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1 利根運河(運河水辺公園) 詳しくはコチラ
江戸川と利根川を結ぶ長さ約8kmの運河。
オランダ人技師ムルデルの設計監督により完成され明治23年に開通しました。両岸の桜が満開になると一部でライトアップが行なわれ、絶好のお花見ポイントとなります。レンタサイクル(有料)利用できます。
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2 諏訪神社
平安時代創建の神社(旧村社)。
源義家が献上したといわれる献馬のブロンズ像等があり、おすわ様として親しまれています。この神社の境内は広さが約1万坪あり、うっそうと大樹が茂り、中でも巨杉、巨松は過ぎし千年余の昔を思いおこさせてくれます。
神幸祭・大祭(8月22日〜23日) |
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3 一茶双樹記念館 記念館ホームページはコチラ
ここで江戸時代に、俳人小林一茶は流山を第二の故郷として多くの時間を過ごしました。
一茶自身が植樹したと言われている赤松が健在しています。
観覧時間 AM9:00〜PM4:50
休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)
観覧料 一般/100円 小中学生/50円 |
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4 新選組流山本陣跡
近藤勇陣屋跡 (こんどういさみじんやあと)
近藤勇について
近藤勇が最後に陣営を敷き、自首をした地です。陣営は常与寺の裏手で現在では酒屋となっていますが、当時は長岡屋という酒造家でした。官軍は羽口の渡しを渡ってこれを包囲しましたが、流山を兵火に巻き込むことを憂い、自首を決めました。慶応4年(1868)4月3日のことです。当時使われたと言い伝えられる土蔵が往時を偲ばせてくれます。 |
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5 江戸川
江戸時代に開削された大河川。
全長約53kmで、利根川(関宿町)から東京湾(浦安市)に至ります。
流山はこの河川を利用した水運により繁栄し、水資源は農業用水等として今も田畑を潤しています。
花火大会会場 |
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6 赤城神社 (あかぎじんじゃ)
鎌倉時代創建といわれる旧郷社。
海抜15mの小山(赤城山)の山頂にあります。伝説によると、その昔大洪水によって上州赤城山の崩れた土塊が流れ着いたのがこの山で、山が流れてきたので流山という地名がついたとされています。
大しめ縄行事(毎年10月10日前後の日曜日) |
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7 流山市総合運動公園 詳しくはコチラ
広い芝生の広場や野球場、テニスコート、アスレチックなどがあります。春になると数多くの桜が咲き、お花見スポットとしてもお楽しみいただけます。
※流山市民まつりの会場 |
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8 東福寺 (とうふくじ)
目つぶしの鴨の民話
平安時代創建の真言宗豊山派の寺院。
文化財が豊富で市指定の二十一仏板をはじめ、運慶作の仁王像と仁王門、平将門天慶の乱鎮撫祈願をした藤原秀郷にちなむ大絵馬額、左甚五郎作といわれる目つぶしの鴨の彫刻があり、市内屈指の名刹です。 |
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9 清瀧院 (せいりゅういん)
戦国時代には五十三ヶ寺を有する本山で、由緒ある寺院として文献に残されています。境内には大銀杏や、樹齢約400年といわれる枝垂桜があり、威容を誇っています。また、当所は小金牧に縁ある野馬奉行綿貫家の廟所で、ありし日を偲ぶことができます。 
流山七福神:寿老人 |
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10 東深井地区公園
詳しくはコチラ
古墳時代後期(6〜7世紀)の14基の群集墳。これらの古墳は利根川の小支谷を望む台地上にあり、大きさは10mから22m、高さは約0.7mです。ここには北部市民プール、森の図書館、アスレチック等が並ぶ広場があり市民の憩いの場となってます。
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11 おおたかの森(市野谷の森)
(県立市野谷の森公園予定地)
三輪野山と市野谷のほぼ中央に位置する鬱蒼とした森です。広さは約20ヘクタール強あり、市の鳥でもあるオオタカが住む事で知られている、自然豊かなところです。 |
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12 矢河原の渡し跡(やっからのわたし)
「加村の渡し」とも言い、昭和35年頃まで存続していました。幕末に再起を図るために流山で屯集した新選組の近藤勇は新政府軍の包囲に単身出頭し、この渡しで流山の地を後にしました。
市内の渡し跡 |
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13 蒲ャ鉄 流山線
大正5年に町民鉄道として開通しました。
流山ー平和台ー鰭ヶ崎ー小金城趾−幸谷ー馬橋を結ぶミニ鉄道です。各車両にはそれぞれに名前があり、市民の足として親しまれています。
現在の車両: なの花・流星・青空・若葉・流馬 |
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14 茂侶神社 (もろじんじゃ)
平安時代初期の書物の中にその名前が見られる由緒ある「式内社」。
崇神天皇即位7年目に伝染病が流行したので、国民の平癒を祈願し建立したとの言い伝えがあります。
ヂンガラ餅行事(1月) ※市の指定民族文化財 |
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15 光明院 (こうみょういん)
秋元双樹
真言宗宗豊派寺院。
白みりん醸造創業者秋元家や、堀切紋次郎家の墓地があります。近年になり双樹と一茶の連句碑が建立されました。 |
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16 新川耕地
葛飾早稲の地域として、古代から続く早稲米の産地です。
秋にはたくさんのコスモスが風に揺られる風景が見られます。また、隣接する工業団地横には、におどり公園があり、4月頃になると数多くの桜が咲きほこり、私達の目を楽しませてくれます。 |
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17 東葛飾県庁跡
図書館・博物館のページ
明治初期には印旛県・葛飾県の県庁がこの地にありました。現在は博物館として流山の歴史が展示してあります。市民の本棚、図書館も併設しています。
県庁跡 詳しくはコチラ |
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18 大宮神社 (おおみやじんじゃ)
鎌倉時代創建の旧村社で、多くの神社が合祀され、それぞれの祠があります。また、参道に沿って歩くと、江戸時代の石造物が数多く散在し時代を感じさせてくれます。
桜の季節になると、夜には数々の提灯が灯され幻想的な一面も見せてくれます。

桜の様子 |
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19 丹後の渡し跡(たんごのわたしあと)
昭和10年の流山橋架橋まで存続した江戸川の渡し跡です。新選組が来流した際にも利用したといわれています。「羽口の渡し」と並ぶ公営の渡しで小金道の一部として、3艘の舟が用いられていました。
市内の渡し跡 |
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20 オランダ観音
オランダ馬の悲話
江戸時代創建の祠堂。
良馬を育てるためにオランダから種馬を輸入し放牧しましたが、急な環境の変化で気性が荒くなり、人に危害を与えるほどになってしまい、やむなく銃で撃ったところ、住み慣れたこの地に逃げ、水を飲み息絶えました。異国につれてこられた哀れな馬の最後の姿を人々は哀れみ、祠を建てて祀りました。
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21 呉服新川屋店舗
明治23年(1890年)に大工の土屋熊五郎によって建築されました。
土蔵造り2階建ての正面は漆喰作りで、屋根の北側に恵比寿様、西側に大黒様の鬼瓦が備えられ、商売繁盛を祈願しています。
平成16年11月8日付けで国登録有形文化財に指定されました。 |
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22 成顕寺 (じょうけんじ)
真言宗の寺院として創建しましたが、鎌倉時代に日蓮宗に改宗。
境内は2000坪もあり、壮大な本堂には本尊の釈迦牟尼仏が鎮座しています。また、毎年10月には「流山人形供養会」がおこなわれ、市内外から多くの方が、お人形を供養するために訪れます。
流山七福神:弁財天 |
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23 野馬除土手跡(野馬堀跡)
野馬が人々に危害を及ぼすのを防ぐための柵や囲いの役割を果たしていました。特に十太夫付近は当時の原型をとどめています。 |
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24 おおたかの森駅周辺
乗換駅と商業施設を中心に、流山市の新たな市街地として開発が進んでいる一方で、豊かな緑を絶やさないために、周辺にはいたるところに緑地や公園が設備されています。
西初石近隣公園(流山おおたかの森駅南口公園)から駅を望む |
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25 前ヶ崎城趾公園(まえがさきじょうしこうえん)
詳しくはコチラ
戦国時代の小金城主高城氏の支城跡。
今日確認はできませんが、大手門らしきところや、物見櫓(ものみやぐら)、土塁跡、空堀跡などが存在したと思われます。近年になり、階段や芝生などが整備され、くつろぎの場となっていますが、山頂付近には、一つのひなびた石碑があり、風化して読みにくいが、何かの明神を祀ったものがあります。
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26 浅間神社 (せんげんじんじゃ)
江戸時代創建の旧村社。幕末に新政府軍が境内裏に仮本陣を敷きました。そこにある富士塚は市指定文化財となっており、いつでもお参りすることができます。毎年7月に夏祭りがあります。
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27 花輪城址公園 (はなわじょうしこうえん)
戦国時代、小金城主高城氏の支城跡。
土橋(復元)、犬走り跡、観音堂礎石などが保存されています。また、高台のとなりは広い芝生の広場があり、東屋などがあります。
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28 長流寺 (ちょうりゅうじ)
江戸時代創建の浄土宗寺院。
貴重な石仏「馬頭観音像」があります。毎年4月の第二日曜日に勇忌が行なわれます。
流山七福神:恵比寿 |
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29 流山寺 (りゅうさんじ)
近代的な建築による本堂です。山号を洞雲山と称し、千手千眼観世音菩薩を本尊とする曹洞宗寺院で、毎月15日には座禅会が開かれております。
流山七福神:大黒天 |
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30 福性寺 (ふくしょうじ)
江戸時代中期の真言宗宗豊派寺院。
大人でも三抱えありそうな銀杏の大木があります。
流山七福神:毘沙門天 |
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