献身と専念

      大住 雄一

使徒言行録 18章 1節〜11節

 礼拝説教でも一度お話ししたことかもしれないが、今の中渋谷教会には重要なことなので、何度でも申し上げる。パウロの伝道とは、どういうものであったかという話である。パウロの担った伝道は、迫害されながら、行った先で進展して行くものであった。追い払えば追い払うほど、散らせば散らすほど、散らされたところで、伝道が進んで行くのである。実はそもそも、伝道とはそういうものなのである。それが使徒言行録の語るところである。
 たとえばステファノが殉教によって死んだとき、「エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリヤの地方に散って行った。」ところがこれで、伝道は終息してしまったかと言うと、そうではない。「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」のである。
 今、パウロも追い出されては、次の町へ進んで行く。進んで行ったところで、いよいよ伝道したのである。教会を放り出して逃げたのではない。シラスやテモテといった弟子たちを残していった(使徒言行録17章14節)。彼らは残って教会を整え、自立できるようにして、パウロのあとを追うのである。
 18章には、先にコリントに行ったパウロについて、よく知られた話が記されている。「その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。ここでポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った」(18章 1節〜 2節)。コリントにいる間、パウロは安息日ごとに会堂を訪ね、そこで福音を伝えていた(4節)。そこでアキラとプリスキラという同業者と出会い、一緒に仕事をしていた(3節)。パウロのテント張りというのは、伝道者の内職として、印象深い話であり、少なからぬ人に好まれている。特に無教会主義の人々は、伝道というものは無償ですべきものだという考えが強い。無償で伝道するためには、別の仕事をして生活費を立てなければならない。「パウロだって」テント張りをして、自分の生活を立てていたのだ。これが伝道者の本来あるべき姿だ。伝道者が給金を頂いているのは、堕落なのだ。そもそもお金を得たら、お金を出す人に逆らえなくなる。伝道者は、独立不羈であるはずで、伝道してお金などもらうようではいけない。
 しかし、日本の初めの伝道者の一人植村正久は言う。「軍事にこれを本職とする専門家を要し、医学にも終生これに没頭する本職の人の無くてならないように、神学にも専門家が必要である。これに従事しこれに衣食する人なくば、キリスト教の発達を健全に且つ安固ならしむることは出来ぬ。」もちろんその原則のあとに「素人神学の薦め」を書くのだが。「かかる黒人(くろうと・原文ママ)の神学者ばかりでは、また精神界の不利益にもなるであろう。職業政治家のみでは、害のあると同じことである」(植村正久「素人神学」1920年福音新報1298号)。
 パウロがアキラとプリスキラの夫婦と共にテント張りをしていた時代、彼は安息日になると会堂に行って、福音を説き、そこそこに平和に暮らしていた。ところが「シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると」、「パウロは御言葉を語ることに専念し」(5節)、事情は一変する。俄然、パウロに対する迫害が激しくなり、ユダヤ人の間に、パウロの居場所は無くなってしまう。シラスとテモテがパウロの身の回りのことをするようになり、もしかすると諸教会の献金を持参したので、「パウロは御言葉を語ることに専念」することができた。すると、聞く人々もあとに引くことができなくなり、迫害も激しくなる。しかし一方、「会堂長のクリスポは、一家をあげて主を信じるように」なり、「コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた」(8節)のである。
 このことから見ると、伝道とは専念することを求めるものであり、伝道というものは無償ですべきだという無教会主義の言説は、この使徒言行録のテキストがきちんと読めていないし、伝道というものの実際も分っていない。
 さて、本年度の中渋谷教会である。やむをえず代務者を立てた。申し訳ないが代務者は、ここでの伝道の業に専念できるわけではないのである。第一に教会の牧師館に住むことができない。平日にはそれこそ別の仕事を持っていて、「テント張り」をしている。その欠けを信徒一人ひとりが補わなくてはならない。申し訳ないが、ぜひそのことをお願いしたい。伝道に停滞はないはずなのである。先述の植村は、文章の終わりにこう言っている。「大リバイバルの準備は着々進行しつつある。目覚ましき活動期が伝道界に到来せんとして居る。そのときにはいかにして伝道の必要に応ずることが出来るか。」
 収穫は多いとおおせになる主の収穫期は、まさに来ようとしている。そのときに、働き人が足りませんと言うわけにはいかない。手のあいている人は、鎌を手に取って働きの場に出なければならない。



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