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「罪からの救い・闇の中の光」

             及川 信

                         マタイによる福音書 1章20節〜21節            

主の天使が夢に現れて言った。『ダビデの子 ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男 の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。』
       マタイによる福音書 1章20節〜21節
 「罪」という言葉、ヘブライ語のハッタートという言葉の元々の意味は、「的が外れること」だと読んだことがあります。弓矢がその的を外すことです。そういう原意から、次第に「道を踏み外す」とか、「道に迷う」ということになっていったのだと思います。そして、罪から悔い改めるという場合のヘブライ語のシューブは、「帰る」という意味です。つまり、帰るべき所に帰る、迷っていた道から正しい道を見つけて帰るべきことに帰ることです。
 ガム一個の万引きに成功したのがきっかけで、その後、万引きが常習になって行き、さらに悪の道に踏み込んでいく。そういうことがあるでしょう。最初は興味半分で出会い系サイトを覗くだけだったのが、次第にその世界に引き込まれて行き、気がついたら援助交際にはまっている。そうなると、最早、自分の力では抜け出せない。そういうことが大人においてもあるし、今は子どもにおいても既にある。最初の小さな踏み外しやズレは、あっと言う間に、とんでもない遠くまで迷ってしまうことになり、どん底にまで堕ちてしまうことになる。その時には、もはや出発点がどこかも見えず、どうやってそこに帰っていったらよいかも分からない。そして、誰も相談に乗ってはくれず、相談に乗ってくれる人は、もっと悪い方向に誘い込もうとする人だけ。そういうことがあります。
 罪が深まるということは、帰る所も分からないほど、的を外した歩みを続けてしまうということでしょう。「罪」というものは、こういう風にして、私たちを支配している巨大な力だと思います。そして、この罪の実は死です。肉体の死ではなく、永遠の死です。つまり、神様からも見捨てられざるを得ない暗黒の中に落ちていくことなのです。
 クリスマスの出来事は、マタイにおいても、ルカにおいても、それは真っ暗な夜の出来事として記されています。暗黒の中の出来事なのです。またヨハネ福音書の書き出しも一つのクリスマス物語だとするならば、それもまた闇の中に輝く光、決して闇には負けない光、そして同時に闇には理解されない光の誕生の物語です。そして、この「闇」、それは例えばすべての敵を殺しつくして「ローマの平和」を作り出したローマ皇帝アウグストの支配の中にある闇だし、「ユダヤ人の王が生まれた」と東方の博士から聞いただけで、ナザレの村の二歳以下の男児を皆殺しにしてしまうヘロデ大王の世にある闇です。今で言えば、核実験をしたとかしないとか言いつつ恐怖政治を継続することに躍起になっている独裁者の心の闇とその闇が作り出す国の闇。また挑発に乗って、自分達も核兵器を持つことを含めて議論すべきだと嘯く政治家達の心にある闇だし、弱い者を苛め抜いて死に至らせる大人や子ども達の社会の中にある闇です。
 こういう闇の中に、罪の支配の中に、神の子イエス・キリストが生まれる。そして、暗黒社会で、光と命なる神様から遠く離れ、空間的にはひしめき合って生きていても、その心においてはお互いに遠く隔たってしまっている私たち、一人一人を救うために、イエス・キリストはお生まれになったのです。しかし、それはどのようにしてなのか?
 昼の十二時でした。しかし、その真昼間に、全地は暗くなったのです。罪の暗黒が支配したのです。そして、その闇が三時まで続きました。午後三時とは、神殿における祈りの時間です。その時、イエス様は大声でこう叫ばれました。

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」


 神にだけ頼って生きてきた神の子が、今、神に見捨てられる。神様の目だけを見つめて、目と目を合わせて語り合いつつ、一体の交わりを生きてこられた神の子が、今、その神様の目を捜し求めても、見えない。神様が、どこにおられるのか分からない。そういう絶望の中に捨てられていく。
 このイエス・キリストが、しかし、その死から三日目に甦り、今も生きておられ、今日も私たちの罪を赦し、新しい命に生かすために、毎週の礼拝にお招きくださり、聖餐の食卓にお招きくださるのです。
 そして、私たちはこの主イエスの眼差しの中に、自分を見出すことが出来る。その眼差しの中に赦された自分、愛されている自分を見出し、新たに生きる力を与えられます。
 この主イエスのご降誕を感謝し祝うこの季節。誰か一人でも罪の中に道に迷い、暗闇の中で佇む人を、主日礼拝にまたキャンドル・ライト・サービスにお誘い出来ますように。
及川信牧師急病のため、今月の巻頭言は会報518号─2006年11月26日発行─所載のものを再録しました
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