作:ウィリアム・シェイクスピア
(1590年代)

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 昔々のアテネのお話。ハーミアはライサンダーという青年と恋仲であったが、父親はデメトリアスという別の青年と娘を結婚させようとしていた。ハーミアはデメトリアスとの結婚を拒否し、怒った父親は、親の命令に従わない娘をアテネの古い法律によって処刑してくれと大公シーシアスに申し出た。
 難を逃れライサンダーと一緒になるため、ハーミアはライサンダーと申し合わせ、駆け落ちしようと夜に郊外の森へ入って行った。その計画を親友のヘレナにだけは打ち明けたのだが、デメトリアスを恋するヘレナは駆け落ち話をデメトリアスにもらしてしまった。デメトリアスは駆け落ちを阻止しょうと二人を追いかけて森へ入った。そのデメトリアスの後をヘレナも追いかけて行った。
 ちょうどその頃、森の中では妖精の王オベロンとその妃で妖精女王であるタイターニアが仲違いをしており、タイターニアの態度に腹をたてたオベロンが浮気草を使ってタイターニアをこらしめようとしていた。浮気草はその汁を眠っている目に塗られると、目覚めた時に最初に目に入った者に恋をしてしまうという不思議な媚薬。
 ちょうど森を通りかかったアテネの職人がオベロンの腹心のいたずら妖精パックにロバの頭を被せられて化け物にされてしまい、浮気草の汁を塗られた後目覚めたタイターニアの目にそのロバの化け物が最初に飛び込んで来た。そして妖精女王がロバの化け物に恋焦がれるという目もあてられない光景が出現した。
 反抗的な妃にはとんでもないいたずらをしたオベロンであるが、ひたむきに追いかけるヘレナがデメトリアスに冷たくされるのを見て可哀想になり、デメトリアスの目に浮気草の汁を塗ってヘレナに惚れさせるようにパックに命じた。しかしパックはデメトリアスとライサンダーを間違えて、ライサンダーの目に浮気草の汁を塗ってしまい、その後またデメトリアスの目にも汁を塗ったものだから、ライサンダーとデメトリアスが二人してヘレナに恋焦がれて追いかけるの図となってしまった。からかわれていると思ったヘレナは怒って逃げ出し、恋人を奪われたハーミアが怒り狂ってヘレナに殴りかかり、男二人は決闘をする、という大混乱になってしまった。
 その事態に気がついたオベロンは目の迷いを解く薬をライサンダーに塗ってやり、パックに命じてうまく二組の恋人同士ができあがるように取り計らわせた。そして混乱の中で眠りについた四人はやがて爽やかな目覚めを迎え、ハーミアとライサンダーは元のさやに収まり、デメトリアスとヘレナも愛し合うようになった。
 二組の恋人たちの幸せそうな様子を見た大公シーシアスはハーミアの父親の申し出を却下し、二組の恋人たちは幸せな結婚式を挙げた。オベロンはまたタイターニアの迷いも解いてやり、二人は仲良く妖精たちを従えて結婚する者たちが幸せな家族を築くように、と祝福した。
(終わり)





<第一幕>


 昔々のアテネでのお話。数日後にアテネの大公シーシアスとアマゾン族の女王ピポリタとの結婚式を控え、町は賑わいを見せていた。そのシーシアスの宮殿に貴族のイージアスが娘のハーミアをひきずるようにして現れた。やはり貴族の青年ライサンダーとデメトリアスもただならぬ顔つきでやって来た。
 イージアスはシーシアスに、父親の決めた婚約者を拒否する娘のハーミアをアテネのあの法律によって裁いてくれと訴えた。あの法律とは、娘は父親の所有物であり、父親に従わない娘は死刑に処せられるか一生独身で月の女神ダイアナの祭壇に仕えるか、どちらかを選ばなければならないというものである。
 ハーミアは、「私はライサンダーを心から愛しています。彼以外との結婚は考えられません。しかも父の決めた婚約者デメトリアスは少し前までは私の親友のヘレナに言い寄っていた男です。今でもヘレナは彼に夢中になっています。そんな男と結婚するわけにはいきません。」とシーシアスに訴えた。ライサンダーも「私は身分も何もデメトリアスに劣ってはいません。そればかりかハーミアを想う心はデメトリアスなどと比べ物にならず、しかもハーミア本人から愛されているのですから、私ほどハーミアの夫としてふさわしい男はいません。」と訴えた。
 シーシアスはハーミアの主張に耳を傾けたし、ライサンダーの言うことももっともだと思った。しかし大公シーシアスと言えどもアテネの法律を守らないわけにはいかないのである。シーシアスはハーミアに、自分とヒポリタの婚礼が執り行われる数日後までによく考えて心を決めておけ、と命じた。


 さて、このままではハーミアは父親の命令通り愛してもいないデメトリアスと結婚するか、はたまた命令を拒否して死刑に処せられるかそれとも一生独身で月の女神ダイアナの冷たい祭壇に額づき続けるか…その三つのうちのどれかを選ばなければならないのである。しかしライサンダーへの想いで満たされているハーミアにとってはどれもこれも到底受け入れ難いものだった。
 そんなハーミアにライサンダーは駆け落ちしようともちかけた。ライサンダーを可愛がっている叔母がアテネから数十キロ離れた町に住んでおり、そこにはアテネの法律の効力は及ばないので、そこで結婚しようというのである。家族も友人も生まれ故郷もすべて捨てる危険な賭けであるが、ハーミアに迷いはなかった。
 二人は明日の晩を決行の時と決め、町から数キロ離れた大公の森を待ち合わせの場所とした。駆け落ちは当然秘密裏に行われるものだ。しかしハーミアは親友のヘレナには打ち明け、私がいなくなったらデメトリアスと幸せになってね、とヘレナに別れを告げた。
 それでヘレナがちゃんと秘密を守れば何も問題はなかったのだが、ヘレナはハーミアの駆け落ちをデメトリアスに教えてしまった。…教えればデメトリアスは二人を追って森へ行く。そして私はそのデメトリアスを追って森へ行くのだ。そうすればせめてその間だけでもデメトリアスの姿を見ることができるから…。
 そうした恋人たちの事情とは関係なく、同じ日に森へ行こうとしている男たちがいた。大公シーシアスの婚礼の余興に応募しようとしているアテネの職人たちである。彼らの演目は美男美女の悲恋物語、「ピラマスとシスビー」。素人丸出しのクソ芝居なのだが、職人たちは大まじめで自分たちの名演は注目を集め過ぎると思い込んでおり、演目をさとられないように夜の森でこっそり稽古をしようというのだ。そして余興に選ばれてたくさんの褒美をもらおうと意欲満々なのであった。

<第二幕>

 そしていよいよその夜がやって来た。ライサンダーとハーミアはすべてを捨てて数十キロ離れた叔母のところをめざして、そしてデメトリアスは出奔した二人を追って、さらにそのデメトリアスを追いかけてヘレナも夜の森へ入って行った。職人たちも秘密練習のために森へ向かった。

 こうして続々と森へ集まったのは人間たちばかりではなかった。妖精たちも森に集まっていたのである。このところ妖精の王オベロンとその妃で女王であるタイターニアは仲が悪く、一緒にいることは滅多になく別々に世界中を飛び回っていた。しかしオベロンはヒポリタをひいきにしており、タイターニアはシーシアスがお気に入りであったので、この二人の婚礼を祝福するために王と女王はアテネの森へ戻って滞在していたのである。その結果、顔を付き合わせれば嫌味の応酬であった。特にタイターニアがさらって来て大切にしている美しいインドの子供をめぐって二人は険悪な状態にあった。そしてこの夜二人はばったりと顔を合わせてしまった。
 オベロンは今宵もインドの子供を小姓に欲しいとタイターニアに申し出たが、浮気者かつ嫉妬深い男と罵られた上にきっぱりと断られてしまった。夫たる自分に向かって何たる高慢ちきな態度。怒りが沸点を超えてグラグラと煮えたぎったオベロンはタイターニアに無礼のお仕置きをすることにした。
 そして腹心のいたずら好き妖精パック(またの名をロビン・グッドフェロー)を呼び、キューピッドの矢に射られて唐紅になってしまったという浮気草を採ってくるように命じた。この草の汁を絞って眠っている誰かの目に塗りつけておくとその者は目覚めた時に一番最初に目に入った相手に強烈な恋心を抱くという不思議な媚薬である。例えどんな忌まわしい相手にでも夢中になって恋焦がれてしまうので、タイターニアをそういう見苦しい状態にしておき、それを見とがめて弱みを握られたタイターニアから譲歩を引き出し、例のインドの子供を手に入れようというのである。
 こういういたずらが大好きなパックは早速全速力で浮気草を採りに行った。と、入れ替わりにデメトリアスとヘレナがやって来た。デメトリアスは何とか追い払おうとするのだが、ヘレナはどんなに追い払っても侮辱されてもひたむきに後からくっついてくる。
 そして二人は追いかけっこをして行ってしまったが、オベロンはヘレナが可哀想になった。そして浮気草を持って帰って来たパックに「アテネの服装をした男女を探し、男が眠ったら浮気草の汁をその目に塗って目覚めた時に側にいる女が真っ先に目に入いるようにしてやれ。」と命じた。そうすれば浮気草の効力でデメトリアスはヘレナに惚れ込み、ヘレナの想いは叶うはずだ。パックは安請け合いをして「アテネの服装をした男女」を探して駆け出して行った。
 そしてオベロンはツタや芳しい野ばらなどの花に囲まれた女王タイターニアの寝床を訪れ、眠っているタイターニアの目に汁をたらしてこう言った。「目が覚めて何を見ようとそれがお前のまことの恋人。そいつに恋焦がれて苦しむがよい。何か忌まわしいものが近づいて来たときその眠りから覚めるがよい。」

 そしてオベロンが立ち去ると、入れ替わりにライサンダーとハーミアがやって来た。夜の闇で道がよくわからず、ハーミアも疲れてしまったので今夜はここで眠ることにした。若い血潮がたぎるライサンダーはハーミアのすぐ側で休もうとしたが、結婚前の男女のけじめをきちんとつけようとするハーミアの希望でライサンダーは少し離れて休むことになった。やがてほどなく二人は眠りに陥った。
 そこへ「アテネの服装をした男女」を探すパックがやって来た。二人の間にある距離を見て「なんとまあつれない男だ、こんなに女から離れて。アテネの服装をしているし、オベロン様が言っていたのはこの男女に違いない。」と早とちりしてライサンダーの目に浮気草の汁を塗りつけ、役目をはたしたことをオベロンに報告しようと立ち去った。
 そこへデメトリアスに置いてけぼりをくったヘレナが現れ、眠っているライサンダーを起こしてしまった。そして目覚めたライサンダーの目にヘレナの姿が真っ先に飛び込んで来たのである。かくしてライサンダーはハーミアのことなどすっかり忘れてヘレナに恋の告白をし始めた。からかわれていると思ったヘレナは怒って逃げ出した。今やヘレナの虜となったライサンダーはヘレナを追って行った。
 一人取り残されたハーミアは間もなく目を覚まし、ライサンダーがいないのに気がついて驚き取り乱して森をさ迷い始めた。パックの早とちりのせいで恋人たちはますます大変なことになってしまった。

 パックはオベロンの元に向かう途中で劇の稽古に現れた職人たちと出くわした。妖精女王のうるわしい寝床の側で大まじめでバカ丸出しの芝居の稽古をする職人たち。とりわけパックの目をひいたのは熱演する色男、ピラマス役の機屋のボトム。いたずら好きのパックはボトムにロバの頭をかぶせてロバの化け物に変えてしまった。変わり果てたボトムの姿を見た職人たちはびっくり仰天して逃げ出した。
 そして妖精女王タイターニアが目を覚まし、その目にまず映ったのはロバの化け物となったボトムであった。タイターニアはたちまちロバの化け物に恋焦がれてしまった。そしてお供の妖精たちを呼んでロバをきれいな花冠で飾り立て、熱烈に戯れ始めた。

<第三幕>



 パックはおもしろおかしくその様子をオベロンに報告し、二人してうまくいったと大喜びしていた。そこへデメトリアスがハーミアを追って登場し、二人の様子からパックが人違いをして浮気草の汁を塗ったことが判明した。オベロンはパックを叱りつけてヘレナを呼びにいかせた。そして疲れて眠ってしまったデメトリアスの目に浮気草の汁をたらして目覚めたデメトリアスがやって来たヘレナを最初に見るように仕向けた。
 その件はうまくいったのだが、ライサンダーも現れて今度はライサンダーとデメトリアスの二人が熱烈にヘレナに求愛し始めた。まさか妖精のいたずらだとは知らないヘレナは自分が慰み者にされているのだと思って二人から逃げようとした。
 そこへハーミアも現れ、ライサンダーが夢中になってヘレナを追い掛け回して自分を邪魔者扱いするのに唖然とした。そして烈火のごとく怒ったハーミアはヘレナを恋盗人とののしった。ヘレナはヘレナで親友のはずのハーミアが男性二人とぐるになって自分をばかにしているのだと思い、あわや二人はつかみ合いのケンカとなりかかった。一方男性二人はヘレナをめぐって決闘騒ぎとなった。
 オベロンはパックの早とちりから手がつけられないほど入り乱れてしまった四人の恋人たちの関係を解きほぐし、よい結末へと導いてやることにした。パックに命じて森を濃い霧で包ませてうまく四人を誘導し、疲れ果てた四人がライサンダーとハーミア、デメトリアスとヘレナのカップルに別れて眠るように仕向けた。そしてライサンダーの目に浮気草の迷いを解く薬草をたらし、二組の恋人たちが幸せな目覚めを迎えられるように取り計らった。


<第四幕>


 一方、妖精女王タイターニアは未だ迷いから覚めることなくロバの化け物に夢中になっており、戯れ疲れて寄り添って寝てしまった。すでに計画通りインドの子供を手に入れたオベロンはその醜態を見てさすがにタイターニアが哀れになり、目の迷いを解いてやることにした。
 迷いを解かれて目覚めたタイターニアはどうしてあんなにおかしな夢をみていたのかしら、といぶかりながらもオベロンと仲直りして、二人で仲良くシーシアスとヒポリタの婚礼を祝福することにした。

 シーシアスとヒポリタはイージアスら貴族を従えて早朝から森に狩に出かけた。そして仲良く寄り添って眠っているライサンダーとハーミア、そしてデメトリアスとヘレナの二組のカップルを見つけた。
 シーシアスは目を覚ました四人の恋人たちになぜこんなところで四人で仲良く寝ていたのかと事情を訊ねた。四人ともまだ夢を見ているような気がしてうまく説明できなかったが、デメトリアスはなぜか再びヘレナを愛するようになり、ハーミアへの想いが消えたとシーシアスに告げた。それを聞いたシーシアスはイージアスの申し立てを却下し、二組のカップルの婚礼を自分とヒポリタの式とともに執り行わせると裁定を下した。
 元の姿に戻ったボトムも目を覚まし、しばし不思議な夢の感慨にふけっていたが、余興の劇のことを思い出して仲間の所へ帰って行った。仲間の職人たちはボトムなしでは劇が成り立たないのでとても残念がっていたが、ボトムが元の姿に戻って帰って来たので大喜びした。そして再び余興に選ばれるべく力を合わせて稽古を始めた。


<第五幕>


 シーシアスの宮殿では結婚式も無事終わって初夜を待つばかりとなった。それまでの暇つぶしの余興としてたくさんの応募があったが、シーシアスは物好きにも素朴さとナンセンスなところが気に入ってしまい、職人たちの「悲恋劇ピラマスとシスビー」を選んだ。職人たちは張り切って演じたが、やはりクソ芝居となってしまった。しかしその目もあてられない下手くそぶりがかえって幸いし、彼らの存在そのものが立派な余興となって見事退屈しのぎの役割を果たしたのであった。そしていよいよ初夜の時間となり、三組の新しい夫婦は仲良く寝室へと消えて行った。
 


 誰もいなくなった大広間にオベロンとタイターニアをはじめ、たくさんの妖精が現れた。そしていったん暗くなった広間は不思議な光で煌々と輝いた。妖精たちは三組の夫婦とやがて生まれ来る子供たちを祝福し歌い踊った。そして歌と踊りが済み、妖精たちがいなくなると、広間は再び暗くなり、この夏至前夜(ミッドサマーナイト)の夢のような不思議な物語はすべてめでたく幕を閉じた。
(終わり)





 「真夏の夜の夢〜A Midsummer Night's Dream〜」はシェイクスピアの初期喜劇の代表作として有名な作品で、誰か高い地位にあった貴族の結婚式の余興として作られたという説が有力だそうです。
 今日私たちは「妖精のような美しさ」などと妖精を肯定的に表現することも多いですが、もともと妖精とはかなりグロテスクで下手をすれば人間に危害を加える恐ろしいイメージだったそうです。眠れる森の美女などはまさにそうですね。妖精をちょっと人間くさい身近な存在に仕立てたのはこの「真夏の夜の夢〜A Midsummer Night's Dream〜」が最初だということです。(井村君江氏の本に詳しく書かれています)
 この作品はふつう「真夏の夜の夢」として知られていますが、私が参考文献として使った福田恒存氏の本の題名は「夏の夜の夢」となっています。実はmidsummer nightとは夏至前夜という意味で、欧州のキリスト教圏では若い男女が森へ出かけて幸せな結婚を祈ったり、また妖精が出現しやすく薬草の効き目も強くなる夜、という連想がわく特別な夜だそうです。
 ところが日本において夏至とは天文学的な意味しかもたないため、「夏至前夜の夢」と訳しても意味が伝わらないので真夏よりはさわやかな「夏の夜の夢」という題名にしたのだそうです。(福田恒存氏の解説より)この物語の出来事は5月1日、つまり五月祭の前夜に起こるのですから、この題名の意味は「まるで夏至前夜にでも見そうな夢」ということになりそうですね。
 この作品では妖精のみならず、ギリシャ神話の世界も織り込まれています。アテネの大公シーシアスとはクレタ島のラビリンスで怪物ミノタウロスを倒した英雄テセウスのこと。テセウスはまた慈悲深いアテネの王として有名だったそうです。ヒポリタとは伝説のアマゾン族(女性戦士の部族)の女王で、テセウスにさらわれて妻にされてしまったのだそうです。だから狩の場面が出てくるのもうなずけます。そういう時にはヒポリタも生き生きとしているようです。
 お話は妖精王オベロンと女王タイターニア、シーシアスとヒポリタと2組の恋人たち、職人たちと3つの話が錯綜して進むためちょっと複雑ですが、メッセージ自体はけっこうシンプルな気がします。
 『お互いによそ見してはケンカする夫婦は情熱的だけど心変わりしやすい恋人たちのなれの果て。それでもいつしかよりを戻すのが夫婦の不可思議さ、めでたさ。どうぞドタバタしながら末永くお幸せに。』
 結婚式の余興として作られたこの作品のメッセージはこんなところでしょうか。まったく夢のない人間世界の現実を妖精を介在させることによって夢いっぱいの楽しい物語に仕立てたのはさすがに天才シェイクスピア。



 この作品が舞台にかけられたり映画になったりする時に欠かせないのがメンデルスゾーンの美しい音楽です。妖精がせわしなく羽を揺り動かす描写もある序曲、タイターニアが眠りにつくララバイ、オベロンとタイターニアが仲直りするところに使われるノクターン。夢の世界を作り出すのに素晴らしい音楽の存在は欠かせないんですね。
 何度か映画化されているようですが、私はマイケル・ホフマン監督の1999年版を見ました。舞台を19世紀初頭のイタリアに移しています。キャスティングがとてもよく、みんな芸達者でよくはまっていました。特徴としてはボトムなどの人間ドラマがしっかり描かれている点。全体的に人間の描写はとてもよかったです。ただ特撮や特殊メイクを使っても妖精の動きはやっぱり人間くさかったような…。



 妖精の描写という点ではバレエはやっぱり素晴らしいです。バレエの動き自体が人間離れしたものだからなのでしょう。
 アシュトンの"The Dream”は人間ドラマの詳しいことにはふれずに、ただ森へ足を踏み入れたばかりに人間たちが妖精に翻弄されるという形にし、妖精を中心に作品をまとめています。「真夏の夜の夢」はお話が複雑なので、言葉のないバレエですべてを表現する事はとても無理。そこで込み入った説明が必要なところは切り捨ててしまい、場面を森の中に絞って、妖精、恋人たち、職人の世界をそれぞれ絶妙の動きで表現しています。(英国ではこのお話はほとんどの人が知っているのかもしれませんね。)
 
 特にオベロンとパックは素晴らしかったです。職人たちも何しに森へやって来たのかはわからないのですが、ともかく登場の瞬間から思わず目を惹き付けられてしまう意味不明のおもしろさ。ボトムはロバに変身してからはトウシューズをはいて踊ります。女性の憧れであるトゥシューズもここではロバのヒズメに変身。ロバとタイターニアのパ・ド・ドゥも見事です。もう思いっきり笑ってしまいました。このアシュトン版はお話のエッセンスがギュッと凝縮されたテンポのいい幻想コメディーバレエの傑作です。
 
 これに比べてバランシン版はシーシアスやヒポリタも登場して人間ドラマもそれなりに描き、2幕では華やかな結婚式のディベルティスマンが繰り広げられます。こちらはこちらで、踊りがいっぱいで幻想的な美しさを大切にしたバレエらしいバレエです。




 


夏の夜の夢  作/ウィリアム・シェイクスピア 訳/福田恒存 新潮文庫                   
妖精の系譜  著/井村君江  新書館
"The Dream" (真夏の夜の夢) 
    アメリカン・バレエ・シアター公演(2004年)
    振付      フレデリック・アシュトン
    音楽      フェリックス・メンデルスゾーン
    キャスト    オベロン    : イーサン・スティーフェル
             タイターニア  : アレッサンドラ・フェリ
             パック      : エルマン・コルネホ
    発売元    TDKコア株式会社
"Sogno Di Una Notte Di Mezza Estate"(真夏の夜の夢)
    ミラノ・スカラ座公演(2007年)
    振付    ジョージ・バランシン
    音楽    フェリックス・メンデルスゾーン
    キャスト  オベロン        : ロベルト・ボッレ
           タイターニア      : アレッサンドラ・フェリ
           タイターニアの騎士 : マッシモ・ムッル
           パック         : リッカルド・マッシミ
    発売元   TDKコア株式会社
   
真夏の夜の夢 "A Midsummer Night's Dream"  映画(1999年)
    監督    マイケル・ホフマン
    キャスト  オベロン        : ルパート・エベレット
           タイターニア      : ミシェル・ファイファー
           パック          : スタンリー・トゥッチ
           ボトム          : ケビン・クライン
           ヘレナ          : キャリスタ・フロックハート
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