨下関節炎がある場合
でこぼこ道を歩く時に疼痛を伴うことがある。
・前足部の横軸アーチが落ち込んでいる場合。
中足骨頭の部分に痛みを伴う胼胝をつくる。
・足趾が屈曲し、靴と足趾の間に摩擦がある場合。
足指の背側に生じた胼胝が立脚中期の疼痛の原因となる。
(2)膝関節
立脚中期では普通完全には膝関節は伸ばされていないので、安定させるために大腿四頭筋が収縮している。大腿四頭筋が弱い状態では、膝くずれや不安定膝となる。
(3)股関節
立脚中期には股関節は約25cm体重負荷側へ移動する。中殿筋の筋力が弱い場合、重心の位置が股関節わ越えて、体が患側に傾く。このような動きは外転筋か中殿筋の跛行の一つである。
大殿筋が弱い場合、股関節の伸展を維持するために胸部を後方へそらせなければならない。そのため重心の位置が後方に移動する。(大殿筋跛行)
4.趾離地期
(1)足部
MP関節の一部または全部が固定されている(強直性屈趾症)変形性関節症の場合。
拇趾MP関節の過伸展はできない。疼痛のため結果として前足部外側から趾離地することになる。中足骨頭への圧迫が増大すると疼痛が激しくなる。(中足骨痛)。第4・5趾間の軟性胼胝もまた圧力がかかることにより、過度の疼痛を引き起こす。
※靴を見ることによってこの状態を確認することができる。
正常・・・・足趾に相当する部分にしわができる。
異常・・・・前足部、足趾対して斜めにしわを作る。
(2)膝関節
腓腹筋、ヒラメ筋、長母趾屈筋などが、趾離地期に作用する。これらの筋の筋力が弱いと踏み切りのない偏平足歩行か踵歩行となる。
U遊脚相
遊脚相では立脚相に比べて、下肢に体重の支持と荷重といった負担がかからないために生じる問題は少ない。
1.加速期
(1)足部・・・足関節の背筋群は遊脚相に入ると活発に活動する。これらの活動は足関節を中間位に保つことにより、下肢を短縮させて床の障害物をよけることを可能にする。
(2)膝関節・・・趾離地期から遊脚中期の間、最大約65°の屈曲位となり障害物をよけることが可能となる。
(3)股関節・・・大腿四頭筋は趾離地期直前から収縮を始め、下肢を前に振り出す際の助けとなる。この筋が弱くなっている場合、過度に骨盤を前方に回旋する動き方で下肢を前に振り出す。
2.遊脚中期
(1)足部・・・足関節の背屈筋群が動かなければ、靴の先端部を地面でこすって歩く特徴的な歩行をみせる。代償動作としては過度の股関節屈曲と膝関節の屈曲によって足部を地面から離す動作を行う。
3.減速期
ハムストリングの収縮は減速期から踵接地期にかけて起こる。その動きは制御された動きであり、静かに床を踵に接地させる。ハムストリングが弱い場合、踵接地期のショックが強くなり、踵の皮膚が肥厚する。膝関節は過伸展となる。(反張膝歩行)
V.まとめると次のようになる。
1立脚相
(1)筋力低下
@前脛骨筋(L4)の筋力低下・・・下垂足歩行となる。(Uー2−(1))
A中殿筋(L5)の筋力低下・・・外転筋または中殿筋跛行となる。(T-2-(3))
B大殿筋(S1)の筋力低下・・・伸筋または大殿筋跛行となる(T-3-(3))
C下腿三頭筋(S1・2)の筋力低下・・・弱い趾離地期のため偏平足ほこうとなる(T-4-(2))
D大腿四頭筋(L2・3・4)の筋力低下・・・膝関節を伸展方向にロックして歩く反張膝歩行となる(T-1-(2))
(2)不安定性
@不安定の場合左右の足の開きを10cm以上広くとって歩行する。
A足底感覚の低下がある場合
歩行の安定性を増すために歩幅を広くする。このことに加えて足部と地面や空間の関係を認識しようとするために足部に注意するようになる。
B小脳疾患がある場合
バランスを維持することが難しくなり、左右の足の開きを広く取るようになる。
C膝蓋骨脱臼の場合
不安定膝となり、突然膝崩れを起こすことがある。
D膝の半月板断裂・側副靱帯断裂
不安定膝となり、動揺が生じる。
(3)疼痛
@靴に問題がある場合
立脚相のすべての時期に疼痛があり、結果として有痛性歩行となる。
A踵骨に骨棘ができている場合
立脚相の踵接地期に疼痛がある。
B膝関節、股関節の変形性関節症がある場合。
立脚相のすべての時期に痛みが存在する。このため有痛性歩行となる。
C強直性屈趾症の場合
疼痛の為、十分な趾離地ができないので扁平歩行となる。
(4)固定された関節
・足関節、膝関節、股関節が固定された場合
歩行のすべての相で支障が出る。
・一関節のみ固定された状態の場合
代償運動を行うので、大きな支障とはならない。
2.遊脚相
(1)筋力低下
@足関節および足部の背屈筋群の筋力低下の場合
正常よりも高く膝を上げて歩行する。
A大腿四頭筋の筋力低下の場合
加速ができなくなるので、例外なく異常な股関節回旋を伴う。
Bハムストリングの筋力低下の場合
踵接地期直前の十分な減速ができなくなる。
(2)固定された関節
膝関節が固定されて場合
患側の股関節を無理に挙上させて足部を床から離す動作になる。

歩行についての検査は両下肢の検査を総合して判断する。
上肢も歩行に影響を及ぼし、反対側同士の下肢と上肢の動きでスムーズで安定した歩行を行う。