こちらは御手洗&石岡君の作品です。

御手洗独白


―君のことが今でも、いや、いつまでも、大好きだよ、石岡君



 この文章は、きっと君の目に触れることはないだろうと僕は
予言する。言わぬと決めて、今日まで生きてきた。この先も、
この決意は変わらない。変わるなら、それは、僕らが、天国か
地獄のどちらかの状況に陥ったときだろうね。



 これまでに出版されてきた僕らのことを記した本からもわか
るように、僕自身は、石岡和己という存在に執着している。無
論、今現在もだ。生涯、こんなにも心惹かれた存在があったろ
うか。いや、ない。後にも先にも、絶対にない。
 何を言う、今僕は彼を日本に置いて北欧へ行ってしまってい
るじゃないか、と、僕を非難する声は幾多もあるだろう。…それ
は…これは言い訳としか理解していただけないかもしれない
が、その件に関して僕は、この君へのどうしようもない想いを
抱き続ける状況で、君を傷つけないよう、最大限の譲歩をして
このような選択をしたつもりだ。

 以下は、この「選択」をしている諸々の理由を、自ら忘れない
ように記したものだ。もしも、この押さえきれない深い想いがい
つか噴出し、僕自身のコントロールが効かなくなる日を怖れ
て。その危機に瀕している時、これを読み、爆発しそうな気持
ちに歯止めをかけることができるように。そんな願いを込めて、
つづる。とは言え、自分の押さえ切れない彼への感情は、この
年になりだいぶ落ち着いてきたのではあるが。初めて出逢っ
たあの時からみれば、本当に落ち着いたものだと、自身の感
情の成長にいささかの誇りを持っている。


 初めて君と逢ったのは、忘れもしない、1979年の5月25日の
ことだった。君が初めて占星学教室に来てくれた時、これは、
ほんとうに衝撃的な瞬間だったんだよ。いま誰かが君を守らね
ば、君というきらめきは永遠にこの世から失われてしまう、そ
れは僕にははっきりとわかっていた。天啓とでも言い表したら
良いだろうか。そして、それが出来るのは、このご近所では目
下僕しかいないだろうという自覚もあった。初めてだった。庇護
欲とでも言うのだろうか、そんなものが、人に対して、そう君に
対して、湧き上がったんだ。

 僕は、幼少期は家庭環境の少々特殊な家にいたので、夫婦
のありかたや女性観というものに長い間とことん不信感を抱い
ていた。打算的で、自分のことしか考えてなくて、周囲を不快
にすることが得意な生き物だと、軽蔑に似た目で見ていた。だ
からって男性が良かったとか、そういう方には感情は向かなか
ったけれど。とにかく女性というものに、夫婦というものに、男
として当たり前の感情を抱く気には全くなれなかった。この態
度だからだろう、僕のことを奇人だと言う人は周囲に数多い
た。

 僕が犬好きなのは、このねじれた感情の裏返しであることは
間違いない。彼らは、ただただ大好きな主人への忠誠とか愛
情とか信頼とか、そんな気持ちで人に対応している。僕が、打
算とか損得勘定とかいうような、めんどうくさい感情を持って彼
らと接する必要は、だから全くないだろう?

 ところがあの日、人間なのに、まるで犬のような真っ直ぐな
まなざしを向けてくれる人と会ってしまった。石岡君、君だよ。
どうしてだろうね、そんなふうに僕を頼ってくれる君が、ただた
だ嬉しかったんだ。

 

 僕の人生は、君と出会ってから本当に幸せだった。幸せすぎ
て、いつかこの暮らしを手離さねばならなくなると思うと、ただ
ただ、いやでしかたなかった。君に対して、いつも僕は甘えて
いた。君が僕の元から逃げてくれないから。僕のわがままを、
いつも叱って、でも許してくれて。本当に心地よかった。

 けれど、僕は気がついた。僕はこれで良い。この君との暮ら
しの心地よさに、何も不満は無い。けれど。君のしあわせは…
僕のようなバックグラウンドを持っているのではない石岡君
の、君なりの幸せの形があるはずだ。いや、ずっと一緒に暮ら
してきて、君の好きなことや熱中することは、イヤでも知ってし
まっていた。わかりたくなかったけれど、これまでのままでは、
君の人生にとっていけないんだよね…。

 僕のこの幸せは、石岡君にとっても幸せでなくてはならない
のに、だたの独りよがりだった。はん、なんてザマだろうね。こ
んなふうに君をカゴノトリにしてしまったのは、僕のせいだった
んだ。どうしたらいい?どうしたら君を、まっとうな道に戻せる?

 その答えは簡単。僕が、君にはめた手かせ足かせを外して
あげればいい。そうだ、どこか遠くへ、僕が行ってしまえば良
いんだ。


 こうして、僕は単身北欧へ渡った。はじめは、どうしても君と
離れたくなくって、君に、語学勉強や海外でともに暮らすことを
提案したりしたけれど、こればかりは君は見事に拒んでくれ
た。だから、僕は、ある意味吹っ切れた心持で、渡欧すること
が出来たんだと思う。

 ねえ、石岡君。僕は、本当は君に対して、とても打算的だっ
た。だって、僕がここまで君のもとを離れるのをぐずったのは、
昔ならいざ知らず、今の時代は知名と呼ばれる年代でも子孫
を残すことは遅くないご時世になったからだ。君が人として普
通の幸せを取り戻すのは、そのくらいまで遅らせてしまったっ
ていいじゃないかと、それまでは少しでも長く僕が独り占めす
るんだと、そう思ってしまったんだ。許されることじゃなかったよ
ね。けれど、どうしても君を手放せなかった。僕には、渡欧の
日までしか、君と幸せな時間を過ごす時間が残されてなかっ
たから。じりじりと、今日まではいいだろう、明日まではまだ良
いだろうと、渡欧の日を遅れさせていたんだ。

 けれど君は、今もまだ、一人で暮らしているようだね。あの渡
欧した日から、何も変わらないのかい?…変えていないのか
い?もしかして、僕を、待っていてくれているのかい…?そん
なふうに自惚れていいのだろうか。

 ねえ、石岡君。

 なんてことだろう、僕は、いま君の元に帰れば、君は変わら
ず僕を出迎えてくれるだろうと、すぐに想像できてしまう。いけ
ないってわかってるのに。でも、やっぱり僕には生涯君しかい
ないのだから。

 君のことが今でも、いや、いつまでも、大好きなんだよ、石岡
君。





'07.03.24.


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