物語詩 The Corsair ジョージ・ゴードン・バイロン/作 (1814年)
バレエ Le Corsaire ジョセフ・マジリエ/原台本・原振付 (1856年)


 HOME

ストーリー辞典に戻る




<あらすじ>


〜バイロンの物語詩〜


 コンラッドは海賊の絶対的な首領。まだ若い時に人生に絶望し、平然と悪事を重ねて来たコンラッドだが、そんな彼にも人間らしいところが残っており、美しい妻メドラを唯一の希望として深く愛していた。
 ある日、味方から、トルコのパシャ(太守)、ザイードが海賊島を襲撃しようとしているという知らせが届く。コンラッドは迷わず先制攻撃を仕掛けようと、夜のうちに敵の軍隊が集結するコロンの入り江に向かった。
 そして海賊たちは、勝利の前祝に浮かれるトルコ軍を急襲する。不意打ちをくらったザイードはじめトルコ軍は浮き足だって逃げ出した。コンラッドの命令で街には火が放たれるが、ハーレムから悲鳴が聞こえたため、コンラッドは危険も顧みず、女たちを救うために燃え盛るハーレムに飛び込んだ。そしてコンラッドはザイードの愛妾である美しき奴隷グルナーレをその腕に抱いて救出したのであった。
 ザイードの寵を受けながらも奴隷として心の尊厳をふみにじられてきたグルナーレは、何の見返りも要求せず助け出してくれたコンラッドの高潔な姿に胸がときめくのをおさえる事ができなかった。
 しかしまもなく海賊が少数である事に気がついたトルコ軍が戻って来て、海賊たちは壊滅状態となり、負傷したコンラッドは囚われの身となった。そして重い鉄の鎖で身体を縛り上げられ、高い塔に閉じ込められ、死刑を待つ身となった。
 そこへグルナーレが現れ、お慕いするあなた様をお助けしたい、と申し出た。コンラッドは、自分には愛する妻がいるし、もう死ぬ覚悟はできている、とグルナーレの申し出を断るが、情熱に燃えるグルナーレの心は変わらなかった。そんなグルナーレは、生き地獄に現れた美しい幻、天使のように、コンラッドには思われるのだった。
 グルナーレはザイードにうまく取り入ってコンラッドの死刑を延期させようとするが、嫉妬深いザイードはグルナーレとコンラッドの仲を疑い、海賊の命どころかお前の命も容赦しないぞ、とグルナーレを恫喝した。その居丈高な態度にグルナーレの中で何かが切れてしまい、何としてもコンラッドを助け出し、彼と共に逃げようと決心した。たとえ主人であるザイードを殺す事になろうとも。 
 そして準備万端を整えたグルナーレは再度コンラッドの元に現れ、懐剣でザイドを殺すように、と促した。コンラッドは優しくかよわいはずのグルナーレの恐ろしい言葉に驚き、その申し出を拒否するが、それならば私が自分でやりましょう、と言ってグルナーレは消えた。コンラッドは驚いて後を追うが、もう遅かった。ザイードの部屋から出て来たグルナーレの額には殺人の印である血痕が刻印されていた。
 そのままグルナーレに促され、コンラッドは船に乗ってコロンの街を離れたが、助かったにもかかわらず、心は重かった。心ひかれた美しい手弱女のイメージは今やグルナーレから失われた。たとえ自分を助けるためであったとしても、コンラッドにとって人を殺めた女はもはや女ではなかったのだ。コンラッドはグルナーレに最初で最後の接吻を与えるのみだった。
 そしてコンラッドはメドラの待つ我が家へと戻ったが、そこで彼が見たのはメドラの屍であった。コンラッドが敵に生け捕りにされたと聞いたメドラは自ら命を絶ったのである。コンラッドの中で何かが崩れた。すべての希望を失った彼はひたすら泣き続けた。
 翌日、コンラッドの姿は島から消えていた。以来、その行方は誰も知らない。
(終わり)






〜バレエ「海賊」〜



 仲良しのギリシャ娘メドラとギュリナーラは海岸で遊んでいる時、難破した海賊船の影で気を失っている海賊たちを見つけました。娘たちは海賊を介抱してやりますが、その際メドラは海賊の首領コンラッドと恋に落ちてしまいました。
 しかしそこへトルコ兵を引き連れた奴隷商人ランゲデムが現れ、メドラとギュリナーラはじめそこにいた娘たちをみんなさらっていってしまいました。
 ランゲデムはまず美しいギュリナーラを金に糸目をつけないパシャに売りつけ、更に一番の上玉メドラで大もうけをしようと企みました。しかしそこへビルバンドら海賊たちを率いたコンラッドが現れ、メドラや娘たちを奪い取って海賊島へ連れて行ってしまいました。ランゲデムも生捕りにされ、連れていかれました。
 部下のビルバンドは連れて来た娘たちを分配するようコンラッドに求めましたが、コンラッドは、娘たちを自由にしてやって欲しいというメドラの願いを聞き入れ、娘たちを解放してしまいました。ビルバンドは不満を募らせ、そこへつけこんだランゲデムがうまくビルバンドを抱き込んで、眠り薬でコンラッドを眠らせてしまい、メドラを再び拉致してうまくパシャに売りつけてしまいました。
 美しいメドラを手に入れたパシャは大喜びでさっそくメドラやハーレムの女性たちの踊りを楽しんでいましたが、そこへ敬虔な巡礼の一団が現れ、共に祈りを捧げましょう、とパシャに申し出ました。パシャはすっかりその気になって祈り始めましたが、その間に巡礼たちは衣をかなぐり捨てて正体を現しました。コンラッドと海賊たちだったのです。あわてふためくパシャをものともせず、コンラッドは再びメドラを取り戻しました。
 そしてコンラッドとメドラは、今度こそ幸せにあふれて、海へと漕ぎ出して行くのでした。
(終わり)
※ バレエに関しては19世紀後半以降、ロシアにおいて数回の大きな改定がなされました。ここにご紹介したのはグーセフ版を元にしたもので、マジリエの原版とはかなり違っています。

※ マジリエ版はMIYU’sコラムでご紹介しています。




<詳しい物語>

〜バイロンの物語詩〜


第一部

 まだギリシャがトルコに支配されていた時代の事である。海賊の島に味方の船が帰って来た。彼らは味方のスパイからの書簡を持って帰って来たのだ。その書簡を読んだ首領のコンラッドはすぐさま部下たちに命令を下した。すぐに出発の用意をしろ、と。
 誰もコンラッドに異議を唱える者などいない。コンラッドは人を服従させる力と魔法を持つ、絶対的な首領なのだ。若くして失意の苦しみをなめたコンラッドは心から人間を憎悪するようになっており、人を愛したり哀れんだりする情はなくなっていた。人の心を見抜き、射抜くような眼光で支配しながら、一切の情から超然としていた。
 そのように威圧的で孤独なコンラッドにもまだ人間らしいところがわずかながら残っていた。彼にはメドラという美しい妻がおり、その妻を唯一の希望として深く愛していたのである。メドラはどこまでも優しく、コンラッドへの愛情のみによって生きているような女であった。
 この度もメドラはコンラッドの身を案じ、彼との平和な日々を願ったが、コンラッドは未練を振り切ってメドラに別れを告げた。そして留守を部下のアンセルモに託し、最後の戦いになるのではないか、という予感を抱きながら船に乗り込み、出発した。
 船はすばやくコロンの入り江に着き、密かに錨をおろした。そしてトルコ軍に奇襲を仕掛けるべく、部下たちは任務についた。

第二部
 
 港には明々と灯りがついており、明日こそ海賊を根こそぎ退治できると信じるトルコのパシャ(太守)、ザイードはじめトルコ軍は勝利の前祝の真っ最中だった。 
 と、ザイードのいる広間に、海賊の島から逃げ帰ったという修道僧が案内されて入って来た。ザイードは海賊たちの人数など海賊島の詳細を聞き出そうとしたが、どうにも修道僧の様子に腑に落ちないところがある。不思議に思いながらふと窓辺を見ると、入り江が火の海になって照らし出されていた。
 海賊の奇襲だ!…蒼白になったザイードの前で修道僧は衣を脱ぎ捨て、コンラッドが姿を現した。
 突然の奇襲に驚いて、海賊が大群だと誤解したトルコ軍は浮き足立って逃げ出した。コンラッドの命令で街には火が放たれたが、その猛火の中、ハーレムから女たちの悲鳴が聞こえて来た。
 男たちに見捨てられ、抵抗する術もない女たちへの攻撃を潔しとはしないコンラッドは、部下たちに女たちを救うようにと命令し、自らも猛火をも顧みず、ハーレムに飛び込んだ。そして燃えるような美貌の若い女性をその腕に抱いて救出した。その女性こそザイードの愛妾、ハーレムの女王である女奴隷グルナーレであった。 
 コンラッドが脅えるグルナーレを気づかっている間に、海賊が実は少数である事を悟ったトルコ軍が引き返して来た。。復讐に燃えるザイードの命令でトルコ軍は海賊に襲いかかり、ほどなく海賊は奮戦むなしく壊滅状態となった。
 コンラッドは重傷を負い、累々たる屍の中に倒れていたが、トルコ軍に見つかって高い塔にある獄舎へと引っ立てられた。そして重い鉄の鎖で身体を縛り上げられた。
 鎖が身体に食い込み、意識は千々に乱れた。しかしそれでもなお自尊心を失わないコンラッドは、勇気を持って潔く死を迎えたいと願っていた。そんなコンラッドの唯一の気がかりは妻メドラの事だった。あの優しく愛情深いメドラは自分が死んだらどんなに嘆くことだろうか…。
 奇襲の実行からわずか1時間。意識が朦朧としてきたコンラッドは眠りに陥った。



 一方、グルナーレは恐ろしいはずの海賊がザイードに見捨てられた自分を命がけで助け出し、優しい言葉をかけてくれた事が忘れられないでいた。そしてザイードがどうやってコンラッドを苦しめ、もっとも残虐なやり方で彼の処刑を行おうかと考えているのを知るにつけ、何とかして彼を助けたい、もう一度会って勇気づけたい、という気持が抑えられなくなって行った。
 そしてグルナーレは眠っているザイードからその身分を示す指輪をそっと抜き取り、闇の中でそれを見張りたちに見せながら、あやしまれる事なくコンラッドが閉じ込められている高い塔までたどり着いた。
 気配を感じたコンラッドは目を開いた。コンラッドにはグルナーレが地獄に突然現れた天使の幻のように思われたが、グルナーレは口を開き、こう言った…ザイードは考えうる限り最も残虐な方法であなたを処刑しようと知恵を絞っていますが、私は何とかしてあなたを助けたいのです。まずは処刑をできるだけ延期するようにザイードにはたらきかけてみます…。
 コンラッドは、なぜ自分のような悪漢の海賊にそんな情けをかけてくれるのか、とグルナーレに問うた。グルナーレは、あの猛火の中からザイードに見捨てられた私を助けてくれ、人間らしく優しく接してくれたあなたをお慕いしています、何とかしてご恩をお返ししたいのです、と言った。
 コンラッドは自分には愛する妻がいる事、また自分はすでに死を覚悟している事を伝えたが、グルナーレの気持は変わらなかった。
 グルナーレにとって、ザイードは金で自分を買い取って所有者になった男にすぎなかった。どんなにザイードが彼女の美しさに溺れて贅沢をさせようと、あくまでも彼女はお気に入りの奴隷にすぎず、いつも心の尊厳を傷つけられるばかりであった。そんなザイードに一度たりとも愛情を感じた事はない。
 しかしコンラッドは違う。彼は何の見返りも要求せずに危険をおかしてまで彼女を猛火の中から助けてくれ、震える彼女を優しく気づかってくれたのである。
 もはやグルナーレの中でコンラッドへの愛は抑え切れないものとなり、その情熱は燃えさかっていた。自分の気持をコンラッドに伝えながらグルナーレの目からは涙がこぼれ出た。そして、何とかしてあなた様をお助けいたします、と言い残してグルナーレは去って行った。
 生き地獄に幻のように現れた優しく美しい女。その燃えるような愛と情熱。その涙はコンラッドの胸の奥深くへと入り込み、つかの間とは言え、妻のメドラをさえ忘れさせるのであった。


第三部


 海賊の島ではメドラがコンラッドを心配して心を痛めていた。そこへひどく破損した海賊船が一隻帰って来たが、船に乗っている者たちはみな傷つき、血だらけだった。それを見たメドラは敗戦を悟り、コンラッドの死を覚悟した。
 しかし帰還者の証言はもっと衝撃的なものだった。傷ついたコンラッドが敵に生捕りにされたというのだ。それを聞いたメドラは気を失ってしまった。
 生き残りの者たちは留守番役のアンセルモに奇襲攻撃の失敗について報告した。アンセルモら、残された部下たちは次に自分たちの取るべき行動をきめなければならなかったが、誰も迷う者はいなかった。トルコ軍の来襲を恐れて逃げ出そうとは誰も考えなかったのだ。…味方の弔い合戦をし、コンラッドを救い出す…彼らの心は決まっていた。



 一方グルナーレはいつものようにザイードの側にはべりながら、…このままでは海賊たちは財宝を持ってどこかへ逃げてしまいます。コンラッドを殺すよりは生かしておいて海賊から身代金をとりあげる方がよくはありませんか…とザイードをそそのかし、何とかコンラッドの処刑を食い止めようとしていた。
 しかしザイードはそんな罠にははまらなかった。ザイードが考えている事はいかにしてコンラッドをなぶり者にした挙句、残虐に殺すか、という事のみであったのだ
 そればかりか、嫉妬深いザイードはグルナーレとコンラッドの仲を疑い始めた。…あの猛火の中でお前はわざとぐずぐずしていて、海賊と共に逃げ出そうとしていたのだろう…と決めつけ、海賊の命どころか、お前の命だって容赦はしないんだぞ、とグルナーレを恫喝して部屋を出て行った。
 しかしグルナーレは平然としていた。もはや彼女の中でわずかながらでも残っていた何かが切れてしまったのである。…ザイードには自分の言った言葉がそのまま降りかかって来るだろう。私は海賊と共にここから逃げる。お慕いするコンラッド様を何としてでもお助けして…それは例え主人であるあのザイードを殺す事になろうとも…だ…。
 ザイードへの嫌悪とコンラッドへの情熱に燃えるグルナーレは、危険な道を選ぶ決心をしたのであった。



 塔に幽閉されているコンラッドは、苦しみと孤独の中で、自分が首切り斧や刑柱を前にして取り乱してしまうのではないか、という恐れと戦っていた。今の彼は励ましてくれる存在を求めていた。しかしあの美しい幻はあれきり姿を見せない。嵐や雷さえもやっては来たが彼を避けて通り、惜しくもない命を奪う事なく通り過ぎて行った。
 しかし数日後、グルナーレはついに現れた。やつれ果てたグルナーレは言った。…ザイードは最も残酷な方法であなたをなぶり殺しにしようとしています。それを避ける方法は1つ。私と一緒に逃げてください。その際にどうしても避けられない事があります。この懐剣でザイードを殺してください。殺さなければザイードはすぐに追手を出して、あなたも私も殺されてしまうでしょう…。
 しかしコンラッドはグルナーレの提案を断った。女の計画にのって敵の寝首をかくような卑怯な真似をしてまで生き延びようとは思わなかったのだ。コンラッドは、さらばだ、とグルナーレに別れを告げた。
 しかしこの計画にすべてを賭け、すでに周到な準備をして来たグルナーレは後には退かなかった。グルナーレは言った。…私はあなたに加えられる苛烈な刑罰を見たくはありません。あなたが嫌とおっしゃるならば、私が自分でやってご覧にいれましょう…。
 そしてグルナーレは暗闇の中へと消えた。
 驚いたコンラッドは身体に食い込む鎖をかき集め、真っ暗な中をできるだけ急いでグルナーレの後を追いかけた。衛兵たちは皆グルナーレに手なづけられており、誰もコンラッドをとがめる者はいない。
 やがてコンラッドは広々した回廊に出、ある部屋からもれる一筋の光に目を射られた。そこから急ぎ足の影が映り、影は室内を振り返って立ち止まった。グルナーレだ。
 グルナーレは懐剣を持ってはいなかった。コンラッドは安堵した。…あの優しい心では大罪は犯せなかったのだ…。しかしグルナーレの目にはすさんだ光が浮かんでいた。そしてその額にはわずかにであるが、血痕がついていた。
 それを見た瞬間、コンラッドのすべての血管は戦慄した。すべての美がグルナーレから消え失せたように思われた。コンラッド自身は冷酷にも幾多の殺人を犯しはしたが、そんな彼にとっても優しくあるべき女の身で人を殺める事は許しがたい事であったのだ。
 コンラッドに気づいたグルナーレは言った。…ザイードを殺しました。でももうすべては済んだ事です。さあ、早く船に乗って逃げましょう…。
 グルナーレが手を叩くと、味方のギリシャ人やムーア人が駆けつけ、コンラッドの鎖を解いた。身体は再び風のように自由になった。しかし心には鉄鎖がつけられているかのように、重苦しい悲しみが宿っていた。
 グルナーレの合図で扉があき、海岸へ向かう秘密の扉が開かれた。コンラッドはグルナーレに手招きされるままに後を追った。 



 人々は船に乗った。コロンから遠ざかるにつれてコンラッドは慟哭した。いろいろな思いが錯綜した。恐怖、悲哀、罪悪、失われた部下たち、そして彼を深く愛し、待つ妻メドラ。しかし振り向いた彼の目に映ったのは、人を殺めた女、グルナーレであった。
 グルナーレはコンラッドの氷のような冷ややかな態度に耐えられなくなった。グルナーレは涙と共に言った。…今日だけは私を責めないでください。あなたを愛していなければ私の罪はもっと軽かったでしょう。でもあなたは苛烈な刑罰の末に死んでいたでしょう。そうなっていたならば、こうやって私を憎む事もできなかったのです…。 
 グルナーレの言葉はコンラッドを辱めた。しかし責めるべきはグルナーレではない。己が身の哀れさなのだ。コンラッドの胸中は傷ついて血を流していた。
 船はどんどん走り、水平線の彼方から黒い点が見えて来た。やがて点はどんどんと大きくなり、ついには船となった。アンセルモの船だった。コンラッドの姿を認めた船からは歓声が沸きあがった。
 皆はアンセルモの海賊船に乗り移った。海賊たちは好奇心に満ちて、いぶかしげにグルナーレを見た。今やグルナーレは頼りなさげにコンラッドの側に立っていた。
 コンラッドは女心の哀しさは察したが、殺人には深い憎悪を感じていた。しかしグルナーレはコンラッドのために地上の、そして天上の一切のものを捨てて来たのである。
 コンラッドは別人のようにつつましいグルナーレの手をとり、握りしめた。彼女の手にも彼の手にも力はなかった。そしてコンラッドはそのままグルナーレを抱き、最初で最後となる接吻をした。もしあのような戦慄すべき事さえなければ、妻への誠実ささえ失われたかもしれない美しい女へのたった一度の接吻を。



 船は海賊島へと到着した。島は喜びに沸いた。コンラッドはメドラの待つ高殿の我が家へと急いだが、我家からは灯りがもれていなかった。こんな事はかつてなかった。
 コンラッドはメドラの部屋へと駆け込んだが、そこで彼が見たのはメドラの屍であった。コンラッドが敵に生捕りにされたと聞いたメドラは、自ら命を絶ったのである。
 唯一の希望、深い愛情の対象である女性は今や失われた。コンラッドの心は崩れ、泣き続けた。やがてすべてを失くしたコンラッドは放心して何処かへと姿を消した。
 朝になり、アンセルモがコンラッドを訪ねた。しかしコンラッドの姿はなかった。部下たちはコンラッドを捜し求め、くまなく捜した。すると渚に小船をつなぐ綱が切られているのが見つかった。部下たちは海上も捜した。しかしその日以来コンラッドの姿を見た者はいない。消息も全くない。
 部下たちはメドラの墓碑は建てたが、コンラッドのは建てなかった。その最後は定かではないのだ。しかしその所業は知れ渡り、一つの徳義と幾千の犯罪とをかざる「海賊〜コルセア〜」の名は今も残っている。
(終わり)





〜バレエ「海賊」〜



プロローグ (荒れ狂う海)


 難破寸前の海賊船。海賊の首領コンラッド、部下のビルバンドや奴隷のアリたちが何とか沈没を免れようと奮闘しましたが、マストは折れ、船は大きく傾きました。そして大波を被りながらまるで木の葉のように流されて行きました。
 ※ ABTが上演するセイゲイエフ版では、このシーンの海賊船は勇ましく航行するだけで、難破はしません。難破はラストシーンに持って行かれています。


第一幕・第一場 (ギリシャの海岸)


 幸いにも船は沈没を免れ、とあるギリシャの島に流れ着きました。浜辺に投げ出されて意識を失っていたコンラッドたちは、意識を取り戻すや、よろよろと船に向かって歩き始めましたが、船の陰で再びばったりと倒れてしまいました。
 そこへ奴隷商人のランケゲムが現れ、どこかに若い娘たちがいないか、と抜け目なくあたりを見回しました。美しいギリシャの娘たちをさらって行き、奴隷市場で売って儲けようとしているのです。
 ランケデムが難破した海賊船に気づいた時、向こうから美しいギリシャの娘たちがやって来ました。これはカモがネギをしょってやって来たぞ、と思ったランケデムはそっと姿を消し、このあたりの警備を担当するトルコ兵を呼びに行きました。
 娘たちはそんな事とは露知らず、浜辺で楽しそうに戯れ始めました。美しい娘たちの中でもひときわ美しいのはギュリナーラと少し遅れてやって来たギュリナーラの仲良しメドーラです(メドラ、ギュリナーラ、ギリシャの娘たち)
 メドーラはみんなと一緒に楽しそうに遊んでいましたが、ふと物陰に人が倒れているのに気がつき、駆け寄りました。そしてコンラッドを助け起こしましたが、その時、意識を取り戻したコンラッドと目が合い、たちまち2人は恋に落ちてしまいました。
 他の娘たちも倒れている海賊たちに駆け寄り、介抱してやりました。
 コンラッドは娘たちに自分たちが海賊で、大しけに船が難破してこの浜辺に打ち上げられた事を話しましたが、その時、トルコ兵たちが近づいて来るのが見えました。海賊がトルコ兵に見つかったら捕まってひどいお仕置きをされてしまいます。そこでメドラたちはまだ足元もおぼつかない海賊たちを急いで物陰に隠しました。
 難破した海賊船らしい船がある、と言われてやって来たトルコ兵たちでしたが、ランケデムにお金をつかまされ、人さらいの片棒を担ぐことになりました。そしてメドラ、ギュリナーラはじめ娘たちはみんなつかまってしまい、奴隷市場へと引っ立てられて行きました。
 それを物陰から見ていた海賊たちは慌てました。そしてコンラッドは、メドラと親切な娘たちを何としても取り戻すぞ、と決心するのでした。
 ※ ABTのセルゲイエフ版ではこの場面はありません。いきなり奴隷市場から始まり、そこでコンラッドとメドラが出会い、2人は恋に陥ります。


第一幕・第二場 (奴隷市場)


 市場は奴隷を求める男たちで大賑わいです。パレスチナ、アルジェリアなど、いろいろな所からさらわれて来た娘たちが次々と競りにかけられ、トルコの男たちは品定めをした後、奴隷商人と値段の交渉をしていました。一方、娘たちは物のように扱われる自分たちの不幸な身の上を嘆くのでした(パレスチナの踊り、アルジェリアの踊り)
 ギュリナーラもランケデムに連れて来られ、競りにかけられました。ランケデムは美しいギュリナーラをあちらこちらに連れ回して見せびらかし、値段を釣り上げようとしました。
 ギュリナーラとランケデムのグラン・パ・ド・ドゥ(パ・ド・エスクラヴ〜奴隷の踊り〜)
   
* アントレ
   * ギュリナーラとランケデムのアダージオ
   * ランケデムのヴァリエーション
   * ギュリナーラのヴァリエーション
   * コーダ
※ 奴隷商人と競りにかけられている娘のグラン・パ・ド・ドゥなんてちょっと変わってますが、けっこう楽しい踊りです。
 多くの客たちがギュリナーラを欲しがりましたが、それまで気にいる娘がおらず、財布のひもを固く締めたままだった大金持ちのパシャがとりわけ熱心で、大金を出してギュリナーラを買い取りました。ギュリナーラは早速ハーレムへ連れて行かれてしまいました。
 これに味をしめたランケデムは更なる大もうけを企み、一番の上玉メドラをもったいぶって連れて来ました。メドラは自らの境遇を嘆きましたが(メドラのヴァリエーション)、それでも客たちはその美しさに息をのみました。
 パシャはさっきギュリナーラを買ったばかりだというのに、もうすっかりメドラに夢中です。強欲なランケデムはとんでもない値段をふっかけましたが、美しい娘に目がないパシャはランケデムの言い値でメドラを買い取ろうとしました。
 パシャとランケデムの取引が成立しようとしたその時、たくさんの家来を連れた立派な服装の男が現れて2人の間に割り込みました。そして男はメドラを買い取りたい、と、パシャよりも高い値段をつけました。
 思わぬライバルの出現にパシャは戦々恐々。メドラも脅えていましたが、謎の男がメドラにそっと自分の正体を明かすと、メドラの顔がパッと輝きました。何と、コンラッドだったのです。
 コンラッドは、しばらくパシャと張り合うふりをしていましたが、折を見て変装用の衣装を脱ぎ捨て、正体を現しました。突然現れた海賊たちにパシャはじめ客たちや女たちは大慌て。
 その混乱の中、コンラッドはメドラを抱きかかえ、海賊たちは財宝を奪い、他の娘たちや縛り上げたランケデムを連れて素早く船に乗り込み、悔しがるパシャを後目に悠々と海賊島へと漕ぎ出して行きました。
 ※ ABTのセルゲイエフ版では、クラシック・トリオ〜三人のオダリスクの踊り〜がこの奴隷市場で踊られ、また海賊たちや女たちの賑やかな踊りも一部ここで踊られます。話しの運びだけではなく、踊りが挿入される場所も版によって実にいろいろなのです。


第二幕 (海賊の洞窟)


 コンラッドたち海賊は、メドラはじめ娘たちを連れ、奪った財宝を携えて意気揚々と洞窟へ帰って来ました。縛られたランケデムも連れて来られ、娘たちから散々に罵声を浴び、小突かれていました。
 やがて、コンラッドの合図で宴が始まりました。
  ・ 海賊たちと女たち、娘たちの踊り
  ・ コンラッドの短いソロ
  ・ 武器を持ったビルバンド、海賊たち、女たちの踊り (フォルバン)
  ・ グラン・パ・ド・ドゥ(トロワ)
      * アダージオ (メドラ、コンラッド、アリ)
      * アリのヴァリエーション
      * メドラのヴァリエーション
      * コンラッドのヴァリエーション
      * コーダ (アリとメドラの回転合戦)
 座は楽しく盛り上がりましたが、奴隷市場からは逃れたものの、娘たちが囚われの身である事にはかわりはありません。そこで、娘たちは今やコンラッドにとってかけがえのない女性となったメドラに、自分たちの解放をとりなしてくれるように頼みました。
 メドラがコンラッドに懇願すると、義侠心に富んだコンラッドは即断で娘たちの解放を決め、財宝まで分け与えました。しかし粗暴な部下ビルバンドとその一味は大反対です。奪って来た財宝や娘たちはみんなで山分けにする決まりではないか、と主張し、短剣をかざしてコンラッドに刃向ってきました。しかしアリたち護衛にねじ伏せられ、ついには降参しました。
 そしてコンラッドは娘たちを解放し、メドラと共に寝室へと引き上げて行きました。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 屈服はしたものの、ビルバンドとその一味はおもしろくありません。寄り集まって鬱々としていましたが、そこへランケデムが近寄って来ました。強欲なランケデムはまだメドラをパシャに売る事をあきらめてはおらず、何とか隙を見てメドラをさらい、脱出しようとチャンスをうかがっていたのです。
 そしてランケデムは、ビルバンドたちに、縄を解いてくれたらいい復讐方法を教えてやる、と話をもちかけました。
 ビルバンドたちが縄を解いてやると、ランケデムはふところから眠り薬を取り出しました。その眠り薬を花束に浸み込ませ、贈物だと偽ってコンラッドに渡し、眠ったらその隙にやっつけてしまえばいいではないか、そしてメドラはパシャに売り飛ばしてその代金を山分けしょう、と言うのです。
 ビルバンドたちはこの話に乗り、きれいな花束を用意してランケデムに渡しました。ランケデムは花束にたっぷりと眠り薬を浸み込ませ、コンラッドの寝室へと向かいました。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 一方、寝室に戻ったコンラッドは、平和な気持でメドラと愛に満ちた時間を過ごしていました。(コンラッドとメドラのパ・ド・ドゥ)
 そこへランケデムが現れ、贈物に見せかけてメドラに花束を渡しました。メドラは美しい花束にうっとりし、コンラッドに捧げました。コンラッドも花束のよい匂いに惹きつけられ、顔を近づけてその香りを思いっきり吸い込みました。
 途端にコンラッドは頭がくらくらし、気が遠くなって来ました。メドラはびっくりして駆け寄りましたが、コンラッドはそのままベッドに倒れこみ、眠ってしまいました。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 と、複数の足音が聞こえ、脅えるメドラの前に、ビルバンドとその一味、そしてランケデムが現れました。そしてビルバンドたちはメドラに向かって短剣をふりかざしました。
 ランケデムは大慌てで、大事な商品なんだから傷はつけるな、復讐すべき相手はコンラッドだろう、とビルバンドに注意しました。
 メドラは何とかコンラッドを起こそうと揺り動かしましたが、ぐっすりと眠り込んだコンラッドが起きる気配はありません。その時、ビルバンドがコンラッドに向かって短剣を振り下ろそうとしたので、メドラはコンラッドの上に覆いかぶさって庇いました。
 海賊たちはその様子を見て、やっぱりこいつも殺した方がいいんじゃないか、と笑いながら言い合っていましたが、その隙にメドラは誰か人を呼ぼうと駆け出しました。
 ランケデムはランケデムで、海賊たちの注意がそれているのを利用してメドラをさらって逃げ出し、売却代金を独り占めしようと、そっとメドラを追いかけました。
 追いかけられたメドラは仕方なく倒れているコンラッドの所へ戻り、これはもう自分が戦うしかないと決心して、コンラッドが腰に帯びていた短剣を密かに隠し持ちながら、再びコンラッドを庇おうと、上に覆いかぶさりました。
 ビルバンドは再び邪魔になるメドラをコンラッドから引っ剥がしてコンラッドに斬りつけようとしましたが、メドラは勇敢にもビルバンドに向かって短剣を振り下ろし、手首に傷を与えました。
 ビルバンドや一味の者たちはメドラの思わぬ反撃にびっくりして騒ぎたてましたが、その隙に、今だ、とばかりにランケデムはメドラを抱え上げ、すたこらさっさと逃げ出してしまいました。
 謀られた、とばかりにビルバンドたちはランケデムを追いかけました。そこへ騒ぎを聞きつけたアリと護衛の者たちも駆けつけ、護衛の者たちはランケデムを追いかけて行きました。
 アリはコンラッドをゆすって起こし、ランケデムがメドラをさらって行った事を報告しました。コンラッドはたちまち真っ青になり、何としてでももう一度メドラを取り戻すぞ、と固く決心しました。
 ※ ここの芝居も版によっていろいろだと思います。ABTのセルゲイエフ版では、眠り薬を使った反乱の首謀者はビルバンドで、ランケデムは無理やり実行役を押し付けられた事になっています。
 また、同じグーセフ版でもレニングラード国立のパンフレットでは、ビルバンドがランケデムと一緒にメドラをさらう事になっていました。

第三幕 (パシャのハーレム)


 ギュリナーラはすっかりパシャのお気に入りとなりました。今日もパシャはギュリナーラの美しさにうっとりです。そこへランケデムがやって来て、新しい女性を手に入れたので、ぜひともお目にかけたい、と言いました。娘好きのパシャはそう言われると断れません。
 ずるいランケデムはパシャを焦らして値段を釣り上げるため、まずごく普通の娘たちを何人か連れて来ました。
 ギュリナーラの美しさに慣れてしまったパシャはもはや普通の娘では満足できず、この程度では買う気はない、と断りました。ランケデムは、次にまあまあ美しいかな、という娘を三人連れて来ました。そして娘たちに踊りを踊らせました。 
   ・ クラシック・トリオの踊り (三人のオダリスク)
       * 三人の踊り
       * 第一ヴァリエーション
       * 第二ヴァリエーション
       * 第三ヴァリエーション
       * コーダ
 とても素敵な踊りでしたが、パシャは首を縦には振りません。それどころか、不機嫌に三人の娘たちを追っ払ってしまいました。
 その様子を見たランケデムは今だ、とばかりにヴェールを被せたメドラを連れて来て、パシャの前でもったいぶってメドラのヴェールを取り去りました。
 おおっ!…メドラを見たパシャは喜色満面です。でも喜んだのはパシャだけではありませんでした。思いがけず仲良しのメドラに再会したギュリナーラも大喜び。
 そしてメドラ、ギュリナーラをはじめ、ハーレムの娘たちは総出でパシャに踊りを披露することになりました。
  ・ 生ける花園
       * ナイラワルツ 〜花の踊り〜 (コールド、ギュリナーラ)
       * アンダンテ  (コールド、メドラ)
       * ギュリナーラのヴァリエーション
       * メドラのヴァリエーション
       * コーダ
 メドラが加わったハーレムの華やかさは格別です。感激したパシャは大喜びでランケデムに大金を払いました。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 ランケデムが、ついにやったぞ、と思ったその時です。宦官がパシャにお伺いをたてにやってきました。敬虔な巡礼の一団が現れ、パシャと共に祈りを捧げたがっている、と言うのです。
 お祈りと聞いたパシャはどうぞ、どうぞと巡礼たちを歓迎し、自らもひれ伏して祈りを捧げ始めました。
 その隙に巡礼のリーダーは衣の下から顔をのぞかせ、メドラに合図を送りました。そう、コンラッドです。有限実行のコンラッドは、再びメドラを取り戻すために変装してやって来たのです。
 メドラは大喜びでコンラッドに抱きつきました。しかしパシャはひれ伏して祈っているので、気がつきません。しかもアリがつきっきりでパシャの信仰心をあおります。何をされてるとも知らず、パシャはただひたすら、ありがたや、ありがたや…。
 その間に海賊たちは護衛の兵士たちをノックアウトし、部屋の外へひきずって行き、ついには護衛は誰もいなくなりました。すると、コンラッドはじめ海賊たちは衣を脱ぎ捨て、正体を現しました。
 パシャや宦官たちは大慌てですが、もう間にあいません。海賊たちは大暴れして財宝を奪い、再びランケデムを縛り上げて連れて行きました。
 こうしてコンラッドは愛するメドラを再び取り戻し、ちょっぴりパシャにすまなさそうな顔をしたギュリナーラも連れて、悠々と引き揚げて行きました。
 ※ ABTのセルゲイエフ版ではここでビルバンドの反逆が発覚し、コンラッドとの対決の後、ビルバンドは倒れます。レニングラード国立のグーセフ版でもコンラッドとビルバンドが戦って、ビルバンドはやっつけられるようです。キーロフのものでは、この対決は省かれているのですね。


エピローグ (海)
 大海原を行く海賊船。その上には、晴れ晴れとしたコンラッド、メドラ、そしてアリやギュリナーラの姿がありました。
(終わり)
 ※ ABTのセルゲイエフ版ではここで海賊船が難破し、コンラッドとメドラだけが奇跡的に岩に打ち上げられて助かり、手を取り合って終わります。




<MIYU’sコラム>



バイロンの物語詩について

 この「海賊」は、出版されたその日のうちに1万3千部を売りつくした、と言われています。もちろん、このような爆発的な人気が出たのは、この物語詩自体がそれだけ魅力があったからではありましょうが、どうもそれ以外の理由も大きかったのではないか、と推測されています。
 「海賊」出版の2年ほど前には東方旅行に基づく「チャイルド・ハロルドの巡礼」が出版されており、バイロンはいちやく社交界の寵児となりました。そしてちやほやされたバイロンはたくさんの女性たちとの関係でも有名になってしまったのです。しかもその多くは人妻でありました。
 いつまでもバイロンに妄執した事で有名なキャロライン・ラム、オックスフォード夫人、友人ウェブスターの妻フランシス。その中でも極めつけの醜聞は異母姉オーガスタ・リーとの関係です。
 つまり、人々はバイロンの女性関係の醜聞に興味津々だったのです。そして非常に主観的なバイロンの作品には、彼自身の体験した恋愛や真情が綴られる事が常でしたので、真相は闇の中であるオーガスタとの関係の端緒をつかむべく、人々はバイロンの最新作に飛びついたのでありました。
 少し前には「アバイドスの花嫁」という兄を恋い慕うトルコの太守の娘の悲恋物語が出て、人々の好奇心を煽っていましたし…。
 バイロンという人は驚くぐらい主観的な人であったようです。このあたりを、ジョン・ニコル氏は「バイロン伝」において、こう表現しておられます。

 「…彼の才能の中には、客観的の想像力というものが欠けている。…これをもっとわかりやすく言えば、自分以外の人間の性格を洞察し得る力である。…(中略)それ故に、彼の書いた作品に出て来る男は、殆ど全部彼自身である。又、女はすべて自分の胸にある憧憬の女である。少し極限すれば、彼は自分自身しか理解していなかった。それ故に自分自身しか描けなかった。」   

 さて、「海賊」を訳された太田三郎氏は、解説において、

 「孤高にして憂鬱、豪毅果敢な精神と、純潔可憐な愛情と、身をすてて愛に生きようとする灼熱の恋とが織りなす物語、自由奔放な犯罪者の海上生活と流血の死闘、疾風怒濤を思わせる筋の展開、勇邁さては繊細をきわめる章節のリズムとは人々に深い感動をあたえないではおかなかった。個人の強烈な自我や本能をあからさまにうたい、自由と解放とを賛美するこの詩が、バイロンを反抗の詩人として世人にむかえさせたのである。」

 と書いておられます。また、
 「彼の詩は荒唐無稽とか、誇張とかいう評が加えられているが、『海賊』は『情熱と体験を以って』書き上げたとバイロンは自称している。彼の東方旅行は地中海や東方諸国の風物人情などに直接ふれる機会をあたえてくれた。また彼のえがいた愛情と女とは、彼の体験した恋愛と彼の心情とからうまれているものだ。」

 とも書いておられます。
 まさにコンラッドはバイロン自身。というか、太田氏の言葉を借りれば、「バイロンが心のなかでえがいて憧れていた人物」、つまり「バイロニック・ヒーローの一つの典型」です。
 そしてメドラはバイロンの理想の女性。このあたりを太田氏は以下のごとく表現しておられます。
  「この種のタイプの女はバイロンが幼い日の恋人たちの俤から心の中に作り上げた理想の女であった。現実の女との交情に失望して孤独にたちもどってくるときにはいつでも、こうような女の情愛をバイロンは胸にえがいていたのだ」
 それではグルナーレはどうでしょうか。太田氏は、バイロンは「包容的なおおらかな愛情」「燃えるような激情」の両方を心から求めており、そして「この二つの矛盾するものへの憧憬を詩にえがいた」と言っておられます。まさにグルナーレは「燃えるような激情」ですね。
 また、私には、自我を持たず、生きた女性という感じがしないメドラとは違い、グルナーレは情熱だけでなく、強い自我を持っているようにも思われます。現実の女性に近い感じがしますね。そしてそれ故、コンラッド=バイロンは最後はグルナーレに戦慄し、冷たい目で見るようになったのでしょう。

 バイロンはたくさんの女性との情事に耽溺しますが、矛盾する二つの要素を求めた事により、最後は「なお自我の満足を得られず、自分の心を傷つけるだけに終わっている」そうです。
 確かにバイロンの側から言えばそういう事なのでしょうが、こういう男性にかかわった女性の方こそ大変です。北欧の海賊の血をひき、家庭に恵まれず、跛(びっこ)というコンプレックスを持ちながらも、人が夢に見るような美しい容貌を持った、詩人である第6代バイロン卿。
 しかも彼は、「包容的なおおらかな愛情」と「燃えるような情熱」という矛盾する二つの要素を女性の中に見出そうと、強烈に女性を求めたようですから、標的にされた女性はすっかり心をとらえられ、熱をあげてしまったことでしょう。
 もちろん、現実の女性はバイロンの理想通りであるはずもなく、失望したバイロン自身も傷ついたでしょうが、女性の方はもっとすごい事になり、破滅した女性も多くいたようです。
 その代表的な存在がキャロライン・ラム。バイロンの心がとっくに冷めているというのにいつまでも彼に妄執して騒ぎたて、バイロンを脅すような手紙を書いたり、バイロンとアナベラ(バイロンの妻)との間を裂こうとしたり、ついには自分の怒りを小説にまでしたといいます。
 そしてそういった醜聞が政治家である夫の昇進を妨げるからと離婚になり、バイロンの死後は抜け殻のようになって数年間過ごした挙句、病気になって死んでしまったそうです。
 キャロライン・ラムにつき、ジョン・ニコル氏は、

 「これはバイロンを愛して、しかも十分には報われなかった女の運命であった。バイロンを愛した程の女は、程度の差こそあれ、皆このような運命に陥ることを余儀なくさせられた。このカロリンの場合は、その最も典型的な一例である。」


と書いておられます。
 ※キャロラインの人生はセーラ・マイルズ主演で「レディー・カロライン」(1973年)という映画になっているそうです。
 また、バイロンはヴェニスの小商人の妻マルガリタ・コグニという女性とも関係しましたが、この女性はバイロンを愛するあまり嫉妬が尋常でなくなり、他の女性がバイロンを見つめたというだけでその女性につかみかかったり暴れたりするようになりました。
 そして最後には運河に身を投げたそうです。幸いにして助かったようですが、それきりバイロンに絶縁されてしまい、やはり廃人同様になったらしいです。
 ああ、まさしくキャロラインもマルガリタもグルナーレと同じ運命。何だか女性にとってバイロンは悪魔であるようにも思えます。自分の理想ばかりにこだわって生身の女性を愛そうとせず、それどころか生身の女性の実態を一度見てしまえば、それきり冷たい視線を向け、切り捨ててしまう男、バイロン。
 この「海賊」やバイロンの女性関係から得る教訓は、「憂鬱そうに見える美貌の男が何かを強烈に求めるかのごとく見つめて来たら、迷わず逃げ出そう」。だって、どう考えたって不毛ですよ、バイロン(やその同類)とかかわるなんて。
 しかしそんな事を言えるのは実際に彼に会った事がないからかもしれません。実際に会って、何かを強烈に求めるがごとく、その美しい瞳に見つめられたら、「彼を幸せにしてあげられるのは私だけよ!」なんて思ってしまうのが普通なのかも。う〜ん、恐いですねぇ、こういうタイプの男性は…。

 バイロンは26才の時にアナベラ・ミルバンクという非の打ち所のない女性と結婚し、エイダ(世界最初のプログラマーと言われている人です)という娘をもうけますが、幸福に見えたこの結婚も間もなく破綻してしまいます。心の裡に矛盾をかかえ、常に外の世界にロマンを求めて拡大しようとする男、バイロンは全く結婚には向かなかったのです。
 アナベラとうまくいかなくなった原因は、そういったバイロン自身の性質だけではありませんでした。異母姉オーガスタとの醜聞が影を落としていました。
 オーガスタは1814年4月に三女エリザベス・メドラ・リー(「海賊」のメドラにちなんで名付けられた)を出産しますが、このエリザベス・メドラの父親は、実はバイロンではないか、とも言われました。
 そんな事もあり、バイロンは世間から攻撃され、ついに英国を追われるように出国、以後、戻ることはありませんでした。その後もいろいろな女性と関係し、クレア・クレアモントという女性との間にも娘(アレグラ。5才で死亡)がうまれたりしますが、最後はテレサ・グイッチョリ夫人との関係にいきつき、それはバイロンが亡くなるまで続いたそうです。
 しかしバイロンが本当に愛していたのはやはりオーガスタ・リーだったのではないか、と言われています。死の床にあったバイロンは、「オーガスタ…アダ(エイダ)…私の姉、私の子供。私はこの世の愛するものを捨てて行く。ほかの事では死んでも心残りはない。」と従者に向かって言ったそうです。(ジョン・ニコル「バイロン」より)
 しかし、いずれにしろ、33才になった頃は女性も詩作も含めてすべてに飽きてしまい、英雄になることしか、夢はなくなってしまいました。
 そんな時に起こったのがギリシャのトルコからの独立運動です。盛り上がっていた独立運動ですが、内部分裂が生じ、資金も足りなくなったため、誰か有名人を味方につける必要性が生じてきました。そして白羽の矢がたてられたのが、ギリシャ好き、革命好きのバイロンだったのです。
 そしてバイロンはギリシャへ向かいました。しかしミソロンギで熱病にかかり、帰らぬ人となったのです。36才の時でした。   

 ジョン・ニコル氏は以下のように「バイロン伝」を締めくくっておられます。これを読むと、女性にとっては悪魔的であったバイロンもやはりある種の偉人であったのだな、とも思わせられます。
 「彼の作品は常に彼自身であった。すべてが自叙伝的であった。彼はあたかも硝子張りの家の中に住んででもいたかのように、自分の姿を隠したり、くらましたりする事が出来なかった。彼ほど知らず識らずの正直さで、自分自身の赤裸々の姿を読者の前に露出した者は沢山いない。」 
 「彼は猛獣のように戦った。世界と個人との戦いは常に悲壮である。彼の戦いも悲壮であった。そして最後には、彼のような性格者にきまって来るところの運命に落ちたのである。」
 「一陣の暴風雨が、はげしい雷鳴と電光とをともなって、ヨーロッパの空を北から南へと押し進んで、碧色の地中海の空の下に消えた。」
 うむ、やっぱりバイロンはかっこいいのかも。ちなみに「海賊」に興味がある方は、同じ種類のトルコ物語である「邪宗門」「アバイドスの花嫁」「ララ」をお読みになるといいと思います(すみません、私は読んでいませんが…)。特に「ララ」は「海賊」の続編とされているそうです。



バレエ「海賊」について


<「海賊」基本情報>

   初演振付     ジョセフ・マジリエ
   初演台本     ジョセフ・マジリエ、アンリ・ヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュ
   音楽        アドルフ・アダン、チェーザレ・プーニ、リッカルド・ドリゴ、レオ・ドリーブ、オルデンブルグ公爵 等
   原作        ジョージ・ゴードン・バイロン
   初演        1856年1月23日  於 帝立オペラ座

 バイロンの物語詩「海賊」は発表するや大人気となった作品ですが、これを基にして、バレエ界でも様々なものが作られたそうです。その中で最も注目を浴びたのが、オペラ座のマジリエ作品でした。 
 このマジリエ作品は、「三幕のバレエ・パントマイム」となっており、現在のような「お話は馬鹿馬鹿しくも踊りがいっぱいの作品」ではなく、パントマイムが多用され、それによって物語が進められていたようです。それがロシアにわたって、たくさんの振付家による度重なる改訂を経て、「海賊」は見所となる踊りがいっぱいのバレエへと変化していきます。
※ フランスではロマンティック・バレエの衰退と共に「海賊」も忘れ去られていきました。そして「海賊」はたくさんの振付家たちの度重なる改訂を経ながらロシアで演じ続けられ、最近になって西欧始め、世界中で上演されるようになった、という事です。
 「海賊」がロシアに入って来たのは1858年で、まずはジュール・ペローが改訂版を作りました。そして1863年を始め、1868年、1899年など数度にわたり、マリウス・プティパも改訂をしました。
 特に1868年の改訂では「生ける花園」の場面が挿入され、「海賊」はプティパ特有のクラシック・バレエの形に近づきました。
 そして更に1899年の改訂では2幕にグラン・パ・ド・ドゥが追加され、これを基にして、1930年代にチェクルイギンとチャブキアーニがアリの踊りを入れて、このパ・ド・ドゥはガラでも踊られる人気演目となったそうです。
※ アリは原作はもちろん、マジリエの原版でも登場しません。それが今ではいろんな版で重要なキャラクターとなり、その人気はコンラッドをしのぐほどです。Kバレエの熊川版では、アリは観客の心を揺さぶるヒーローとなっています。
※ ビルバンドはマジリエの原版では登場しますが、バイロンの原作では登場しません。原作に出て来る部下はみんなコンラッドに忠実な者ばかりです。
 このページの「あらすじ」と「詳しい物語」は1989年に収録されたキーロフのものを基としてまとめたものですが、そのキーロフ版とは、ユーリー・スロニムキーが台本を作成し、ピョートル・グーセフが振付けたもの(1955年)にオレグ・ヴィノグラードフが手を加えたものだそうです。
 
 さて、原版であるマジリエ版ですが、現在上演されているものよりは原作の面影を残しています。一幕はギュルナール(最初からパシャの愛妾)が出てこない事をのぞいて現在のものと大筋では変わりませんが、二幕、三幕は現在にはない場面が多く、話がかなり込み入っています。
 現在のものは踊りをみせるための物語に過ぎず、非常に単純化されたドラマ的にはほとんど価値のないものですが、マジリエ版はパントマイムを多用した舞踏劇風だったので、一応原作を思い起こさせる場面なども作り、はらはらドキドキするような展開を用意したのでしょうね。
 その原版ではないのですが、最近になってボリショイ劇場が原版に近い1899年のプティパ版を復元しました。ダンスマガジンの2007年10月号には、これについてのアンナ・ゴルディーワ氏の記事がのっています。ゴルディーワ氏は、「華やぎの園では…総勢70人が踊る…驚くほど調和のとれた作品」と書いておられます。
 以下、原版であるマジリエ版のお話をまとめておきます。


第一幕


 トルコの街、アンドリノープルの広場。ユダヤ人の奴隷商人で改宗者のイザーク・ランクダンの姪、メドラは海賊コンラッドと恋に落ちている。しかしコス島のパシャ、セードがメドラを望んだため、金に目の眩んだイザークは、卑怯にも自分の被後見人をセードに売る事にする。しかしそれに気がついたコンラッドは、部下たちを呼び集め、混乱の中でメドラを、ついでにイザークもさらって行く。
 コンラッドはメドラを自分の宮殿である地下の洞窟へ連れて行き、二人は愛を誓う。洞窟には街からさらわれて来た他の娘たちも連れて来られていたが、彼女たちはコンラッドに解放を哀願する。それを可哀想に思ったメドラも彼女たちのためにコンラッドの情けを乞う。
 コンラッドはメドラの願いを聞き入れて娘たちを解放してやるが、「戦利品である彼女たちは部下たちにも分け与えられるべき」と考えるビルバンドはじめ頭目たちは、コンラッドに反旗を翻えす。が、ビルバンドはコンラッドにねじふせられ、再びすべての者はコンラッドに恭順の意を示す。
 しかしビルバンドはじめ何人かの海賊たちはこのままでは収まらない。イザークから所持している金目のものをとりあげ、その対価としてメドラを取り戻せ、とそそのかす。そして都草の花束に強烈な睡眠薬を注ぎ、イザークに渡す。
 コンラッドは愛するメドラと夜食をとっている。メドラは甲斐甲斐しくコンラッドの世話をやき、二人は幸せの絶頂にいる。そこへイザークに導かれた少女が都草の花束を持って現れ、コンラッド様に贈ってください、とメドラに花束を渡して退出する。何も知らないメドラは幸せな気持で花束をコンラッドに贈り、その香りをかごうとしたコンラッドは強烈な眠気に襲われてばったりと倒れてしまう。
 そこへビルバンドはじめ海賊たちが現れ、イザークと共にメドラをさらって行く。その際にメドラは抵抗し、コンラッドの短剣でビルバンドの腕に傷を負わせる。


第二幕


 コス島のパシャの宮殿。ここにはジュルメアという寵姫が君臨しているのだが、若く美しいギュルナールは彼女とパシャの寵を争っており、何かにつけて反抗してはハーレムを混乱に陥れている。
 そこへイザークが現れ、メドラをパシャに売り、大もうけして去って行く。はじめギュルナールは好奇心と対抗心をもってメドラをこきおろしているが、メドラの涙に心を動かされ、彼女の味方になる。
 パシャは、メドラこそ最愛の寵姫となるであろう事を宣言する。
 そこへ敬虔な修行僧に率いられた巡礼者の一団が登場する。彼らが美しいハーレムの女たちからあわてて目をそらすのを見たパシャは愉快になり、もっと僧たちの徳を試してやろうとして、女たちに彼らの前で踊るように命じる。メドラも踊らされ、脅えていたが、修行僧がコンラッドだと気づき、顔を輝かせる。
 やがて夜が来て、パシャは寵姫メドラを連れ去ろうとするが、その時コンラッドはじめ海賊たちは正体を現し、取り乱したパシャは女たちにまぎれて逃げ去る。
 コンラッドは愛するメドラと抱き合って再会を喜んでいたが、ビルバンドに追いかけられていたギュルナールが恐怖に襲われているのを見て、助けてやる。
 この時、ビルバンドを見たメドラは、この男がコンラッドを眠らせて自分を洞窟からさらった張本人だと気がつく。ビルバンドはごまかそうとするが、腕の傷が動かぬ証拠となり、コンラッドはビルバンドを撃ち殺そうとする。それをギュルナールとメドラが止めようとするが、その隙にビルバンドは逃げ出す。
 メドラは幸せにつつまれながらコンラッドと共に逃げ出そうとするが、そこへ裏切り者ビルバンドに先導されてパシャの衛兵たちがやって来て、再びメドラを拉致する。コンラッドは取り戻そうとするが、多勢に無勢、衛兵たちにつかまってしまう。パシャはコンラッドに死刑を宣告する。


第三幕


 パシャは自分を拒むメドラに取引を持ちかける。自分との結婚を承諾するならばコンラッドの命を助けてやる、というのだ。メドラは少し考える時間をくれと言い、コンラッドと話し合いの時間を持つ。コンラッドはメドラの不実を認めるぐらいならば百回死んだ方がましだと言い、それを聞いたメドラは、それならば二人で一緒に死にましょう、と言う。
 そこへ二人の話しを立ち聞きしていたギュルナールが現れ、二人を幸せにする手段があるからパシャの取引を受けいれてください、と言う。先程の混乱の中でコンラッドに助けられたギュルナールはコンラッドに恩義を感じ、二人を助けようとしているのだ。ギュルナールから秘策を耳打ちされたコンラッドとメドラの顔は輝き、二人はギュルナールの策にのる事にする。
 メドラはパシャの妻となる事を承諾し、大喜びしたパシャはコンラッドを解放する。そして結婚式が始まる。花嫁はヴェールで顔を隠している。そして聖職者の前でパシャは誓いをたて、花嫁の指に指輪をはめてやる。これでメドラは自分のものになった…と、パシャは大喜びだが、実はヴェールを被った花嫁はメドラならぬギュルナールだったのである。
 結婚初夜。花嫁がパシャの寝室に連れて来られる。今度は正真正銘のメドラだ。メドラはパシャがおびている短剣や銃が恐いと言って、それらをはずさせる。そしてふざけてるように見せかけて自分の衣装の一部でパシャの両手を縛ってしまう。
 さすがに何か変だ、とパシャが気づいたその時、窓辺にコンラッドが現れる。そして短剣でパシャを脅し、更に逃げようとしたパシャにメドラが銃を向け、叫び声を挙げれば撃つ、と脅す。そしてコンラッドとメドラは窓から逃げて行く。
 パシャはようやくいましめを解いて人を呼ぶが、時すでに遅し。コンラッドとメドラは待ち受けていた海賊船で逃げ出した後だった。
 妻をさらわれた、と怒り狂うパシャ。そこへギュルナールが現れ、言う。…あなたが指輪をはめて愛を誓った妻は私よ。私こそハーレムの女王だわ…。怒りと驚きでパシャは倒れてしまうが、すべてのハーレムの女たちはギュルナールにひれ伏す。
 海賊船が大海原を進んでいる。コンラッドとメドラはようやく手に入れた幸せに酔いしれている。しかしその時、雷鳴がとどろき、嵐が起こる。船はすべての乗組員を乗せたまま、海底へと沈んで行く。
 やがて嵐は収まる。月の光の反射で海賊船の残骸が浮遊するのが見える。その上には奇跡的に生存者が二人。コンラッドとメドラだ。
 こうして難を逃れたコンラッドが再び悪行を行うことはなかった。改悛した海賊は、愛と平穏と幸福を得たのだった。
(終わり)




<参考文献>


「海賊」(物語詩) ショージ・ゴードン・バイロン/作  太田三郎/訳 岩波書店
「バイロン傳」 ジョン・ニコル/著  三好十郎/訳 新潮文庫
 ※ (HP「バイロン詩集」さん掲載のものを使用させていただきました。)
ダンスマガジン
  2007年10月号
新書館
19世紀フランスバレエ
の台本パリ・オペラ座
  ※初演台本を収録
平林正司/著 慶応義塾大学出版会
DVD「海賊」 キーロフ・バレエ
   1989年4月 於:マリインスキー劇場

   配役: コンラッド・・・・・エフゲニー・ネフ
        メドラ・・・・・・・・アルティナイ・アスィルムラートワ
        ギュルナーラ・・エレーナ・パンコーワ
        ランケデム・・・・コンスタンチン・ザクリンスキー               アリ・・・・・・・・・ファルフ・ルジマートフ
小学館
DVD「海賊」 アメリカン・バレエ・シアター
   1999年収録

   配役: コンラッド・・・・・イーサン・スティーフェル
        メドラ・・・・・・・・ジュリー・ケント
        ギュルナーラ・・パロマ・ヘレーラ
        ランケデム・・・・ウラジーミル・マラーホフ
        アリ・・・・・・・・・アンヘル・コレーラ
ワーナー・ミュージック・ジャパン




HOME

ストーリー辞典に戻る




このページの画像はSTAR DUSTさんからいただきました。

Copyright(C)2012.MIYU all rights reserved