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だから、わたしたちは落胆しません

             及川 信

                         コリントの信徒への手紙U 4章16〜18節            

 だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

 佐古純一郎先生は、五月六日(火)の午前、しめの夫人と晩年を過ごされたホーム「まどか西武柳沢」にて、夫人が見守られる中、静かに息を引き取られました。医師が確認したのは十時十二分です。九十五年の天寿を全うされ、御子主イエス・キリストの十字架の死による罪の贖いと復活の恵みに与って、天の御国に招き入れられたことを信じ、別離の寂しさの中にあっても、主の御名を賛美したいと思います。
 私は六日の午後六時半に、先生の安らかなお顔と対面することが出来ました。
 その時に、聖書の中から二つの言葉を読ませていただきました。
 私が牧会訪問として高齢の教会員をお訪ねすると、そのお宅の居間に佐古先生がお書きになった色紙が飾ってあることがあり、その色紙の中に、「わたしたちは落胆しません」とか「『外なる人』は衰えても、『内なる人』は日々新たにされる」と書かれていました。大体は、その方がイエス・キリストへの信仰を告白して洗礼を受けたお祝いとしてプレゼントされたものです。
 私の書斎の本棚に何冊かの先生の著書があります。その中の一つは、『私の出会い』というものです。その本の中に、賀川豊彦との出会いが記されています。佐古先生は同郷の先輩である賀川豊彦の講演に大いに感動したのですが、「徳島中学時代に、聖書を読むとか、教会の門をたたくとか、そのような求道は少しも致しませんでした」とお書きになっています。その理由として、「やはり、浄土真宗の寺に生まれ、親鸞的な信仰の雰囲気の中で、生い立ったことが、そこまで私を積極的にキリスト教に向わせなかったのでありましょう」と書いておられます。そして、
 「生まれるとすぐに母を失った私にとって、母を知らないということは、限りない不幸と思われたのですが、母の死という経験が私に、死というどうしようもない現実に眼を開かしめたのでありました。……死はわたしにとって、何にも増して根本的な関心事なのであります。やがて死ななければならない、という想いが切実であればあるほど、死ぬために生きるのだ、という不条理を私の理性はとうてい承認することができませんでしたし、さらに困ったことに、死は明日かもしれないという不安が、強迫観念のように私を怖れさせるようになっていきました。」
 その後、旧制の三高を受験するため京都で浪人生活をすることになられますが、受験勉強には飽き足らず、府立図書館に入り浸って、「死」について書かれた書物を片っ端から読む生活をされたそうです。
 先生は、その後、色々な変遷を経て出版社の編集者になり、中渋谷教会の初代牧師森明の息子で哲学者として東大で教鞭をとっていた森有正と知り合い、その導きによって中渋谷教会に通うようになり、一九四八年(昭和二十三年)五月十三日に洗礼を受けてキリスト者になられたのです。その日の日記にはこう記したそうです。
 「思へば長い悩みの道であった。主イエス・キリストを離れて神にいたる道はなく、主の十字架によらずして、人間の魂の救ひはないといふことの真理は、まさしく、わが身に於いてあかしせられたのである。……もはや、死すともイエスと共に生くる永世の門が与へられたのである。ああ、わが生涯の最も祝福されるべき聖日。」
 実は、この日を迎えるためには伏線があります。当時のこととして、佐古先生も徴兵されて暗号を解読する兵士として対馬に移り、そこで敗戦を迎えることになります。
 その後、東京の出版社に帰っても良かったのですが、心の空虚感を埋めることができず、徳島で「ただ、ぶらぶら、と日を過ごした」期間がありました。その時に、先生の父上の書棚から一冊だけ、失敬して持っていた聖書のある部分を読み、こういう言葉に出会われたのです。
 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」
 佐古先生は、この箇所を読んだ時の衝撃をこう書いておられます。
 「たとえ死んでも生きる、とそこには書いてある。自分が、母の死を契機として、幼い日から悩み、苦しみ、考え続けてきた『死と永世』の問題に対する、こんなに鮮明な答えがそこには宣言されている。『我を信ずる者は死ぬとも生きん』と堂々と宣言するイエスとはいったい誰なのか。」
 佐古先生は、死と永世(永遠の命)の問題を幼き日からずっと問題にして来られたのです。その問題に対する解答は、あまたの本の中にではなく、イエス・キリストとの出会いの中にあり、イエス・キリストへの信仰の中にある。そのことを、佐古先生はこの時に直感されたでしょう。そして、以後の山あり谷ありの人生の中で、その信仰が先生の支えとなったのです。先生の説教を聞き、信仰を与えられ、洗礼を受ける方たちへのお祝いとして書いた言葉、「わたしたちは落胆しません」とか「『外なる人』は衰えても、『内なる人』は日々新たにされる」は、先生の実存が懸った信仰の言葉なのです。
 コリントの信徒への手紙には、「私の恵みはあなたに十分である」とか「わたしは弱い時にこそ、強いからです」という言葉もあります。この言葉も、先生はしばしば色紙にお書きになりました。私たちの弱さにおいてキリストの力が発揮される。その事実を、先生は実感し、この言葉を愛されたし、信徒の方に伝えたかったのでしょう。私たちが最も弱い時、それは死の時です。しかし、この時にキリストの力は発揮されます。死んでも生きる命、決して死なない命を与えてくださるのです。私たちキリスト者は、そのことを信じており、佐古先生も、そのキリストの力を信じて、機会あるごとに語り続けた方です。
 私たちはこれから、佐古先生のご遺体を棺に納め、この礼拝堂から出棺し、火葬いたします。それは、死の力に屈服することではなく、キリストの御手に委ねることであり、御国における復活を信じて、キリストを賛美することなのです。別離の悲しみはありますが、再会の希望もあります。
 ご遺族の皆様、また最後まで配慮に満ちた介護を続けてくださった施設の職員の皆様、また今日はごく少数の者に限らせていただきましたが、先生から信仰の導きを受けられた教会員の皆様に主の慰めと希望が与えられますように祈ります。
              《佐古純一郎名誉牧師納棺・家族葬説教(要旨)》
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