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5000年前を生きた人間のミイラが、アルプス山中で発掘され
た。最新のCTスキャンによって、アイスマンと名付けられたそ のミイラの死因が明らかになった。アイスマンの背中には矢じ りが残っており、この周辺の動脈壁の損傷と血腫の存在か ら、矢で撃たれた箇所からの多量出血による失血死であると 断定された。
それは遠い昔。
オレは全身の力をしぼりだし無我夢中で逃げていた。後ろから
追ってくる、敵意をまとった数人から。なぜオレを追ってくるの か、なぜ追いかけてくるのか、そんなことはもうどうでもよかっ た。
ただ、逃げなくては。
突然、腰の辺りに焼けるような感覚を覚えた。あたりに火なん
てカケラも無い。奴らが火でも放ったのか。反射的にそう考え たが、とにかく走り続けることにした。
がくり。
どうしたことか。足に力が入らず、オレは前のめりにつんのめっ
た。受身も取れず、地面に体が叩きつけられる。思わず眼を閉 じ視界が暗くなる。逃げなきゃいけないのに。足よ言うことを聞 け、走れ、一体なんだというんだ。早く逃げなければ、おれは。
かっと目を見開いた次の瞬間、おれは視界のはしに赤い水が
溜まっているのを見た。何だろう、この…、と、転んでうつぶせ の状態のまま手を伸ばそうとして、背中中にまたあの焼けるよ うな感覚が走った。
ぐぁ、と思わずうめき、焼ける背中に手を回す。びちゃり、と、水
が付いたようだ。何故水が、とその手を目の前に持ってくると、 その手がさっきの赤い水まみれになっていた。遅れて鉄さび のにおいが鼻につく。オレは目を再度見開く。そうか、この赤 い水は、オレの、血だ。
そう思った直後、背中の焼けるような感覚は痛みだったのだと
知る。痛みに耐えて背中の方へ首をめぐらせれば、腰のほぼ 真ん中に、細い木の棒が突き立っているようだ。奴らの放った 弓矢だった。
そういえば奴らの追ってくる声がしない。そうか、オレに矢が当
たったから、もう次の獲物に向かっていったのか。
とにかくこの矢を抜かねば、と、激痛がする背中にむかって手
を動かす。しかし先ほどのように手は動かなかった。弓矢を握 り、引き抜くのだ、頭ではそうわかっているのに。動かない手 をどうしようかと逡巡している間に、視界の端では赤い水溜り がじわりじわりと広がっていった。
寒い。さっきまで、背中が焼け付くように熱くて、実はそれは矢
に撃たれたことによる痛みだったのだが、こんどはどうしたこと か足先が寒くて仕方がない。寒いからと体を縮ませようとし て、いよいよ全身が動かないことに気づく。
だめ、か。もう。
そう、なんとなくわかってしまった。大量に血を失い、それを止
める術も無く、そして体が動かないと言うことは。いや、もうど んどん、痛いとか寒いとか感じる感覚が、無くなってきているよ うで。
開いているはずの目から見える景色はぼんやりとしてきて、い
ったい何を見ているのかわからなくなった。
ふと、霞む視界に一人の人が現れた。知っている、この人は、
こんな危険な山中にいるはずが無い、安全な村で俺のことを 待っていてくれる、愛しい愛しい人。これは、どうしてこんな幻 を見るのだ。
もう、この愛しい人とも会えない、のか。
ああ。
さいごに、あなたに、会いたかった。
会って、さいごに、せめて、さいごにひとこと、だけ…。
fin
'07.10.9.
He/Si目次 ![]() 3000ヒットお礼と言いながら、何故こんな続きページをアップ するのか…。平新生まれてすらない時代なんて…。
ごめんなさいごめんなさい(また平謝り)!
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