〜シュヴァリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語〜


小説 マノン・レスコー アベ・プレヴォー/作 (1731年)
オペラ マノン・レスコー ジャコモ・プッチーニ/作 (1893年
バレエ マノン ケネス・マクミラン/作 (1974年)

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 優秀な成績で学業を終えた名門の子弟、騎士デ・グリューは故郷へ帰る前日にマノン・レスコーという美しい少女に出会った。マノンは親の意向で修道院に入るところだったが、二人はたちまち恋に落ち、駆け落ちをしてパリへ逃げ出した。しかし手持ちの金銭が少なくなって来るとマノンはパトロンを作り、邪魔になったデ・グリューはマノンの告げ口で父親に連れ戻され、監禁されてしまった。
 気も狂わんばかりであったデ・グリューだが、僧職を目指して神学校で勉学に励むようになり、マノンの事は忘れたかに見えた。しかしそこへ再びマノンが現れ、本当に愛しているのはあなただけだからよりを戻して欲しい、と泣きついてきた。マノンの娼婦的性格と不実さが身にしみていたデ・グリューには自分がこれから落ちて行く不運や不名誉が頭をかすめたが、マノンへの恋情をどうする事もできず、神学校を抜け出した。

 二人は再び一緒に暮らし始めたが、マノンの兄レスコーが現れ、二人の財政状況が良くないのを見て、マノンを好色な金持ちの老GMの妾に差し出そうとした。デ・グリューは抵抗し、いかさま賭博にまで手を染めて金を作ったが、召使に有り金すべてを持ち逃げされて一文無しになり、結局贅沢好きなマノンは老GMの元へ行ってしまった。
 デ・グリューの激しい嘆きぶりにマノンはしぶしぶ戻って来る事になったが、その際老GMの前金と宝石を持ち逃げしようとした。それが発覚してデ・グリューは感化院に、マノンは娼婦等を収容するオピタルという施設に入れられてしまった。

 感化院を脱走したデ・グリューはT氏という同年代の青年の助けを得てマノンをオピタルから救い出し、再びいかさま賭博で金を作ってマノンと暮らし始めた。しかしそこへ老GMの息子が現れてマノンに惚れ込み、多額の金や宝石で誘惑した。今回もまた宝石に目が眩んでデ・グリューを裏切りはしたものの、説得に応じて帰って来る事にしたマノンであったが、息子にした悪戯が老GMにばれ、デ・グリューと共に逮捕されてしまった。

  デ・グリューは駆けつけた父親の尽力ですぐに釈放された。しかし父親と老GMの画策により、マノンは植民地アメリカに流刑に処せられる事になった。デ・グリューは父親と決別し、あらゆる手段でマノンを奪い返そうとしたが失敗し、ついに自分もマノンと共にアメリカに渡る決心をした。浮気で気まぐれだったマノンもデ・グリューの献身的な愛に感激し、デ・グリューの愛を頼りに生きる女性となった。

 アメリカでは貧しいながらもマノンの心をようやくとらえた喜びに満ちて、デ・グリューは幸せだった。しかし現地の司政官の甥サンヌレがマノンに恋をした事からデ・グリューとサンヌレは決闘になり、サンヌレを殺したと思い込んだデ・グリューはマノンと共に英国の植民地へ逃れようと、荒地へと向かった。
 その強行軍に耐えられず、次第に弱っていったマノンはデ・グリューの愛に感謝しながら息を引き取った。すべてを失ったデ・グリューはマノンの亡骸を砂の中に埋め、その墓の上に横たわって死を待った。しかし実はサンヌレは死んでおらず、彼の供述により捜索隊が出され、デ・グリューは救出された。
 一旦すべてを失くし、死の淵から生還したデ・グリューは誇り高い騎士に戻っていた。そして永遠の女性を心に刻み付けて、フランスへと帰って行った。
 (終わり)
※バレエ「マノン」(マクミラン版)、オペラ「マノン・レスコー」(プッチーニ)の物語はMIYU’sコラムにあります。
 
 






第一部


 私(語り手であるルノンクール侯爵)は旅先のパシーの町で人々の大騒ぎの中、12人ほどの売春婦がまだまだ未開であった植民地のアメリカへ流刑にされるべく港まで護送されて行くのに出くわした。売春婦たちは胴のあたりを鎖でじゅずつなぎにされていて見るも哀れな姿であったが、その中に際立って美しく、このような境遇が不似合いに思われる女がおり、私はなぜその女がこのような境遇になったのか、興味をそそられた。看守の一人に聞いてみると、オピタルから引っ立てられて来た女だが、自分は詳しい事情は知らない、自分に訊くよりパリからずっと付き添って来た若い男に訊いた方がよくわかるでしょう、との事だった。
※オピタル…元は貧しい人や身寄りのない年寄りを収容していたが、後に精神病患者や女囚、売春婦の矯正院としても機能するようになった。苛烈さ、野蛮な懲罰で悪名高かった。(「娼婦の肖像」村田京子/著 新評論 参照)
 その若い男は粗末な身なりをしてはいたが、きちんと教育を受けた家柄の良さそうな青年であった。私はこれほどまでに悲嘆にくれている者を未だかつて見たことがない。私は彼に事情を話してくれるように頼んだ。彼は自分の氏名等はふせておきたいので詳しい事は言えないが、と前置きしながら簡単に事情を話してくれた。

 自分は囚われの身となったあの美しい女性を何ものにも代えがたいほど愛している。彼女を取り戻そうとあらゆる努力をしたが、すべては無駄だった。そこで自分はアメリカへ流される彼女と運命を共にし、自分もまたアメリカへ渡る決心をした。しかし彼女の側に行こうとすると、看守が金を要求する。金がなければ粗末に扱われ、彼女に会う事すらできなくなるのだ。また、彼女が不自由しないように身の回りのものを整えたいのが、それすら金がなくて思うままにならないのが悲しくてならない…。

 私は彼の話に心を惹かれた。そして彼に多少の金を与え、また看守たちにも要求通りの金を与えて、彼が愛しい女に寄り添って港まで行けるように計らってやった。そしてそれから2年近くが経ち、この出来事のことはすっかり忘れていたのだが、カレーの町に立ち寄った折、ひょっこりあの若い男に出くわした。彼はアメリカから帰って来たばかりだと言う。2年前の事に恩を感じてくれていた彼は、あの囚われの美しい女性マノン・レスコーとの出会いからアメリカでの顛末まで、すべてを話してくれる事になった。





 『若い男の名はシュヴァリエ(騎士)デ・グリュー。彼がマノン・レスコーと出会ったのは、17才の時だった。デ・グリューはアミアンの町で哲学を学び、よい成績で終了して故郷へ帰る事になっていたが、その前日友人のチベルジュと散歩している時に、とある宿屋の前でマノンを見かけ、たちまち一目惚れしてしまった。マノンは親の意向で修道院に入る旅の途中であった。それまで真面目に学問に励み、女性には縁がなかったデ・グリューだが、吸い寄せられるようにマノンに近づき愛を語った。マノンはデ・グリューよりも少し年下であったが、デ・グリューよりませているようで、見知らぬ若い男からの恋の告白にも臆するところはなく、修道院行きを免れるためにこのまま二人で逃げよう、というデ・グリューの誘いにもためらうところはほとんどなかった。チベルジュが止めるのも聞かず、デ・グリューはマノンとパリへ逃げだした。

※シュヴァリエ(騎士)…名門貴族出身のデ・グリューは両親の希望でマルタ騎士団に入るよう定められていた。マルタ騎士団は十字軍の流れをくむ実在の騎士修道会で、現在も存続している。18世紀当時は上流貴族の第二子以下の息子たちを団員候補生として受け入れていた。少年たちは11才になると「シュヴァリエ」称号を名乗り、十字章をつける事を許された。正式入団は学業終了後。(「娼婦の肖像」村田京子/著 新評論 参照)

 まだ父親の同意がなければ結婚できない年齢であったので正式な結婚はできなかったが、二人は同棲し、甘い愛の生活を送り始めた。しかしやがて手持ちの金は底をつき始めた。それにもかかわらず、マノンは新しい流行の服を身につけたり、どうみても金がかかる贅沢をしている。不思議に思ったデ・グリューはそれとなく訳を訊ねてみたが、うまくごまかされてしまった。
 腑に落ちない思いで暮らしていたある日、家へ入ろうとすると、隣に住む金持ちの司税官Bが裏口からこそこそと逃げ出して行った。その直後デ・グリューの父親の従僕たちがなだれこんでデ・グリューを拉致し、そこに兄も加わって、デ・グリューは故郷の父親の元へと連れ戻されてしまった。

 後で父親から事のいきさつを聞かされたが、デ・グリューには信じがたい内容だった。デ・グリューが知らないうちにマノンはBをパトロンにしており、デ・グリューを邪魔に思ったBがマノンの手助けを得てデ・グリューの父親と連絡を取り、デ・グリューは強制的に故郷へ連れ戻された、というのだ。

 贅沢に目が眩んだマノンが自分を裏切ったなんて…。どうしても信じられないデ・グリューであったが、熱を冷ますべく半年以上父親に監禁され、忠実な友人チベルジュの訪問を受けるうちに段々と気持ちが落ち着いて来た。そして騎士章をはずし、僧侶になるべくチベルジュと共にサン・シュルピスの神学校に入った。

 そこで真面目に神学を学び、1年ほど経ってようやくマノンの事を忘れかけた頃、再びマノンが彼の前に現れた。デ・グリューが一般公開の試験を受けた時、Bに退屈していたマノンはその試験を見に行き、再びデ・グリューへの想いがこみあげて来たらしい。
 愛している、あなたが許してくれないならもう死んでしまいたい、という可憐にして妖艶なマノンの魅力に抵抗できなくなったデ・グリューは、神学校を抜け出した。

 デ・グリューにしてもマノンの享楽的で不実な性質はよくわかっていた。当面はBから掠めてきた金や宝石でしのげるが、そのうち金が底をつけばマノンはまた自分を裏切るだろう。名門に生まれ、その真面目さや学問における優秀さで将来が約束されていた自分であるが、マノンと暮らせば、やがてそのすべてを失う事になるのではないか…。それらの事が頭ではわかっていながら、情火にあおられるようにデ・グリューは再び騎士章をつけ、マノンと暮らす事にしたのであった。



 買い物やお芝居が好きなマノンはパリが大好きだったが、パリに住んだら父親に見つかってしまうかもしれない。そこで二人はパリ郊外のシャイヨーに居をかまえ、パリには夜更かしをした時のために部屋を借りる事にした。父親には見つからなかったが、マノンの兄だという近衛兵レスコーが現れた。レスコーはマノンがBから掠め取って来た金を当てにして二人の家に入り浸るようになった。

 そんなある日、二人がパリに遊びに行っている間にシャイヨーの家が火事になり、救助を装って家に入り込んだ民衆に金を盗られてしまい、一文無しになってしまった。
 金がなくなって贅沢ができなくなってしまえばマノンはまたパトロンを作って自分を裏切ってしまう事は間違いない…一文無しになった事を決してマノンに知られてはならない…知られるまでに何とかしなければ…そう思ったデ・グリューはレスコーに金策を相談した。

 レスコーはマノンに客をとらせればいい、マノンはすでに女の道を踏み外してしまっているのだし、ああいう女は自分やデ・グリューを養う義務がある、とずけずけと言い放った。最初から自分の知っている金持ちの爺さんにマノンを紹介するつもりであったらしい。デ・グリューが他に方法はないかと言うと、今度はデ・グリューが金持ちの婆さんを見つけて可愛がってもらうのはどうか、と言い出す始末であった。苦りきったデ・グリューはそんな身体を売る商売よりはまだ賭博の方がいいと思い、いかさま賭博に詳しいレスコーにその筋を紹介してもらうように頼んだ。そして当座の資金はサン・シュルピスの神学校脱出以来会っていなかった忠実な友チベルジュに用立ててもらい、急場をしのいだ。

 結局デ・グリューはレスコーに賭博仲間を紹介してもらい、プロの技を伝授されて、オテル・ド・トランシルヴァニという有名な賭博場を仕事場としていかさま賭博で稼ぐようになった。その金でマノンに贅沢をさせ、すべては再びうまくいくかに思われた。自分が借金をしてまで金を用立ててくれたチベルジュはさすがに怒ってしまい、「悪銭身につかず、やがて天罰が下るに違いない。」と説教をした挙句、再びデ・グリューが困る日がくればまた助ける事になるだろうが、それまでは絶交する、と言って去って行った。

 


 チベルジュの予言は現実のものとなった。デ・グリューの従僕とマノンの小間使いが彼らの全財産を持ち逃げしてしまったのである。そして今度こそ一文無しの現実がマノンの知るところとなってしまった。そしてレスコーはかねてからの計画を実行に移した。マノンは「私は心の底からあなたを愛していてよ。でもパンなしで恋が語れるとお思いになって?こんな状況では女の操なんて言ってみたってはじまりませんわ。私たち二人の未来のために、私、働いてきます。〜あなたのマノンより〜」という気絶しそうな置手紙をデ・グリューに残し、老GMの元へと去ってしまった。

 レスコーはデ・グリューをまだ教育が必要な幼い弟という設定で老GMに紹介していた。何といういう事だ、自分は老GMからより多くの金を搾り取るための口実にすらされてしまった…これからは囲い者の弟という名目で、その実ヒモとして老GMとマノンに寄生して暮らして行く事になるのだ…。デ・グリューの心に故郷の父親、自分の家柄、これまでの輝かしい思い出が甦り、たまらなく情けない思いにとりつかれてしまった。しかしそれより何より、愛しいマノンを老GMに差し出すという事がデ・グリューには耐えられなかったのである。
 デ・グリューはマノンにつらい胸のうちを陰々滅々と語った。心の中では誰よりもデ・グリューを愛しているマノンはついに根負けしてこの金儲け話をあきらめる事にした。レスコーは文句を言ったが、マノンが老GMの多額の前金と宝石類を持ち逃げすると言ったので、それならいいか、と納得した。

 そして3人は老GMの前でデ・グリューをマノンの弟に仕立て上げて老GMを笑い者にしながら愉快に芝居をした。そして前金や宝石類を受け取った後、老GMが浮き浮きとマノンと夜を共にするべく寝室に入った隙に用意していた馬車で一目散に逃げ出した。しかしだまされたとわかった老GMはすぐにデ・グリューやマノンの前歴を調べ上げ、詐欺間違いなしと確信して、警察に捜索させ、二人はまもなく捕まった。そしてデ・グリューはサン・ラザールという感化院に、マノンはオピタルに入れられてしまった。

※サン・ラザール…18世紀当時は両家の子弟で身持ちの悪い者を収容する感化院、大革命後19世紀には規律に反した娼婦など女囚を監禁する施設 (「娼婦の肖像」村田京子/著 新評論 参照)



 



 身分の高い家に生まれ、学業優秀で品行方正の誉れ高かった自分がなぜこんな事になってしまったのか…たまらない屈辱がデ・グリューを襲った。しかし落ち着いてくるにつれてマノンへの恋情が強烈に頭をもたげ始めた。マノンのオピタル行きを知らないデ・グリューは、彼女は今頃老GMの腕の中にあるのではないだろうか、などと想像して耐え難い気持ちになった。早く感化院から釈放してもらい、何とかマノンを取り戻さなければならない。早期釈放をめざし、デ・グリューはいかにも不品行を後悔し、更正しようと努力しているように見せかけた。院長はそんなデ・グリューに好印象を持ったようで、釈放に力添えしてもらえるように老GMと話をする事を約束してくれた。
 

 そして老GMがデ・グリューが反省している様子を見ようとやってきたのだが、その際に老GMはマノンがオピタルに入れられている事を愉快そうに話してしまった。それを聞くや、デ・グリューは老GMに飛び掛り、絞め殺そうとしたが、駆けつけた院長と数人の修道士に取り押さえられた。怒り狂った老GMはデ・グリューをより厳重にサン・ラザールに閉じ込めておくように、と警視総監に申し入れた。

 早くマノンをあの地獄のようなオピタルから救い出さなければならない…。院長に頼んでも無駄だと思ったデ・グリューは非合法な手段に訴える事にした。そのためには何とかレスコーに連絡をつけて脱出を手伝ってもらわなければならない。しかしレスコーのような人物をサン・ラザール側が信用するわけはないから、聖職者である忠実な友チベルジュを利用して彼経由でレスコーに手紙が届くように細工をした。

 何も知らないチベルジュはデ・グリューの受難に先日の絶交の事も忘れて飛んで来てくれた。チベルジュは何とかしてデ・グリューを昔の行い正しい青年に立ち返らせようとしたが、デ・グリューはチベルジュが信じる「神への帰依が招く苦しみ」と「自分の恋愛と不品行が招いた苦境」とどこが違うのか、どうせ同じなら必ず至福の喜びが味わえる恋愛の方がいいに決まっている、と言ってチベルジュをあきれさせた。あまりに罰当たりな考え方に恐れをなしたチベルジュであったが、結局はデ・グリューが己の弱さから恋に負けて自らを不幸に陥れているだけだと悟り、何とかして心弱き哀れな友を立ち直らせようと心を新たにしたのであった。そして脱出の手助けをさせられているとは知らずに、レスコーへの手紙が入った第三者宛ての封書を受取り、届けてくれた。

 第三者経由でデ・グリューからの手紙を受け取ったレスコーは立派な衣装をつけ、デ・グリューの兄になりすましてサン・ラザールに面会にやって来た。そしていろいろと話した結果、脱出はきわめて難しい事がわかったが、デ・グリューはレスコーにピストルを持って明日また面会に来てくれるようにと依頼した。翌日レスコーからピストルを受け取ったデ・グリューはその夜のうちに行動を起こした。院長がデ・グリューを可愛がっており、ある程度の自由を与えてくれている事を利用して、夜中に院長の部屋を訪れ、ピストルを突きつけて脅し、鍵をあけさせようと企てたのである。

 企ては途中までうまくいっていたのだが、自由への扉を前にして、駆けつけた門番が院長の命令でデ・グリューを取り押さえようとして飛び掛って来た。しかしデ・グリューは迷う事なく門番を射殺し、奪った鍵で門を開けて脱出を敢行した。

 後はマノンだ。一刻も早くマノンをあの悪名高きオピタルから救出しなければならない。デ・グリューは内部に協力者を得る必要があると考え、オピタルの管理人で力を貸してくれそうな人物を調べた。すると管理人のうちの一人の息子、T氏という人物が自分とあまり年が違わず、彼自身もしばしばオピタルに出入りしている事がわかった。デ・グリューは早速T氏を訪ね、思い切って事情を話した。恋愛の重要性についてデ・グリューと同じような価値観を持っているT氏は厚い友情を感じてくれ、協力を約束してくれた。
 

 そしてT氏の手引きでオピタルに入りマノンに再会したデ・グリューは、マルセルという監視役の男を買収し、マノンをオピタルから連れ出した。同時にマルセルもついて来たものだから、オピタルではマノンがマルセルと駆け落ちしたという珍妙な噂がたち、そのおかげでデ・グリューが疑われることもなくなったのは幸いだった。しかしマノンを取り戻した直後、頼りにしていたレスコーがいかさま賭博の恨みから同僚の近衛兵に射殺されてしまい、混乱した二人はシャイヨーに逃げ、チベルジュやT氏の好意で何とかその場をしのぐ事となった。




第二部

 


 落ち着きを取り戻したデ・グリューは賭博を再開した。その稼ぎで生活も満ちたり、デ・グリューとマノンにはしばしの平和が訪れた。ブローニュの森で出会ったイタリアの公爵がマノンに触手をのばすという事件があるにはあったが、マノンはそれさえ愉快な気晴らしにしてしまった。公爵に気をもたせておいて家へ招き、デ・グリューとの仲を見せつけて笑い者にしたのである。公爵は怒りをこらえ何とか威厳を保って退散した。

 しかし平和は長く続かなかった。ある日シャイヨーの宿でT氏と食事を共にしていると、あの老GMの息子が現れたのだ。GMの息子はT氏の親友であり、T氏は息子の方は絶対に信用できる人物だから、といやがるデ・グリューを説き伏せて、GMの息子を食卓に同席させた。確かに息子の方は話のわかる遊び仲間のようであったが、デ・グリューは彼がマノンに惚れ込んだのを見逃さなかった。

 そしてそれから1週間も経たないうちにT氏がやって来て、GMの息子が宝石や多額の金でマノンを誘惑しようとしている事を困り果てた様子で話した。しかしデ・グリューはもはやマノンの自分に対する愛情に自身を持っており、生活にも困っていなかった事から、ひどく動揺する事もなかった。

 そしてT氏から聞いた話をマノンにすると、マノンはGMの息子など相手にする気は全くない、と言い切った。しかしここでまたあの浅はかな考えがマノンの頭に閃いてしまった。GMの息子の誘惑を受けるかに見せかけて金や宝石を受け取り、そのまま持ち逃げするというのだ。そんな事をして老GMの時に一体どんな事になったか…。デ・グリューはマノンを諭し、何とか思い止まらせようとした。しかしもはやマノンはこの思いつきに夢中になっており、惚れた弱みで最後はデ・グリューもしぶしぶながら黙認せざるを得なくなってしまった。

 そして以下のような計画がたてられた。「マノンはGMの息子がマノンのために借りた家に一旦入り、彼のものになると見せかけて前金をもらい、その金と宝石類を身につけてGMの息子とコメディ座へお芝居を見に出かける。そして口実を作って席をはずし、そのまま表で待っているデ・グリューと馬車で逃げ去る。」
 そして当日、デ・グリューは手はず通り馬車を手配してコメディ座の前で待っていた。しかしいつまでたってもマノンは現れない。連絡係りの下男、マルセルすら現れない。不安になったデ・グリューはコメディ座まで行ってみたが、マノンはいなかった。馬車へ引き返してみると、一人の年若い美しい娘がデ・グリュー宛の手紙を持って待っていた。その手紙を読んだデ・グリューから血の気が失せた。またもやデ・グリューはマノンに裏切られたのだ。そして何と、マノンは手紙を持たせた美しい娘を自分の代わりにデ・グリューにあてがったのである…。

 怒り狂ったデ・グリューはT氏に頼んでGMの息子を誘い出してもらい、留守宅に上がり込んでマノンに詰め寄った。今度ばかりは許さないぞ、と怒りに目をぎらつけせて積もり積もった怨恨をぶつけたデ・グリューであったが、マノンの魅力を前にしてはいつまでも冷酷な態度をとり続ける事はできなかった。それどころかマノンを抱きしめて接吻し、逆上した事を許して欲しいと言ってひざまづく始末であった。

 マノンは実際にGMの息子が用意した邸宅に入り宝石等を見せられて、予想以上の豪華さに目が眩んでしまったのだった。しかし如何に贅沢に目が眩もうとも、愛しているのはデ・グリューだけだったので、デ・グリューの激しい悲嘆に狼狽し、仕方なく彼の元へ帰る事にした。

 そこへT氏の手紙が届いた。「この度はGMの息子に少しお灸をすえてやる必要がある、今夜は彼をどこかに監禁し、彼の代わりにデ・グリューが贅沢な邸宅で食事をしマノンとベッドを共にしてはどうか。」と愉快な復讐の仕方がそこには書かれてあった。マノンはすっかりこれが気に入ってしまい、是非実行に移したいと言ってきかなくなった。ひとつ間違えれば老GM事件と同じ事になる、いや再犯だけに処罰はもっと厳しい事になるだろう。デ・グリューは何とかしてこの計画をあきらめさせようとしたが、マノンは老GMへの復讐にもなるこの愉快かつ軽率な計画に固執した。

 そしてデ・グリューは仕方なく数人の近衛兵を雇って、いそいそとマノンの待つ邸宅へ帰ろうとするGMの息子を逮捕監禁させた。しかしその際に息子の従僕が主人の一大事を目撃し、老GMにその窮地を知らせた。老GMは息子が誘拐されたと思い、警察も動員して息子の探索に乗り出した。そして息子が今夜新しい情婦と夜を共にするところであった旨を調べ出し、事件の手がかりを求めて情婦が待つ邸宅を訪ねる事にしたのであった。

 老GMが到着した時、デ・グリューはGMの息子の席に座ってその食器で夕食をとり、GMの息子がマノンと夜を共にするはずであったベッドに、マノンと共にまさしく入ろうとしていた。寝室のドアが開かれ、老GMの顔が見えた時、デ・グリューとマノンの血は凍ってしまうかと思われた。デ・グリューは剣をとって老GMに飛びかかろうとしたが、警官に取り押さえられた。老GMは最初何が何やらわからないようだったが、すぐにデ・グリューとマノンだと言う事を認識し、性質の悪いいたずらに怒りを爆発させた。脅えた下男のマルセルが計画のすべてを白状してしまい、デ・グリューとマノンは逮捕されてシャトレーという牢屋に送られた。

※シャトレ…当時グラン・シャトレは政治犯以外の普通犯を拘留する牢獄、プチ・シャトレは債務不履行者を拘留する留置場であった。(「娼婦の肖像」村田京子/京子 新評論)

 



 身分の高いデ・グリューは警視総監に目をかけられた。またこの出来事を知った父親もやって来て、老GMの力も借り、デ・グリューの釈放を警視総監に申し出て、デ・グリューはまもなく釈放された。しかし父親と老GMは警視総監にマノンを一生禁固に処するか植民地のアメリカに流してくれと要求し、その結果マノンは早速ニューオルレアンに流される事になった。

 それを知ったデ・グリューは老GMばかりか自分の父親にまで殺意を感じた。しかし今は自分の感情に溺れている場合ではなかった。デ・グリューはあらゆる手を使ってマノンを助け出そうとした。T氏からGMの息子に老GMへのとりなしを頼んだ。父親にもマノンを許してくれるように頼んだが、父親は恋に狂って盲目になっているデ・グリューを哀れみ、情けなく思うだけで厳しい態度を崩さなかった。デ・グリューはそんな父親に背き、親子の絆は永遠に断たれた。T氏からもうまくいかなかった事を告げられ、後はマノンを港まで護送する最中に暴力を持って奪い返すしかない、という事になった。

 デ・グリューはGMの息子を監禁した近衛兵に兵士を三人集めさせ、護送の当日にパリの城外で護送の一隊を待ち伏せした。そして現れた2台の幌馬車に奇襲をかけようとしたが、みくびっていた護送の巡査たちは案外勇猛だったので、3人の兵士はたちまち脅えて逃げ去ってしまった。近衛兵はパリに引き返して態勢を整え直そうと言ったが、もはやデ・グリューには万策尽き果てたとしか思われなかった。近衛兵をパリへ帰し、デ・グリューは一人で幌馬車に近づいて、穏やかに自分もこの一隊に加えてくれるように巡査たちに頼んだ。デ・グリューはマノンを取り戻す事はあきらめ、自分が未だ未開の地であったニューオルレアンまでマノンに付き添って行こうと決心したのであった。

 巡査たちは彼の願いを聞き入れたが、やがて恋人を追いかけて来たのだという事がわかってしまい、調子に乗った巡査たちはデ・グリューがマノンに近づくだけで金を要求するようになり、デ・グリューはほぼ一文無しになってしまった。しかし語り手の「私」が現れて助けてくれた事で、船に乗るまで何とかマノンに寄り添う事ができた。鎖でくくられてぼろをまとったマノンはすっかり弱り果てていたが、デ・グリューがここまで尽くしてくれる事に深く感謝した。



 船長は身分が高そうなデ・グリューに目をかけてくれた。デ・グリューはマノンとは夫婦だと船長に話し、何かと特別扱いをしてもらった。航海は順調で、マノンも人が変わったように従順な女となったので、デ・グリューの心は次第に落ち着いて来た。

 ニューオルレアンに着くと、マノンと共に流されて来た女たちは現地の青年たちにあてがわれた。しかし船長がデ・グリューとマノンは夫婦だと話してくれたため、現地の司政官は二人が共に暮らせるように好意的に計らってくれた。マノンは今や良き伴侶となり、やっとマノンを自分の手のうちに捉える事ができたデ・グリューは幸せだった。

 しかしまたしても幸せは長くは続かなかった。デ・グリューとマノンは正式な結婚はしてなかったので、司祭の前で正式に結婚をしようとしたが、それが仇となった。司政官の甥のサンヌレがかねてからマノンに恋をしていたのだが、正式な夫婦ではないとわかった途端、司政官は愛する甥にマノンを与えようとしたのである。逆上したデ・グリューはサンヌレと決闘になってしまった。またしても希望を絶たれたデ・グリューはこの決闘で負けてこの世から消えてしまいたいとさえ思っていたが、どうした事か、強くもないデ・グリューの一撃にサンヌレの方が動かなくなってしまった。

 デ・グリューはマノンに、どうやらサンヌレを殺してしまったようだ、と事情を話し、別れを告げて一人村を出ようとしたが、マノンはデ・グリューと離れるのは耐えられない、二人で逃げましょう、という事になった。原住民の助けを借りて荒地を横切り、英国人の植民地へ行き、そこで出直そうというのである。

 しかし荒地での強行軍はマノンには厳しすぎた。マノンは弱って行き、デ・グリューへの愛を示しつつ死んでしまった。デ・グリューはあきらめきれずに死んだマノンを抱きしめ続けていたが、自分もいつ死んでしまうかわからない。マノンの亡骸が野獣につつかれないよう、千回も接吻してから砂の中に埋めた。そして自らもその墓におおいかぶさって、そのまま死を待った。




 しかしデ・グリューは村人に救助されてしまった。サンヌレは死んではおらず、デ・グリューとの決闘の顛末を話したため、捜索が行われたのである。そしてマノンが行方不明である事から、デ・グリューは一旦マノン殺しの嫌疑をかけられたのだが、真実をありのままに語ると、サンヌレが義侠心をもってデ・グリューの特赦を願い出て、デ・グリューはおかまいなしとなった。しかし衰弱していたデ・グリューは三ヶ月間、重い病に臥せった。マノンの亡骸はサンヌレのはからいできちんとした場所に埋葬し直された。

 病気が癒えたデ・グリューは名誉に憧れるようになった。そしてマノン亡き今、フランスへ帰ろうと決心した。しばらくすると商用の船が着き、チベルジュがやって来た。何としてもデ・グリューをフランスへ連れ帰る決心で難儀な船旅をしてきたのだった。そしてデ・グリューはチベルジュと共にフランスへと戻った。

 兄がカレーの近くの親戚の家でデ・グリューを待っていてくれる事になっていたが、父親は心労のため、すでにこの世の人ではなかった。


(終わり)

 





 原作について

 「マノン・レスコー」はもともとアベ・プレヴォーの大作「ある貴人の回想録」の第七巻の末尾に挿入された小さな作品でした。それが大変な評判を呼び、「シュヴァリエ(騎士)・デ・グリューとマノン・レスコーの物語」として独立して出版されるようになったらしいです。(この貴人ルノンクール侯爵が「マノン・レスコー」における第一の語り手「私」です。)

 作者のアベ・プレヴォーは本名をアントワーヌ=フランソワ・プレヴォーといい(アベ・プレヴォーとは法師プレヴォーという意味らしいです)、北フランスのブルジョワの名家に9人の兄弟姉妹の次男として生まれました。聖職者としての教育を受けていましたが、生来の血の気の多い性格から学校を飛び出して軍隊に入ったり、その間に女性と熱烈な恋をしたり、僧籍に入ってからも強引に宗派を移ったりと、かなり破天荒な人生を送ったようです。「マノン・レスコー」はそういった作者自身の体験から生まれた作品です。

 アベ・プレヴォーは物語の最初に作者の言葉として、以下のような事を書いています。

 「人はデ・グリュー君の行状に、燃え盛る情火の恐るべき実例を見るであろう。私は恋ゆえに盲目になった一青年を描こうとしているものである。彼は幸福であることを拒絶して、終局は、悲境にみずからとびこもうとする。かがやかしい未来を約束している、あらゆる才質をかねそなえながら、みずから好んで裏街道をごろついて、運命と自然がもたらす有利な条件のごときもことごとく棒にふってしまう。自分の不幸が目に見えているのに、避けようともしない。」(「マノン・レスコー」アベ・プレヴォー/著 青柳瑞穂/訳 新潮文庫 より引用)

 そして誰もがこういう経験をするわけではないから、私のこの作品を読み、道徳を尊重しながらもなぜかそこから遠ざかってしまう人間の弱さを学んで品性をみがく鏡として欲しい、と続けています。



 確かに主人公たちのやっている事はチンピラ並み。マノンは贅沢したいばかりに若さと美しさを男にお金で売り、その契約さえも履行せずに前金や宝石類を持ち逃げします。しかもそれを性懲りもなく繰り返すのです。デ・グリューはデ・グリューでマノンの軽はずみな計画を結局は黙認してしまうし、自らもいかさま賭博をして善良な人からお金を巻き上げます。本意ではないとはいえ、殺人も犯します。

 そういう感心しない若者二人の恋物語ですので、感情移入しにくいところがあります。また我々の社会通念から行くと、二人がどんなひどい目に会っても「自業自得」という事にもなるでしょう。

 しかしこれは三百年近く昔の話で、非常に風紀の乱れた時代のフランスのお話です。身分による差別、貧富の差も激しく、「マノン・レスコー」にも金持ちや貴族は貧乏人を人とも思わず、貧乏人もまた恐るべき抜け目のなさで金持ちや貴族からどうやって金を掠め取るか、常にスキをねらっている様子が描かれています。そういう世相ですから、特にデ・グリューやマノンが飛びぬけて堕落しているというのではなさそうです。

 そういった事情を頭に入れてもう一度読み直し、素直にデ・グリューの語りに耳を澄ませてみると、軽率で性質のよくないその行動の裏に、一貫して流れているものが見えてきます。それは「愛」です。確かにデ・グリューは悪い事をしていますが、自分のためにではありません。あくまで愛するマノンをが自分から離れないようにするため、彼女を恐ろしい場所から逃れさせるために、仕方なくやっているのです。

 作品の中で、デ・グリューが自分の恋愛における苦悩と神への帰依がもたらす修行上の苦痛とを一緒くたにしてチベルジュが恐れおののくところがありますが、デ・グリューは常識を超え、神を崇拝するが如くマノンを絶対的に愛していたのです。

 


 このあたりの事を村田京子氏は「娼婦の肖像」で詳しく書いておられます。ジャン・コクトーの言葉「悲劇の赤い糸がこの軽薄な物語の端から端までぴんと張りつめられ、作品に気高さを与えている。」、そしてモンテスキュー:「その行為がどんなに卑しいものであっても、愛はいつでも気高い動機となる。」を紹介し、悲劇的な愛には本質的な威厳が伴うとしておられます。

 また村田氏はジャン・スガールという方の「デ・グリューの情熱三段階説」も紹介しておられます。それは、デ・グリューの情熱が「初歩的情熱」「支配的情熱」「真実の愛」と段階を追って高い次元へ向かって行く、というものです。

 まず「初歩的情熱」ですが、抑え難い情動の身体的発現と説明されています。デ・グリューがアミアンでマノンに一目惚れし、「一挙にのぼせあがるように燃え上がった」とか「甘美な熱が全血管に広がり」という風に表現されているような状態です。

 次の段階である「支配的情熱」とは自らの意志によって選び取られるもので、マノンがサン・シュルピスの神学校に姿を現した時からこの段階へと移ります。デ・グリューは破滅の予感を抱きながらも、すべてを捨ててマノンへの愛に生きる事を「自分の宿命」として選んだのです。デ・グリューはマノンを賛美するのに神学用語を使っているらしいですが、(このあたりはフランス語の原文を読まないとしかとはわかりません。)マノンは神に代わる崇拝の対象となったのです。

 そして愛はついに最終段階である「真実の愛」へと到達します。 

 「マノンを埋葬する時、墓穴を掘るのに自らの剣を折る場面がある。精神分析学的に見れば、「剣」は象徴的な意味での男根を現し、剣を折ることは、男としての能力を放棄すること、性の快楽を断念したことの表明とも解釈できる。情熱の対象がこの世から消えた後も、実現不可能な愛に生きることで、彼の愛は肉体的次元から精神的、霊的次元へ昇華されていく。それがスガールが「真実の愛」と名づけた最終段階の愛の形である。」 

 そして村田氏は以下のようにこの章を結んでおられます。 

 「(読者は)…いつの間にか、家や名誉をすべて投げうって、献身的にマノンに尽くす彼の情熱の大きさを追体験できる仕組みとなっている。その過程で彼の不純な部分はすべて、”絶対的な愛”によって浄化されて行く。」

 




 さて、このようにデ・グリューに絶対的な愛を捧げられたマノンですが、一体彼女はどのような女性だったんでしょうか。「軽はずみで向こう見ず」かつ「まっとうで誠実」とか、「金銭に対して淡白」と思ったら「金に不自由することが恐ろしくて、片時も平静ではいられない」など矛盾するような記述も多々あります。何となくつかみどころがない感じがします。それはデ・グリュー自身にとってマノンは謎であり、彼自身が彼女をとらえ切れていないからなのでしょうね。     

 男女関係の大家である渡辺淳一氏は、「マノン・レスコー」を原作とした映画「情婦マノン」の解説の中で、以下のように述べておられます。 

 「男にも純愛はある。それも相手の女が奔放で、淫らで、手に負えぬあばずれと知りつつ、追い求めて行く。男はまだ若く純情で、女の実態をよく知らない。逆に言うと、初心で純真だからこそ、奔放で淫らな女に惹かれていくとも言える。一般にはマイナスと思われる女の実態が、この場合はむしろプラスになっている。単なる善良より悪の花園を持っているところが、かえって男を惹きつけて放さない。…(中略)…いずれにせよ、ベテランの恋に練達した男達が悪女に惹かれることはあまりない。何故なら、彼等にとって、悪女はすでに既知の、知り尽くした相手であり、現実にその実態を見た者にとって、悪女はさほど魅力はない。」(「恋愛学校」渡辺淳一/著 集英社)




 女性である私にはマノンは割合わかりやすい存在であるように思えます。社会性をそぎ落とした女の本能そのものみたいな感じですね。こういうタイプは若く純粋な男性には謎として女神にも写るのでしょうが、女性の間では評判が悪いかも。いい気になってたらそのうちひどい目に会うだろう、とか、年がいったらただのゴミ屑、などと言われかねないタイプです。

 それを男性はまるで神のように崇拝し、このような文学作品を作り出してしまうのです。男性の心のロマンって本当にすごいですね。男性の心の中に広がる果て無きロマンの海こそ、女性にとっては、謎かも。

 そう言えば、現実を省みずロマンを追い求める男性に惚れる女性の話はよく聞きます。例えば映画「愛と哀しみの果て」でロバート・レッドフォードが演じたデニスですね。(この作品とそこにおける男女関係についても渡辺淳一氏は「恋愛学校」で詳しく解説しておられます。)

 そういうロマン男は男性からすれば謎でも何でもないのでしょう。まさしく男女は同じ人間とはいえ、別の生き物のよう。でもそんな風だからこそお互いのわからない部分に惹かれ、または都合よく誤解し、その産物としてロマンスが尽きることなく生まれて行くのです。素晴らしきかな、男と女。




 さて、長らく謎であり、捉える事のできなかったマノンですが、デ・グリューがすべてを捨てて一緒にニューオルレアンに行く決心を伝えた時、変化が訪れます。マノンはデ・グリューの尽きせぬ愛に感動し、以後従順な女性に変貌します。従順に変身し、デ・グリューの手のうちに入ったマノンはもはや謎ではありませんから、これで物語は終わりへと急展開していきます。

 二人で英国の植民地との間に横たわる荒地へ逃げ、そこでマノンは短い生涯を終え、彼女を埋めた塚に覆いかぶさったデ・グリューは死を待ちますが、救助されてしまいます。その後のデ・グリューは名誉を求める誇り高い青年に戻っていますが、ここでデ・グリューは生まれ変わったともいうべきで、恋に生きたかの青年はマノンの塚穴の上でその命を終えたのでしょう。
 こうしてデ・グリューは苦難の末に永遠の女性を心に刻み付けたのですね。

※デ・グリューとマノンが逃げた場所は荒地(または砂漠)という事になっていますが、現実のニューオルレアンは沼地です。作者はそれを知っていながら、純粋性と禁欲的精神を取り戻す場所として、意図的に荒地を選んだのだろう、と「娼婦の肖像」で村田氏は説明しておられます。

 前述のように、アベ・プレヴォーは作者の言葉として、この実例から人間の弱さを学んで品性をみがく鏡として欲しい、と言っています。この物語から何を感じ取るかは人それぞれでしょう。「うむ、このようになってはいかんな。教訓としよう。」と思うもよし。また、堕落し、運命に見放されて荒地へ導かれ、愛が結晶化する姿に崇高な美しさを見出し、「本当に美しいものは汚れた混乱の中にこそ見出せるのだ。」と思うもよし。さて、皆様はどうお感じになるでしょうか。

 


マクミランのバレエについて 


<バレエ「マノン」基本情報>


原作     「マノン・レスコー」 アベ・プレヴォー/著
振付     ケネス・マクミラン
音楽     ジュール・マスネ   ※マスネの音楽ではありますが、オペラ「マノン」の音楽はここでは使われていません。
初演     1974年  英国ロイヤルバレエ団
初演配役  デ・グリュー・・・・・ アンソニー・ダウエル
        マノン・・・・・・・・・・ ジェニファー・ペニー 


 小説は割と自由な形式で書く事ができますが、舞台では時間も限られているし、いかに4面舞台を供えた立派な劇場が増えて来ているとはいえ、展開できる場面も限られています。その中で観客に心に残るドラマを感じてもらわねばならないため、原作がある場合、台本作者や振付家は自分の視点を定め、それに合わせて原作の内容もかなり大胆にアレンジする事があります。

 マクミラン振付の「マノン」もかなり話を独自に展開させています。18世紀初めの激しい身分や貧富の差、一応教会や道徳が権威を持ちながらも、風紀が乱れ、悪に染まる事が珍しくも何ともなかった時代の空気を冒頭から描き、その象徴的な人物としてマノンの兄のレスコーを登場させています。マノンもそういう中にあっては特に悪女という感じはしません。むしろデ・グリューだけがその中で浮いており、そのデ・グリューを心から愛した事で自分の属する世界との間に亀裂が走り、不幸な結果へと結びつく、という印象を受けます。

 このバレエではマノンの最期の場面をニューオーリンズの地理的状況そのままに沼地としていますが、娼婦的な生き方を捨てて最期はデ・グリューへの愛と感謝を胸に短い生涯を終えるマノンは、やはり原作と同じく砂漠において罪を悔い、純潔を取り戻す聖女のごとく描かれているように思います。





 第一幕・一場(パリ郊外・宿屋の中庭)


 もうすぐ金持ちの男たちが女連れで着くのを察知したか、彼らの金目当ての物乞いたちが集まって来ていた。その中心にいるのはやくざな近衛兵レスコーだ。やがて馬車が着き、男たちは娼婦たちを連れて下りて来た。女たちを束ねる娼館のマダム、レスコーの愛人、好色で有名なムッシュGMもその中にいた。
 早速貧乏人たちは金持ちから金を掠め取るべく、活発に活動を始めた。その活気ある中を流刑地へ送られる娼婦たちを乗せた哀れな荷馬車が通り過ぎて行く。
 物乞いの頭はムッシュGMのポケットから時計をうまくすり盗った。女たちは男たちに媚を売った。そしてレスコーは自分の愛人をムッシュ・GMに売りつけようとしていた。ムッシュ・GMは好色に女たちを品定めをしていた。
 そんな所へ哲学の本を読みながら、若く純粋な騎士デ・グリューが現れた。やがてムッシュ・GMは時計がない事に気づいて慌てるが、「こいつが見つけました。」とグルになっているレスコーが物乞いの頭を連れて来た。まんまとレスコーたちの策略にはまったムッシュGMは彼らに褒美を与えた。

 そこへ親の意向で修道院に入るべく旅をしてきたレスコーの妹、マノンが現れた。一緒にやって来た老紳士が美しいマノンに夢中になっているのを見たレスコーは、早速老紳士と交渉し始めた。一方マノンは修道院の事など忘れてこの猥雑な雰囲気に浮き浮きしていた。そんなマノンにムッシュ・GMは早速目をとめた。レスコーと老紳士の交渉は成立し、マノンは老紳士から前金を受け取った。物乞いたちを残し、男たちと女たちは宿屋に入って行った。

 マノンは老紳士の前金にすっかり満足して喜んでいたが、本を読みながら歩いていたデ・グリューとぶつかってしまった。その途端、若い二人は恋に落ち、デ・グリューはうっとりと愛の想いを語り、マノンも享楽的な情熱を身を任せた。(二人の愛のパ・ド・ドゥ)
 そしてデ・グリューは修道院にも老紳士にもマノンを渡すまいとし、止めてあった馬車で逃げ出して二人で暮らそうとマノンを誘った。マノンも同意し、二人はあっという間に馬車で逃げ去った。気づいた一同が現れ、金だけ盗られた老紳士は慌てふためいた。しかしムッシュ・GMはこの機会を逃さずレスコーに金を渡し、マノンを探すように命じた。いい金づるだと思ったレスコーは物乞いの頭に金をやって、マノンを探させる事にした。





第一幕・二場(パリ、デ・グリューの下宿)


 デ・グリューとマノンは甘い愛の生活を送っていた。(愛のパ・ド・ドゥ)官能に震え、固く抱き合う二人。しかしデ・グリューが外出したすきに、マノンを探し当てたレスコーがムッシュ・GMを連れてやって来た。そして豪華な毛皮のローブや高価な宝石でマノンを誘惑した。最初は戸惑っていたマノンであるが、レスコーにうまく説得され、老紳士から奪った前金が底をつきそうになっている事もあって、ムッシュGMからの申し出に心が段々と傾いていった。(マノン、レスコー、ムッシュGMのパ・ド・トロワ)

 そして交渉が成立し、レスコーはムッシュGMから前金を受け取って上機嫌となった。マノンはデ・グリューとの愛の生活を捨て去る事に躊躇を覚えるが、ムッシュGMに手をとられると、心を残しながらもデ・グリューの家を後にした。

 そこへデ・グリューが戻って来て、マノンがいない事に気がつき、悲痛な思いで探し回り、レスコーに「マノンをどこへやった?」と詰問した。しかし逆にレスコーからムッシュGMの前金を突きつけられ、マノンは自分の意志で、デ・グリューとの愛の生活より贅沢ができる妾としての生活を選んだのだ、と言われて愕然とした。マノンは金がないと手元に置く事はできない娼婦的な女…デ・グリューは打ちのめされてしまった。





第二幕・一場(マダムの娼館)


 マダムの娼館には好色な客たちが訪れ、乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。マノンに会いたいばかりに、レスコーに連れられてデ・グリューも来ていたが、デ・グリュー一人が回りから浮き上がっていた。女たちは媚を売りながら踊り、それを見て客たちは女を選んで行く。そしてどんどんとカップルができあがっていった。レスコーも泥酔して一人で、または愛人と踊り、持ち上げた愛人を落としそうになる始末だった。

 そこへムッシュGMに伴われて、豪華な衣装に身を包んだマノンが現れた。マノンはムッシュGMと踊るのだが、それはまるでデ・グリューの知らない女のようだった。ムッシュGMに操られるようにフワフワととらえどころなく踊るマノン。続いてレスコーの愛人、客たちも踊りだし、くだけた雰囲気の中でパーティーは盛り上がった。

 そのような雰囲気がよほど性に合っているのだろう、男たちの好色な視線が集まる中、内側からあふれ出すものに突き動かされるように、マノンは踊り出した。一体マノンとはどういう女なのか。可憐な少女のように愛を語るかと思えば、まるで娼婦のように男から男へと、快楽を求めて漂って行く。そして男からせしめた金でますます妖艶さをまし、抗いがたい魅力を身につけていくのだ…。次々に男たちと踊るマノンの姿に、デ・グリューはますますマノンの謎にとらえられると同時に、どうしてよいのかわからなくなってしまった。

 やがて女たちの賑やかな踊りが始まり、デ・グリューは我に返った。ムッシュGMは金を撒き散らして女たちに拾わせ、性質の悪い笑い声を挙げていた。女たちと客が入り混じって踊り、いやが上にも雰囲気は盛り上がった。やがて踊り疲れた一同は休息をとりに場所を移した。

 ようやくマノンと二人きりになったデ・グリューは自分を裏切ったマノンを責め、恨みつらみをぶつけた。最初は戸惑ったマノンであったが、デ・グリューのあまりの嘆きぶりに心を動かされ、デ・グリューの元に帰りたい旨をレスコーに訴えた。レスコーはデ・グリューがいかさま賭博でムッシュGMから大金を巻き上げることができれば、当分マノンと不自由なく暮らせるだろう、といかさまに使うカードをマノンに渡した。

 そしてデ・グリューはムッシュGMと共に賭博の席に着いた。マノンがムッシュGMの注意を引いたすきにカードに細工をし、デ・グリューは勝ち続けた。しかしついにはいかさまをムッシュGMに見破られ、二人は剣を抜いての戦いとなってしまった。デ・グリューはムッシュGMに傷を負わせ、彼がひるんだ隙にマノンを連れて逃げ出した。怒り狂ったムッシュGMはレスコーを捕えた。





第二幕・二場(デ・グリューの下宿)


 マノンは豪華な衣装を脱ぎ捨て、デ・グリューと抱き合って愛を確かめ合った。デ・グリューはマノンを連れて逃げようとするが、ムッシュGMの宝石をはずす、はずさないで二人が言い争いをしているうちに、ムッシュGMが警察を引き連れて押し入って来た。レスコーが縛られて引っ立てられてきており、マノンの目の前でムッシュGMに撃ち殺されてしまった。号泣するマノンも逮捕され、売春の罪に問われて、未開の植民地ニューオルレアンに流刑に処せられる事になった。



第三幕・一場(流刑地ニューオルレアンの港)


 本国フランスから船が着くというので、品物や本国からの頼りを待つ人々が集まっており、港は賑わっていた。そこへ船が着くが、髪を断髪にされた見るも哀れな流刑の女たちが船から降ろされて来た。その様子に町の人々は言葉も出ないほどだった。現地の看守は職務権限を濫用して、女たちを物色していた。

 マノンも船から降りて来た。疲労と絶望で足元もおぼつかない彼女をデ・グリューが付き添って支えていた。マノンをあきらめる事ができず、すべてを捨てたデ・グリューはマノンと共に植民地で生きる決心をしたのである。看守はマノンが気に入り、それに気づいたデ・グリューは彼の視線からマノンを隠そうとしたが、権力をかさにきた看守はマノンの手をとり、思うままに操ろうとした。しかし今やどこまでも誠を尽くしてくれるデ・グリューへの愛がすべてとなったマノンは、もはや昔のようには踊らされない女となっていた。看守は兵士に命じ、無理やりにデ・グリューからマノンを引き離して連れ去った。




第三幕・二場(看守の部屋)


 看守は自分の部屋へマノンを連れて来させた。看守に迫られたマノンは抵抗するもあえなくねじ伏せられてしまった。看守は宝石のついたブレスレットを与え、マノンの気を惹こうとするが、もはやマノンが権力や宝石に心を動かされる事はなかった。そんなマノンを看守は無理やりにものにしようとするが、そこへデ・グリューが駆け込んで来て、看守を刺し殺してしまった。マノンは看守の死体にブレスレットをたたきつけた。

 デ・グリューは看守を殺してしまった事に狼狽していたが、マノンは一緒に逃げよう、とデ・グリューを促した。




第三幕・三場(沼地)


 二人は逃亡の果てに沼地へ逃げ込んだが、マノンは弱ってしまい、これ以上歩くことができなくなってしまった。デ・グリューはマノンを抱えて歩き続けたが、マノンは最期の時が近づいて来たのを悟った。そんなマノンの脳裏にこれまでの出来事が、関わった人々の事が甦って来た。看守、マダム、女たち、客たち、ムッシュGM。そしてレスコー。短い間にいろんな事が事が起こり、いろんな人が通り過ぎて行った。そして今のマノンにとってはデ・グリューだけがすべてだ。デ・グリューへの愛、そして感謝…。しかしマノンの頭は次第に混乱して来た。 

 そんなマノンを抱きしめ、デ・グリューは語りかけ、励まし続けた。しかし次第に彼女の反応が鈍くなるのを感じ、痛切な叫び声をあげた。(パ・ド・ドゥ)そしてついにマノンは動かなくなった。すべてを捧げた愛情の対象を失ったデ・グリューはマノンの亡骸を抱きしめ、号泣した。

(終わり)



オペラ「マノン・レスコー」について


原作      アベ・プレヴォー
音楽      ジャコモ・プッチーニ
台本      ルイージ・イッリカ、ジュゼッペ・ジャコーザ
初演      1893年2月1日 於トリノ王立劇場


 マクミランとはまた違い、プッチーニは青春や恋を甘く美しく描くのがとてもお上手です。(「ラ・ボエーム」はその傑作です!)このオペラも若者たちが青春と恋を謳歌するところから始まります。マノンは兄のレスコーに操られている世間知らずの若い娘として描かれており、恋と贅沢の両方を手にいれようとした事から破滅していきます。プッチーニ特有の甘く叙情的な旋律がたっぷりと歌われる美しいオペラです。

 ※なお、ジュール・マスネも「マノン・レスコー」を原作としてオペラ「マノン」(1884年初演)を作曲しています。こちらはマノンとデ・グリューの父親を出会わせたり、マノンがアメリカへの流刑を前にして死んでしまうなど、かなり独自のストーリー展開となっています。私はチラと一度みた事があるだけなので詳しくは知りませんが、機会があれば詳しく調べてみたいと思います。



第一幕(アミアンの城門近くの宿屋の庭先)


 デ・グリューの友人エドモントや若者たちが青春を謳歌しているところへ勉学に励む真面目な学生デ・グリューが本を読みながらやって来た。エドモントたちは真面目なデ・グリューを、恋の経験はあるの?とからかうが、デ・グリューはまだ情熱の対象に出会っていないだけで、心の奥底ではロマンスを待ち望んでいるのだ、と臆することなく答えた。

 そこへ馬車が着き、マノンが兄のレスコーと共に現れた。美しいマノンに学生たちは大騒ぎとなるが、一緒の馬車で到着した老人、大金持ちのジェロント・ド・ラヴォアールもすでにマノンに目をつけていた。

 デ・グリューもマノンに気がつき、一目惚れしてしまった。マノンもデ・グリューに惹かれた。デ・グリューは後でゆっくり会ってくれと逢瀬を申し込むが、マノンは色よい返事をする事ができなかった。マノンは親の意向で修道院へ入るべく、旅の途中だったのである。しかも付き添って来たヤクザな近衛兵、兄のレスコーは親の意向を無視して自分を大金持ちのジェロントに斡旋しようとしている。しかし結局、デ・グリューの押しの強さに負けて承知してしまった。エドモンドたちはデ・グリューの一目惚れと意外な押しの一手をからかった。

 一方、レスコーもジェロント相手に話しを運んでいたが、腹黒いジェロントに話を中断されてしまった。見れば若者たちが酒を飲みながら賭博をしていたので、酒と賭博に目がないレスコーはそちらの方へ吸い寄せられてしまった。その間にジェロントはこっそり宿屋の亭主を呼び、マノンを誘拐すべく早駆けの馬車を手配させた。しかしその秘密の話をエドモントが聞いていた。エドモントは早速デ・グリューにジェロントのマノン誘拐計画を知らせてやった。

 約束通り会いに来たマノンに、デ・グリューは愛を語った後、ジェロントの誘拐計画を知らせ、その前に自分と一緒に逃げようとマノンを誘った。最初マノンはためらったが、デ・グリューの強い哀願に負け、手に手を取ってジェロントが手配した馬車に乗って逃げ去った。

 まんまとデ・グリューにマノンをさらわれてしまったジェロントは学生にまで間抜けぶりをからかわれ、大いに機嫌を損ねてしまった。しかし酔っ払っているとは言え、マノンを知り抜いているレスコーは案外落ち着いており、ジェロントに入れ知恵した。…マノンはパリが大好きで貧乏は嫌い。学生の懐で養っていけるような女ではないから、探し出して金や宝石で誘惑すれば、たやすくジェロント様になびく事でしょう。私もここは一つ、あなた様の家族になってご協力いたしましょう…。ジェロントはレスコーの助言を受け入れ、マノンを探すようにレスコーに命じた。




第二幕(ジェロントが用意した豪華な邸宅)


 レスコーの予想通りに金や宝石に目が眩んだマノンは、今やジェロントの囲いものとなって贅沢な暮らしをしていた。そこへレスコーが様子を見に来るが、マノンはそろそろ贅沢にも飽き、熱い情熱を捧げてくれる若き恋人デ・グリューが恋しくなり始めていた。マノンの性格を知り尽くしているレスコーはマノンがいつまでも退屈な老人相手に我慢できない事はわかっていたので、そろそろデ・グリューに乗り換えるべき時が来たらしい、と見て取った。そういう時のために、レスコーはデ・グリューと親しくし、いかさま賭博を教え込んで金が稼げるように仕立て上げていたのである。

 楽士がやって来てジェロントが作ったマドリガルを歌ったが、マノンは退屈してしまった。ここらが潮時だ、と判断したレスコーはデ・グリューを呼びに行った。入れ替わりにジェロントがダンス教師を連れてやって来た。マノンはつまらないのを我慢して何とか老人相手にダンスの相手をつとめた。ジェロントは満足し、先に夜を過ごす場所へ行っているから、と退室した。

 そこへデ・グリューが現れた。マノンは再会を喜ぶが、デ・グリューはマノンの不実をなじった。しかしマノンにすっかり心を奪われているデ・グリューはいつまでもマノンを責め続ける事はできず、やがてマノンの前いひざまづいてしまった。そして二人は抱き合って再び愛を確かめ合った。

 その時、間の悪い事にジェロントが戻って来てしまった。マノンを失いたくないジェロントは謝罪すれば許してやろうと度量のあるところを見せるが、マノンはジェロントに鏡を持たせ、自分と私たち二人を見比べて見ろ、と思慮分別を欠いた悪ふざけをしてしまった。ジェロントはうわべは慇懃無礼に皮肉を言うだけにとどめ、その実痛い目に会わせてやる、と思いながら去って行った。

 デ・グリューは一刻も早くここを出ようとマノンを促したが、ジェロントの真意に全く気がついていないマノンはこの贅沢を手放すのはいやだ、とだだをこねた。デ・グリューはこれ以上僕を裏切るのか、と切々とマノンを説得し、やっとマノンがデ・グリューと共に逃げる事に同意した時、レスコーが息を切らせて飛び込んで来た。ジェロントが警察を引き連れて屋敷を包囲し、マノンを逮捕しようとしている、と言うのだ。
 レスコーとデ・グリューはマノンを急かすが、マノンは宝石に未練があり、あれもこれも持って行きたいと言って探しているうちに警察を連れたジェロントが乗り込んで来た。マノンは売春の罪で逮捕された。デ・グリューは抵抗しようとしたが、君まで捕まっては誰がマノンを救い出すのか、とレスコーに止められた。連行されて行くマノン。デ・グリューの悲痛な叫び声が響き渡った。




第三幕(ル・アーブルの港)


 娼婦たちを流刑地ニューオーリンズへ運ぶ船が停泊している。レスコーは悲嘆にくれるデ・グリューにマノン救出計画を話していた。歩哨を買収して見逃してもらい、中へ入ってマノンを救出しようというのだ。デ・グリューは窓辺にマノンを呼び出し、今助けるから待っていてくれ、と慰めるが、マノンは不吉な予感がしてたまらなかった。

 そしてマノンの予感通り、計画は露見して実行不可能となった。船の出発が近づき、流刑に処せられる女たちが引き出され、民衆の好奇の視線の中、次々と船に乗せられて行った。引き出されて来たマノンは、自分のことは忘れて欲しい、とデ・グリューに別れを告げた。ついに出航の時間が近づき、警備の巡査が駆け寄り、二人を引き離そうとした。

 どうしてもマノンを思い切れないデ・グリューは、自分もマノンについて流刑地ニューオーリンズへ行く決心をした。船長に移民を希望し、見習い水夫にして欲しいと申し入れ、許可された。そしてデ・グリューは愛しいマノンに付き添い、船に乗り込んだ。




第四幕(ニューオーリンズの砂漠)


 (新しい土地で出直そうとした二人であったが、ここでもマノンをめぐる三角関係は繰り返された。しかしもはやマノンは、ニューオーリンズの権力者になびく事はなく、デ・グリューへの愛のみに生きる女性となっていた。)…このあたりの事情はオペラでは省かれており、いきなり二人が砂漠を行くシーンから第四幕は始まります。)

 そしてニューオーリンズにも居場所がなくなった二人は安住の地を求めて砂漠へ逃げ込んだ。しかし厳しい気象環境下での強行軍に、マノンはどんどんと弱って行った。デ・グリューは励ますが、熱が出ており、喉が渇いて仕方がないマノンはどこか休めるような場所を探してくれ、とデ・グリューに頼んだ。デ・グリューが避難場所を探している間一人砂漠に横たわっていたマノンは自分の最期が近づいて来るのを悟った。
 やがて虚しく戻って来たデ・グリューに、たとえ自分の罪は忘れ去られてもあなたへの愛は永遠だ、と苦しい息の下から語りかけ、マノンは息絶えてしまった。すべてをうしなったデ・グリューはマノンの亡骸を抱きしめて慟哭した。  (終わり)






「マノン・レスコー」      アベ・プレヴォー/著  青柳瑞穂/訳  新潮文庫

「娼婦の肖像」        村田京子/著  新評論
    〜ロマン主義的クルチザンヌの系譜〜

※「マノン・レスコー」を原典として、その系譜を継ぐ文学上のクルチザンヌたちについて詳述しておられます。「マノン・レスコー」と「椿姫」の比較も興味深いです。

「恋愛学校」          渡辺淳一/著  集英社

※ご紹介した「情婦マノン」や「愛と哀しみの果て」のみならず、数々の名作恋愛映画を渡辺淳一氏が解説しておられる大変楽しい一冊です。

バレエ「マノン」 (NHKにて放送)
    振付    ケネス・マクミラン
    音楽    ジュール・マスネ
    編曲    レートン・ルーカス、ヒルダ・ゴーント
    配役    マノン・・・・・・・・・・タマラ・ロホ
           デ・グリュー・・・・・・カルロス・アコスタ
           レスコー・・・・・・・・・ホセ・マルティン       
    英国ロイヤルバレエ団  2008年11月 於 コヴェントガーデン王立劇場  

オペラ「マノン・レスコー」(DVD)
    音楽    ジャコモ・プッチーニ
    指揮    ジュゼッペ・シノーポリ
    演奏    コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラハウス管弦楽団・合唱団
    配役    デ・グリュー・・・・・・プラシド・ドミンゴ
           マノン・・・・・・・・・・キリ・テ・カナワ
           レスコー・・・・・・・・・トーマス・アレン
    英国ロイヤルオペラ  1983年5月17日 於 コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラハウス
    発売元   NVC ARTS




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