ジャン・ドーベルヴァル/作 (1789年)
フレデリック・アシュトン/改訂(1960年)

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<アシュトン版>


 農家の未亡人シモーヌは一人娘のリーズを裕福な家に嫁がせたいと考えていましたが、リーズにはコーラスという貧しいが魅力あふれる恋人がいました。シモーヌはコーラスが娘に近づかないようにきちんと監視しているつもりでしたが、しっかり者のわりには間抜けなところのあるシモーヌの目を盗んで、リーズとコーラスはちゃっかり愛を育んでいました。
 ある日、金持ちのぶとう農園主トーマスがちょっと頭の足りない息子のアランを連れて現れ、リーズをアランの嫁に、と結婚を申し込みました。シモーヌは大いに乗り気になり、トーマスとシモーヌはアランとリーズを連れて収穫で賑わう麦畑へピクニックに出かけました。 
 納屋に隠れて話を聞いていたコーラスは、そうはさせるものか、と一行の後を追いました。トーマスとシモーヌはアランとリーズを二人きりにして仲良くさせようとしましたが、農夫たちを味方につけたコーラスはうまくアランをまいてしまいました。そしてコーラスとリーズは農夫たちと楽しくダンスを踊りながら、愛を確認しました。
 突然の雷雨で一同は解散、シモーヌとリーズもほうほうのていで家へ戻りました。トーマスとの間で話がつき、今日にも法律的な結婚手続きを済ませようという事になったため、シモーヌはもう一ふんばりとばかりに扉に鍵をかけてリーズを閉じ込め、しっかりと監視しようとしました。しかし朝からの騒ぎで疲れて居眠りばかりしている上に、所用で外出している間に収穫したばかりの麦の束に紛れてうまくコーラスが家の中に入り込んでしまいました。
 閉じ込められて不安だったリーズはコーラスが会いに来てくれたのをうれしく思いましたが、シモーヌが戻って来たので、あわててコーラスを2階の寝室に隠しました。娘の様子を怪しんだシモーヌは、コーラスが隠れているとも知らずに、リーズが逃げられないように2階の寝室に鍵をかけて閉じ込めてしまいました。
 そこへ公証人を連れたトーマスとアランがやって来て、トーマスとシモーヌが結婚の契約書類に署名し、アランとリーズの結婚が成立してしまいました。アランはシモーヌに鍵を渡されて2階に新妻リーズを迎えに行きましたが、扉を開けると、そこにはリーズとコーラスが仲良く抱き合っていました。
 リーズとコーラスはシモーヌに結婚の許しを願い出ました。公証人もアランとリーズの結婚は無効だと書類を破き、リーズとコーラスは愛し合っているではないか、とシモーヌを諭しました。ついにはシモーヌも折れて二人の結婚を認めました。怒ったトーマスはアランを連れて帰ってしまい、リーズとコーラスはシモーヌや農夫たちに祝福されてめでたく手を取り合いました。
(終わり)




<アシュトン版>


第一幕・第一場 (農家の庭)


 のどかな農村に収穫の朝が来ました。仕事に向かう農夫たちは眠そうでしたが、ごそごそと起き出したにわとりたちは元気。マッチョな雄鶏を中心として、朝の訪れを告げるダンスを張り切って踊りました。
 家の中から未亡人シモーヌの娘リーズが出て来ました。納屋を覗き込んだり、何かを探しているようです。と、後ろでバターン!とがさつな音がして窓が開き、母親のシモーヌが恐い顔をして現れました。
 実はリーズにはコーラスという素敵な恋人がいるのですが、金持ち好きのシモーヌはただの農夫であるコーラスが気に入らず、コーラスがリーズに近づかないように監視しているのでした。
 夫亡き後女手一つで農家を切り盛りし、娘を育てて来たシモーヌはしっかり者です。しかし間抜けなところがあり、リーズとコーラスはそんなシモーヌの監視の目を上手に逃れて、ちゃっかりと愛を育んでいました。
 シモーヌが引っ込んだのを確認したリーズはコーラスを探していましたが、見当たらないので、リボンをひらひらさせて踊りだしました。そしてコーラスへの愛の印としてリボンを納屋のフックに結んで「愛の結び目(love knot)」を作り、家へ入っていきました。

 そこへコーラスが仲間の農夫たちとやって来ました。仲間たちはそのまま仕事に行ってしまいましたが、コーラスは庭に入り込んでリーズを探し、リーズの作った愛の結び目を見つけて顔をほころばせました。コーラスはリボンをほどいて自分の持って来た棒に結びつけ、幸せいっぱいで踊りだしました。
 そして可愛いリーズの笑顔を期待して家の窓を覗き込んだのですが、そこに現れたのは憤然と鼻の穴をふくらませたシモーヌでした。シモーヌは問答無用でそこら辺にあったものを手当たり次第にコーラスに向かって投げつけました。
 騒ぎをききつけてリーズも出て来てコーラスと抱き合いましたが、シモーヌはすごい腕力で二人を引き離し、ついにはキックを繰り出してコーラスを追い出してしまいました。そして親の言う事をきかない娘をひっつかまえて、お尻ペンペンの罰を与えました。
 畑の収穫を手伝う農夫たちがやって来たので、シモーヌは賃金の交渉をしっかりしてから、彼らにカマを渡しました。農夫たちはカマを持って勇ましく踊ってから収穫に出かけました。リーズも彼らにまぎれてこっそり逃げ出そうとしましたが、シモーヌに見つかってしまい、またしてもお尻ペンペンの罰を受けてしまいました。
 シモーヌは躾の悪い娘が逃げられないようにバター作りの仕事を言いつける事にしました。用具を持って来て、「こうやるのよ!」とばかりにばか力でぐいぐいと棒で突っつき、熱心にリーズを指導していましたが、その間にコーラスがこっそり忍び込んで来て、うまく納屋に隠れました。

 シモーヌは力余って自分の足を強打してしまい、リーズに後は一人でやりなさい、と言いつけて、足を冷やしに家へ入ってしまいました。リーズは仕方なく一人でやりたくもないバター作りをやっていましたが、その間にコーラスが納屋から出て来てトントンとリーズをつつきました。
 びっくりしたリーズですが、頼もしいコーラスにバター作りを手伝ってもらって幸せな気分になり、やがて二人はリボンを持ってあやとりスタイル、なわとびスタイルなど、いろいろと遊びながら楽しく踊りました。 
 そこへ娘たちが現れたため、コーラスは再び納屋へ隠れました。収穫が祝われる今日はみんな心楽しく、娘たちはリーズを誘って踊り出しましたが、服を着替えたシモーヌが出て来て、怠け者の娘たちを追い出し、仕事をさぼっていたリーズにもお尻ペンペンの罰を与えました。 

 そこへ裕福なぶどう農園主トーマスがちょっと頭の足りない息子のアランを連れてやって来ました。シモーヌはリーズのせっかんを中止し、打って変わってよそいきの笑顔でトーマスとアランを迎え、リーズに服を着替えるようにと言いつけて家の中へ入らせました。トーマスは召使に贈り物をたくさん持ってこさせてシモーヌに渡し、リーズをアランの嫁に、と結婚を申し込みました。
 トーマスはアランにあいさつをさせようとしましたが、アランはお気に入りの赤い傘にまたがって戯れるばかり。そこへリーズが着替えて出て来ましたが、まさか自分がアランと結婚させられる羽目に陥っているとは知らないリーズは、アランの意味不明の滑稽さに大笑いしました。
 シモーヌはさすがにその足りなさ加減にびっくりし、これが娘の婿…?と疑問を感じないではありませんでしたが、やはりトーマスの裕福さは抵抗し難い魅力でした。しばらく天秤にかけた後、シモーヌはこの話にのる事にしました。
 トーマスの召使たちがポニーに引かれた荷馬車を運んで来ました。シモーヌとリーズが乗り込み、後からトーマスと赤い傘にまたがったアランが続き、一行は収穫が行われている麦畑へとお見合いピクニックに出かけて行きました。


第一幕・第二場 (麦畑)


 一行はあちらこちらで収穫が行われている中を、陽気に進んで行きました。途中でトーマスが「あそこら辺りがワシの葡萄園なんですぞ。」と自慢気味に話すと、シモーヌは感嘆してますます結婚話に乗り気になりました。何も知らないリーズも、可愛いポニーの引く荷馬車に乗ってご機嫌。アランはアランで、みんなとは無関係に赤い傘さえあればご機嫌で、途中で出会った娘たちにからかわれながら心浮き浮きとしていました。リーズの家のにわとりたちも一緒になって散歩に繰り出して雰囲気を盛り上げていました。
 そして少し離れて、コーラスもワインボトルを両手に持ってやって来ました。納屋に隠れていたコーラスは、トーマスがシモーヌにリーズとアランの結婚を申し込むのを聞いていたのです。そうはさせるものか、と愛しいリーズとアランの結婚を阻止するため、コーラスも一行の後を追って来たのでした。

 麦畑では農夫たちが刈り取りの最中で、刈り取った麦の束に囲まれながら、陽気にダンスを踊っていました。
 一行を追い越して先に麦畑についたコーラスはワインボトルを農夫たちに差し入れました。そしてリーズがアランと結婚させられそうになっている事を話し、リーズの結婚話を阻止するための協力を呼びかけました。農夫たちはコーラスに同情し、味方になる事を約束してくれました。
 そこへトーマスの一行が到着しました。コーラスはトーマスに、リーズは渡さないぞ、と宣言しました。トーマスも、黙れ貧乏人!とやり返し、トーマスとコーラスはしばしにらみ合いました。
 トーマスとシモーヌはアランとリーズの手をつながせ、仲良くデートをさせようとしましたが、アランは赤い傘と戯れて幼児なみの行動をとるのみで、デートどころではありません。娘たちはそんなアランを笑いものにし、アランをもどかしく思ったトーマスは赤い傘を取り上げ、リーズと仲良くするように言いつけて、シモーヌと小屋の影でくつろぎながら話を始めました。

 アランはリーズの手をとって踊ろうとしましたが、まともな踊りになりません。リーズもようやく事情を理解し始め、ショックのあまり半泣きになってしまいました。すると農夫たちがトーマスやシモーヌから見えないようにうまく人垣を作り、その人垣にまぎれてちゃっかりとコーラスがリーズの手をとりました。
 恋しいコーラスの登場にリーズも笑顔を取り戻し、しばしリーズとコーラス+おまけのアランの3人で変則的パ・ド・ドロワを踊りました。そして娘たちがアランをこちょこちょとくすぐって喜ばせている間に、コーラスとリーズはアランをまいてどこかへ行ってしまいました。
 アランはリーズがどこへ行ったのか、と農夫たちに訊いてみましたが、みんなは知らんふりして踊り始めました。最初は腑に落ちない様子のアランでしたが、踊りを見ているうちに楽しくなってリーズの事など忘れてしまい、一緒に踊り出しました。しかしみんながカップルになっている中で、やはりアランは一人あぶれてしまい、農夫から娘を横取りしようとして邪魔者扱いされてしまいました。
 やがて農夫の一人が横笛を吹き始め、みんなはその笛にのって再び踊り始めました。アランは自分が笛を吹いてみたくなり、農夫から笛を取り上げましたが、調子っぱずれの音しか出せなかったので、みんなずっこけてしまいました。農夫たちは怒ってアランから笛を取りあげました。
 しかし傘の代わりに笛に執着してしまったアランは何とか笛を自分のものにしようとして農夫たちの間をかき回したため、農夫たちもムッとしてアランを小突き回しました。ついにトーマスとシモーヌがそれに気がついて、怒ってアランを連れてどこかへ行ってしまいました。

 トーマスたちがいなくなると、リーズとコーラスが戻って来て、踊り始めました。(二人のグラン・パ・ド・ドゥに時々娘たちも加わります)
 愛をささやきながら踊り終わって、リーズとコーラスは幸せいっぱいでしたが、そこへシモーヌが戻って来ました。リーズとコーラスは隠れようとしましたが、シモーヌは目ざとく見つけ、二人に対して怒りの鉄拳を振り上げました。
 これはまずい、と思った協力者の娘たちは木靴を持って来て、シモーヌに踊ってくれるようにとせがみました。最初はそれどころじゃない、と拒否していたシモーヌでしたが、娘たちにおだてられ、それじゃあちょっとだけ…と、その気になって踊り始めました。(木靴の踊り、シモーヌと娘たち)
 やがてメイポールが持って来られ、それを囲んで農夫たちはメイポール・ダンスを踊り始めました。メイポールについているリボンをめいめい持って、踊りながらリボンを編んで行きます。そして今度はまた踊りながらそれをほどいて…と、楽しく踊っていましたが、突然稲妻がピカリと光ったかと思うと、どしゃ降りの雨が降り出しました。
 みんな雨を避けて走り回り、散歩中のにわとりも加わっての大騒ぎとなりました。そんな中でもリーズとコーラスはどさくさにまぎれて仲良く手を取り合いました。しかいし、雷雨はいよいよひどくなり、農夫たちは散り散りに家路を急ぎました。
 アランはここぞとばかり、大好きな傘を開きましたが、折からの強風にあおられて、傘もろともに吹き飛ばされてしまいました。


第二幕 (農家の中)


 シモーヌとリーズも刈り取ったばかりの麦の束を傘代わりにしてほうほうのていで家に帰り着きました。ぬれたストールや帽子は暖炉で乾かし、身体を冷やさないようにタンスの引き出しからスカーフを取り出して首に巻きました。シモーヌは可愛いピンク、そしてリーズには余った方の地味なクリーム色。
 ああ、これで雷雨を逃れてやれやれ…と思いきや、シモーヌにはまだ大仕事が残っていました。
 実はシモーヌとトーマスの間ではリーズとアランの結婚の話がまとまっており、今日にもトーマスが公証人を連れて来て結婚の法律手続きをすませる事になっているのです。…結婚がきちんと成立すれば一安心。しかし、それまでは何としてもリーズを逃がさないようにしっかり監視しておかねば…。
 シモーヌは扉に鍵をかけ、リーズが逃げられないようにして、鎖につけた鍵を用心深くエプロンの下のポケットにしまいこみました。

 シモーヌはリーズと糸紡ぎをしながら約束の時間を待つ事にしました。しかし朝からの大騒ぎで疲れてしまったシモーヌは段々と眠くなってきました。リーズはそんな母親の隙をねらって何とか鍵をとろうと試みましたが、うまくいきません。そのうちシモーヌはいびきをかき始めたので、寝てしまったのか確かめようと顔の前に手をかざしてみましたが、はっとしたシモーヌは目を覚ましてしまいました。
 これじゃいかん、ちゃんと目を覚ましてしっかり監視せねば…と思ったシモーヌは、糸紡ぎを止めて、目覚ましにタンバリンを叩いてリーズを踊らせる事にしました。最初は元気よくシャンシャン叩いてリーズを踊らせていたシモーヌでしたが、やがてまたしても眠気が抑えきれなくなり、いびきをかいて寝てしまいました。
 シモーヌの熟睡を確かめたリーズですが、鍵をとるのはやはり無理でした。何とかして外へ出られないかと扉を眺めていましたが、良い方法を思いつかず、がっくりと肩を落としていました。
 すると、扉の上部が開いて、コーラスが顔を出しました。リーズは喜んで手を伸ばし、扉越しに二人は抱き合いました。そしてしばらくそのままで仲良く手を取り合っていましたが、居眠り中のシモーヌが大きく揺れた拍子にずっこけてしまい、タンバリンを下に落として目を覚ましました。そして寝ぼけてタンバリンの代わりに手拍子を打ち始めました。
 コーラスはあわてて引っ込み、リーズは何とかごまかそうと、びっくりして冷や汗をかいたまま、カチンコチンになって踊り出しました。…なんだ、こりゃ。熱でもでたんじゃないか…と思ったシモーヌでしたが、やがて自分も気分が乗ってきたので、一緒になって楽しそうに踊り出しました。

 その時、ゴロゴロと大きな音が聞こえてきました。農夫たちが収穫した麦の束を持ってやって来たのです。あわててそこら辺を片付け、扉をあけると、農夫たちが収穫したばかりの麦の束を山のように運んで来ました。シモーヌは農夫たちに約束した賃金を支払いました。ついでにリーズも手を伸ばしてちゃっかりお金だけもらおうとしましたが、シモーヌに気づかれて叱られてしまいました。
 農夫たちが無事に仕事が済んだ事を祝って踊り出したので、リーズは彼らと踊っているように見せかけて一緒に外へ出ようとしましたが、これもまたシモーヌに見破られ、引き戻されてしまいました。シモーヌは怒ってリーズに協力的な農夫たちを追い出し、またしても扉に鍵をかけてしまいました。
 はっと気がつくと、トーマスとの約束の時間が迫って来ています。それまでに農夫たちにご祝儀の飲み物をふるまっておかなければなりません。シモーヌは外へ出たがるリーズを家の中へ押し込み、しっかりと扉に鍵をかけて外出しました。

 閉じ込められたリーズは最初は悔しくて泣いていましたが、やがてコーラスとの未来を幸せそうに思い描き始めました。
 …まず長いヴェールをかぶり、素敵なウェディングドレスを着てコーラスと結婚式を挙げるの…そしてお腹が大きくなって…ええと、子供は2人?いえ、3人。上の子にはお勉強を見てあげるの。あんまり出来はよくないんだけど…そして真ん中の子のいたずらにはお尻をペンペンね…あっ、そんな事している間に赤ちゃんが泣き出しちゃったわ、どうしましょう。よしよし、良い子でネンネしてね…。
 楽しい空想に浸っていたリーズですが、突然がさっと音がして麦束の山が割れ、中からコーラスが飛び出して来ました。リーズが無理やりにアランと結婚させられてしまうのを心配したコーラスは、仲間の農夫たちの助けを借りて麦の束にまぎれて忍び込んでいたのです。
 コーラスが会いに来てくれたのはうれしいのですが、夢見る乙女心を他ならぬコーラス本人に聞かれてしまい、、リーズは恥ずかしさから泣き出してしまいました。コーラスはそんなリーズを優しく抱きしめ、自分の持って来たピンクのスカーフとリーズがシモーヌにつけられたクリーム色のスカーフとを交換し、お互いに「愛の結び目」を作りました。ようやくリーズも泣き止み、二人は幸せそうに寄り添いましたが、その時戻って来るシモーヌの姿が窓越しに見えました。
 リーズは大慌てでコーラスを隠そうとしました。麦束の山はもはや崩れてしまっていたので、慌ててコーラスを隠そうとしたのは机の下。だめだわ、こんなところじゃすぐに見つかるわ…それもそうだ、それじゃあ…と、適当な隠れ場所を探しましたが、あわて過ぎたためか、コーラスの身体が入るはずもない机の引き出しとか、火が赤々と燃えている暖炉とか、ヘマな場所しか思い浮かびません。シモーヌは今にも入って来そうな気配です。ええぃ、それじゃあ、ここよ!…とばかりに切羽詰ったリーズは2階の寝室にコーラスを隠しました。そして麦の束がバラバラにちらかっているのを何とかごまかそうと、掃除し始めました。

 帰って来たシモーヌは怠け者のリーズが熱に浮かされたように掃除していたので、驚いていましたが、そんな事はどうでもよくなるぐらいご機嫌でした。そして、…今からあなたとアランの結婚の手続きをするから、2階の寝室でウェディングドレスに着替えていらっしゃい…とリーズに命じました。
 リーズはびっくり仰天し、冗談じゃないわ、と目をむきましたが、その時シモーヌがリーズの巻いているピンクのスカーフに目を留めました。確か地味なクリーム色のを巻かせたはず…。
 これはあの男が忍び込んで来たに違いない…ピンときたシモーヌはどこかに隠れているに違いないコーラスを捜し始めました。引き出し…いない。机の下、暖炉の中…やっぱりいない!親子だけに同じようなヘマな場所を捜したシモーヌですが、もう時間もない事だし、リーズの方を閉じ込めてしまえ、と思い立ちました。リーズにウェディングドレスに着替えるように命じて、事もあろうに、コーラスが隠れている2階の寝室にリーズを閉じ込めてしまいました。

 そしてシモーヌがそわそわと髪を直していると、トーマスが晴れ着を着て、公証人を連れてやって来ました。トーマスとシモーヌは公証人が持って来た証書にそれぞれ署名し、法律的にはアランとリーズの結婚が成立してしまいました。トーマスとシモーヌは大いに満足して乾杯しました。そこへ農夫や娘たちに囲まれてアランがこれまた晴着で片手に指輪、もう一方の手に赤い傘を持ってやって来ました。
 指輪を誰かに渡さなければいけない事はわかっていても、誰に何のために渡すのか、アランはわかっていませんでした。一人で指輪をもてあそんだり、変な踊りを踊ったり、シモーヌに渡そうとしたりしていたのですが、シモーヌに2階の寝室の鍵を渡され、新しく妻となったリーズに渡すのだと言われて、階段を上がって行きました。
 階段から落ちたり部屋を行き過ぎてしまったりと、いろいろとデタラメをやった後、アランはやっと寝室の扉を開けました。と、アランはびっくり仰天するあまり思わず階段を転げ落ちてしまいました。シモーヌやトーマス、公証人、農夫たちも唖然としました。何と、そこにはウェディングドレス姿のリーズがコーラスと抱き合っていたのでした。
 シモーヌは気絶してしまい、娘たちに介抱されました。トーマスはかんかんに怒ってしまいました。
 そんな中をリーズとコーラスは階下に下りて来て、シモーヌに結婚の許しを願い出ました。出し抜かれたシモーヌは泣いて悔しがりましたが、公証人はアランとリーズの結婚はリーズ本人の意思を欠いているから無効だ、として証書を破いてしまいました。そしてリーズとコーラスは愛し合っているではないか、とシモーヌを諭しました。農夫や娘たちも、二人の愛を認めてあげて欲しい、とシモーヌに懇願しました。ついにはシモーヌも心を動かされ、二人の結婚を認めました。
 アランは誰にも指輪を渡せないのが悲しくて呆然としていましたが、トーマスはかんかんに怒ってしまい、リーズとコーラスにくってかかろうとしました。しかしシモーヌが敢然と二人とトーマスの間に立ちふさがって、二人をかばいました。
 アランはなおも誰かに指輪を渡したい衝動を抑えられずに切ない顔をしていましたが、激怒したトーマスはアランを連れて出て行ってしまいました。

 シモーヌはコーラスと抱き合いました。リーズとコーラスは幸せに包まれてパ・ド・ドゥを踊りました。農夫の一人が横笛を吹き始め、それにあわせてみんなめでたく踊りながら退場していきました。
 そして誰もいなくなった家の窓からこっそりとアランが入って来ました。不安そうに何かを探しています。やがてアランは机の上に忘れていった赤い傘を見つけ、たちまち笑顔になりました。これさえあればご機嫌の、大好きな赤い傘。アランは幸せそうに赤い傘と共に退場して行きました。
(終わり)




<ラ・フィーユ・マル・ガルデ基本情報>

初演版

初演台本・振付     ジャン・ドーベルヴァル
初演の音楽       当時の流行歌を(おそらくボルドーの楽団員が編曲して)使用
初演日時と場所     1789年7月1日 ボルドー・グランド・シアター(Grand-Theatre Bordeaux)
原題名          Le Ballet de la Paille,ou Iln'est qu'un pas du mal au bien
               (わらのバレエ、良いと悪いは紙一重でしょうか?すみません、フランス語はわかりません…)
アシュトン版

振付            フレデリック・アシュトン(原振付:ジャン・ドーベルヴァル)
音楽            エルナン・エロール
編曲            ジョン・ランチベリー
舞台装置・衣装     オスバート・ランカスター
初演時配役       未亡人シモーヌ・・・・・スタンレー・ホールデン
               リーズ・・・・・・・・・・・ナディア・ネリナ
               コーラス・・・・・・・・・・ディヴィッド・ブライアー
               トーマス・・・・・・・・・・レスリー・エドワーズ
               アラン・・・・・・・・・・・・アレクサンダー・グラント
初演            英国ロイヤル・バレエ団 1960年1月28日 コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラハウス     


「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」の歴史


 ラ・フィーユ・マル・ガルデは現在知られている最も古いバレエの一つです。初演は何とフランス革命の始まりとされるバスティーユ襲撃(1789年7月14日)のわずか2週間前だと言うから驚きです。しかしあまり昔のものであるためか、題名とお話だけが残り、音楽や振付はほとんど失われてしまいました。
 それをIvor Guestという舞踏史研究家がたくさんの資料を調べて本にまとめました。アシュトンもランチベリーもこのゲスト氏の業績に大いに助けられたようです。
 シリル・ボーモントの"The Complete Book of Ballets"に引用されたシャルル・モリスの説によると、ある日、店のウィンドゥをのぞいていたドーベルヴァルの目が、ある版画に釘づけになりました。
 小屋から若い村の男が逃走、その若い男に向かって年配の女性が彼の忘れ物の帽子を投げつけており、その側で若い娘が涙を浮かべている、というものです。その版画にインスピレーションを得たドーベルヴァルは短期間のうちにバレエを創りあげた、ということです。
 その版画はピエール・アントワーヌ・ボードワンの"Une Jeune Fille Querellee par sa Mere"ではないかとされており、ウィキペディア日本語版の「ラ・フィユ・マル・ガルデ」の項目にも画像が紹介されています。
 しかしながらこの版画では年配の女性は腰に手をあてており、帽子を若い男に投げつけてはいませんし、場所も納屋のようなところであり、ドーベルヴァルの着想のエピソードを紹介したシャルル・モリスの説明とは食い違っています。
 結局、着想の素となった版画は未だ正確には特定されていないようです。

 さて、初演時はLe Ballet de la Paille(わらのバレエ)と呼ばれていたこのバレエですが、1791年4月のロンドン公演からラ・フィーユ・マル・ガルデと呼ばれるようになりました。
 お話が単純明快で楽しいこのラ・フィーユ・マル・ガルデは、まもなく世界中に広まっていきます。
 1803年にはパリで上演され、大好評でした。この時は初演時の音楽とドーベルヴァルの振付が使われましたが、1828年11月17日からのパリ・オペラ座の上演では、ジャン・オメールが振付を改訂し、エルナン・エロールが音楽を担当しました。
 と言ってもすべてをエロールが作曲したわけではなく、オリジナルの中からもよいものを残し、自分の曲を付け加え、さらにはちゃっかりとロッシーニのオペラ「セヴィリアの理髪師」や「チェネレントラ」からも曲を借りてきたようです。1837年には人気バレリーナ、ファニー・エルスラーがリーズを踊りましたが、その時に新しいパ・ド・ドゥを付け加え、その音楽はほとんどドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」からとって来たようです。
 1864年にはポール・タリオーニがベルリンで新たに改訂版を作りましたが、音楽はドイツ人の作曲家ペーター・ルードヴィヒ・ヘルテルが担当し、エロールのものを部分的に取り入れながらも新しいスコアを作成しました。
 そしてそのスコアを使用して、1885年にレフ・イワーノフがペテルブルクのマリインスキー劇場のために新たな改訂版を作成しました。これより後の改訂版はこのイワーノフ版が基になっているという事です。
 アメリカでは1937年10月にモルドキン・バレエが、1940年1月にはブロニフラヴァ・ニジンスカがアメリカン・バレエ・シアターのために新版をプロデュースしました。
 近年のフランスでのヴァージョンはモクスワからヘルテルのスコアを持って亡命したアレクサンドラ・バラチョーワのもたらしたゴールスキー版を基にしているそうです。
※ バレエや版画のタイトルをフランス語で表記しておりますが、パソコンがフランス語対応にはなっておらず、加えて私の知識が不足しているため、つけておかねばならないアクセントマーックが抜けております。不正確ですみません。


アシュトン版について


 アシュトンがラ・フィーユ・マル・ガルデの改訂版を新制作すると決めた時、回りの反応はあまりよいものではありませんでした。今さらそんな古いものを…という疑問の声が多かったのです。しかし、幕を開けてみれば大成功でした。アシュトンのラ・フィーユ・マル・ガルデは初演から今に至るまで、英国ロイヤルバレエを代表する人気のバレエです。
 ラ・フィーユ・マル・ガルデを制作している間、アシュトンは常にベートーベンの田園交響曲を念頭におき、そこからインスピレーションを得て振付をしたらしいです。このバレエはいわばアシュトンによるバレエ版田園交響曲なのですね。
 そしてアシュトンは大好きなサフォークの明るく穏やかな田舎の光景…蜂のハミングが聞こえてきそうな、陽にゆらめく木の葉に彩られた春の終わり…を思い浮かべていたようです。
 アシュトンは大英博物館の資料から手書きでフランス語の台本をコピーしました。そして音楽は当初予定されていたマルコム・アーノルドが降板してしまったため、ジョン・ランチベリーが担当しました。
 ランチベリーはパリ・オペラ座の図書館から1828年当時のエロールのスコア、アメリカのチャイコフスキー財団からヘルテルのスコアを取り寄せ、それにゲスト氏が発見した1789年のボルドー版、ファニー・エルスラーが使ったドニゼッティーのパ・ド・ドゥの音楽を加え、うまくそれらを組み合わせて音楽を作りました。 
 そういった絶妙のアレンジだけでなく、ランチベリー自身が作曲した部分もかなりあるそうです。 

 また、振付について、アシュトンはマリインスキー劇場でイワーノフ版を踊っていたタマラ・カルサーヴィナの指導をあおぎました。カルサーヴィナは自分の知識をアシュトンに伝え、…これを下敷きにして自分のオリジナリティーを加えていきなさい、でもくれぐれもこのバレエのイノセントな魅力を壊さないようにね…とつけ加えました。
 特に2幕でリーズがコーラスとの未来を空想するマイムのシーンはカルサーヴィナの教えが生きているそうです。
 そういう訳なので、アシュトン版はイワーノフ版に非常に近いのだそうです。アメリカン・バレエ・シアターもモルドキンやニジンスカの版を基にしており、これも同じ源から発しているので、マイムのシーンや、あわてたリーズがコーラスを小さな引き出しの中に隠そうとしたりするところもほぼ同じなのだという事です。
 木靴の踊りはアシュトンのオリジナルのようですが、ロシア版にも子供たちが踊る木靴の踊りがあります。また、アランが傘にしがみついたまま強風に吹っ飛ばされるシーンも昔から受け継がれてきたもののようですね。
 アシュトンはそれらを受け継ぎながらも、それらを彼らしいステップで甦らせ、新しい魅力を与えたようです。

 アランが登場する最後のシーンですが、これもカルサーヴィナの言うイノセントさにあふれるいいシーンですね。アランはリーズに横恋慕したわけではなく、頭の弱いアランを心配した父親がよい嫁をとろうとしてリーズとの結婚を画策しただけです。ですから、リーズがアランを相手にせずにコーラスと結ばれてもアランは可愛そうなわけではなく、赤い傘さえあればご機嫌なのです。
 ドン・キホーテのガマーシュとは違って、アランは何だか応援してあげたくなるキャラクターですね。 
 
 アランだけでなく、トーマスやシモーヌも個性的な魅力あふれるキャラクターです。
 トーマスは金持ちで威圧的に見えますが、頭の足りない息子を心配して何とか身がたつようにしてやりたい、と思っている子煩悩な父親に思えます。
 さらにおもしろいのはシモーヌです。アシュトン版では男性が演じますが、がさつで大げさな身振りが笑いを誘います。このシモーヌ、夫亡き後は女手一つで農園を管理し、一人娘のリーズを育てています。
 農夫たちに収穫を依頼するぐらいの大きな畑を持っているのですから、管理も大変だと思います。農夫たちとの賃金の交渉や監督だって、下手をすれば女だと馬鹿にされてしまいますから、並みの男よりしっかりとやる必要があるでしょう。
 そんな苦労をしてきたシモーヌですから、リーズには無駄な苦労をさせたくないと思い、裕福でしっかりした父親のいる家へ嫁がせたいと思ったのではないでしょうか。シモーヌはお金にひかれている面も確かにあると思いますが、娘の幸せを願う暖かい心を持った母親だと思います。
 頭の足りない息子の将来を思って健康なよい嫁をもらおうとする父親と、ただがめついだけではなく、未亡人として苦労して来た経験から裕福でしっかりした父親のいる家庭へ娘を嫁がせようとする母親。だけど娘には好きな男性がいて、その男性はお金はないけれど、機知も勇気もあって、ついには二人の真剣な気持に母親も情を動かされて二人の仲を認める…。
 やはり、アシュトン版はイノセントな魅力に満ちていると思います。

 なお、このアシュトン版は日本では「リーズの結婚」と呼ばれていますが、英国では"Wayward Daughter"(わがまま娘)という副題がつけられています。ロシア版は「無益な用心」と呼ばれています。
 また、ロシア版では登場人物の名前がアシュトン版とは違っており、リーズはリーズですが、コーラスはコーラン、シモーヌはマリセリーヌ、アランはニケーズ、トーマスはミショーという名前になっています。
 また、このアシュトン版はもともと二幕三場ですが、地方巡業での舞台の都合から、三幕としたヴァージョンもあるようです。私が参照した英国ロイヤルバレエ団のDVDも三幕となっていましたが、「詳しい物語」ではロイヤル・オペラハウスのストーリー解説と同様に二幕三場と表記しました。




DVD「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」

    英国ロイヤルバレエ団
    配役   リーズ・・・・・・・・・・レスリー・コーリア
          コーラス・・・・・・・・マイケル・コールマン
          シモーヌ・・・・・・・・ブライアン・ショウ
          トーマス・・・・・・・・レスリー・エドワーズ
          アラン・・・・・・・・・・ギャリー・グラント
    1981年 於 コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラハウス
    発売元  NVC ARTS
ROYAL OPERA HOUSE (HP) : La Fille Mal Gardee : My Conception of La Fille mal gardee /Sir Frederick Ashton
Ballet.co  (HP) : La Fille Mal Gardee in perspective/Clive Barnes
クララ 2009年11月号  新書館
スーパーバレエ・レッスン〜  日本放送出版協会
   〜ロイヤル・バレエの精華 吉田都〜 


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